降臨

 『降臨』と言っても空から地上へと降りて来る訳ではない。もちろんそういった事も出来るが、今回はどちらかと言えば『転送』という表現がしっくりと来る。

 草の生えないむき出しの土の筋が東西に延び、おそらくは街道であろうという場所に突如として視界が切り替わる。林の中だろうか。日の光を遮らない程度の間隔で木々が立ち並ぶ場所。南北方向には見える範囲にどこまでも林が続く。東西にはまっすぐ伸びた道が続く。どの方角を見ても視界の中に目標となる物は何も見えない。


 「さて、どうしたものか。」


 あらかじめ見たマップではおそらく東に行けば街がある。西に行けば村程度の大きさの集落がある。

 村の方へ行くつもりではあるのだが、とりあえず一般人の旅行者的な雰囲気でうかがいたいと思っている。


 特に何をしに来たという目的があるわけではない。しかしながらこの世界において『神』と呼べる権限を持った自分が普通では無い事がバレるのにそう時間はかからないのではないかと思っている。何せ人間では有り得ない能力を初期設定の段階で大量に取り入れてしまっている。


 しかしながら初心者として参考にしたサイトでは、『とにかく現実でこの能力があれば安全だろうという能力は、全てONにしておくべし』と書かれていた。

 なので一般人の旅行者的な雰囲気をまといつつ『神』と呼べる権限を持った自分を出来るだけ長く公にせずにいたい。つまりはこの世界の人間にバレるまでは一般人として接して一般的な事を教えてもらい一般人の目線で世界を見たいという感じだ。


 が、自分で言うのも何だが旅行者というにはあまりにも不自然。現実でアウトドアを楽しむ時に着て行く服っぽいのを選択した。トレッキングシューズや防水加工のフード付きパーカーなどは恐らくこの世界にはあるまい。色は地味目な物を選んではいるが、魔法という非科学が存在するこの世界において、これらの服が一般的になるほどの科学は進んでいるはずが無いと予想していた。だからと言ってこの世界ではこういう服が普通というのも分からないために考えるのをやめた結果だ。

 そして何より旅行者というには手荷物一つ持っていない。管理者ウィンドウから過去のプレイヤーの持ち物が全て取り出せるために必要になってから出せば良いと思っているが、さすがに背負い袋の一つくらいは出しておこう。

 ウィンドウから分類別検索をして、背負い袋を取り出す。服装と全く合って無いが気にしない。

 そしてもう一度辺りを見回し、誰もいない事を確認したうえで管理者ウィンドウからマップを呼び出す。この辺りを拡大表示して周囲5㎞の知的生物の反応を表示する。

 西に4㎞ほど、街道沿いの林の中に20前後の反応がある。動いてはいない。東からは街道をこちらに近づいて来る反応が9。そして200mほど北の林の中を東から西へと動く反応が1。



 可能性その一

  西側に関所があり、その駐屯部隊と東から関所方向に向かうグループがある。

 可能性その二

  街から村へ向かう何者かのグループを西で待ち構えるグループがある。

 可能性その三

  街から村へ行くグループと休憩中のグループがある。

 可能性その四

  分かれていた同じグループが合流しようとしている。



 個人的にはどの可能性だろうが友好的な集団を期待したいが北で移動中の反応が偵察だとすると一か二の可能性、それも敵対している可能性が高そうに思う。

 降臨早々にトラブルはゴメンこうむりたいが情勢把握には手っ取り早そうだ。


 結論。ゆっくり歩いて東からの反応に追いつかせ話してみよう。

 そう決めると背負い袋を背負い、景色を眺めながらゆっくりと西へ歩きだす。


 (さて、最初の挨拶はどうするか…。日本で開発されて日本で遊ばれたゲームなわけだから日本語が通じないという事は無いだろうが、純粋な日本語以外が通じないとなるとグループやゲームといった単語は理解してもらえない可能性があるか?)

 (いやその前に名前をどうする? 本名を使うのはどうにも抵抗があるな。 神…いやいや無い無い。管理者… Administrator …アドミニストレータで良いか?)

 (それにしても…現実と区別がつかんじゃないか。はっきり言って何が起こるか怖い…)


 考え込んでいる間にも後ろから微かに音が聞こえてくる。馬の蹄と荷車の車輪の音。どうやら追いついてもらえたようだ。

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