出会い
スイングドアを押して中に入ると同時に怒鳴り声がした。
「なにしやがる!」
声がした方を見ると店の奥で大きな丸テーブルを囲み、大柄で筋肉質な男が4人座っていて、そのうちの一人がずぶ濡れだ。
そのすぐ傍に立つ人物は繊細な顔立ちにターバンのような帽子をかぶり、そこから流れ出る長い直毛が店内の蝋燭に照らされて金色に輝いているようだった。ほっそりとした腰には極細の剣を帯び、身体から伸びた腕は男の頭の上で木のコップを傾けている。
どうやら男にコップの中身をぶちまけたらしい彼女の後ろでは、お盆を胸に抱いた女性がゆっくりと店員らしき男性がいるカウンターの方へと下がって行く。
「酔っていると言う理由で許される非道などこの世に存在しない。」
物静かな口調。綺麗な声音。そして繊細で美しい外見が微笑みながら発するその言葉の意味を男が理解するまでに二呼吸ほどの間があった。
言葉を理解すると同時に男が頭の上まで伸びていた腕を掴もうとするが、彼女が素早く腕を引き戻して掴ませない。
「店員の代わりにあんたが相手してくれるって事だな。」
ニヤニヤと笑いながら立ち上がった男に続いて、同席の男達が同じ表情で立ち上がると三歩ほど下がった彼女の横に並ぶ人影が一つ。
男達よりさらに長身ではあるが線は細い。とは言え4人組に比べてと言う事であって、現実であれば『細マッチョ』と呼ばれるくらいの筋肉は付いている。顔もそこそこ男前だ。
「彼女の相手は俺以外しちゃいけない決まりがあるのさ。」
髪をかき上げながら格好をつける男に何とも言えないゾワリとしたものが背中を走る。長身男性も腰に剣を帯びている。
あまり関わり合いにはなるまいと思っていると袖が軽く引かれる。
「アド様、どっちが悪いの?」
「たぶん4人組の男だと思いますよ。店員の女の子に4人組が悪さしようとしたのを髪の長いお姉さんが止めたのでしょう。あの背の高い人はお姉さんの仲間でしょうね。」
「ふーん。」
などと会話している間に向こうでは殴り合いが始まっていた。金髪女性と長身男性にそれぞれ二人づつ筋肉暴漢が迫っている。
長身男性が金髪女性を庇う形で相手を遮ると思っていたが、どうやら金髪女性の動きが素早く長身男性がついて行けなかったようだ。
金髪女性の方は掴みかかろうとする筋肉暴漢二人相手に全く危なげ無くその手を回避し、時折すり抜けざまに足を引っかけるなどしている。
長身男性の方は二人を相手に苦戦している。一人の相手をするともう一人からの攻撃を防げず、そちらを相手にすると空いたもう一方が攻撃を加える。
最初はいくらか反撃もしていたが、徐々に防戦一方になる。顔を守れば腹を殴られ、両腕で顔と腹を守れば脇腹を蹴られる。いわゆるサンドバックと言う状態だ。しかしその状態でも剣は抜かない。
そこで再び袖が引かれる。
「アド様、何とかしてあげられないの?」
「うーん、あまり直接私が目立つ事はしたくないんですけど…。」
普通に喧嘩しても筋力が増強されているため勝つ事は出来るだろうが、かなり不自然に見えて目立つだろう。
不自然な筋力を使わないのであれば自分を加速する手段もある。加速と言っても既に限界まで加速された世界では、脳の負担へのセーフティーが働いて自分への加速は出来ない。
その為世界の時間の方を遅くして、自分が速くなったように疑似的に加速する方法が取れると言う事だ。そこでふと思いつく。
生身の肉体を持つ自分以外なら加速出来るのではないか?
