遭遇

 髭を蓄えた年配の男性が御者を務める馬車には、いくつかの木箱と真新しい鍬や鎌、そして年配男性の隣に座るまだ幼さの残るオサゲ髪の女の子。

 後ろには馬車がもう一台。こちらには中年男性が一人。荷物は木箱と革袋が一つづつ。

 そしてその二台の馬車を取り囲むように6人の騎馬。フルプレートの鎧に身を包み、胸には剣と盾の紋章。いかにもな騎士といった容貌だが、その騎士達が護衛しているように見える荷馬車に乗る者達は見るからに一般人であり、馬車も荷物も誰が見ても高級感は無い。


 「おじーちゃん。わたし、お姫さまになった気持ち!」


 騎士の方を見ながらオサゲ髪の女の子が笑う。


 「はっはっはっ。お姫さまになりたかったのかい?」


 「ううん。今のままでいい。でもちょっとだけなってみたかったの。」


 「そうかい。もうちょっと良い服とか着せてあげられれば良いんじゃが。」


 「おかーさんの作ってくれたこの服がいい。」


 「そうかい…。」


 手綱を握る年配男性が少しだけ遠い目をする。物思いにふけっていると街道の先の方で人影を見つける。


 「たった一人…しかも歩きで。この街道でそういう人を見るのは珍しいのぅ。」


 この街道は他の街道よりも街と村との距離が長い。しかも大半が林の中を通る。見通しが良いとは言えず、野生の猛獣も野党・盗賊といった類も出るために、この街道を通る一般人は馬車などを使う人がほとんどで、加えて護衛役がいるのが普通である。

 歩きでしかも一人というのはよほど腕に自信があるにも関わらず馬を調達する金が無いという場合だろうか。

 馬車の方が速度が出るためにどんどん近くなる人影がしだいにはっきりした輪郭を取る。しかしどうやら背負い袋一つしか持っておらず、剣も槍も弓も持っている様子は無い。


 (大丈夫かこの人? お節介は厄介ごとを引き寄せると言うが、親切は身を助けるとも言うしのぅ。 挨拶してみるか?)


 「こんにちは。 お一人ですかな?」


 馬車の一団に気づいて街道の端に寄って通り過ぎるのを待つ男の前で馬車を止めて挨拶してみる。


 「どうもこんにちは。 見てのとおりですよ。」


 「どちらまで行かれるつもりなんですかな?」


 「とりあえずこの先の集落を見てこようかと思っております。」


 「そうですか。しかしこの辺りは獣も出ますし野党も出ますが腕に自信がおありで?」


 「いえ、荒事は全く向いて無い方だと思いますので出会ってしまったら逃げさせていただきます。」


 正直呆れてしまった。あまりにも世間を知らな過ぎる。野生の獣に人が走って逃げきれるわけがない。盗賊に襲われても弓などを使われれば逃げるのは難しい。それに服装も奇妙だ。仕立ては非常に良い物のようだが気品があるような服では無い。形も見た事が無く、どこの物だか見当もつかない。背負い袋だけが自分達が使っている物と変わらないが、中身が詰まっている様子もない。

 しかし口調は丁寧で温和な印象だ。悪い人では無さそうだがどうしたものか。


 「おじーちゃん、乗せてあげようよ。」


 隣からの声にそれほど反対する気持ちもわかなかったので同意する。


 「そうじゃな。良かったら乗って行かれますかな?」


 「それはご親切に。遠慮なくそうさせて頂きます。」


 荷台に身体を持ち上げる時の「よっこらせ」という声がなんとも見た目に似つかわしくない年寄りじみた印象を抱かせる。


 「わしはキボク、この子がリフ。よろしくの。」


 「アドミニストレータです。よろしく。」


 握手をして荷台に腰をおろした男の横にリフが移動して座る。孫を取られた気になってちょっと寂しく感じるが見慣れない物や人に興味を持つのは子供の特性みたいなものかと自分を慰めて、「では行きますぞ」と声をかけて馬車を再び走らせる。

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