待ち伏せ

 「見えましたぜ。」


 汚れた革鎧にボサボサ髪の小柄な男が木の上から声をかけると同時に更に後方の仲間に鏡を使って光を送り合図する。繁みや木の上に隠れた他の仲間達が気配を完全に消していく。なるべく大きく葉の多い木を選び、十分な高さで更に枝を引き寄せている。下から目を凝らしてもまず発見される事は無いだろう。後は降りるタイミングと手早さに気をつければ今回も失敗はすまい。


 目が良く身軽な事で監視や偵察をさせられる事が多い男は他にも様々な特技を持ってはいるが分隊を任される立場では無い。今回のこの分隊を任されているのは身軽さに欠けるため、下で繁みにその大きい身体を可能な限り小さくしている男だ。飛び出す合図はその男が出す事になっている。

 正直に言うと腕力だけで頭の悪いその男に指揮されるのはどうにも心配だが、さすがに何度も同じ手口を繰り返した事と、自分の目で見た相手の様子から今回も危険は無いだろうと思っている。


 しばらくして馬車の一団がたてる馬の歩く音と荷車の音が自分の隠れる木の下を通り過ぎて少し行った所で止まる。どうやらさらに先で街道に立ちふさがる別部隊に気づいたようだ。相手の様子からいつも通りなら騎士が離れてくれるはずだ。

 騎士の一人が馬車の老人といくらか話をすると他の騎士達を全員連れて、この先で別部隊へと馬を走らせて行く。少し待って剣や槍がぶつかる金属音が聞こえてくるようになると下の男が剣を掲げて立ち上がる。


 (合図だ。)


 繁みや木の上から街道に飛び出したのは8人。全員が汚れた革鎧だが武器はバラバラだ。剣が3人、槍が2人、弓が1人、弩が1人、そして俺の得物は短剣だ。

 剣と槍の5人は前で止まっていた3人が乗る馬車に群がって行く。弓と弩の二人は中年の男が一人で乗る後ろの馬車に目標を定めてすぐさま矢を放つ。首と頭を矢で貫かれた男がぐにゃりと倒れて動かなくなる。自分だけ何もしていないと後で言いがかりをつけられて分け前を減らされる可能性がある。見れば御者の老人も既に槍で突かれている。残っているのは荷台の2人。この隊の指揮をする大柄な男が剣を突き出して威嚇しながら荷台に上がろうと足掛かりを探している。


 (時間が無いな…)


 相手が強ければ反撃を喰らって怪我をするかもしれないが、荷台の2人の怯え方を見ると強いとは思えない。意を決して走る勢いを落とさずに荷馬車の車輪に足を掛けて荷台の上へ身体を捻りながら飛び上がると同時にその勢いを利用して男の胸に深々と短剣を突き立て得物から手を放す。空中でバランスと取りながら引き抜く動作までは出来ない。荷台に登ろうとしていた指揮官から「あ、この野郎!」などと聞こえてくる。

 残ったのは小柄な女の子だけだ。ようやくといった感じで荷台に登った指揮官の男がチラリとこちらを睨んだ後に女の子を抱えて荷台から降りる。倒れた男から短剣を引き抜くが血が出ない。おや?と思うと一呼吸遅れて血が溢れ出してくる。感触は無かったが何か下に着こんでいるのか?と思った所で男が耳障りな声をあげる。


 「よーしお前ら、金目の物を探せ!」


 その声と同時に皆が一斉に荷物を漁る。普通ならば別部隊の応援を考えるべき所だが今回もその必要は無い。そして指揮官から声がかかる。


 「おい、向うで死んだふりしてる奴らに合図を送れ。」


 言われる前から用意していた鏡で別部隊に合図を送る。しかし返答の合図が無い。気づいて無いのか?と思った時に隣から声があがる。


 「こいつっ! いってぇなこの野郎!」


 見るとせっかく生きたまま捕まえた女を指揮官が切りつけている。馬車の老人には荷台に上がって金目の物を漁っていた仲間が再び槍を突き立てている。


 (あーぁ、一番金になりそうなのに…)


 思っても声には出さない。八つ当たりで何をされるか分かったものじゃない。ここは別の話を振っておくのが得策か。と思って別部隊の方を見てぎょっとする。


 「隊長、別部隊からの返答の合図がありません。」


 「あぁ!?」


 「騎士と部隊の5人ほどがこちらに向かって来ていますが死んだふりのはずの仲間は起き上がる気配がありません。こちらに向かってくる騎士達は武器を構えたままです。」


 「はぁ!?」


 「おそらく我々に攻撃を加える意図があると思われます。」


 「はあぁぁぁ!? いやだって…あいつら俺たちと…… はぁぁ!?」


 (あ、ダメだこいつ。)


 「騎士連中が裏切った!仲間も何人か騎士側に付いた!実力も数も向こうが上だ!全員林の中をバラバラに逃げろ!」


 指揮官の発言を待たずに命令を出すと同時に自分も林の中へ走りだす。後ろで指揮官だった男が「いや、何か訳があって…」とか叫んでるが気にせず逃げる。ギリギリ視界が通る距離まで離れた所でチラリと振り返ると他の連中は指揮官の所に集まっている。もう逃げる時間は無いだろう。仲間と言っても同じ盗賊団で同じ仕事をしていると言うだけだ。命を賭けて助けようという気持ちは沸かない。自分の命が一番大事。他には何も無い。あるわけがない。盗賊仲間が何人か騎士側に付いた事で追跡の能力はかなり高いだろう。とにかくまずは十分な距離を取り、その後痕跡を消しながら逃走。これしかない。


 (アジトに行けば30人からの仲間がいる…いや…アジトの場所も騎士達に付いた元仲間は全部知ってる。アジトに残ってるヤツらは敵になったか始末されたかだろう。)


 考えをまとめるとアジト方向に向かっていた足を別の方向に向けようとする。しかし考えを少し修正する。全力で距離を取る間はアジト方向に向かう。その後痕跡を消しながら逃走する段階で別の方向に逃げる事にしよう。

 そう決めると息が切れずに走り続けられるギリギリの速度で走る。


 (俺一人でも絶対に生き残ってみせる!)


 そう心の中で呟きながらひたすら呼吸を整え足を動かす。身に付いた音をたてない走りにも関わらず一般人なら全力だろう速度で走り続けた。頭の中の地図を広げて目的地をどこにするか探しながら…

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