期限

 「どーもご苦労さんです。この道もう通れないんですかい?」


 ギーブンが馬車を停止させ声を掛けるのが聞こえて覗き窓を開いて見ると、簡単に作られた柵の前に騎士が数人立っていた。手前で腕を広げて止まれと合図している者がそれに答える。


 「つい先日から通行止めだ。聞いて無いか?この先の村や町は流行り病でとんでも無い有様だ。死にたいなら止めはしないが俺達の寝覚めが悪くなるから出来ればやめてくれ。」


 「全滅ですかい?」


 「時間の問題だろう。バタバタ死んでるらしいぞ。」


 「毒じゃねぇかって話を聞いたんですけどねぇ。」


 「どこでそんな話を?」


 ひとつ前の村で唯1人残っていた爺さんとの会話と死の状況をギーブンが話して聞かせる。そして矛盾や推測も合わせて聞かせてやるが、どうも良く分かって無いらしい。

 目の前の騎士は伝令を走らせるよう指示しているが、その内容は「感染者が出た事を報告」と言う物だ。流行り病では無い可能性の事など全く頭に入っていないようだ。ひとつ前の村で感染者らしき者が死んだとしか考えていないような対応で、この騎士に言っても無駄だと分かる。

 出来ればこの流行り病とされている事態に対処している人達を指揮する人間と話をしたい。覗き窓からギーブンに声を掛けて聞いてもらう。


 「ここで街道見張ってんのぁ第十二騎士団の騎士さん達ですよねぇ?団長さんと話出来ますかい?」


 「団長は帝都で対応を帝国と話し合っていて不在だ。現場の指揮は副団長がギュントで領主の騎士団と一緒に取っている筈だ。」


 「領主様の騎士団ってのぁヒッツリンドの領主様ですかい?」


 「いや。フリン伯爵は騎士団引き連れて帝都の別邸にさっさと逃げちまったよ。」


 「なるほどねぇ。ウィラント公爵様の騎士団が出張ってる訳ですね。指揮は誰ですかい?」


 「ウィラント公爵様の騎士団はグンバン団長が直接指揮している。」


 「グンバン団長………大丈夫ですかね?」


 「………今のところ問題は起きていない。」


 ここでギーブンが覗き窓越しに話を聞いていた私に向かってどうするのかを聞いて来るが、会話を聞いていても事情が良く分からないので説明を頼む。

 ギーブンは仲介屋の仕事柄、繋ぎを頼まれそうな相手は元々かなりの人数様々な肩書の者達を調べてあるので分かっている情報について話してくれた。


 騎士団団長は全員顔と名前と評判程度は元々調査済みで、第十二騎士団の今の団長はハッキリ言えば評判が無い。良い噂も悪い噂も聞かない。と言うのも何もしないのだ。

 第十二騎士団は専業騎士では無い者達が各地に散らばっている特別な騎士団だ。派遣では無い。各地に元から住んでいるのだ。様々な貴族の領地で住人として暮らしている者達が様々な理由で第十二騎士団の騎士になる。

 もちろんなりたいと言ってすぐなれる物では無いし、そもそも貴族の領地に住む者が騎士になるなら領主が治安維持の為に自前で抱える騎士になるものと思われそうだが、貴族の領主が民にとって良い領主である事は稀だ。事情があってもそんな者に仕えたいと思う者は少ない。

 そこで第十二騎士団に入る者が出るのだが、第十二騎士団は基本的に採用されても帝都に移住したりはしない。そのまま出身地で暮らしながら指示が届けば従うが、基本的には自己の判断で治安を維持する為に動く。専業騎士である第一から第十一騎士団の騎士とは違って給料は無いが税を免除される。何かあれば手当は出るが騎士としての職務をしている時以外は普通に働く。

 だが大きな問題が起こった時にある程度の地域の第十二騎士団の者が集まって事に当たる場合、現場の指揮はその中で位が一番高い者が取る。必ずしも団長の判断を待つ必要は無いのだ。団長の指示を待っていては帝都から遠く離れた地で問題が起こった時に迅速な対処が出来ない。

 そして現在の第十二騎士団団長は「現場にお任せ」と言う考えが特に強く、「帝都で報告だけ受けます」と言う人物だ。さらに副団長は事務処理的な事ばかりやっていて、とても現場で指揮という雰囲気が想像出来るような人物では無いと聞いた。

 ならば領主の騎士団が主だって指揮を取っているのだろうか。しかしこの『領主』と言うのが今回は事情が異なる。流行り病の発端の町とされているヒッツリンドはフリン伯爵領だが、現在指揮本部が設置されているらしいギュントの町はウィラント公爵領だ。

 普通に考えれば疫病発端の地に、関係無い地域の貴族は関わりたがらないのでフリン伯爵の騎士団が対処に当たるのだろうが、領主が領地を放り出して騎士団共々逃げてしまった今、隣接する領地を持つ貴族としてウィラント公爵も自分の領地にまで被害を広げない為に動いていると言う事だろうと話してくれる。

