城塞都市

 ようやく見えた城壁は近くに寄ってみると、拒むかのように深い堀よって阻まれた向こう側にそびえている。しかし幅が広く長い吊り橋によって、城壁にたった一つだけ空いた大きな門へは難なく辿り着く事が出来るようにされていた。吊り橋は両端を完全に固定されていて、今は跳ね上げる事が出来ないようにされている。

 吊り橋に差し掛かる前に両側に石で出来た高い柱が立ち、その二本の間を天辺で凝った装飾のアーチが繋ぐ。そしてそこに彫り込まれた文字は『殲滅の城塞都市プスゲーフト』。


 なんとも物騒な文言が彫り込まれているが、もしここの幽霊話が意図して広められている物であるならば、観光戦略の一環かも知れないと思っている内に、馬車はアーチを潜る。


 この都市に近づくにつれて増えて来た通行人や馬車が、今は橋の上で行列を作っていた。

 それと大した額では無いが、都市の出入りには幾らか通行料的な物が必要だと言う事だった。

 それでもこの都市が賑わっているのは、どうやら鉄を産出する鉱山が近くにあり、加工もこの都市でされている事から、鉄の産業・商業の要所として発展していると言う事が大きいようだ。

 今は秋の収穫が終わり、冬に入る準備をする時期だ。鉄の農機具の修理や買い替えなどは収穫後が最も多い為、この都市に来る人も増えている。

 出て行く馬車を見ても荷物の体積の割りには馬の数が多い。おそらくは鉄の製品か精錬されたインゴットなどを積んでいるのだろう。

 現実世界でも鉄と燃料は発展の要だ。この都市もまだまだ大きくなるかも知れない。


 行列が進んで城壁が近づいて来ると、その表面がハッキリと見えて来る。どうやら表面に小さな穴が無数にあいている。大きさは指一本くらいだろうか?それが数え切れないほど沢山並んでいた。何の穴かは分からないが、綺麗に等間隔に並んでいる事から故意にあけられた物なのは確かだろう。


 考えている間にも、みるみる行列は進んでいよいよ城壁の中へと言う距離で色々な臭いが漂ってくる。肉の焼ける香ばしい匂い。香辛料を使って何かを炒めている匂い。そして鉄と油の混ざった臭い。


 5人分と4頭立ての馬車一台分の通行料を払って門を潜ると大混雑だった。入って直ぐ大きな広場になっているが、そこを取り囲むように様々な露店が並んでいるために人がごった返していた。

 小回りの利かない4頭立ての馬車では、ここを抜けるのに直線上の大通りを抜けるしか選択肢が無く、人をかき分けるようにゆっくりと馬を進ませる。

 振り返った人々は誰もが「邪魔だ。」と顔に書いてあるような表情だった。申し訳無い気持ちで広場を抜けようと言う頃に、馬車の中から元気な声が聞こえて来る。


 「ぶちょー!くさいのといい匂いがする!」


 「もうすぐここを抜けるので我慢してもらえますか?」


 「いい匂いの方はすごくいい匂いだね!」


 「………。」


 どうやらウチのお嬢様はご空腹のご様子だ。しかしこんな所で馬車を止めては更に針の筵だ。仕方なくギーブンに広場を抜けたら人の邪魔にならない所に止めてもらうように頼む。

 ギーブンが先に宿を探して来ようかと提案してくれるが、この世界で離れた場所から連絡が取れるのは自分とリッカだけだ。ギーブンの方にリッカを同行させれば後で合流するのは簡単だろうが、それはリッカが断固拒否した。


 「ルーリィさんはぁ、部長ぉと一緒に行くんですよねぇ?」


 「ギーブンが宿探しに向かうなら私がアド様をお守りしなければ。」


 「じゃぁ、私も一緒に行きますよぉ。」


 そう言うと馬車を降りたリッカは右隣りに並ぶ。左隣には手を繋いだリムがいる。人混みの中で横並びと言うのはどうだろうかと思ったし、特に背の低いリムはもみくちゃにされてしまうかも知れないと思い、抱き上げるといつもの左腕座りをさせる事にした。

 隣でリッカが自分もと煩いが、両腕に人を座らせるのは色んな意味で却下だ。


 「今度ぉ、お姫様抱っこしてくれるんならぁ、今回は我慢しまぁす。」


 ギーブンには馬車で待ってもらい、勝手な事を言っているリッカとルーリィを引き連れて広場へ戻ると、通り過ぎて薄くなっていた様々な匂いが戻って来る。

 リムに「晩ご飯が食べられなくなるので少しだけですよ。」と言うと、「ここで晩ご飯にするから大丈夫。」と返事が帰って来るが、今はまだ夕方とも言えない時間だ。


 食べ物屋にしか目が行かないリム、服を売っている店を眺めているリッカ、そしてルーリィは絶えず周囲を警戒している。

 そのせいか自分達の回りは人が遠ざかるようにして少し空間が出来ている。取り巻かれているような形の人垣の中にこちらを鋭く睨んでいる人がいたような気がしたが、目を向けると蠢く人混みしかなかった。


