第三騎士団

 帝国の皇帝が住む城を囲むように10本の監視塔が建ち、その間を高い城壁が行く手を遮る。しかし城壁と言っても中にはそれぞれの騎士団の宿舎や様々な施設が入っており、有事には城壁その物が要塞の機能を果たす。


 帝国には12の騎士団が有り、一つは皇帝直属の近衛騎士団で帝城の内部に本部を構える。そして10の騎士団が帝城を囲むそれぞれの塔とそれに付随した城壁内部の施設の管理も任されている。最後の一つは騎士団と言っても有事以外の時は別の職を持った、専業騎士では無い者達で、数は最も多いが通常各地で一般の仕事についており、有事の際の伝令を送り出す為の本部が城下街の一番外側にある。


 第一騎士団は近衛騎士団と決まっている。そして第十二騎士団は専業騎士では無い者達の騎士団だ。その為残りの第二から第十一までの騎士団は数が小さいほど身分が高いような受け取られ方をしている。


 騎士団の団長は前団長が引退をする時に全ての騎士団員の中から皇帝、もしくは貴族の推薦で決まる。その為実力とは関係なく団長になる者が多く、力を持った貴族の血縁ほど数字の小さい騎士団の団長となる事が多かった。


 そして今、第三騎士団の団長室で柔らかいソファーにもたれ掛かる男も大貴族と呼ばれる一族の血縁ではあるが、団長の推薦を受ける時に自らの血縁からの推薦で団長になったのでは無かった。

 二大貴族と呼ばれるほどの貴族の血縁でありながら、しかしその為に男は父親からは何とも思われていなかった。大貴族の血を絶やさぬ為に、母は何人もいる側室の一人で、しかも父の息子は自分で6人目だったのだ。

 貴族の家督は長男に譲られる物。そして次男が長男の事故や病気に備えた予備として同等の教育を受ける。しかし三男以降は特に何かを期待される訳でも無く、皇族や貴族との繋がりのための道具として使用されるだけの存在だった。

 生まれた時期が遅く、全く期待されない六男として生を受けた男は愛情に飢えていた。母親は諦めたように怠惰な生活の中、数年前に病気で亡くなった。父とは生まれてから言葉を交わした機会も数えるほどだった。

 そんな自分を認めてもらおうと男は努力した。特別な教育を施されなかったが一般的に貴族が受ける教育を必死に勉強し、良い成績を納めたが父からは何の反応も無かった。他に何かと考え思いついたのが騎士団だった。

 まだ幼さの残る頃から大人が実戦で使う重い剣をひたすらに振るい、身体が大きくなると鎧を着たまま素早く動き回る訓練を重ねた。

 20歳を迎えて100人以上が出場した皇帝の御前試合で優勝して皇帝の推薦で騎士団長になったのだ。

 しかしそれでも父から祝いの言葉一つ無かった。戦争の無くなった今、政(まつりごと)への発言権の無い騎士団は、貴族達にとって大して重要な地位では無かったのだ。

 何も与えられなかった自分を貴族たらしめんと調度品などを買い集めたりもしたが、所詮騎士の給金では大貴族が部屋を飾るような物は集められなかった。

 この第三騎士団の団長室にも様々な調度品を飾っているが貴族らしい華やかさは望むべくも無い。

 目を閉じたまま、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた男の耳に扉をノックする音が聞こえて来る。


 「クリアス団長!チールと言う男が団長にお話しがあると城門に来ております。」


 聞いた覚えの無い名前だ。人と会う気分では無くなっていたが、逆に話を聞いて気分転換になるのではと思いつき、部屋へ連れて来るように指示を出す。

 第二騎士団と第三騎士団は帝城の城門を挟む塔をそれぞれ任されている。客がこの部屋に来るまでそれほど待つと言う事も無いだろう。

 程なくして再び扉がノックされる。団員から客を連れて来た旨が伝えられ、客の入室を許可する。現れた男は長身で少し細めではあるがそこそこ引き締まった身体をしているのが服ごしでも分かるが、それよりも痣だらけで多少腫れあがった顔に目を奪われる。