 ウィラント公爵の私設騎士団はグンバンという男が団長を務める。この男の名は多少知られている。高い身長に肉厚な身体。歩く筋肉と言う言葉が相応しい男だ。そして頭の中まで筋肉で出来ているような男らしい。兵士としてなら優秀だろうが、指揮官としては使い物にならないだろうとギーブンが話してくれる。


 「騎士団内の軋轢や貴族同士の利権絡みの駆け引きに巻き込まれない為にゃ近づかねぇのが一番ですぜ」と注意してくれるが、手前の村で亡くなったお爺さんの話を聞いてからリムが随分落ち込んでいるように見える。そして私自身ももちろん気になっているのでとりあえずは情報を集めたい。

 とにかくギュントに行けば更に情報が手に入るだろう。ギュントに向かって欲しい旨をギーブンに伝える。


 「こっからギュントまでは通行止めありますかい?」


 「戻ってニズーの手前からならまだ通れるが、お前達の話でニズー周辺も通行止めになるだろうから急いだ方が良いぞ。」


 「じゃお言葉通り急ぎますんで失礼しますぜ。」


 ギーブンが愛想良く手を振って別れる。しかし少し離れてからギーブンが話し出した内容は、ギュントに行ってもマトモに話が出来そうな相手が浮かばないと言う事だった。第十二騎士団とウィラント公爵の騎士団がそれぞれ上からどういう指示が出ているのか分からないが、様々な情報や状況を踏まえて現場で最善と思われる判断が出来る人材が思い浮かばないらしい。

 だがひょっとしたら指揮官を補佐するような立場の人間の中に頭の切れる人間がいるかも知れない。




 昼前にギュントに到着すると、町の入り口には数人が立って検問をしていた。鎧姿の騎士がほとんどだが、1人だけ白いシャツに薄茶色のズボンの男がいる。出入りする者に流行り病の兆候があるかを診ている者のようだ。馬車の中の者も全員検査を受けるように指示され外に出ると、白シャツ男が目の色や喉の腫れなどを診る間、騎士が馬車に隠れている者がいないかをチェックしている。

 騎士や白シャツ男らは全員白い布で口と鼻を覆う覆面をしていて、検査をしている白シャツ男だけは手袋もしている。流行り病への警戒具合が良く窺えた。

 一通りの検査が終わった後に、町へ来た目的を聞かれる。伝えたい話があるので流行り病の対処をしている人達を指揮している人物と会いたい旨を伝えると、騎士の1人が答える。


 「現在、町の集会所に使われている建物が対策本部になっている。第十二騎士団のボリオ副団長とウィラント公爵私設騎士団のグンバン団長はそこだ。後この辺りの治療師をまとめるオーベル氏が来ている。」


 集会所の場所を聞いて検査を終えた馬車に乗り込み再び移動する。町の中はどの店も閉まっているが人通りはある。荷物を積んだ馬車とは何台もすれ違ったし、行き交う騎士も町の規模からすればかなり多い。だが一般人が通りを歩いている姿は一度も見かけなかった。

 騎士から聞いた道順通りに進むと、聞いた通りの特徴の建物があった。建物のすぐ隣には何台も馬車がとめてあるので、その中で空いているスペースに馬車をとめる。

 馬車を降りるのは自分とギーブンだけだ。女性陣は全員馬車に残す事にした。ルーリィに「2人をよろしくお願いします。」と声を掛ける。

 今のリッカは中身が別人で、会話も長く続けると違和感が出てしまうような状態で連れ歩く訳にはいかない。リムもこの件に関わってから少し元気が無いようだ。その2人だけで置いて行く訳にはいかないが、女性2人の中にギーブンが残るよりは女性であるルーリィが護衛として残る方が良いだろう。ルーリィは多少不服そうだが、ここでは情報収集と情報提供に来た事を考えればやはりギーブンが行くのが正解だろう。


 建物に入ると怒鳴るとまでは行かないが、言い争うような声が聞こえて来る。声のする方向にある部屋の扉の前には騎士が2人控えていて、自分達に気付くと用向きを聞いて来る。

 流行り病についての情報を持って来た事を伝えると扉をノックして中に来客を伝える。「入れ。」と声が掛かって扉が開かれ中に入ると、テーブルを囲んで3人の人物がいた。

 1人は開いているのか分からないような糸目に長髪で鎧姿の騎士。更にもう1人鎧姿の騎士がいるが、その人物だけで部屋が狭く感じるような長身肉厚の巨体を持った騎士。そして最後の1人は町の入り口で病の兆候を検査した人物と同じような白シャツに薄茶色のズボンを履いた若者だ。

 巨体の騎士は噂のグンバン団長だろう。治療師をまとめるオーベル氏は白シャツの男だろう。思っていたよりだいぶ若い。と言う事は残った糸目騎士は第十二騎士団のボリオ副団長だろうか。