管理者ウィンドウから以前にも使った、出会った人間のIDが表示されるウィンドウを表示する。
しかし数字だけのページから個人を特定するのは一苦労だ。前回は出会った人間の少なさと、最年長と最年少という分かりやすい特徴からキボクとリフを選択出来た。
今回はどうするべきか悩みながら数字の一つを選択すると視界の中の一人の輪郭が緑に縁取られて頭の上に緑のカーソルが出ている。
(なるほど、世界にログインしている状態であれば選択したIDが視覚的にも同期して選択されたエフェクトが付くのか…。)
これならばと次々にIDを選択していくとその一つが長身男性を緑に縁取る。これだと思ってデータの詳細を表示すると、『Information processing speed in the brain』という項目を見つけ、その数値の右側に『×5』と言う項目があったので『×6』にしてみる。
長身男性が「おっ?」という声を上げると筋肉暴漢達の攻撃を躱し始めるがまだ二人相手で互角と言ったところだ。
更にウィンドウを操作して『×8』にして長身男性を見ると今度は相手の攻撃をスイスイ避けながら二人相手に一方的に殴るようになっていた。しかし…
「おらどうした?もう酔いが回ったのか?どうしたどうした?さっきまでの勢いはどうした?来いよ、おらもっと来いよ!」
(………。)
頭の情報処理速度を上げただけなので声が高くなったりはしていないが、とにかく凄いスピードで喋り、相手を捲し立てている。
本人は普通に話しているつもりなのだろうが…。
パンチが良い所に入ったようで、二人目が倒れた所で倍率を元に戻してウィンドウを閉じる。
「これで良かったですか?」
「うん! ありがとう!」
嬉しそうにしているリムの頭を撫でていると、すぐ目の前に金髪女性が素早く移動して来て、自分達に背を向けた後に今まで抜かなかった剣を抜く。
シャリンと鈴の音のような音が響くと店の奥から二人の気絶した筋肉暴漢を引きずって店を出ようとする残り二人の筋肉暴漢に向かって剣を突き出し、金髪女性が静かに話す。
「店を出るなら代金を払ってからにしなさい。」
男の一人がカウンターの店員に小袋を投げつけ、そこから何枚か硬貨を取り出した店員が男に小袋を投げ返すと金髪女性の方を見て頷く。
それを見た金髪女性が剣を収めて道を開ける。出入り口の前に立つのが自分達だけだと気づいてリムの手を引いて場所をあけると目の前をのされた男達を引きずった男二人が通り過ぎていく。
「食事は別の店にしようか?」
「えー…」
この店でああいった騒ぎが日常的にあるなら、あまり長居したくないという気持ちで別の店を探す事にする。
外に出るとすっかり日が暮れていた。少し離れた所を先ほどの男達が離れて行くのが見えたので、男達とは逆の方へと歩き出す。
「おなか空いたー…。」
「他のお店を見つけたら好きなだけ食べていいですから。」
「やった!」
リムの身体は最初は私と同じ設定にしていた。食事や睡眠が不要な設定故に空腹や眠気は感じないようになっていたのだが、今は違う。キボクが眠る迎賓館のある例の部屋でリムが飲み食いした量は人間が食べられる量では無かった。
空腹を感じないリムがそれでも食事がしたいと言う時、人間が食べられるはずが無い量を食べるのは異様な光景だ。
故に設定を少し変えたのだ。食事をしなくてももちろん餓死したりはしないが、食べ物が身体に入っていない状態だと空腹を感じ、食べた食べ物は時間をかけてゆっくりと消えて行く。そして一定量を食べると満腹感を感じるようにした。喉の渇きも同様だ。そして16時間を超えて起きていると眠くなるように設定しなおした。
もちろん飲まず食わず眠らずにさらに身体がバラバラにされても死にはしないし、むず痒い程度の痛み以上は感じない設定は同じなのだが、傷ついた身体を治すのは私が操作しないとリム本人では出来ない。
しばらく歩くが食事が出来そうな店は見当たらない。看板が付いた何かの店らしき建物は並んでいるのだが、日が落ちると閉店するのか、どこも明かりが付いていないし人の気配も無い。
だいぶ歩いたところで道も狭くなり、店舗らしき建物が途切れたのでこっちはハズレかと足を止めたところで肩に誰かが手を置いた。
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