お願い

 「いやー、あんたスゲェんだな!」


 「申し訳ないが、話すにしてももう少し声を落としてお願い出来ますか…。」


 静かな店内に顔をボコボコに腫らした長身男性の声が響く。

 案内された店は調度品も高価そうな物が並び、店員の服装や対応もキッチリとした静かな店だった。2階建ての2階部分は宿泊施設になっていて、そちらがメインの店のようだが1階部分のレストランにも非常に力を入れているらしい。


 リムが管理者の部屋にいた時のノリで次々と食べ物を注文してテーブル一杯に料理が並ぶが、今度はあっという間にお腹が一杯になり大量の食べ残しや手を付けていない料理が並んだままだ。

 それらを始末する為に、食べる量に制限を付けていない私が黙々と料理を口に運び続けていると、図々しく同席してきた仲介屋が話を続ける。


 「あなたが強い力を持っているのなら、お願いしたい事があるのです。もちろん報酬もそれなりの額を用意させて頂きます。食事の後で構いませんのでお話させて頂けないでしょうか?」


 「私は普通の一般人です。何をして欲しいのか知りませんが、ご期待にお答えする事は出来ませんよ。」


 「その言い訳は今更だと思いますよ?」


 どこまで見られてどこまで感づかれたか分からないが、このルーリィと言う女性には力を持っているという事は確信されてしまったようだ。しかし中身が一般人でしかもNPCへの暴力行為を拒否している私が『強い力がある人へのお願い』など知りたくも無い。


 「お金には困っていません。そして私はリムを連れています。私の目の届かない所に預ける事はありませんし、わざわざ危険な所へ連れて行く気もありません。むしろ先ほどの詫びとして私達に近づかないようにして頂けるとありがたいのですが?」


 「その件に関しては本当に申し訳ありませんでした。ですがどうか、お話だけでも聞いて下さい!」


 そう言うと席を立ち、テーブルに額を付ける所まで頭を下げる。周りの目もある中でなんと迷惑なと思いつつ、嫌な予感がして隣に目を向けるとリムがこちらをじっと見ている。

 どう見ても「お話きいてあげないの?」という表情だ。

 ため息を吐きつつ頭を下げたまま微動だにしない銀髪女性に声を掛ける。


 「話を聞くだけですよ。」


 顔を上げたルーリィが「ありがとうございます。」と言って再び頭を下げる。




 食事をした店の2階の宿泊施設に部屋を取り、部屋の中のテーブルを囲んで3人で座る。

 椅子が3つしか用意されていなかったので、長身男性は銀髪女性の斜め後ろに立っている。


 「まだちゃんと名乗ってもいませんでしたので、まずは自己紹介を。私はルーリィと言います。後ろの男はギーブン。二人で仲介屋を生業としております。」


 「アドです。こちらはリム。」


 名乗りはしたが、仲良くしたい訳では無い。社会人としての長年の習慣から、名乗られたので名乗り返してしまったというだけだ。


 「先ほどの力にも驚きましたが、お貸し願いたいのは酒場の一件で使って頂いた力です。」


 「何の事ですか?」


 「リムさんにお願いされた後に、急にギーブンが強くなったあの時に使った力です。」


 「………。」


 私が何かしてギーブンという長身男性を強くしたのが明らかにバレている。あの時のリムとの会話を聞いていたのなら当然そう思うだろうが、実際に何をしたのかまで分かっているのだろうか?


 「何かした覚えはありませんが私が何をしたと?」


 「何をしたかまでは正直分かりません。薬を使ったのか、あるいは魔法か…。しかし結果としてギーブンが強くなるのを見せて頂きました。」


 なるほど。管理者権限という力まではさすがに想像がつかないのは当たり前だろう。しかしこういったやり取りから、今後何らかの管理者権限を使った時にはどう気をつけるべきかという注意点を教えてもらったのは確かだ。

 そのお礼の気持ちも沸いて、とにかく話〝だけ″は聞いても良いかと言う気持ちになる。


 「で、そういった力があったとして何をさせるつもりなんですか?」


 「……実は……ある娼館を襲撃しようと考えています。」


 「商館を襲撃…ですか。つまり犯罪の片棒を担げと?」


 「いえ、そこまでは。実際に襲撃するのは私達だけです。あなたには酒場の時の力をまたギーブンが出せるようにしていただけないかと…。」


 「目的がお金か証文か人かわかりませんが、どちらにしろ建物に商人が残っていたら襲うのでしょう? そういった人達の力にはなれませんよ。」


 「いえ、私達の目的はそこで不当に監禁されている者達の解放と、違法な行為が行われているという証拠を見つける事です。商人もいるかも知れませんが…あぁ…、そうでは無くてですね、商館では無く娼館です。その…大人の男性が…女性と商売をする所の方です…。」


