取り囲んだ男達の目的が自分達では無いと理解して声を掛ける事にする。


 「私達は関係ないようなので失礼させて頂きます。道を空けて頂けますか?」


 先回りして私とリムの前を塞いでいる男達が顔を見合わせている。こちら側の者達は酒場には居なかった者達だ。しかし更に2人加えて6人で反対側を塞いでいる中の、おそらくは酒場にいた男の中の一人が叫ぶ。


 「そっちのやつらの有り金はお前らの分の手間賃だ!」


 どうやら逃がしては貰えないらしい。どうするか考えている時間も貰えそうにない。ジリジリと迫ってくる男達が刃物を抜く。反対側の者達も刃物を抜いたようで、長身男性が声を掛けている。


 「お前達、巡回の騎士に見つかったら即切り捨てられても文句言えねぇぞ!」


 「心配ありがとよ。でも問題ねぇ。ここらの巡回はこの時間は来ねぇって知ってるからよ。」


 「ああそうかい。それじゃこっちも遠慮なく抜かせて貰うぜ!」


 そう言って長身男性が剣を抜く。ルーリィも剣を抜くがハッとしてこちらを振り返る。

 私も、そしてもちろんリムも帯剣していない。と言うか持っている鞄の中にも実は何も入っていない。必要な物を出現させるのを隠すために持っているだけだ。しかしこの場面で長い剣が鞄からズルリと出て来るのは突っ込みを入れられて然るべきで当然控えるべきだろう。


 (いっそこの鞄に入る訳が無いほどの巨大な剣を引き出して見せれば逃げてくれるか?)


 などと考えていると後ろでの会話が聞こえてくる。


 「私は巻き込んだ彼等を守ります。あなたはこちらを一人で何とかして下さい。」


 「6人はいくら何でも無理だぜ…。」


 悪い人間では無さそうなのは分かった。しかしこれ以上巻き込まれるのはごめんだ。

 どうするか決めた私はこちらに来ようとしているルーリィという銀髪女性に向かって手を上げてこちらに来なくて良い旨を伝える。

 そして少ししゃがんでリムと目線を合わせて話かける。


 「ちょっと怖い思いをさせてしまいますけど、すぐ済ませるので我慢して貰えますか?」


 「うん。大丈夫!」


 そう言うとリムを持ち上げて、曲げた左腕の上に座らせて肩を掴ませ「落ちないように」と声を掛ける。

 待っててくれた訳では無いのだろうが、リムが私に抱えられてから男達が声を掛けてくる。


 「有り金全部とそのお嬢ちゃんを置いて行けば。お前は見逃してやってもいいぜ?」


 「お金はともかくこの子は置いて行けませんから勝手に逃げさせて貰います。」


 「じゃ動けないようにしてから頂くぜ!死んじまったら運が無かったと思いな!」


 そう言うとダッシュで近寄り20cmほどの刃物を向けて来た。

 会話の最中に元々5倍に設定してあった筋力を更に20倍に上げる事で、リムを片腕で抱えたままでも軽々と動けるようにしてある。

 そしてさらに相手が動き出すと同時に世界の時間を遅くする事で、年齢を重ねて全く自信を持てなくなった反射神経を補う。


 ゆっくりと切りつけてくる刃物をたなびく服が引っかからないように大き目の間隔をあけてゆっくりと躱す。全力で動くと実際には猛烈なスピードで動く事になるのでリムが振り落とされてしまうかもしれない。

 しかしこういった事態にも行為にも慣れていないために、全体を把握して動く余裕がなかった。続いて目に入った二人目の刃物を躱すためには少し早く動かなくてはならない。

 リムを振り落としたく無い。しかし知性を持ったNPCへの暴力行為は禁止と言う感覚が相手を突き飛ばすなどの行為を控えさせる。

 慌ててしまい、時間を止めてゆっくり考えるという手が浮かばなかったため、仕方なく刃物を持った右手の甲をゆっくりと軽く押して向きを変えたがこれがいけなかった。


 自分ではゆっくりと軽く押しただけのつもりだったが、減速された時間の中で自分が思っていた『ゆっくり』はとんでも無い速度で、そして20倍もの筋力を持った人間の『軽く』はもの凄い力だったのだ。

 押しのけられた右手に引っ張られるように、男の身体は刃物を持ったままくるりと回転し、隣にいた男の胸に刃物の切っ先が伸びて行く。


 (しまった!死んでしまう!)


 思った時にはもう動いていた。幸いにも身体ごと大きく動く距離では無かったので、リムを振り落とす事も無く、素早く右手を伸ばして相手の刃物を全力で掴んで止める。

 しかしその次の瞬間、実際にはとんでもない速度で万力で締めたような力を掛けられた質の悪い刃物は掴んだ指の間で粉々に砕けてしまう。


 ………そして力を入れた自分の指も何本かおかしな方向へ曲がっている。


 (………。)


 しばらく待つと男達の動きが止まる。時間を止めた訳でも無いのでゆっくりでも動くはずの男達が、いくら待っても動く様子が無い。


 おそるおそる減速していた世界の時間を元に戻す。

 しかし男達は動かない。

 そしてリムが声を上げた。


 「アド様、すごーーーい!」


 次の瞬間こちらの道を塞いでいた男達がバタバタと逃げ出したのだ。

 予定では男達の間をすり抜けた後は、増強された筋力と疲れない身体を生かしてひたすら逃げるつもりだったのだが大失敗だ。

 しかしとりあえずは逃げる必要が無くなったので仲介屋と言う二人の方を見てみると、酒場での暴漢組も含めて全員がこちらを見ていた。

 月明りがあるとはいえ街灯も無い場所は薄暗く、何があったか全てが見えていた訳では無いだろうが、逞しい男4人が蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだ。

 仲介屋の方で刃物を向けたまま呆けていた男6人も、私が抱えていたリムを降ろして再びそちらに目を向けた瞬間に、我に返ったようにハッとして慌てて逃げていった。

 逃げる男達の方へ仲介屋の二人が顔を向けた瞬間に、増強された自分の腕力で増やしてしまった指の関節を気づかれないように管理者権限を使って元に戻す。


 「とりあえず………美味しい料理が出る静かな店を教えて下さい。」

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