第四章

心配

 カラスの鳴き声を野太くしたような声が聞こえて空を見渡してみると、遠くを鳥のようなシルエットが飛んでいた。


 「ありゃワイバーンってやつですぜ。こんなとこ飛んでるなんて珍しいや。」


 隣に座って御者をしているギーブンが話しかけて来た。

 ワイバーンと言えばファンタジーの世界では飛竜として有名で、どちらかと言うとそう言った世界にそれほど詳しいとは言えない私ですら知っているモンスターだ。


 「あれが………ワイバーン…ですか…。」


 「首んとこに人影が見えるんで、近衛騎士団の騎竜ってやつじゃねぇですかね?野生だったら見つからねぇように気をつけねぇといけませんがね。」


 確か以前聞いた話では帝国第一騎士団が近衛騎士団と聞いたが、どうやらワイバーンを乗りこなす空軍を持っていると言う事だろうか。しかし…


 「ワイバーンの中にプテラノドンと言う種類のものはいますか?」


 「プテ…なんです?聞いた事ねぇですぜ?」


 「そうですか…。」


 長い嘴に後頭部へと突き出したトサカ、肩から短い脚にまで届く幅広く長い翼。そう、どう見てもあれはプテラノドンだ。と言う事は、この世界で一般的にドラゴンと呼ばれている種族は全て恐竜の可能性が出て来た。

 それを確かめるとすれば『龍還神域』に行ってみるのが一番早いだろうが、今向かっている『イヌイ神域』とは真逆の方角らしい。しかしいずれは一度見に行くべきかと考えていると、覗き窓を開きっぱなしにして、馬車の中から話を聞いていたらしいリッカが声を掛けてくる。


 「部長ぉ、私も窓から見ましたけどぉ、アレ絶対そうですよねぇ?」


 肯定の意を伝えるとリッカも自分と同じ事を考え付いたらしく、野生のティラノサウルスなどに出くわしてしまえば逃げるのも無理ではないかと聞いて来るが、ギーブンが心配無いと伝えてくる。


 「ティラのなんたらは知らねぇんですけど、ドラゴンってやつは全般的に寒ぃのダメなんでさぁ。今向かってるのは寒さのキツイ地域なんで、冬超せねぇような地域にドラゴンは住んじゃいませんぜ。」


 ひとまずドラゴンと遭遇すると言う危険については安心出来る情報を貰い、改めてこの先の話をする。

 『イヌイ神域』までまだまだ先は長い。途中いくつかの町に立ち寄って宿泊する予定だが、どこに泊まるのか、またどのような町に泊まるのかなどは詳しく聞いていない。

 先入観は見る目を曇らせると言う事と、旅をして新しい景色や町や人と出会う新鮮さを味わう楽しさを損なわないためでもあった。

 しかし危険があるならあらかじめ知っておいた方が良い。聞いた危険だけを注意するのはかえって危ないが、色々な場面を想定しつつもいくつかの危険について準備がしておけると言うならメリットは大きい。

 ドラゴンの話で考えを改めて、次の宿泊予定の町の話をギーブンに聞いてみる。


 次の宿泊予定の町は城塞都市プスゲーフトと言う所を予定しているらしい。戦乱時には散々帝国を困らせた都市国家があった場所で、都市を何重にも取り囲む城壁が今も残っている。北と東が断崖絶壁で下は湖。西と南には幅80m、深さは40mを超える堀が巡らされていて、都市への出入りは大きな吊り橋一本のみ。しかも取り囲む城壁は高さ15mもあり、鉄壁な防御力を持つ都市だ。

 今は吊り橋は常に降ろされ、堀の下にも尖らせた杭などは設置されていない。革新的な様々な兵器の名残は都市のあちこちで見れるらしいが、現在も稼働している兵器は無いと言う事だった。

 物騒なイメージの都市だが、平和の時代が続いた今どうなっているのか楽しみでもある。

 都市の歴史を聞いたり、昔の兵器の名残を見て回るのも面白いかも知れないと思っていると、ギーブンが少し怖い話をしてくる。


 戦乱時にプスゲーフトではあまりにも大量の死者が出ている。その多くは帝国側に出ているがトータルで数百万とも言われていて、実際の数は多すぎて記録にも残っておらず、そして未だに掘り返した土から人骨が出て来たりするそうだ。そのためか都市の各所で幽霊の話を聞くと言う。

 誰もいない場所で悲鳴が聞こえるとか、靄のような人影が浮かんでいたとか、城壁の一部から血が湧き出るとか言う話が後を絶たないそうだ。


 どうやら現実と同様に、そう言った噂話が好きで頻りに広めたがる者はこの世界にもいると言う事だろう。学校の怪談の様な物だと思っていると、馬車の中から声が掛かる。


 「部長ぉ………泊まるのはぁ、別の町にしませんかぁ?」


 「都市国家だったなら大きな所だろう。歴史もあるようだし、色々と話が聞けそうで泊まるには良い町だと思うんだが?」


 「でもぉ………嫌じゃないですかぁ?人が一杯死んだとこなんてぇ………。」


 ひょっとして怖いのかと思って口を開こうとすると、他の近くの村では宿泊施設を探すのに苦労するとギーブンが先に伝えて来る。納屋に泊まったり野宿したりでも平気ならばとも伝えて来ると、中でリッカが迷っているのが見えるかのような唸り声が聞こえてくる。

 少し可哀そうな気もしてリッカに声を掛ける事にした。


 「君がそういった話が苦手とは知らなくてすまない。しかし君はアークにそういうプログラムが入っていると思っているのかい?」


 魔法がある世界では何とも言えないが、現実では幽霊と言うのはまだ科学的に立証されていない。まだ観測する事が出来ない物質があるのかも知れないが、科学的に考えれば立証されていない物は無いに等しい。科学では立証されて初めて存在を認められるのだ。

 アークはリアルさを追求したゲームでもある。ファンタジー要素も突き抜けた設定などはあまり無い。魔法についても細部に渡って理論と法則が設定されている。

 そして資料を読む限り、不死の怪物たるアンデッドモンスター、つまりゾンビやスケルトンやゴーストといったモンスターは存在しなかった。

 だが結核やペストといった疫病は現実を再現して存在していた。

 どこまで現実を取り入れているかの全ては分からないが、幽霊の件に関してはアークに存在しないのでは無いかと思っている。


 説明を聞き終わったリッカが納得してくれたかは分からないが、「町ではずっと傍にいて下さいねぇ。」と甘えた声で言っている事から、都市に宿泊すると言う事には同意してくれたようだ。

 ギーブンは自分からそういう話をしてくる事から平気なようだが、他の二人はどうなのか少し気になった。しかし中から聞こえてくるリムの声を聞く限りリムも平気そうだ。むしろ楽しそうですらある。ルーリィも夜を見通す目を持っていると言うのに、そういう事が苦手と言うのはイメージが沸かない。


 しかし話に聞くだけでも長い歴史を持つ大きな都市と言うのは興味をそそられる。日本であれば京都、海外ならばイギリスはロンドンの街並みなどを想像した。


 途中のトラブルで手に怪我をしてしまい、即座に治そうかとも思ったが、そもそも即座に治ってしまう設定を止めたのは、その不自然さを知られないためだ。

 今の怪我を直ぐ治しても誰にも見られないだろうが、それでも怪我をした事は多くの者に知られてしまっている。そのため回復には自然治癒の効果を設定している。もちろん回復力は何倍にも設定してはいるのだが、それでもかなり深い傷だったので、町で何日か滞在して完全に治ってから旅を続けても良いかも知れないと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る