趣向

 モーゲンで一番大きい治療院のベッドは一杯で、近所からシーツを集めて床に敷き、そこに患者を寝かせるがそれでも場所が足りない状態だった。

 当然治療や介護をする人間も足りない。それどころか治療師自身も病に侵され寝込んでいる状態だった。多少具合が悪い者も、動ける者は動けない者の世話をする。そんな状態が数日続いている。

 20人以上が横になっているこの部屋で1人、甲斐甲斐しく皆の世話をしていた。長い黒髪を後ろで束ねて前髪は目元を覆うようにしている。

 この部屋は症状が重い者が多く、既に食事を飲み込む事すら難しい者がほとんどで、水に果物の果汁を加えたりして何とか栄養と水分を取らせるのがせいぜいだった。

 そんな状態の中で床に寝ている男の口元へ、吸い飲みですりおろした林檎を混ぜた果汁水を飲ませようとするが、男は喉に感じる痛みのせいか飲み込む動作が出来ずに気管に入ってしまったせいか、力無く咳き込んで吐いてしまう。

 流し込むだけなら何とかなるかもと思い、男の上体を抱えて起き上がらせると再び吸い飲みを口元にあててゆっくりと傾けるがやはり飲み込んではくれない。

 口の端から垂れる果汁水を手拭いで拭き取ると、吸い飲みの果汁水を自分の口に含んで男の上体を支えたまま膝立ちになり、男の顔を上に向けさせ自分の唇を男の唇にピッタリと重ねると果汁水を流し込んだ。

 丁度その瞬間に部屋に入って来た男が、口元を覆った布越しにくぐもった声で叫んだ。


 「何て事してるんだ!あなたまで病に掛かってしまうぞ!」


 唇を離すと男はまた力無く咳き込むが、今度は果汁水を吐き出しはしなかった。それを確認した後に部屋に入って来た男に顔を向けて答える。


 「でも水分を取らせなければ直ぐに脱水症状になってしまいます。」


 「よそから来たあなたが命がけでそこまでする事はないでしょう。」


 「私が来たくて来ました。そして私がしたくてしている事です。」


 「とにかく口移しは止めてくれ。頼むから………。」


 そう言うと男は別の患者に吸い飲みを使って水分を取らせ始める。背中を向けて、自分の方を見れない位置で屈んだのを確認すると、我慢出来ずに口元に笑みを浮かべながら舌で唇を舐める。




 町の中心からは少し離れた所に建つ一軒家。周りに他の家はあるが間隔はかなり空いている。家の元々の住人が既に全員亡くなってしまっているので好きに使って良いとあてがわれた家の玄関で、何気ない仕草で周囲に人がいない事を確認してから中に入る。

 ランタンを灯して窓が閉まっている事を確認すると汚れたシャツやスカートを脱ぎ捨てる。更に控えめに見せかける為に胴体に分厚く巻いたサラシをを解くと、女性を強調し過ぎる胸の肉が解放され、そこでようやく深呼吸をする。すると奥の部屋から人影が姿を現した。

 自分と同じようなシャツにスカートを着ているが、白い肌をしている自分とは正反対で露出した手足は浅黒い。顔には目の部分だけに薄く隙間が作られるように布が巻かれ、頭の後ろで束ねられた髪は燃えるように赤い。そして手に持った桶には湯が張られている。

 赤髪の女性の後ろに周り込むと、抱きしめながら服の隙間から手を忍び込ませて身体中を弄り、赤髪の女性の首筋をペロリと舐めると噛り付く。

 しかし赤髪の女性は微動だにせずに桶を持ったままじっとしていて動かない。しばらくすると抱擁を解いて離れた後に呟く。


 「やっぱり何にも反応が無いとつまらないわねぇ。」


 赤髪の女性は何も言わずに桶をテーブルに置くと、身体を湯で湿らせた手拭いで拭いてくるので、両腕を上げて身体を拭きやすい姿勢を取ると話しかける。


 「今日ね、私、殿方とキスをしたの。その方が後2、3日でいなくなってしまうのがとっても残念。今までで最高の殿方だったわ。最高に醜く喚いて呻いてもがいてくれたけれど、もう暴れる力も無いみたい。」