 色々と見て回り、左腕に乗ったお嬢様は今、串焼き肉と焼いたトウモロコシを両手に持ってご満悦だ。その様子を見てリッカは次は自分が見たい店と言っている。

 ギーブンを待たせている事には多少の罪悪感はあるが、急ぐ用がある訳でも無いので色々見て回ろうと思い、ルーリィにも声を掛ける。


 「ルーリィさんは見たいお店とかありますか?」


 しかし返事が無い。見るとかなり鋭い目で周囲を窺っている。そこまで警戒しなくても良いのでは?と思わなくも無いが、彼女はそれを仕事と思って頑張っているのかと思い黙っていると、少し遅れて気が付いたように返事が来る。


 「あ、いえ、私は大丈夫です。特に見たいお店とかはありません。」


 そう言ったルーリィはいつもの表情だったが、話終わると再び目付きを鋭くして人混みの一部を凝視している。過去に何か揉めた人でもいたのかと思い、あえて聞く必要も無いかと判断してリッカが指差す店へと向かった。




 あれこれ店を見て回り、馬車の所まで帰って来る頃には空が赤く染まり始めていた。

 ギーブンは馬車の傍で誰か知らない男と話していて、自分達の姿を見つけるとその男に手を振って別れの挨拶をしていた。

 誰だったのか聞いてみると、立派な馬車を見て何者が来たのか気になり声を掛けてきただけの人だったらしい。

 日も暮れて来たので急いで全員馬車に乗り込み、今日の宿を探す為に馬車を出す。


 ギーブンは泊まる宿のランクを上・中・下のどれにするか言ってくるが、馬車が立派なだけに下は無いだろう。手持ちの予算的には心配する必要が無いので、揉め事を回避する意味で上の宿を探してもらう事にする。

 プスゲーフトは商人の行き来が激しいため、宿は繁盛していて一杯で泊まれない場合も多いらしいが、流石に高級な宿となるとそうそう一杯にはならない。

 城壁を3つも潜り抜け、明らかに周囲の建物とは一線を画した立派な建物の前に馬車を止めると、入り口で姿勢良く直立していた男がすぐに近寄って来る。

 ギーブンが部屋はあるか尋ねると、男が丁寧な口調で「ございます。」と返事をする。今夜はここに泊まる事になりそうだ。


 それにしてもギーブンはこの都市の事を良く知っている。途中いくつもの宿らしき建物があったにもかかわらず、この宿まで迷う様子無く馬車を走らせた。仲介屋という仕事柄なのか、それともギーブンがこの都市に縁があるのか。

 おそらく前者だろう。この都市以外の周囲の村では宿を探すのが大変だと都市に入る前に言っていた。ギーブンは情報面でかなり優秀な能力を持っていると言う事だ。こういった人物が旅に同行してくれるのは、かなり幸運な出会いをしたのかも知れない。


 宿は以前に帝都で案内された宿よりも更に豪華な物だったが、作りは似たような物だった。1階がレストランになっていて、2階が宿泊施設だ。

 そして知らなかった事だが、この世界では風呂と言うのは一般的な物では無いらしい。温かいお湯に身体を丸ごと入れるなど贅沢の極みなのだそうだ。普通は桶に水か湯を入れ、手拭いで身体を拭く物なのだそうだが、帝都の宿でもこの宿でも風呂があり、従業員に言えば湯を張ってくれる。流石に24時間いつでも入れると言う物では無いのだが、風呂の有る無しが高級な宿の目安になっているかも知れない。


 宿への案内が終わるとギーブンとルーリィが出て行こうとするので、どこへ行くのかと聞くと自分達は別のもっと安い宿を探しに行くつもりらしい。自分達が泊まる所は自分達で料金を払うつもりだったらしく、こんな高級な宿にはとても泊まれないと言うので、彼等の分も私が払うと言って引き止めた。

 最初は断っていたが、護衛が守る対象から離れるのはどうかと言うと納得してくれた。それに対外的には彼らも私の会社の社員と言う事になっているのだから、彼等の宿泊費も経費として良いだろう。

 些かワンマン社長の独裁っぷりを感じなくも無いが、自分達が高級宿に泊まっているのに社員が安い宿にいるとなれば、心苦しくてくつろげない。

 そう言った事が平気で出来る者が政治家とかになるのだろうかと、訳の分からない事を考えていると、隣にいた小さな食欲魔人が再び活動を開始する。


 「ぶちょー。何食べるの?わたし、おやつなら食べれるよ?」


 この子はこのままで良いのか?キボクにこの子の躾について相談するべきか?などと思うが、別の所からもお腹の虫の唸り声が聞こえてくる。

 振り返るとルーリィが伏せた顔を真っ赤にしている。耳も不自然無く真っ赤になっている事から、変えた外装は問題無いなと確認しつつ皆に伝える。


 「まずは食事にしましょうか。」

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