管理者アカウント
「ではその取り逃がした3人をどうやって捕らえるか…いや、捕らえられないのだから、毒でも何でも使ってその場で殺してしまうのが良いだろう。とにかく供物と決めた相手は全員始末せねば騒ぎになってしまう。こういう事態にならぬように下調べさせておると言うのに…。」
この部屋の拷問や虐殺は天使、つまりプレイヤーの為だと言う。そしてそれを眺める事を喜んでいたと言っていた。勝手に言っているのではなく真実だと仮定しよう。
つまりは過去にこの都市に知恵を貸し、他国の侵略から守る手伝いをしたプレイヤー達はこの都市の人々を守る為では無く、NPC同士がより多く殺し合う様を眺める為に力を貸していたと言う事だろうか?
だとしたら予言と言うのは、そのプレイヤー達自身が他国がこの都市を攻めるよう仕向け、その侵略を予言として前もってこの都市の人々に伝えていたのかも知れない。
より周到な準備をさせて、よりお互いの被害を大きく…より沢山の者達が死んでいくように…。
運営はプレイヤーがNPCに直接危害を加える事を禁止していた。
このNPC同士を殺し合わせるよう仕向ける行為は、この世界を楽しむ上での仕様では無くNPCに危害を加える為の抜け道と見て間違いないと思う。
ならば今回の事件の発端は、それを見抜けず放置してしまった運営の責任もあるだろう。そしてアークを開発した社員達を配属する側だった自分にももちろん責任はある。
今回の一件は、運営の側だった自分こそが解決しなくてはならない問題だ。
教会の中へはルーリィにも一緒に来てもらうつもりだったが考えを改める。今回に限っては何とか自分だけで解決したい。しかし引き止める上手い理由が見つからない。
自分の責任なので中へは私一人で行きますと言っても付いて来るだろう。外に残ってもらう理由が何か無いかと考えていると、先ほどの赤黒ローブの天使教とか言う者達の会話を思い出す。そう言えば見張りを付けていると言っていた。
視覚と聴覚を引き戻して、自分達の今いる場所を見回すとルーリィがいない。まさか攫われたのかと心配したが、背後の角から姿を現したルーリィは1人の気を失った男を引きずっていた。視覚と聴覚を完全に身体に戻してルーリィに何があったかを尋ねる。
「こちらを窺っていた者を問い詰めると、刃物を出して来たもので。」
「そうですか…。その人は縛り上げておいて下さい。相手は都市にかなりの数の仲間がいるようです。ルーリィさんは中に入らずに、ここで見張りをしていて貰えませんか?」
「しかしそれではアド様をお守りする事が出来ません!」
「私は死なないようになっていますのでご心配無く。それに中にはリッカさんだけでなくギーブンさんも捕らわれていました。中では彼に手伝ってもらいますよ。」
「しかし…」
「中から慌てて出て来て、援軍を呼びに行こうとする者を何とかして下さい。」
「………わかりました。」
渋々と言った感じで承諾してくれたルーリィに何本かのロープをストレージから出して渡すと、隠れていた場所から出て教会へと向かう。
開かれた門から中を覗くと短い廊下に左右の扉、そして奥には礼拝堂。最初に来た時と同じなら礼拝堂に入ると右には人がいるハズだ。既に見張りが付いているくらいなのだから見つかっても今更と言った感はあるが、それでもコソコソしてしまう。
門の横から中を窺うが、視界の中に人影は無い。そのまま短い廊下の右の扉を開けて中に滑り込むように入ると、素早く扉を閉じる。一息ついて階段を降りながら考える。
私が部屋でクリスタルユニットを稼働したまま放置してしまったせいで200年以上の時が経っている。その間ずっと、ここに訪れた残虐なプレイヤー達を神の使い、天使と崇めて来た人達…。
普通に真実を伝えても信じては貰え無いのは確実だ。現実の宗教関係の人間にあなたの信じている者は邪悪な者達ですと伝えたら、諭されるか激怒されるかだろう。
今回は私個人がどうこうと言うよりも、運営としての後始末と思って良いのかも知れない。ならば………
教室として使われた部屋の向こうへ間違って行ってしまわないように立てられた柵を跨いで乗り越え、二つ先の扉の書庫に入ってつっかえ棒で扉を閉じる。
そして管理者ウィンドウで、管理者権限を持ったアカウントが持つキャラクターを探す。
