脱出

 『お客様用の部屋』へと戻ると一番大きな籠に入っている毛布やシーツを取り出し、毛布を一枚だけ底に敷く。その籠を持ってエルフ達の部屋へ戻ると中に入って貰う。二人が入るには狭いがエルフの一人の身体は小さくされてしまっている。元々華奢な種族でもある事から楽に収まった。

 ギーブン一人でも何とか持てる重さの籠を抱えようとした所で動きが止まる。ルーリィがどうしたのかと見ると、気絶させていたビグルが床に転がったまま腕をギーブンの脇腹に伸ばしている。手には短剣の柄が握られていた。

 呻いてよろめきながら片膝を突くギーブンを見たルーリィが素早く剣を抜いてビグルに襲い掛かるが、細剣の切っ先がビグルの胸に届く直前に止まる。

 ギーブンがルーリィの腕を掴んで止めたのだ。そして空いたもう一方の手で床に転がっているビグルを殴りつけて再び気絶させる。


 「大丈夫か!?」


 「大丈夫じゃない………ハズなんだが………どうやら無事らしい。」


 確かに刺されたハズだった。燃えるような痛みが走り、意識が飛びそうになった。しかし次の瞬間には痛みは跡形も無く消え去り、目の前を剣を抜いたルーリィが横切る所だった。咄嗟に腕を掴んで止めたがそれが正解だったという確信めいた閃きがあった。


 「ルーリィのお願いで例のお方が力を貸してくれたんじゃねぇか?」


 刺されたハズの場所を触ってみるが傷一つ無い。滑り落ちた短剣にも血が付いていない。どうやったのか理解は出来ないが、既に一度訳の分からない力を経験しているギーブンが思いつくのは『アド様』と呼ばれていた例の男が何かしたとしか考えられなかった。

 何はともあれ無傷を喜んでいる暇は無い。シーツを裂いて捻り、即席のロープを作りビグルを何重にもしっかりと縛り付け、ついでに口にシーツの切れ端を突っ込んだ後で猿轡も噛ませる。

 そして今度こそ丁寧に籠を抱えて部屋を出ると、ルーリィがビグルを置いたままの部屋の扉の閂をかける。次の扉の外に人の気配が無い事を確認すると扉を開いて先に立ち、籠を抱えたギーブンをランタンを持ったルーリィが先導する。

 曲がり角を二回曲がった所で扉番をしているのとは別の男と出くわす。「ビグル様はどうした?その籠は何だ?」と聞かれるのであらかじめ決めた設定を思い出しながら答える。


 「彼は入れ替える調度品が他に無いか見ています。私達が馬車に積んで来ている物とは今入れ替えるので、先に運び出させて頂きます。」


 「分かった。」と言って道を空ける男の横を通り抜けながら心の中でホッとため息を吐く。どうやら地下の人間にもこの言い訳は通じるようだ。

 両側に扉が続く通路を一番奥まで進むと最後に扉番をしている男がいた。先にすれ違った男と同じ質問をしてくるので同じ答えを返すと相手からもう一つ言葉が続く。


 「では一応籠の中を確認させて貰う。」


 心の中で狼狽えて言葉に詰まるルーリィが作った間を、すかさず籠を抱えたギーブンが埋める。「どうぞ確認してくれ。」といって慎重に籠を降ろす。

 男が近づいて籠の蓋に手を触れようとした瞬間、ギーブンが剣を抜き放ちながら柄の部分を男の顎目がけて振りぬく。しかし不意打ちのハズのその攻撃は相手が仰け反ってあっさりと躱し、そのままバク転して扉の前に陣取ると「全員出て来い!」と大声で叫びながら腰に下げていた二本の手斧を両手で構える。

 声に反応して数人が出て来る。扉のすぐ脇の左右の扉から一人づつ。籠を置いた位置の少し後ろにあった扉からも一人づつ。そして最初にすれ違った男も声を聞きつけてやって来た。前と後ろを三人づつに挟まれて逃げ場の無い状況で考える時間も貰え無い様子だ。

 扉から出て来た4人は幸い武器を持っていなかったが、両手には鉄の手甲をしており、殴られれば只では済まなそうだ。最初にすれ違った男は短剣を両手に持っている。


 「仕方ありません。あなたは後ろの三人を何とかして下さい。」


 「そっちは大丈夫かよ?」


 「あなたよりは何とかしてみせます。」


 そしてギーブンに続いてルーリィも剣を抜いた瞬間、二人以外の世界の時間が遅くなる。

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