 「………喧嘩の仲裁などは騎士団本来の仕事では無いのだが………。」


 「あ~、いやこれは先日酔っ払いに絡まれちまったもんで……お話と言うのは全くの別件なんでご安心を。」


 「………。」


 初めから大した話が聞けるとは思っていなかったが、増々興味が失せてしまう。しかし招いてしまったからには話くらいは聞かなくてはならない。とりあえずは椅子に腰掛けるように促して、案内をした騎士団員に飲み物を頼むが「どうぞお構いなく。」と客が丁重に断りを入れる。

 案内役が下がり扉が閉まるのを確認し、更に足音が遠ざかるのを聞いてから客が話始める。


 「実は、一つ娼館を潰して貰いたくてお願いに来た次第でして。」


 「娼館………。」


 帝国において娼館は犯罪の温床になりやすい場所ではあるが、様々な理由で騎士団が手を出しにくい場所でもあった。

 娼館で女性が客を取る事自体は禁止されていないが、人間の奴隷制を禁止している帝国において、女性を監禁・拘束して無理矢理客を取らせる行為は禁止されている。しかしながら女性本人が証言しなければ罪に出来ない場合がほとんどなのだ。そしてこういった場所で働く女性には不法な待遇や環境でも耐えなければならない事情がある事がほとんどなのだ。

 次に娼館では麻薬が一般的に使われるが、これは帝国に於いて禁止する法律があってもあまり機能していない。

 法を作るのは皇帝と貴族達である。そして貴族達が贅を尽くして何もかもに飽き、その果てに行きつくのが麻薬だ。自分達が楽しむ麻薬を禁止されないために、抜け道だらけの法律しか通らないためだ。そのため帝国で薬物での取り締まりはたった一つの『例外』を除いて不発に終わる事がほとんどだった。

 更に娼館は貴族との繋がりが強い。裏での様々な取引や、貴族自ら出資して娼館を作ったり直接貴族自身が運営したりもするのだ。もちろん対外的には関わりが無いようにしているのだが、かなりの数の貴族が大きな資金源として娼館と関わっているはずだ。

 大貴族であるクリアスの家もかなりの数の娼館と関わりを持っているはずで、自分の家と繋がりのある娼館には手を出すわけにはいかないが、クリアスはそういった裏の情報を得る手段を一つも持っていなかった。


 「………難しいかもしれんな。」


 「分かっていますがご心配には及びません。目標はリテイ楼閣。ルアクト家派閥の娼館です。」


 「ルアクト家!」


 クリアスのシレーン家とは二大貴族として富を競い合う大貴族である。

 現在貴族は権力についての争いは小競り合い程度だ。権力争いは激化すると暗殺や武力行使にまで発展する事が多いと帝国の歴史が物語っている。しかしそういった行為に対する取り調べや処罰はとても厳しい。

 そして戦争の無い時代が長く続いたために、どの貴族も、例え大貴族と言えども自前の戦力と呼べる物を大量には持っていなかった。その為相手の不敬を暴いて皇帝の持つ騎士団に処罰させると言うのが手っ取り早いが、お互いそれが分かっているため調べられて困るような不敬な行為や重い罪に問われる行為をしないのだ。

 よって今の貴族が主として争うのはお互いの富の多さだ。屋敷の豪華さ、パーティーの盛大さ、服や食事の高価さ等様々な物でお互いの富を見せつけ合うのが日常化している。

 シレーン家と富を争うルアクト家、その資金源となる娼館を潰せば父は喜ぶかも知れない。そして自分を認めてくれるかも知れない。そんな気持ちが沸き上がるが、それを抑えつけて考えを巡らせる。


 「確かに貴族としての私の問題は解決した。しかし騎士団長としての問題が残っている。犯罪の取り締まりは騎士団の仕事だが、立証が難しい案件だ。」


 女性の監禁についても薬物の使用についても娼館の人間を罪に問う事は難しい。過去にもいくつかの娼館が騎士団に取り締まられた例はあるが、どれも最後は無罪となり取り締まりをした騎士団の失態とされている。