AD001からAD037と言うアカウントを発見し、それぞれに様々な種族のキャラクターが入っていた。その中から今回、神っぽく見えるようなキャラクターを探す。
そして自分の中の神と言うイメージに合うキャラクターを見つけた。
月桂樹の冠を被り、長い白髪に白鬚。白いゆったりとした袈裟懸けのローブを着て、ねじくれた杖を持つキャラクター。
私個人の勝手なイメージとしては『ゼウス』と言った所だろうか。
今回の一件の解決にはこのキャラクターを使う事にして、早速今の自分のキャラクターを変更する。
自分の姿が変わったのを確認すると、続いて管理者のストレージに入っていたキャラクターのイベントナイトを2体出現させる。
鏡の様に磨き上げられたフルプレートメイルにこれでもかと金で装飾を施されていて、左手にはこの教会でも使われているシンボルが装飾された盾を持っている。
白いローブ姿の爺さんを守る者としては目立ち過ぎている気もするが、騎士とはそう言う物だろうと諦め、2人を連れて書庫を出る。
予め偵察をしていたおかげで向かう方向は迷わなかったが、早速問題にぶち当たった。
視覚を飛ばしていた時にはすり抜ける事が出来た扉だ。押しても横にズラそうとしても動かない。閂も無ければ取っ手すらないこの扉は一体どうすれば開くのか。
今回だけは管理者として事にあたっていると割り切って、強引な手に出る事にした。
筋力を20倍に引き上げて、持っていた杖を壁に立てかけて両手を使えるようにすると、足を後ろに引いて突っ張り、轍にハマり込んだ車を押す要領で扉を押すとメキメキ音をたてながら扉が奥へとズレ始め、最後にはバキンッと音がして開いた。
押していた部分がへこんだ扉の、普通ならば取っ手がありそうな部分の側面は窪んでいて、押した側に鉄が破れていた。そして壁から曲がった鉄の棒が突き出している。
どうやら扉では無く壁のどこかを操作して開ける仕組みのようだ。
静まり返った中でたてた音に気付いて、奥にいた者達がこちらに来るのではと思ったがその様子は無い。この先まだ扉は2枚あるおかげでまだ気づかれていないようだ。
後ろの教室から出て来る者もいない。距離があるせいなのか、中の授業が盛り上がっているせいなのか、ともかく誰も来ないなら進むまでだ。
扉の先には誰もいない。向かいの壁の扉は無視して部屋の中央の下へ降りる階段へ向かって端から覗くが、明かりの漏れる先から上がって来る者はいない。
流石にこれ以上イベントナイトを連れて行くと、鎧の音で気づかれるだろう。せっかく誰にも気づかれていないのであればもう少しこのまま進みたいと欲が出る。
イベントナイトを管理者ストレージに帰すと、今度はシークレットガードを2体出現させる。全身黒のスーツっぽい衣装の細身の男性の手には黒皮の手袋。目も髪も真っ黒で、腰に帯びた剣の鞘まで真っ黒だ。
ゼウス感溢れる自分の姿とはどう見ても合わない。今回は少し神っぽい演出が必要になりそうだと思っているので、シークレットガードを帰して今度はソードインストラクターを呼び出す。
濃緑の貴族の様な服の上に凝った装飾の銀の胸当て。腰の左右には片手剣と細剣。威厳的な物は感じるがやはり自分の姿と合わないので帰す。
最後にエリアガードを呼び出すと、筋骨隆々と言う言葉が似合いそうな大柄な男が鉄の手甲と足甲に鉄の胴当てをしている。大剣を背中に背負い、頭の鉄兜にはトサカが付いている。鉄の防具ではあるが、動く事での騒音はほとんどしない。
これなら自分の姿とそこまで違和感も無いのではと妥協して、2人のエリアガードを引き連れて階段を降りる。
階段を下り切った先で光の漏れる扉を開ける為に今度は壁を調べると、レンガ状に組んだ石垣の一部が押し込めるようになっていた。
カコッと音がして扉を押すと抵抗無く動いたので、小さく開けて覗き込むが誰もいないようなので中に入る。
左の二つの扉の先には捕らわれた人達がいるのは分かっているが、今回の事件を本当の意味で解決させる為には、天使教を名乗る集団そのものをどうにかしなければならない。
安全の為に左の二つの扉の時間を止めて固定すると、正面の大扉へと向かう。そして連れて来たエリアガードの2人に扉を開くようにコマンドを送る。
ここも閉じられているのならば、エリアガードが力ずくでこじ開けてくれるだろうと思ったが、この大扉に限っては鍵や仕掛けは無かったようだ。二人のエリアガードが大扉の左右をそれぞれすんなりと開くと聞こえて来た話声が途切れる。
