紹介

 アークにログインすると、応接室といった雰囲気の豪華な部屋に現れる。管理者の部屋と呼んでいる空間に出した迎賓館の中で、自分の部屋とした場所だ。


 リムやギーブンやルーリィ、そして眠っているキボクは別としても、新しく増えた二人のエルフがいる状況で、ログインやログアウトをするたびに目の前から消えたり急に現れたりするのはどうかと思ったためだ。

 もちろんログアウト中はこの世界の時間を止めているのだが、それでもそういった行為をする気にはなれなかったので、自分の部屋を決め、そこから出入りする事にしたのだ。


 ログインしてまずやらなければならないのはリムとギーブンとルーリィへの説明だろう。岡本理香という元部下が来る事を知らせなければならない。しかし…


 (何と説明すれば良い?それに名前は本名を使うのか?)


 そう言えばこの世界での名前も聞き忘れていたなと思いつつ、改めてこの世界に来てからのミスの多さに呆れ返る。


 会社に勤めていた頃は確認に確認を重ねて、絶対にミスの無いようにあれほど気をつけていたと言うのに、この世界に来てから脳みそを半分も使っていない気がする。

 しかし取り繕っても今更だ。それに今まで使っていなかった部分、主に感情に使う部分の脳みそがようやく仕事をしてきているような気がしていた。

 忘れていた感情が蘇って来ているような感覚をこのまま続ければ、大切な何かを思い出せそうな気がする。

 ハッキリと言葉に出来ない物に期待するなど会社では絶対しなかった事だ。しかし今はその気持ちを割り切って冷静に考える気がどうしてもしなかった。

 臨機応変に話をする。そう決めると考えるのをやめて、皆を待たせている別の応接室へと向かった。


 ノックをして中に入るとコーヒーの良い香りがした。ギーブンの前に置かれたカップからだ。ルーリィはどうやら紅茶にしたらしい。そしてリムはいつものクリームソーダだ。どうやらかなり気に入ったようだ。どの飲み物もまだ減っていない事から、自分が別れてから時間が経っていないのは分かるが、どうしても「お待たせしました。」と言ってしまう。

 そして待ってないと言う意味の言葉が三人全員から返って来る。


 まずは次の目的地などをギーブンから聞いて来るが、その前にもう一人この旅に参加する者が増えると告げる。

 私自身の元の世界で以前仕事を手伝ってくれていた部下だと説明する。すると当然の質問が返ってくる。


 「その方もあなたと同じ様に、神の力をお持ちなのですか?」


 「いえ、持ってませんが身体は私と同じ性質を持っています。」


 その後もいくつか質問を受け、200年以上前にいたプレイヤーの事を知っていたルーリィはある程度納得してくれたがギーブンは「まぁ会ってみねぇと分かんねぇか。」と最初から質問などはして来ない。リムからの質問は一つだけだ。


 「こわい人?」


 「ちょっと図々しいだけで、怖い人では無いですよ。」


 以上で説明を終わり、次にログイン後の降臨でここへ来る操作方法を探す。岡本君のIDを探すのは最初から諦めている。

 全く人気の出なかったゲームと言っても、アークで作られたプレイヤーキャラクターの数は3万を超える。プレイヤーにはIDと別に名前も登録出来るようになっているが、私は岡本君のキャラクターの名前を知らない。この状況でたった一人の名前も知らないキャラクターなぞ見つかる訳が無い。

 しかし今回の岡本君のログインは、この世界でたった一人という特徴がある。それはこの世界が今、閉じられたオフラインの世界であるが故に、この世界でただ一人ログインする通常のプレイヤーだと言う事だ。

 私自身は管理者としてログインしている為、プレイヤーにはカウントされていない。つまり探すのはログインプレイヤーリストがどこかを探せば良いのだ。


 ログインプレイヤーリストは直ぐに見つかった。しかし誰もログインしていない状態でリストは空白の為、IDを選択して操作は出来ない。どうしたものかと、オプション設定などを開いてみるとイベント設定というタグが見つかる。その中に降臨位置の修正や強制降臨などと言う項目を見つけた。

 これだと思って操作すると、再び応接室の三人を待たせて自分用ログイン部屋へと向かいながらメールを打つ。


 自分用のログイン部屋にした応接室で、ほどなく一人の女性が現れる。

 ほっそりとした手足にくびれた腰、しかし胸や腰回りは女性特有の膨らみを持っている。服装に派手さは無いが、その分を補うように目を引くピンクの髪がポーニーテールにセットされ、その根元を左右の三つ編みで巻いている。

