後始末

 どこかが繋がっているのか、遠くから叫び声が聞こえて来る。おそらく通気口でも繋がっているのだろう。時間を止めた壁の向こう側から聞こえて来るらしい声は、直ぐに言葉では無く悲鳴や叫びに変わり、それも直ぐ聞こえなくなる。しかし壁の向こうの炎はまだ収まらない。その後も3、4分は燃えていただろうか。


 炎が収まり始め、向こう側が見えるようになると、作った壁の所から向こう側が真っ黒になっていた。壁際に並んでいた様々な器具の木製の部分は焼けて無くなり、鉄製の部分は溶けたり曲がっている物もある。

 中央に集まっていたハズの赤黒ローブ達の姿は無かったが、石で出来た床には真っ白な灰が多少残っていて、その上に赤い灯火を残した結晶があった。

 部屋の奥を見ると、壁際でローブを着ていた石像の足元でうずくまるような姿勢で転がる人型の黒い物体がいくつかあるが、考えないようにする。


 足元にはハボンと呼ばれた司祭と、ハボンに付き従った2人が呆然としたまま黒くなった部屋を眺めている。その顔には人が死んだと言う事への悲哀や愉悦の表情は浮かんでいない。自分が死にかけた事での恐怖も浮かんでいない。そしてよく分からない方法で助かった事での安堵の表情も浮かんでいない。何の感情も読み取れない呆けた表情だった。

 思考が止まっているのか、一向に何も言葉を述べる様子が無いのでこちらから話す事にする。


 「かつてこの世界を作った私の仲間達は、自分達の世界の者達がこの世界を訪れ、この世界の者達に紛れて生活する事で、自分達の世界とは異なった世界での生活を楽しんでもらおうと思っていました。」


 伸ばしていた腕を降ろして話かけると、足元でひざまづいたままの3人の顔がこちらを向く。表情には何の感情も浮かばないままで、何か言う様子も無いので言葉を続ける。


 「しかしこの世界を自分達の世界の者達が邪な感情で荒らす事が無いように、自分達の世界の者達はこの世界の者達を傷付ける事が出来ないようにしてありました。

 だがそれでもこの世界の者達を傷付ける事を楽しみたい者達が紛れ込んでしまったようです。

 この世界の者達を傷付ける事が出来ないようにされている自分達の代わりに、この世界の者達を使って邪な欲望を満たそうとし、そして目を付けられたのが、かつてのこの都市の住民だったのでしょう。」


 3人の男達はただ黙って聞いてくれていた。これはこの世界の外側の話であり、その外側の世界の者達の失態の話だ。


 「この世界を作り管理していた私の仲間達は、それぞれ他にやるべき事が出来、去って行きました。今はこの世界と外の世界とを繋ぐ道は閉じています。

 私がこの世界に降り立つ事が出来るのは特例であり、本来であれば私自らこの世界でこういう形で力を使うつもりはありませんでしたが、今回は管理者が見逃していた世界の歪みを修正する為に来たのです。」


 それまで呆けたような顔で黙って聞いていたハボン司祭がようやく呟くような声で話し出した。


 「わ、私も彼等と同罪です………ならば私もあなた様に裁かれるべきでしょう。」


 言いたい事は言ったつもりだが上手く伝わって無いらしい。ボロが出るので長い会話は避けたいが、ここは会話をするべきと判断して慎重に言葉を選ぶ。


 「貴方はどうしてこのような行為を続けていたのですか?」


 「それは…幼い頃からそう教えられ、それが正しいと信じていたからです…」


 「その行為を貴方は楽しんでいましたか?」


 「いえ…正直に申しますと最初は怖かったです。そして不快でした。でも長く続けられる儀式を見ている内に何も感じなくなっていきました。」


 「ではそれを楽しんでいると思える人はいましたか?」


 「多くの者達は楽しんでいたように思えます。司教などは特にそうでした。」


 予想外に司教やその取り巻きらしき者達が勝手に死んでしまったので、生き返らせるべきか迷っていたが、その判断材料を貰えた事はありがたい。

 司教達を生き返らせてもまた同じ事を繰り返すのであれば、やはりこのままにしておくのが良いだろう。

 現実の世界に悪事を好む人がいるように、この世界にもそういう人はいるだろうが、そう言った人達を生き返らせると言うのは個人的に抵抗がある。

 今回の死因にしても、私が壁を作らなくても炎を制御出来ていなかったのであれば、どちらにしても自滅していただろう。

 だが今考えている事をそのままハボンという司祭に伝えるつもりは無い。


 「今回私は貴方達を裁くために来たのではありません。悪事に対しては自身の良心やこの世界の者達の良識によって裁かれるでしょう。

 この世界の者達が何を信じ、どうやって生きていくのかを私が強制するつもりはありません。ただ願わくば、この世界が優しい世界となることを祈っています。」


 ここで自分の判断でこの世界の者を裁くと言う選択肢は最初から無かった。そうなれば「神はこの様な行為をすると天罰を授けに来る。」などと言う教えがまた出来てしまうだろうと思ったからだ。

