教会
食事をしている最中に声を掛けてくる人がいた。自分達は貴族か何かですかと聞いてくるのだ。
馬車で待たせていたギーブンも声を掛けられたと言うし、泊まっている宿が高級と言う事もあるのだろうが、自分達は少々目立ち過ぎているのかも知れない。
そもそも立派な馬車を使うと言うのはリッカが言い出した事だった。可愛い服にみすぼらしい馬車は似合わないと言うのだ。確かに取り合わせが悪い見た目になってしまうと思って立派な馬車を用意したのだが…。
今更ながら何か設定を修正するべきか考えていると、ギーブンが声を掛けて来る。
「色々買い揃えるにゃこの町は便利なんで、明日一日貰っても良いですかね?」
勿論異存は無い。明日一日はこの都市で自由行動として、明後日に出発と言う事にした。
その間ギーブンは物資の調達で別行動だ。旅に必要な物であれば皆に必要な物と言う事なので、一応の予算を渡しておく。
ルーリィよりもギーブンの方が町に詳しそうなので、別行動を取る前に城塞都市プスゲーフトについて聞いておく事にした。
そもそも都市国家だった頃は別の名前だったらしいが、この町は他の地域とは少し毛色が違うらしい。
ウィラント公爵領で最も大きな都市であるにも関わらず、ウィラント公爵の邸宅はこの都市には無い。それどころか、公爵直属の騎士団もいない。帝国の第十二騎士団が数十人常駐してはいるが、都市の規模からすればあまりにも少ない。都市の治安は教会所属の自警団が主となって守っているらしい。
この世界で教会とは、他種族に比べて人類のステータス的不利を補う目的で、文明を促進させるために運営が最初にした教育を伝え続ける場所だ。
つまりここでの司教とは正に教えを司ると言う意味で現実で言う教師にあたり、そして司祭の方が神への感謝の儀式などを執り行う役職と言う事らしい。
神の教えである教育は、基本的に全く同じ事を何も付け加えずに伝え続ける事こそ信仰の証とされているため、全く同じものがどこの教会でも教えられている。
・読み書きの習得のための語学、
・足し算、引き算、掛け算、割り算を教える算学
・作物を育てる知識を得る為の農学
・鉄などを採掘し、それを利用する手段を学ぶ工学
この4つのみが教会で教えられる教科で、それ以外の物は教会以外で教わるのだ。
鉄を加工して新しく生み出された道具の作り方や、新しい農耕法などは商工会で学び、帝国の歴史や兵法などは帝立図書館で学んだ者が伝えたり、貴族などは家庭教師や帝立学園で学んだりする。
教会では神、つまり運営が教えた物以外を教えるのは邪教とされるのだ。
しかしここプスゲーフトでは教会でも他とは異なる特色があると言う。語学・算学・農学・工学以外にも歴史と兵器工学を教えているのだ。
歴史その物に興味があるなら教会で授業を受けるのも良いかも知れないとギーブンが提案してくる。今は秋の収穫が終わり冬が来る前で、農民などの都合を考えてこの時期から新しく授業の周期が始まると言う。
もちろん過去使われた兵器の遺物を見て回る場合はどこが良いかなども提案してくれるが、自分としては教会で話を聞くと言う方に興味が傾いていた。
世界遺産や遺跡などが好きで、その手の番組は良く見ていた。しかし現物を見るだけよりも、その歴史的背景や遺物がどのように使われたかを知ると言うのは、大いに知的好奇心を満たしてくれるものだ。
出来れば授業を受けた後に都市を見て回りたいと思ったが、一日で両方は無理があるだろう。ならば、都市の城壁の穴が何なのか、都市の造りや見慣れない構造物が何なのかと言う事を知って、都市を出る時の景色を堪能したいと思ったのだ。
教会で授業を受けると決めると、リッカはギーブンの買い物の方へ付いて行くと言い出した。ギーブンはリッカの買い物には付き合えないと言ったが、店の場所だけ教えてくれれば良いと言う事で買い物班に参加する事になった。
リッカがルーリィの方を見ながら「まぁ…この人は大丈夫ですねぇ。」などと良く分からない事を言っているが、それぞれの明日の予定は決まった。