 辺りをキョロキョロと緑色の瞳が見回すと、私の所で視線が固定され、薄い唇が笑顔の形を取る。

 一瞬沸き上がった、誰だこいつはと言う疑問は第一声で解消される。


 「部長ぉー!お待たせしましたぁ!って………まんまじゃないですかぁ!!!」


 「やはり君で合ってたか。まんまとはどういう意味だ?」


 「キャラ作る時スキャン使う人なんて初めて見ましたよぉ!!!」


 なるほど確かにそうだ。インターネット上のサイトを参考にして行動していたとはいえ、そのサイトは『自作クリスタルユニット初心者が一から始める管理者生活』だ。一般のオンラインのゲームで自分と全く同じ姿をして遊ぶ者などいるハズが無い。いたとしたら芸能人くらいだろう。

 驚きながらも嬉しそうにしている彼女にこちらも感想を告げる。


 「君の方は随分雰囲気が違うんで、最初誰が来たのかと警戒してしまった。」


 「可愛いですかぁ?でも部長が部長のまんまなら私も作り直したいんですけど、ちょっとだけ待ってて貰えますかぁ?」


 「そのキャラクターが使いたかったんじゃないのか?」


 「だってぇ………ゲームと思えなくなっちゃったんで。」


 「?」


 言うと再び消えてしまった彼女を待つ事数分。「お待たせしましたぁー!」と言って再び現れた彼女は、髪の色と髪型、瞳の色、そして服装こそ先ほど最初に現れたキャラクターのままだったが、顔の造形や体格は現実で見る彼女のそれと同じになっていた。

 顔は最初のキャラクターが美しいと表現するのが相応しい物ならば、現実の彼女は可愛いと表現した方が似合うだろう。身長は現実と合わせていたために、少し低めで変わっていない。手足も腰も現実の体形もほっそりしているためあまり変化は無い。しかし一つだけ大きく体形が変わっている部分がある。


 「激しい運動とかするゲームだと結構邪魔なんですよねぇー。」


 そう言って服の上から胸を両手で持ち上げる。

 男性を過度に刺激するので控えた方が良いと何度も言っているのだが、私の前で彼女は良く胸を強調するようなポーズを取る。

 周囲に他の男性の視線が無ければ良いのか?とも思ったが、この治安の悪い印象しか受けない世界では気をつけるよう言っておいた方が良いだろう。


 「アークはあまり治安が良くないみたいだから、女性らしさを強調するような行動は控えた方が安全だぞ。」


 「部長ぉ、その前に何か言う事は無いんですかぁ?可愛いねぇとか、綺麗ぇだねとかぁ。」


 「外見が現実と同じになったら言う必要は無いだろう。」


 「現実と同じになったから言って欲しいんじゃないですかぁ。」


 そう言うと少しむくれたポーズを取る。しかし今時間を止めずに話している間、待たせている人達がいる。とにかく自分が失礼な事を言ったのかもしれないと思い、軽い謝罪の言葉を述べると彼女を別室で待つ三人の所へと案内する。

 「お待たせしました。」言って皆が待つ部屋へ入ると最初にギーブンが声を出す。


 「その人がアド様の良い人ですかぃ?」


 ニヤケ顔で顎を擦りながら品定めするような目で声を掛けて来たギーブンに、彼女は以前の仕事の部下ですと改めて言うと、何故か呆れたような諦めたような顔をしてヤレヤレと言ったポーズを取る。

 とにかく最初は全員を知る自分がそれぞれに紹介するべきと思って声を出そうとした時に思い出す。


 「そう言えば君の名前はどうする?」


 「私ぃ、どの樽でも『リッカ』って名前使ってるんでぇ、部長もここではそう呼んで下さいねぇ。」


 了解の意を伝えて改めて皆に『岡本理香』改め『リッカ』を紹介する。そしてギーブンとルーリィがそれぞれ名前を告げ、リムの時は私が紹介する。


 最初にリフに会った時は、荷車に乗った自分に興味深げに寄って来たのだが、リムと名前を変えた今は初対面のリッカに何故か俯いて様子を窺うように黙っているので、間に入って紹介した。

 リッカはリムを見て「可ぁ愛いぃぃーーー!!!」と言って飛びついて行ったが、子供の姿でも筋力は5倍に強化されているので大人の男性ほどの力はあるのだろう。抱きしめていたリッカの腕を力で押しのけて私の後ろに隠れてしまった。