「…くなるのを待ち、宿の者を眠ら………」
部屋の中央に集まる赤黒ローブ集団の全員が同時にこちらを向いて、何やら話し込んでいたらしい会話がピタリと止まる。そんな彼等を無視して、2人のエリアガードに赤黒ローブ以外の人をこちらに集めるようにコマンドを送るとすぐさま動き出す。
動き出したエリアガードを見て、ようやく我に返った赤黒ローブの1人が声を出す。
「侵入者だ!捕まえろ!」
中にいた赤黒ローブ達が懐から短刀を出し、5人づつエリアガードへと向かい、中央に残った2人の赤黒ローブはこちらを見ている。
エリアガード達は近づいて来る者達には目もくれずに、壁際に並んだ器具に取り付けられた人達の方へと向かうと手枷や足枷を握力だけで砕き、高速具を簡単に引きちぎり始めた。
武器も抜かず自分達の方を見もしないエリアガード達の首や二の腕、太もも等の露出部分を狙って、殺到した赤黒ローブ達が次々短刀を振るうが、エリアガードは切られた瞬間に再生して出血すらしない。
首の後ろから短刀を深々と突き刺され、喉から刃先が飛び出している状態でも全く動ぜずに、煩わしそうに短刀を引き抜いてそこらに放ると再び作業に戻る。
管理者用ストレージに格納されていたNPCの身体は通常の『肉体』としての機能は持っていない。
見た目や固さや弾力が肉体を模したものを持たせているというだけのオブジェクトに過ぎないのだ。
食事や睡眠はもちろん不要で、毒やその他の状態異常は効果が無い。更に即時再生の設定が適用されている上に、同じ体格の肉体を持つ者よりも強い力を発揮するようにも設定されている。
そして搭載されているAIは制限されたタイプで、基本的には管理者ウィンドウから文章で送られて来るコマンドを解析し理解し実行するだけの存在だ。もちろん言葉でコマンドを送る事も出来る。
死なない。傷つかない。止められない。
絶対に人では無い。絶対に生き物では無い。
異常な光景を目の当たりにして、赤黒ローブ達はもはやエリアガード達の行動を見ている事しか出来ない。
ジリジリと後ずさりながら、再び中央に集まって行く赤黒ローブ達。その中で、おそらく最初に捕まえろと指示した者、おそらくこの者達のリーダー格の者が再び声を上げる。
「…何なのだ………何なのだお前達はーーー!!!」
そう言うと短刀を投げて来た。短刀は少し放物線を描きながらこちらまで届き、狙ったのかは分からないが右足の太ももに突き刺さった。
前回背中を斬られたのと同じ毒が塗られているとしたら3秒か4秒くらいで動けなくなってしまうので、直ぐに抜いて肉体の時間を傷付く前に戻す。
この肉体も即時修復が適用してあるが、毒が身体に残れば麻痺はするかもしれないと思っての対応だ。
短刀をそこらに放ると、赤黒ローブ達に注意しながらエリアガード達の仕事完了を待つ。
幸いエリアガード達が皆を解放してこちらに連れて来るまでの間に、赤黒ローブ達にそれ以上動きは無かった。
そして拷問によって瀕死の人間や、様々な方法で死体に変えられた者達が自分の前に並ぶと、心の中で一度決めた覚悟を再確認する。
(今回は運営のミス。だからこれはこの世界を本来の姿に戻すために必要な手順。)
よしっ!と気合を入れて目の前の重傷を負った人や死体に手をかざして、いかにもなポーズを取ると、管理者ウィンドウから目の前に並べられた人達を選択して、肉体の時間を巻き戻していく。
重傷で、治療を受けても絶対に元通りにならないだろう人間が傷一つ無い身体へと戻る。そして上下に分断された人間が再び一つへと繋がって行く。バラバラにされた者も元通りに。全身爛れた肉の塊も綺麗な人間の姿を取り戻していく。
面倒な事が増えるので、ついでに身体が元に戻った瞬間に思考処理の時間を止めて、意識を取り戻さないようにしておく。
その光景を見ていた赤黒ローブ達がざわめき出した。口々に『天使』だの『神』だのと言った言葉を発している。
拷問を受けて傷付き殺された人達が一通り元に戻るのを確認すると、赤黒ローブ達にようやく視線を戻す。
だが、こちらから口を開く前に飛び出してくる人達がいた。1人を先頭に2人がそれに付いてこちらに向かってくる。
内心ぎょっとしたが、その者達は自分達の足元で回復させた人達の傍まで来ると膝を突いて両手を突き、頭を下げて叫んだ。