 「それで、どの様なお話を聞かせて頂けるので?」


 おそらくボリオ副団長だろう男が尋ねて来る。ニズー村で出会った爺さんの話をして、不審な奴らの話も、症状や状況から病では無く毒である可能性が有る事も話す。


 「ニズーの村に残っているのは老人1人だけだと言う報告は受けています。亡くなったのはその方でしょう。」


 「どっちにしても全部焼いてしまえば良いのだ。そうすれば新しく病が流行った所にその怪しい奴らがいるのだろうから見つけて斬り殺してしまえば良い。」


 「貴方はもう少し頭を使って下さい!毒なら感染しないでしょうから助かる人が沢山いると言う事ですよ!それにその不審者達が何者かの指示で動いている場合はその者達を捕まえて背後関係を調べなければならないでしょうが!」


 「治療や調査は騎士の仕事では無い。騎士は剣を使って敵を斬り殺すのが仕事だ。」


 「じゃぁもう何も考え無くて良いので、指示をするまで黙ってじっとしていて下さい。」


 「なぜお前の指示を受けねばならんのだ。俺の主はウィラント公爵様であって貴様では無い。」


 「私はニズーに繋がる街道も通行止めするように指示してきますので少し失礼しますよ。」


 ボリオ副団長だろう人物が出て行く。そして残ったグンバン団長だろう人物とオーベルだろう人物の言い争いはまだ続いている。


 「お嬢様の指示が無ければとっくに俺が全部スッキリ終わらせている物を。」


 「ウィラント家のご令嬢の聡明さに感謝します。あなたは頭を使わずに指示に従っていて下さい。」


 「だから貴様が俺に指示をするな。」


 どちらかと言えば話が出来そうなのはオーベルの方だが、他人に話さない方が良い事まで簡単に聞き出せそうなのはグンバンの方だろう。確認の意味も込めてギーブンが声を掛ける。


 「ちっと良いですかい?グンバン団長とオーベル氏とお見受けしますが、今の状況を聞いても良いですかね?」


 「何だ?もう貴様らに用は無いから帰って良いぞ?」


 「せっかく色々と知らせに来てくれた方に失礼ですよ。それにこちらの方は色々頭も回るようなので何か考え付いたらぜひ教えて頂きたい。」


 「勝手にしろ。」


 現在ヒッツリンド、モーゲン、ブルグリーの3つの町や村がウィラント公爵施設騎士団によって人の出入りが規制されていて、それぞれに繋がる街道が第十二騎士団によって通行止めされている。今回伝えた情報によって、これにニズー村が加わる事になるがここは既に人がいなくなってしまったので繋がる街道の方にだけ人員が回される事になるだろう。

 オーベルがまとめる治療師の団体は主に被害が出ている町や村に縁のある治療師がそれぞれ現地に治療の為に訪れている。オーベル自身は情報を分析して治療方法の模索の為に色々と手を尽くしている所だった。今回毒の可能性も考慮に入れると、治療可能か調べなければならない薬の種類が多くなり、なるべく多くの種類を揃えるには帝都まで人を送って持って来させるべきと考えていると言う事だった。


 現地やこのギュントに薬が届くまではかなり時間がかかるだろう。それに効果のある薬が既存の物の中にあれば良いが、効果がある薬が無ければ作り出さねばならないが、そうなれば今感染している者達が助かるのはまず無理だろう。


 「さっき出てっちまったのが第十二騎士団のボリオ副団長ですかい?」


 「そうですよ。」


 「全体の指揮はお三方で全部取り仕切ってるんで?」


 「いえ、治療師は皆で相談した上で私がまとめていますが、第十二騎士団は流行り病の噂が出始めた当初から皇帝陛下の勅命で動いています。第一騎士団の竜騎士が伝令に度々訪れて迅速な事実確認と街道封鎖命令が下されました。ウィラント公爵の私設騎士団はウィラント公爵本人から別の命令で動いていたらしいのですが…。」


 「そもそも俺は天使教なる輩どもを捕まえに行く所だったが、自ら罪を告白してくる様な奴らで、捕まえるも何も無かったのだ。そやつらの中心人物達が帝都に送られる事になり護送は第十二騎士団の者が行う事になった。代わって残った者達の見張りなどと言うつまらん役をさせられる所だったのだ。しかし流行り病の方も対処せいと言われてな。見張りは一部隊を送って部隊長に任せ、俺はこっちの始末に来てやったのだ。」


 「あなたが命じられたのは既に病が蔓延している3つの町や村の出入りを規制する事だけでしょうが。」


 「さっさと焼き払えば済むものを。まぁ後5日経てば解決だ。」


 「どういうこって?」


 「俺はウィラント公爵様よりお嬢様から指示を仰げと命ぜられている。その指示が『私がヒッツリンドから帰るまでは許可の無い者がヒッツリンド、モーゲン、ブルグリーに出入りするのを許すな。7日経っても私が帰らなければ焼き払え。』だ。」

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