 先に勘違いに気づいたらしいルーリィが、リムの方を気にしながら言葉を選ぶのを見て『娼館』と『商館』の間違いに気づかされる。しかし襲撃と言うからには犯罪である事には変わりは無いだろう。


 「相談する相手が違うのでは?騎士などの国に所属して違法を取りしまる方たちに相談するべきでは?」


 「本来ならそれが正しいのでしょうが…いくつかの理由で、それは無理で無駄なのです…。」


 事情は色々あるのだろう。だがこの話にこちらが力になって得をする部分が一つも無い。力を貸す事で二人には力を持つ事を知られてしまう。そうなれば人の口に戸は立てられぬと言うように、どこまで知られるか分からない。

 それどころか失敗してこの二人が捕まれば、私に力があって尚且つ犯罪に手を貸した事が国側に知れ渡ってしまう。

 そうなれば自由に世界を見て回る事は難しい。もちろん再び別人になれば問題は無いのだろうが、こういう事態を繰り返せばいずれは特別な力を持つ者がいると広まる事になり、動きにくくなる事が予想される。それにいちいち別人になりすますのは手間だ。

 今後の事も考えて、こういう事態に対処する事に慣れる練習と思って考えを巡らせる。


 「私達があなた方を裏切って、「娼館を襲撃する人物がいる」と国や娼館の人間に密告するとか、いざ実行する時になって約束したはずの援護をしない可能性は考えないのですか?」


 「………もちろんその可能性も考えました。しかしこちらも急ぐ事情が出来たのです。信頼出来る人物、しかも腕の立つ人物をずっと探してはいたのですがなかなか…。それと私は人を見る目は自信があります。あなたは少なくとも善悪の判断がちゃんと出来る人で、しかも命の重みを知る人だと確信しています。」


 「それはありがとうございます。どこを見てそう判断されたのですか?」


 「あなたはあの酒場の一件の時に、男達が嫌がる給仕の女性を触っている所を見ていない。私が割って入って酒を頭からぶちまけた所で店に入って来た。にもかかわらず状況を見て悪いのはテーブルに座っていた4人組の男達だと隣の女の子に答えていました。そして先ほど仲間を連れて仕返しに来た者達に刃物を向けられた時、いなした刃物が相手に刺さるのを掴んで止めました。故に先に述べたような人物だと判断いたしました。」


 たいした洞察力と考察力だ。良く周りが見えているし、相手の考えを読む事にも長けている。私はそこまで周りを良く見て相手を深く読めていないので、ルーリィと名乗った彼女がどのような人物か。そして信用できる人物なのかの判断が付かない。

 現実では元は人事を担当して多くの面接やスカウトをしてきたと言うのに、この世界に来てから周りの人間を観察する余裕など全く無かった。

 しかし彼女が酒場の給仕の女の子を助けた一件から良識を持った人間だとは思うのだが、どことは言え無い何かが引っかかり、彼女を信用する事は出来ないと感じさせた。

 そしてこの場合にどう対応するべきか思いつかなかったので、管理者権限などの話は伏せたまま、感想だけ素直に話してみる。


 「こちらがあなた方に協力する理由がありません。更にあなた方が信用出来る人物なのかの判断が付きかねます。出来れば私達は厄介事には巻き込まれずに静かに街を見て回りたいのです。」


 「………。」


 黙って考えこんでしまったルーリィの返事を待つ。すると彼女は酒場でも1階のレストランでもこの部屋に入ってからも取らなかったターバンを髪に固定している髪飾りに手を掛ける。後ろに立つギーブンが「おいっ!」と声を掛けるが髪飾りを外すとそのままターバンを取る。