 この人は怖く無いですよと言ってなだめていると、リッカが残念そうにしながらもギーブンとルーリィの方へと顔を向けて声を掛ける。


 「そちらの美しい方、ルーリィさんでしたっけぇ?ギーブンさんの良い人なんですかぁ?」


 「いえ、違います。彼は私の仕事上の相棒と言う以上の関係ではありません。」


 後ろでリッカの問いかけで嬉しそうにしていたギーブンが、ルーリィの即答でガックリと肩を落とす。その様子を見てリッカが「なるほどなるほどぉ。」と呟いている。

 そして続けて質問をする。


 「ルーリィさんはぁ、部長の事はどぉ思ってるんですかぁ?」


 「ブチョウと言うのはアド様の事ですね?アド様には母を救って頂いた恩があります。不可能な治療を神の如き力で実現して頂いた恩は、たとえこの命をもってしてでもお返ししたいと思っています。」


 「あぁー………あなたはぁ…そう言う人なんですねぇ………。」


 リッカが何とも言えない不愉快そうな顔をしているが、それよりもルーリィの「母を救ってくれた恩」と言う所が気になってしまった。あの助けたエルフのおそらく銀髪の方は母だったのだろう。同族と言う事だけで助けたかった訳では無かったのかと知り、今後の扱いをもう少し考えておくべきかと思う。

 人間と言う生き物は、知らないどこかの誰かが大変だと言われても、気の毒にと言う気持ちは沸くが、その人の為に何かしようと動く人はほとんどいない。しかし知り合ってしまった人本人や肉親などが目の前で大変だと言われれば、つい手を貸したくなる生き物だ。

 もう少しだけ意識が正気に戻った場合の事を準備しておくべきかと考えていると袖が引かれる。


 「アド様は、ぶちょーなの?」


 「前はですけどね?」


 「ぶちょーは何で、あのおねーちゃんにちょっと偉そうなの?」


 「偉そうと言うよりは偉かったんですよ実際に。まぁ今は彼女の方が社会的には立場が上かも知れないですけどね。」


 そう言いながら苦笑いしているとリッカが寄って来て話を引き継ぐように喋りだす。


 「じゃぁ実際に部長に戻れば良いんですよぉ。会社とか作っちゃってぇ、皆が社員って事で雇っちゃってぇ、そして部長はまたちゃんと部長になるんですよぉ。」


 「社長では無いんだな。」


 「社長は発案者のぉ、わ・た・し♡」


 「却下だ。」


 言葉遣いの違いにリムがまだ少し不自然な印象を受けているようだが、これは元々彼女の方から言われたためにそうしている事だ。

 最初に彼女と会ったのは面接時だったが、基本的に私は誰にでも敬語を使っていた。キチンとした敬語では無い場合も多いが、上司だろうが部下だろうが年上だろうが年下だろうが、ですますを語尾に付けるのは日常化していた。

 しかし彼女は面接時にそれを聞いて、


 「年上でぇ、しかも上司になるかもしれない人に敬語使われるとぉ、恐縮しちゃいますよぅ。」


 と言っていたのだ。それで採用が決まった時に、ですますを使わないように気をつけて話しかけるようにしたのだ。しかしこういうやり方が正しいのかは正直自信が無かった。

 彼女は気にしていないようだったが、新入社員歓迎会でこの話を聞いた一人の酔った新入社員が、「じゃぁ俺の事は『ケン坊』って呼んで下さい!」と言って来た。


 私としては、コミュニケーションとは会社の中で一番基本的な事でそして一番重要な事だと思っている。

 失礼にあたるような事は考えるべきだろうが、『上司が部下に敬語を使わない』とか『部下の呼び名を好きな物に変える(ただし、様付けなどは対外的に良く無い。)』などと言った事は取り入れても問題無いと思っていた。

 コミュニケーションを阻害する事を排除し円滑にする提案を取り入れる事に抵抗は無かったが、この一件では週明けの月曜にその社員を『ケン坊』と呼ぶと、周りの者達が一斉にこちらに注目し、当の本人は即座に腰を90度曲げて「調子に乗ってすいませんでしたー!」と謝罪してきた。


 自分にどこか世間とズレた所が有るかも知れないと思った瞬間だった。他人の提案は自分が気づかなかった問題を解決してくれる場合もある。しかし他人の為にする努力が他人を困らせる事がある。

 その見極めの為には、自分一人で考えるのでは無く他人と話し合った方が分かりやすい。


 故にこれからの行動方針などは皆で話合って決めたいと思っている。

 今リッカから提案された『会社を作る』と言うのも検討の価値があるとは思っている。即座に否定したのは、あくまでリッカが社長という所だけだ。しかし他にもまだ前もって話し合っておくべき案件がいくつかある事を思いつく。

 どうやら久しぶりに会社に勤める者の多くがやっているアレをせねばなるまい。


 「いくつか準備しなければならない事も、決めておかなければならない事もあります。これから皆で会議をしましょう。」

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