「神よ!」
ある程度は目論見通りの反応ではあるものの、それでも自分が神扱いされて頭を下げられると言うのは居心地の悪さが半端では無い。
なるべく早く終わらせたいと思いつつも、相手の反応や会話次第ではここからが長くなると思い、深呼吸をしたい気持ちを我慢する。
「天使様方は、自らを蘇らせる力はあっても他者を蘇らせる力は無かったと伝え聞きます!ならば!その力を持つあなた様は神様であらせられるとお見受けいたします!」
そう見える様に演出した。しかし自分の書いた筋書きでは、これを認めない事も重要だ。ひざまづき、頭を下げたまま話かけて来る男に返事をせずに次の言葉を待つ。しかし言葉を続けたのは別の人物だった。
「おい、ハボン!例え神の如き力を振るおうとも、天使様への供物の儀式を邪魔する侵入者共を、司祭ともあろう者が神と崇めるとはどういう了見か!」
後ろで集まる赤黒ローブ集団のリーダー格らしき者が、こちらに来てひざまづく男に怒鳴るように声を掛ける。しかし司祭と呼ばれた男は頭を下げたまま叫ぶように返事をする。
「神の如きではない!この方こそ神様であらせられるに相違無い!司教ともあろう者がそんな事も分からんのか!」
「こぉの………………背教者めがぁぁああああーーー!!!」
司教と呼ばれたリーダー格らしき男は、懐からネックレスとして下げた水晶のような結晶を取り出す。大人の指ほどの大きさの細長いそれは、遠目にも分かる程に内部で赤くゆらめく光が漏れていた。
ネックレスの細い鎖を引きちぎり、右手に持ってその結晶を掲げると、内部の光がどんどん強くなっていく。
それを見て司教の周囲にいた赤黒ローブ達が司教の後ろに回り込む。そして頭を下げたままの司祭は、届いてくる赤い光で司教が何をしようとしているのか気付き、頭を上げて後ろを振り返りながら叫ぶ。
「神様に対してこれ以上の無礼はよせ!そもそもその魔道具を司教は使いこなせていないでは無いか!」
「黙れ!斬っても死なん相手だろうと、消し炭になれば生きてはおれまい!背教者であるお前もろともに焼き尽くしてくれるわ!!!」
司教が喋っている間にも赤い光は強くなっていく。
司祭との会話で何をしようとしているのか大体の想像がついたので、ひざまづく司祭達3人の所まで歩いて行くと、彼等の後ろで司教に向かって手を伸ばす。
司教とその後ろに回った赤黒ローブの集団はビクリと身体を震わせ身構えるが、何も起こらないと互いの顔を見合わせ、そして司教が叫ぶ。
「ほれ見た事か!死者を蘇らせようが斬っても死ななかろうがそれだけだ!奴にはこちらを害する力など無いのだ!敵を排除する力を持つ事を正義とする天使教の邪魔をするとどうなるか、その身を以って味わうが良いわ!」
司教が掲げた結晶からはいよいよ赤い光が弾けんばかりに溢れ出し、結晶に繋がった鎖を持つ右手からは煙が出ている。
熱を感じる程の光が形を成して結晶から溢れ出たかのように炎が上がると、こちらに向かって伸びて来た。
速さはそれほどでは無いと感じる程度だが、太さは人を丸呑みするほどの物が迫って来る。正直逃げたくなるが、ここで今足元でひざまづく3人にこれから起こる事を見せるのは重要だろう。頭の中で逃げようとする自分を必死に引き止める自分のイメージが浮かぶ。
実際には慌てふためいている様が表情に出ないように気をつけて、何とか腕を伸ばした姿勢でその場に留まると、炎が到着するまでの短い時間を待つ。
直径2m程の太い炎の柱が真横に伸び続け、いよいよ自分を呑み込もうと言う距離まで近づくと、伸ばした腕の先で見えない壁にぶつかったように綺麗に平らに遮られ、そして炎は上下左右へと広がっていく。
かなり広めに時間を停止して作った壁を張ったが、このままでは炎が回り込んで来ると思い、部屋一杯に広がる壁を作ると向こう側の音が聞こえ無くなった。
目の前で跳ね返った炎は更に広がり続け、見えない壁の向こう側で壁や床や天井にまで広がって行くと、それ以上は炎に遮られてどうなったか見えなくなってしまう。
「司教様!炎を止めて下さい!」
「ぐぉおお!止まらん!こんなハズでは!………天使様ーーーーー!!!」
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