 あくまで過去のプレイヤー達が残した残忍な意志を取り除くためやって来たというスタンスでいたかった。

 もちろんこの世界の者達の悪意と言うのも目の当たりにすれば気分は悪いし、目の前で知り合いがどうにかなれば助けたくなる。それはその場だけでなくその後も含めてだ。

 しかし今回限りは今後どうするのかと言うのは極力この世界の住人の意志に任せたかった。

 伝えたい事は言葉にした。ちゃんと伝わったのか、どう伝わるのかは分からないがここで管理者としてやるべき事はもう無いだろう。

 後はひざまづく3人に任せて管理者としての自分は立ち去ろうと思った時に、赤く光る結晶が視界に入る。

 部屋の黒くなった部分を進み、灰の上で光る結晶を手に取る。


 「これは貴方達の手に負えない物のようです。私が処分させてもらいますよ。」


 そう言って振り返ると、ひざまづいたままこちらを見ていた3人が身体ごとこちらに向き直して再び頭を下げる。

 これ以上この役を続けたくない気持ちもあって、後始末に入る事にした。

 エリアガード達を管理者用のストレージに帰すと自分も一度管理者の部屋へと帰る事にした。自分一人歩いて帰ると言うのもせっかく演出した神感が損なわれると思ったからだ。

 リッカとギーブンを置いてきてしまったが、彼女達だけを助けると色々と関係を勘繰られてしまうだろうし、だからと言って捕らわれていた者達全員を連れて行ってもその後どうして良いのか分からない。とりあえずルーリィと合流してから再びここへ助けに来れば良いかと思っていた。もう本格的な抵抗を受ける事も無いだろう。


 管理者の部屋へと帰って解放感から一息ついて自分の行動におかしな所が無かったかと考えていると、助けた人達がまた殺されるのではと気になり、先ほどまでいた場所をモニターに映し出す。

 しかしその心配は杞憂だった。彼等は拷問されていた者達を丁重に扱っていた。器具に取り付けられた段階で服を剥ぎ取られていたのだろう、裸で横たわる人達にどこからか持って来たシーツを掛け、丁寧に運び出し始めていた。

 それを見て今度はルーリィの方を映し出すと、気絶させていた男は縛り上げられていたが何故か2人に増えている。まだ隠れていた者がいたのだろうか。その2人がまだ気絶したままである事と周囲にルーリィ以外誰もいない事を確認すると、ルーリィの近くに降臨するよう操作する。


 視界が切り替わって目の前にルーリィが現れると、目にも留まらぬ速さで細剣を抜いて振り返りざまに切っ先をこちらに向けて鋭い視線をぶつけてくるので、ビクリとして硬直してしまう。


 「驚かせたならすみません。中で一通りやるべき事が済んだのでとりあえず合流しようと…。」


 話ながら顎の下でわさわさと蠢く物を感じて、自分の姿が『アド』では無い事を思い出し、姿を元に戻す。


 「申し訳ありません。気を張っている状態でこの距離まで気づけないとは余程の手練れかと思ってしまいました。」


 そう言ってルーリィは頭を下げるが、悪いのは完全にこちらだ。姿をちゃんと元に戻して、さらに一声掛けてからここへ来るべきだった。

 気を取り直して中の様子を再び確認する。不可視の偵察を起動するが、教会の中に入るまでも無く、教会に入ってすぐ右の扉が開いて人が運び出されて来るのが窺えた。

 礼拝堂の方へと運ばれて行くのでそちらを見てみると、焼かれた部屋にいた者達が並んだ長椅子に寝かされてシーツを掛けられている。

 リッカやギーブンは服を着たままの状態だったので、この中に牢屋代わりの部屋の者達がいない事はすぐに分かった。まだ地下から運び出されていないのだろう。

 運び出された人達が動かないのを見て、思考処理を停止しているのを思い出す。タイミングをどうするか迷ったが、すぐに停止を解除する事にした。

 しかし運ばれて行く者達は動かない。リッカやギーブンの様子を思い出すと、あの部屋の者達も最初は麻痺させられていたのだろう。時間を戻した事で麻痺状態に戻ってしまったようだ。

 しばらく様子を見るが、人のピストン輸送が途切れても服を着た者達は運ばれて来なかった。まだ牢部屋にいるのだろうか。

 視覚を移動させて地下まで行くと何かざわめきが聞こえて来る。階段を降りた先の部屋に入ると牢部屋の扉と壁の境目に剣を突き立て、バールを使う要領で扉をこじ開けようとしているのが見えた。そこで扉を開けられないようにしていた事を思い出す。

 礼拝堂に運ばれていた人達の様子から、中に捕らわれている者達に危害が及ぶ事はもう無いだろうと思い、扉の時間固定を解除すると視覚と聴覚を身体に戻す。


 「ではリッカとギーブンさんを迎えに行きましょうか。」

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