 長い銀髪が部屋の蝋燭に照らされて金色に見える輝きと共に流れると、顔の横から少し尖った耳が飛び出ている。


 「私はエルフです。」


 「そうなんですか。初めて見ました。」


 この世界には人間以外に様々な知的種族がいると資料で知ってはいたが目にするのは初めてだ。多少驚いたものの「へーそうなんだ」くらいの感想しか無い。

 しかし相手の反応には驚いた。「エルフです」と言った本人と後ろに立つ男が揃って驚いた顔をしていたのだ。変な事を言った記憶は無いのだが…。


 「あなたは………一体どこから来たのですか?」


 なぜその質問になったのか見当が付かない。いや、エルフとは今では珍しい種族と言う事なのかと考えていると相手が先に答えを教えてくれる。


 「この帝国に於いてエルフとは人権を持たない、どのように扱おうとも殺そうとも人は一切罪に問われないという存在です。エルフと知られるだけで捕まえて売り払おうと考える人間がほとんどでしょう。それに今では探しても滅多に目にする事が出来無いほど数が少なくなってしまった存在です。」


 「なのにあんたはあまり驚いた様子もねぇ。あんた何モンだ?」


 やはり200年の間に資料とはずいぶん世界が変わってしまったようだ。たくさんあった人間の国のほとんどが帝国に呑み込まれて、現在大陸のほとんどが帝国の領土だとキボクとの話で聞いてはいたのだが、エルフなど人間以外の知的種族の話は聞いていなかった。

 世界を回っていれば出会う事もあるだろうから本人から聞けば良いかと思っていたのが裏目に出た、と言いたい所だが実際は聞き忘れただけだ。

 失敗したーと言いながら頭の中の自分が頭を抱えているがもう遅い。さてどうしたものかと思っていると意外な所から声が上がる。


 「アド様はここに来たばっかりなんだから!」


 私が常識的な事を知らないと馬鹿にされたと思ったのか、それとも知らない事で私の素性が怪しいまれ、鋭い目で睨まれているのが気に入らなかったのか、リムが頬を膨らませて抗議してくれている。

 私の為に怒ってくれるのは嬉しいのだが、重要な秘密までばらしてしまいそうなので、頭を撫でてやりながら人差指を口に当てて黙っているように指示する。


 「調べられても何も出て来ないでしょうが、こちらにはそちらの事情など知った事かという事情があります。もし……仮にですが………私が力を持っていて、あなた方に協力するとしたらその対価はあなた方が持つ全てと言う事になりますよ。」


 半分は脅しだが半分は本気だ。街の人間に話を聞いて世界を知る材料にしようと考えていたが、事情を隠さずに話が出来る人間は便利だとキボクとリフの時に経験済みだ。


 仮にこの二人が死亡したとしたらキボクとリフのようにコピーを作って話をしても良いかもしれないと思っている。しかしキボクとリフの時以来、コピーを作るという事に抵抗を感じるようにもなっていた。

 ならば死亡したら管理者の部屋で死亡直前の身体にして話を聞いてから再び死体に戻ってもらい元の場所に戻す、などと言う手も考えつく。

 しかしどれも死んだ人間を弄んでいる感が否めない。それに死亡が前提である。

 ならば生存時には絶対の忠誠を要求しての情報収集というのはどうか?と思うが人の忠誠心をそこまで信用する気にはなれない。


 最後に浮かんだのは管理者の部屋で話をした後、元の場所に戻してその後身体を管理者部屋に連れて行く前に戻すと言う方法。

 身体をログから過去に戻すと、設定を前もっていじっていなければ記憶も過去に戻る。

 何か物品を貰う訳では無いが相手の身体を全て自然では無い力でいじくる、と言う意味で『全て』と表現したのだ。

 脅しの意味も多分に含まれた強い言葉にもかかわらず返事はすぐだった。


 「望みが叶うのであれば、その後は私の全てをあなたの好きにしてくれて構いません。」


 真っ直ぐに決意の目を向けて来るルーリィを見て、後ろでやれやれと首を振っているギーブンと同じ表情になってしまう。


 「具体的な話をお聞きしましょう。」




 話が終わって二人の仲介屋が自分達の泊まっている宿屋へ帰るその道中…


 「結局どこまで力を貸してくれるのかは説明して貰えなかったな。あれじゃ計画に組み込めねぇぜ。」


 「しかし、思いつく手は打てるだけ打たないと。私が思いつく最善が彼等の協力を求める事でした。」


 「なら俺は俺で思いつく手を仕込んでくるぜ。時間が無いのは分かるが、実行は何日か待ってくれ。」

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