私とリムとルーリィは教会へ、ギーブンとリッカは町で買い物だ。
翌朝、それぞれの目的地へと出発する。
教会は突き出した塔の上に建てられたシンボルが宿からも見えていて、歩いてもそれほど遠くない。しかし商業地域は宿からかなり離れた場所だ。それもそのはず高級な宿が騒がしい場所の近くに建っているハズが無い。よってギーブンとリッカの班が馬車を使う事になった。
教会周辺はかなり静かな地域だった。大通りへと戻ってから教会へ向かうと分かりやすいと聞いたがかなり遠回りになるらしい。そのため直接向かったのだが、低い建物が無造作に並んで見通しが悪い。しかし教会のシンボルが高い位置にあるため目印となって迷う事は無かった。
教会の門は大きく開かれていて、中に入ると短い廊下の左右に扉があり、奥は大きな礼拝堂となっていた。そして一番奥の壁の高い位置に、教会のシンボルが掲げられている。
ちなみにこのシンボル。かなり意匠化されていて分かりにくくはなっているが、ローマ字でAとDを組み合わせた物だ。倒産した以前の会社がAce Developmentと言う会社であった為に、会社のロゴを世界観を壊さないように意匠化された物が教会に使われている。
個人的な意見を言わせて貰うならば止めて欲しかったが、もはやどうしようもない。
礼拝堂に入ってすぐ右に司祭らしい男性が立っていたので授業の事を聞くと、教会に入ってすぐ左の扉の先の部屋で神学、ここでは語学や算学と言った基本教科の授業を学べ、右の扉の先の部屋では歴史や兵器工学が学べると言う事だった。
右の扉を開いて中に入ると地下への階段となっていた。すぐ下は踊り場があり、左に折れてまた下っている。
降りきった先は廊下が続き、少し歩いた所で左側に扉がある。階段の踊り場に明り取りの窓が付いていて、そこからの光がこの辺りまでは届いているが、まだ奥への通路は続いている。暗く見通しの利かない奥への通路には柵が置かれて通行止めにされていた。柵は低く、動かすのも簡単そうなので奥へ行けない事も無いが、おそらく教室を分かりやすくするために設置された物なのだろう。左の扉をノックして中に入る。
中は簡素な椅子が並べられただけの部屋で、明かりは壁に掛けられたいくつものランタンが部屋を照らしている。教室はかなり盛況で、大人から子供まで様々な人達が既に椅子に座っていた。後ろの方にいくつか空いた椅子を見つけてそこに座ると、礼拝堂にいた司祭と似たような服を着た男性が入って来て一礼する。それを合図に皆も立って礼をするので習って礼をすると再び全員が座り、授業が始まった。
今回の授業は新学期第一回目と言う事らしく、兵器工学では無く歴史の概要からと言う事だった。
この都市で歴史と兵器工学をなぜ教えているのかと言う理由を理解してもらう為の授業と言う事で、自分としてはまさに国営放送でノンフィクションの歴史放送をこれから見るような気分だった。
しかし終わってみれば授業内容は色々と疑問点の多い物だった。
この都市は以前フェアティルグングと呼ばれる都市国家だったが、それももっと以前は別の名前だったらしい。
まだ戦乱が始まる前に、預言者の集団が現れた。彼等はこの地が戦乱に巻き込まれ、侵略の対象となる事を予言して、この町を城壁で囲う提案をした。更に必要な資材や金品を惜しげも無く注いでこの町を僅かな間に今の城塞都市として完成させ、その時からフェアティルグングと言う名前になったと言う。
預言者達の言った事は間もなく現実となり、周囲の様々な国家がフェアティルグングに攻め入った。しかしそのことごとくを撃破し、城塞都市は自らの平和を守りぬいた。
預言者は未来を見通し、更に今何が起きているのかをまるで別の場所が見えているかのように言い当てる千里眼を持つ。そして例え敵に捕まっても一切抵抗する事無くその命を差し出し、そしてその遺体は光の粒となって消えると、教会の石板より蘇って再びこの都市を守る為に力を貸してくれる。
