説得

 グンバンがウィラント公爵の令嬢より指示を受けてから既に2日経っている。残りは後5日。帝都まで行って戻って来るだけでも絶対に間に合わない。

 それに薬を集め、更に効果を試す時間が必要だ。全員治療出来る分が運べれば理想ではあるが、とりあえず治療が可能である事が分かれば焼き討ち殲滅などと言う惨事は避けられる。


 「病気に対する薬の手配はしてあるのですが、それでも届くのはギリギリです。しかし毒となると今から帝都へ人を送っても間に合いません。ヒッツリンドへ人を送ろうとしたのですが…。」


 「俺の騎士団が通さんだろうな。ガハハハハッ。」


 オーベルがグンバンを睨みつけるが、まるで意に介さない態度でふんぞり返っている。とにかくもう少し時間を貰え無いかを試すしかない。

 ウィラント公爵令嬢からの指示であれば騎士団を動かせる。しかし令嬢と話をするには騎士団が通せんぼしている所を越えなければならない。会いに行けないならば令嬢の方から来てもらうか伝言を頼むか、あるいはウィラント公爵本人と話をつけるか…。


 「ウィラント公爵様はどちらに?」


 「公爵様は帝都へ向かわれた。フリン伯爵から全て任されていると言っても町を焼くと言う事は一応伝えねばならんだろうからな。他にも色々と言っていたが覚えていないと言う事は俺が覚えておく必要が無い事だろう。」


 町を焼く話を伝えると言う事はその指示が出る前に出発していると言う事だ。追いかけても追いつく事は出来ないだろう。つまり帝都往復と同様に却下だ。


 「ヒッツリンドを包囲している騎士団の所まで行けば、公爵令嬢をお呼びして頂くか伝言をお願いする事は可能ですか?」


 「平民が貴族であるお嬢様を呼び立てるとは何事か!まぁ伝言くらいならばしてやらん事も無かろうが。」


 「ではオーベルさん、どなたかヒッツリンドに送って頂けないでしょうか?」


 「分かりました。しかし治療の目処が立たなければ焼き討ちを止めるどころか時間稼ぎすら出来るかどうか…。」


 確かに治療出来ると言う事実が一番の説得力を持つ。


 (治療…毒であれば解毒薬を………)


 ここでようやく閃く。つい最近毒を使い、解毒薬を所持する集団と関わったではないか。彼等は地下で話をしている時に毒殺だなんだとも言っていた。麻痺毒以外にも様々な毒物を持ち、更にその解毒薬を所持している可能性があるのでは無いか?


 「プスゲーフトに解毒薬があるかも知れません。」


 どういう事かと訊いて来るオーベルに天使教との一件を話す。天使教の者であれば様々な毒物や解毒薬を所持しているか、入手ルートについて知っている可能性が高い。


 「と言う事で騎士団が監視している天使教の方達に面会がしたいので、私達が手早く面会が出来るように見張りの方達に宛てて一筆書いて頂けませんか?」


 「なぜ俺がそんな事をせねばならん?」


 「は?」


 「話を聞いていなかったのか?」と言う顔でオーベルもグンバンを見るが、グンバンの方も不思議そうにこちらを見ている。


 「俺はお前達を手伝うような命は受けていない。つまり俺の部下達も手伝う理由など無い。分かったか?」


 しばしの沈黙の後に再びオーベルとグンバンが言い争いを始めるが、グンバンの意志は変わりそうに無い。

 一通りの言い分をお互いが言い合って、2人の言葉が途切れた瞬間にギーブンがスルリと言葉を滑り込ませた。


 「さすがは公爵様程高い身分に使える騎士様ってやつですねぇ。命令に忠実、かつ私情を挟まずに実行してんのぁ騎士の鏡ってやつですよ。」


 ギーブンの言葉を聞いたオーベルが怒りの視線を向けるが意に介さずに話を続ける。


 「しっかしウィラント公爵様程のお方が俺達の邪魔をするような命令を出すってのは、おかしな話ですねぇ。」


 「どういう意味だ?」


 ギーブンの話では、フリン伯爵に町を焼き払うかも知れないと言う事を知らせるだけならば伝令を走らせて書簡を届けさせるだけで十分なハズだが、ウィラント公爵本人が直接帝都まで赴いたのには理由があるだろうとの事だった。

 そしてそれは、おそらくは今回フリン伯爵が放り出した3つの町や村を含む領地を譲らせる気なのではないかとギーブンは考えているらしい。


 領地は領主の所有物ではあるが、勝手に譲渡出来る物では無い。正式に家督を継いだ子孫に領地を受け渡す時にも帝国へ届け出が必要だし、領主同士が一部あるいは全ての領地を譲渡するにも帝国を介さなければならない。その場合、形としては皇帝に一度領地を返してから皇帝から領地を譲渡先へ贈られるという事になる。さらに理由によっては皇帝が領地の譲渡を認めない場合もあるのだ。

 今回に限っては領地の譲渡を皇帝が認めないと言う事は無いだろう。何せ領主が問題が起きた領地を放り出して逃げてしまっているのだ。問題の解決に乗り出している隣接する領主に領地を譲れと皇帝自らフリン伯爵に申し付けてもおかしくはない程だ。


 しかしここでウィラント公爵の立場になれば、領地を譲らせるのには問題無いだろうが、その後が問題だ。住民が死に絶え、町を焼かれた廃墟など譲って貰っても何の富も生み出しはしない。長い年月を掛けて町を再建する必要があるだろうし、流行り病の為に廃墟となった土地などに移り住もうなどと言う人は中々いないだろう。後の当主には利益をもたらすのだろうが、今のウィラント家当主からすれば恩恵は少ない、あるいは無いと言って良いだろう。ならば何が最善か。