 赤髪の女性はまるで聞こえていないかのように自分の身体を丁寧に拭き続ける。


 「最高に興奮させてくれたお礼に、ちゃんとこの町の水を飲ませてしっかりと殺してあげないとね。どちらにしてももう助からないでしょうけど、水を飲まないと長く苦しむ事になっちゃうじゃない?」


 問いかけるような言葉を投げかけられても、やはり赤髪の女性は返事をしない。しかし別の所から声が掛かる。


 「お嬢。帝都から知らせが来ました。3日後の夕方か、強行軍で来れば2日後の昼には薬が届いちまうようです。」


 声は閉じた窓の向こうから聞こえて来る。


 「思ったより早かったわねぇ。もっとギリギリになると思ったのだけれど。ここくらいは焼き払われちゃうと思っていたわ。」


 「連中の見切りが早かったようです。値段のつり上げより確実な儲けを優先したんでしょう。それと別口で解毒に動いてる連中がいるようです。」


 「へぇ…毒だって気付いた人間がいるのね?そいつらはどんな人達なの?いつ頃ここに?」


 「アドと言う名の豪華な馬車に乗った商人を中心とした連中ですが、正体は不明です。アドの連れ数人以外にも薬害対応局の人間と治療師を1人づつ連れています。大金を出してあらゆる種類の解毒薬を買い込んでいました。プスゲーフトをもう出発しているでしょう。」


 「じゃぁ明日には会えるのね………『アド』、それに豪華な馬車ねぇ………。」


 馬車の特徴を聞くと、思い浮かべた馬車と一致する。


 「お食事にご招待するならヒッツリンドの方が良いかしら…。そもそも私、ヒッツリンドにいる事になっているのだし。コルト、帝都から薬を持ってこちらに向かってる連中の足止めをお願い出来るかしら?」


 「どの程度で?」


 「このモーゲンが焼き払われるまで。けれどモーゲンでグンバンと鉢合わせるように調整してちょうだい。私はヒッツリンドに行くわ。焼かれるモーゲンの人達を見られないのが残念でしょうがないけれど、お客様をお迎えする準備をしないとね。」


 「アドの一行はどうしますか?」


 「そっちは放っておいていいわ。その方が面白そうだから。」


 「承知しました。」


 外の気配が消えると窓に向けていた顔を下に向ける。身体を拭き終わり、最後に足を綺麗にしている赤髪の女性が目に入る。

 足の裏を拭き取るのに持ち上げられていた足を更に上げて、赤髪の女性の肩を跨ぐともう片方の足も肩に乗せる。肩車を丁度逆向きに乗ったような形になり、頬を紅潮させながら股の間にある赤髪に語りかける。


 「ねぇ、どうしたら良いかしら?プスゲーフトでは儀式が中止でおあずけ。ここでも最後の火祭りはおあずけ。最初から何の予定も無ければここで死んじゃう人達のお世話してるだけでも結構楽しめたのだけれど………今の私、すっごく欲求不満なのだけれど?」


 だが赤髪の女性は何も言わない。そして全く動かない。大きくため息のような深呼吸をする事で、下腹から登って来て体内に充満していた熱を吐き出すと赤髪の女性から降りる。


 「お前に何をしてももうあまり気が紛れなくなってきたわね………そうねぇ…私と同じ日に他の村からここの治療院に手助けに来た彼も連れて行きましょう。ヒッツリンドに着くまでの暇つぶしに原液だとどれくらい効くのか試してみる事にするわ。」


 思い浮かんだのは自分が口移しをしている所を見た時の彼の顔、そしてそれを止めるように頼んで来た時の顔だった。その彼にこれから自分がする事を考えると、再び下腹が熱くなり始めるのを感じる。


 「うふふ…彼、私の事気になっているみたいなの。楽しませてくれるお礼に彼にも口移しで飲ませてあげようかしら。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る