仲介屋

 「少し良ろしいですか?」


 肩に置かれた手に反応して振り返ると、先ほど騒ぎがあった店で大立ち回りを演じた金髪女性がいた。

 金髪だと思っていた髪は、今は蝋燭ではなく月の光に照らされて銀色に輝いている。どうやら光源の色によって見間違えたようだ。

 声を掛けられる理由が思いつかずに相手の顔を伺うと、かなり目を鋭くして睨むようにこちらを見ている。女性に睨まれるような事をした経験が今まで無かったので言葉が緊張で強張る。


 「………何か…私達にご用でしょうか?」


 「………。」


 ほんの数秒だったのだろうが、精神的な緊張が一気に限界に達すると目を泳がせる。

 隣にいたリムが不安そうな顔で私の袖を握るのが視界に入り、いくぶん冷静さが戻ってくる。


 「用が無いのでしたら離していただけますか? 私達はこれから食事が出来る場所を探さなければいけないので。」


 「………あの時、この男に何かしましたか?」


 この男とは少し離れて銀髪女性に付いて来ていた長身男性の事だろう。視線を向けるとあの時そこそこに男前に見えた顔は少し時間が経った今、誰か分からないほどボコボコに腫れているが服装や体格からおそらくあの時の長身男性で間違い無いだろう。

 乱闘騒ぎの時に確かに私はこの男に手を貸した。管理者権限でこの男の脳に当たるデータの情報処理速度を上げる事で、周りの時間がゆっくりになったように感じるようにした。あの時この男は暴漢達のパンチの軌道がハッキリ見える様になっていただろう。


 「だから違うって。あれが俺の本当の力で…」


 「黙れ。」


 男の方はどうやら勘違いしてくれているようだが、しかしこの銀髪女性が私達に目を付けた理由が分からない。証拠どころか疑いが掛かるような仕草は一切していない。


 管理者ウィンドウは私にしか見えない。操作も考えるだけで出来るのだ。自分にしか見えないウィンドウを操作するのに手を動かしたりする訳でも無い。

 怪しまれる理由が分からずどう切り返すか考えていると、銀髪女性が追撃の言葉を発する。


 「あの時の二人の会話は聞こえていました。」


 有り得ない。最初店内に入った時は確かに静まり返っていた。しかし殴り合いが始まるとすぐに店内に大量にいた他の客達、つまりは他の酔っ払い達が大声で当事者達を囃し立てていたのだ。

 そしてあの時私達は特別大声で話ていたのでは無い。まだ店の出入り口に立っていたので比較的乱闘の舞台から離れていたのと、袖がすり合うほどの距離で並んでいたので普通に話すだけでお互いに会話は出来たが、乱闘の中心にいる人物どころか人の輪の一番近くにいた人物でも会話をはっきりとは聞こえるはずが無いと思っていたのだが…


 「偶然でしょう。」


 何も思いつかないのでとりあえずとぼける事にした。


 「それよりもこの子に食事をさせたいので失礼します。」


 「なら俺達に任せとけ。良い店紹介するぜ。」


 歩き出そうとするが肩の手を離さない銀髪女性の後ろから長身男性が声を掛けてくる。出来ればこの人達とは関わりたく無いので遠慮したいが、店の場所は教えて欲しい。


 「この街に詳しいのですか? 出来ればさっきの店であったような騒ぎが無い店で、美味しければ尚良いのですが。」


 「俺達は仲介屋だ。求める人・物・場所・情報を引き合わせるのが仕事さ。」


 髪をかき上げながらポーズを取るが顔はボコボコに腫れたままだ。


 「おいルーリィ、欲しい情報を人から貰うには正当な対価を支払って得るのが正しい仲介屋の姿勢ってもんじゃねぇか?」


 「………そうですね。めずらしくお前の言う事が正しい。」


 つまり店の情報とさっきの質問の答えを交換と言いたいのか?

 はっきり言って釣り合わない。管理者権限の情報と街の静かで美味しいお店の情報を交換など論外だ。


 「その情報はおいくらですか?」


 管理者ウィンドウのストレージの中に、過去のプレイヤーの持ち物からも運営のイベント用の倉庫からも、かなりの数の金貨を既に見つけてある。

 一刻も早くこの二人と別れたいので、ふっかけられても即金で払って店の情報を得たら追い払うつもりだ。


 「だ、そうだ。ルーリィ、お前がそんな怖い顔で詰問するから仲良くしてはくれ無いんだとさ。」


 その言葉でようやくルーリィと呼ばれた銀髪女性が掴んでいた私の肩から手を離すと、後ろにいた長身男性の更に後ろに素早く回り込んで身構える。

 人通りの無くなった通りの元来た方向から道幅一杯に広がって、何人かが近づいてくる。


 「引き止めてすみませんでした。あなた達はここから……チッ。」


 声を掛けながらこちらを振り返ったルーリィが舌打ちをする。嫌な予感で振り返ると横道から出て来た筋肉質な4人の男がこちらに歩いてくる。どうやら挟み撃ちにあったようだ。

 私達が歩いてきた方向からやって来た男達の顔は暗くて良く見えないが、発した言葉で正体が分かる。


 「酒場では世話になったな。忘れる前に礼をしようと思って急いで追いかけてきたんだ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る