 今のウィラント公爵からすればこの流行り病騒動を終息させ、町と村を焼き払う事無く住民を含めて丸ごと譲渡させる事こそが最も望ましい形のハズだ。


 「何せ公爵様のご令嬢が自ら現地で問題を解決しようとなさってる訳ですからねぇ。でもご令嬢に病なり毒なりで万が一があったら大変だ。公爵様がそんな事を許すハズは無ぇ。ってこたぁご令嬢の独断で現地に行ってるんでしょうよ。で、公爵様が今の状況を全部知ってたとしたら、その万が一の時に命綱になるかも知れねぇ俺達の邪魔をするように言うハズが無ぇ。んでもってその事が無くても自分の領地にするつもりの土地の住民を助けるきっかけになるかも知れない者達がいれば、その行動を公爵様が邪魔するように命じるハズは無ぇ。そんじゃぁ公爵様に忠誠を誓う気高い騎士様が公爵様の利益になる事を独断で邪魔してんのぁ何でか。」


 誰も口を挟む事が出来ないほど流暢に説明を続けるギーブンに皆ただ話の結末を待つ。グンバンだけは額に汗を浮かべて小さく唸りながら聞いている。どうやら自分が領主の不利になる事をしていると言う事は伝わっているようだ。


 「俺が思うにグンバン団長は俺達が他の貴族の手の者で、俺達の活躍で住民が助かると領地をその貴族が横取る口実にするんじゃねぇかって警戒して俺達の邪魔をしてたって訳じゃねぇですかねぇ?」


 「お? あ、う、うむ。」


 「流石はグンバン団長ですねぇ。ってこたぁ俺達が他の貴族と関係無ぇ事を証明すんのに、ウィラント公爵様の命で住民を助けようと動いてるって書面にでも残しときゃぁ問題解決ってやつですね?」


 「む? うむ。そう、だな。」


 「そんじゃ時間も無ぇこってすし、手早く書面の交換といきましょうぜ。」


 こちらがヒッツリンドを中心とした流行り病とされる事態を終息させる為の動きは全てウィラント公爵の指示によるものという書面に血判を押してグンバンに渡すと、代わりにグンバンからもウィラントの騎士団はこちらの邪魔はするなと言う内容の書簡を渡される。

 ギーブンがグンバンを上手く言いくるめてくれたが、長居すればまた何を思いついて話を無かった事にされるか分からないし時間も無いので、すぐに部屋を出ようとするとオーベルが声を掛けてくる。


 「私もプスゲーフトへ行きます。」


 「ここを空けて良いのですか?」


 「私は騎士団の団長のように治療師の代表と言った正式な肩書があってここで指揮を取っているのではありません。代わりになる人はいくらでもいますので。」


 確かにこちらのメンバーには薬の見分けがつくような人材はいない。ギーブンなら多少は分かりそうな気もするが、それでも専門家がいた方が良いだろう。


 「では同行をお願いします。移動手段はご自分でお持ちですか?」


 「いえ、この町にある馬も馬車も全て用途が決まっておりまして…。」


 「では私達の馬車にお乗り下さい。」


 「助かります。」


 集会所を出て馬車へと向かって歩きながら、会話を聞いていたギーブンが耳打ちしてくる。


 「良いんですかい?今馬車ん中にゃマトモじゃねぇリッカさんがいますぜ?」


 確かに今の彼女に他人を近づけるべきでは無い。しかし今回は色々と手を打つ暇も無いのでストレートに注意する。


 「馬車には私の仲間がいますが、気分がすぐれない者がいます。あまり話しかけたりせずにそっとしておいてあげて下さい。」


 「この町で休ませてあげた方が良いのでは?」


 「事情がありまして。私の目の届かない所に置いて行くつもりはありません。」


 「わかりました…。」



 馬車の所に着くとギーブンが手早く出発の準備をする。車止めを取り除いたり馬止め用の柵から手綱を解いたりしている間に、自分は馬車の中の3人に事情を説明した後にオーベルを呼ぶ。

 少し離れた所で馬車を目にして口をぽかんと開けて立ち止まっていたオーベルが我に返ったようにこちらへやって来て馬車に乗り込みながら話しかけて来る。


 「馬も馬車もこれほど立派な物は見た事がありませんよ。貴方は一体何者で………」


 馬車に乗り込んで奥に座る3人を目にしたオーベルが固まる。オーベルの視線を追って3人の方を見ると、ルーリィが鋭い目で威嚇とも警戒とも取れる視線を送っている。

 本来なら客に対して失礼でしょうと注意する所だが、今回はそのおかげでリッカにも話しかけ辛くなってくれそうなので何も言わない。


 「銀髪の方がルーリィ、桃色の髪がリッカ、金髪の子がリムです。」


 紹介と同時に管理者ウィンドウからメイドリッカに会釈するようにコマンドを送る。リムは伏せ気味の顔を少し持ち上げてチラリとオーベルを見るだけだ。やはり元気が無い。

 ルーリィはお辞儀はするが頭を下げている間も全く視線を逸らさないので、視線を送られる人間はかなり怖い思いをしているのではとオーベルの顔を見ると、馬車の外で馬車に見惚れていた時と似たような顔で3人の方を見ている。

 とにかく固まっているオーベルを座らせると、小窓を空けて御者席にいるギーブンに何時でも出発してくれて構わない事を伝える。


 「今回はギーブンさんに助けられましたね。」


 「まぁ仲介屋の時に貴族だの騎士だのを相手にすんなぁ慣れてますんで。じゃ出発しますぜ。」


 言うと同時に馬車が揺れ出し、今まで走って来た道のりを辿って引き返し始めた。

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