 「その娼館じゃ特別な部屋では外から鍵が掛けられてるって話で、とある貴族の令嬢も特別室の住人らしいんですわ。」


 「それだけでは動けんな。どこの貴族かは分かっているのか?」


 「聞いた話じゃセルブロ家って事らしいです。」


 「セルブロ家…小耳に挟んだ程度だが、何か大きな事業に失敗したと言う話を聞いたな。」


 貴族として社交界デビューをさせて貰っていないどころか、騎士となってから家との繋がりもほとんど無く、他の貴族と話をする機会も無かったために情報を得る場所が無く、よほど大きな噂になった話しか耳に入って来ない。つまりかなり大きな失敗をしたと言う事だろう。よほど困窮していれば娘がどうにかされていても不思議では無い。


 「貴族の令嬢を助ける英雄の役目は騎士にこそ相応しいと思うんですがねぇ。」


 「…確かに…。」(実に私に相応しい役目ではないか。)


 貴族の令嬢が捕らわれている現場に乗り込み、救い出す英雄譚に語られるような場面を思い浮かべ、そこに登場する騎士の顔を自分に置き換える。

 父に認められようと努力して、結局何も認められずに満たされなかった思いが自己顕示欲となって最大限に肥大した歪んだ感情が満たされるような気になってくる。そしてその感情が歪んだ笑みとなってこぼれるが次の言葉で浸っていた妄想が吹き飛ぶ。


 「それともう一つ。リテイ楼閣ではバレイルが使われています。」


 「馬鹿な!」


 バレイルはたった一つあらゆる抜け道が排除され、関わりを持てば疑いの段階でも死刑が有り得る唯一の麻薬だ。

 遥か昔に皇帝を操るために当時の宰相が使った麻薬で、強い催眠作用を持つ。その麻薬を使って暗示を掛け、傀儡の皇帝を作り出した当時の宰相は最後には一人の騎士によって討たれている。しかし暗示の掛かった皇帝から処刑の命令が出されその騎士もすぐに殺されてしまうのだが、時間をかけて暗示の解けた皇帝が歴史上ただ一人だけ直接謝罪と感謝の言葉を述べた人物として、今も民の間では物語として語られて英雄視されている。

 それ以来バレイルという麻薬は製造も所持も使用も取り締まりの厳しさが他の麻薬とは比べものにならない。

 この麻薬の取り締まりは帝国に於いて騎士団の手柄の中では『皇帝暗殺の阻止』に次ぐほどの大手柄だ。


 「それが本当であれば、お前から言われるまでもなく騎士団は出動するだろう。しかし確証はあるのか?」


 「探りを入れる過程で注文を受けたんでさぁ。バレイルの名前は直接出ませんでしたが、それ以外考えられない物が無くなりそうなんで探してくれってな具合に。」


 「なるほど……では話をする相手にこの第三騎士団を選んだ理由は何だ?」


 「団長の家柄ってのもあるんですが、決め手は騎士団の実力と団長の人柄ですかね。」


 「つまり?」


 「今回こっちは俺と相棒の二人で事に当たってるんですが、更に協力者がいるんです。そいつが死人を出す事を嫌ってまして…俺達は危ない場面でもなるべく相手を殺さないように動く約束をしてるんですわ。」


 「こちらはそんな約束は出来ん。」


 「もちろん分かってますが、第三騎士団団長と言えばその実力だけで団長にまで登り詰めた男だ。騎士団の練度も他の騎士団とは比べもんにならねぇ。実力差が大きいほど死人が出る可能性が減ると思いましてね。」


 「なるほど。しかし結局バレイルが見つからなければ我々の失態と言う事になってしまうぞ。」


 「騎士団長に恨まれるなんてゾッとしますんで、一足先に潜入して探させて貰いますわ。段取りも組んでありますんでその辺は任せて下せぇ。」


 「良いだろう。お前がどこまで信用出来るか分からん以上、色々と打ち合わせておかねばなるまい。」

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