この世界の人類の為に知識を与えてくれた神は去ったが、平和に暮らすフェアティルグングの人々を守る為に、神は天使を遣わしたのだ。
しかし再び予言によって、都市に危機が迫っていると告げられる。深い堀を作り、吊り橋を掛けて準備したがそれでも十分では無いと予言されていた。
予言は的中して、周辺国家の軍隊のことごとくを打ち破って来た城塞都市は、いよいよそれらの国家を呑み込んだ現帝国の侵略対象となったのだ。
帝国は様々な方法で城塞都市に攻め込んだ。
盾装備のみと言う軽装の工作兵に堀の手前まで接近させて防壁を築かせようとするのを、天使より与えられた知識で作り出した巨大な設置型の弩で防壁ごと貫いた。
次にやってきた大量の重装備の歩兵達に対しては、またしても天使から知識を与えられ、設置型の弩をいくつも繋げて連射出来るようにして撃破した。
更にやってきたのは、馬車の表面を分厚い大盾で覆った物だった。中に人が入って押しているらしく、迫る速度は遅いものの大型の弩でも貫けないそれは堀の手前まですぐに迫って来た。
堀は越えられないと思っていたが、盾馬車の後ろに同じ盾馬車が繋がり、さらに繋がって、その中で丸太の橋が掛けられ、徐々に盾馬車が堀に張り出して来たのだ。これには流石に都市側も狼狽したが、この時再び天使より前もって知識がもたらされ作っていた物が投入された。
この町は昔から鉄の産業が盛んだった為に鉄材と加工施設は不自由無い。そして、湖の淵に出来た都市である事から水も有り余っている。それらを利用して作られたのが水蒸気を使った兵器だった。
分厚い鉄の巨釜に水を入れて炊き上げ、吹き出す水蒸気の出口を絞る事で設置型の弩を超える威力の矢を放った。
これによって帝国の盾馬車をも破壊して都市を守り抜いたのだ。しかしそれでも帝国はこの都市を諦めなかった。
最後は策も何も無い。ただ地を埋め尽くす大群を以って攻め入ったのだ。
堀を埋め尽くした死体の上を踏み越えて尚迫る帝国軍は、もはや狂気だった。
いよいよ城壁に取り付かれて、越えられようかと言う時にまたしても新たな兵器が投入される。
城壁に無数に空いた穴から圧縮した水蒸気を噴き出させたのだ。壁に取り付いていた者達は次々と蒸し殺されていったが、それでも帝国は止まらなかった。
やがて門を破り、城壁を越えて都市になだれ込んだ帝国軍は狂ったように最奥にそびえる城目がけて突進していった。しかし最後に城は大量の水蒸気と共に爆発し、中になだれ込んでいた帝国兵もろとも崩れ落ち、そしてこの都市は帝国領となったのだ。
その後別の場所にあった教会が移設されて、今この教会は城のあった場所に建っている。
天使と呼ばれた者達はプレイヤーだ。石板からの復活と言う点だけでも間違いない。様々な知識を与える事でこの町を守ろうと頑張った者達だろう。千里眼と言うのはおそらく別のプレイヤーとメールなどでやり取りしていたのだろうか?しかし予言と言うのが分からない。管理者権限を使えば同じような事が何か出来るのだろうか?ならば天使は管理者と言う事だろうか?
色々と疑問が浮かんで来て混乱していると、居眠りしたリムが肩に寄り掛かって来た。丁度授業も終わりらしく、教師役の司教が締めの言葉を述べている。
「今ここにいる人々は、天使様達が守ろうとしたフェアティルグングの人々では無いかも知れない。しかしこの地で平和に暮らす人々を守ろうと尽力した天使様達を敬い、喜んで頂けるような行いを続けていれば、苦難が訪れたとしても再び天子様達が力を貸して下さる事でしょう。」
随分フェアティルグング視点の授業であり、帝国の教育としてこれで良いのか?と言う疑問もあるが、リムも限界だろう。次の授業も気になるが、休憩に入ったこのタイミングで教室を出る事にした。
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