偵察
大きく深呼吸をして、脳に酸素を送り込んだ気分になり、冷静に考えをまとめようとする。
そしてさきほど女性が攫われそうになり、自分も襲われた一件を思い出す。あんなのが都市のあちこちで人攫いをしているなら、都市全体にもっと物々しい雰囲気があって良いはずだ。
しかし都市に入る時に入場料を払った騎士のだらしない顔を思い出す。入って来る人間をまるで警戒せず、ただ料金を徴収するだけで、荷物の検査なども何も無かった。
それに露店を見て回った時、そして教会への行き来の時も巡回する騎士や自警団は一切見なかった。
騎士や自警団が人攫い達とグルと言うよりは、上手く見つからずに攫っていると見るべきだろうか?
それにしては教会から帰る途中の人攫い達とはあっさり遭遇した。本当にたまたまなのか?あの辺りを探せば人攫い達を見つけられるのだろうか?
しかしその場合、リムを連れて行きたくは無いが宿に一人残しておくのも避けたい。管理者の部屋で待ってもらうのが一番だろうが、どちらにしてもギーブンが帰るのを待って探しに行くべきか。だがその前にもう少し情報が欲しい。
リッカからのメールを開いたままだったので、それに返信出来る事を思い出す。
―― 大丈夫ですか?どういう状況なのか、どこにいるのかは分かりますか? ――
―― 服屋さんを見て回っていたんですが、店員さんに教えてもらった掘り出し物があるって言う店に向かう途中、人通りの無い路地でいきなり後ろから何かで切られたんです。そしたら動けなくなって、袋か何かに入れられて運ばれてるみたいです。なのでどこにいるのかは分かりません。王子様、助けてくださーい♡ ――
状況を聞く限り、教会からの帰り道で遭遇した人攫い達と同じ人物達か同じ集団の者達だろう。姿は見てないようだが手口がほぼ同じだ。
リッカの身体も一定以上の痛みを感じないようにしてあるので、傷付けられても痛いとか苦しいとかは無い。そしてプレイヤー扱いの彼女は身体が死亡に至る傷を受けて一定時間が経てばログアウトされ、キャラクター選択ステージに戻る。その後再降臨すれば管理者の部屋へ出るようにしてある。
しかしだからと言って放置して良い訳は無い。痛みは無くとも自分の身体を傷付けられるのを見るのは嫌なものだ。まして相手の目的が猥褻な行為であれば尚更だ。
メールの最後をもう一度読み直し、リッカ本人はまだ気持ちに余裕があるのかと思う。だが強がりの可能性もある以上、一刻も早く助け出さなければならない。
管理者ウィンドウからマップを呼び出して、以前使った知的生物の反応を表示する機能を再び使ってみる。すると画面の地図の中にはおびただしい数の反応が出る。
場所によっては反応が重なりすぎて、何人いるのか分からないような所がいくつもある。これでは人探しには使えない。
そこで反応を絞る機能を探す。直ぐにプレイヤーの反応を表示する機能を見つけてオンにすると、マップ上に沢山ある緑の反応とは違った青い反応が一つだけ出現する。
(よしっ!場所は特定出来た。救助に向かうには自警団か騎士に応援を求めたい所だが、どうやって見つけた事にするべきか。)
まずはどこに連れて行かれたかを遠くからでも確認してから、そこに入るのを見たという事にするべきか。幸い宿から遠くない位置だ。
だが行き当たりばったりは今回なるべく控えた方が良いだろう。今後の厄介事を自分で増やしてしまう事になりかねない。
直ぐに動きたいのを我慢して、管理者が使える能力などで何か使えそうな物が無いかをウィンドウを操作して探す。
まずは援軍だ。相手の人数がかなり多い場合は騎士団や自警団の助けが欲しいが、望めない場合は管理者の部屋のメイドや執事のように、制限AIの助っ人が誰か呼べないかを探してみるとそれらしい名前のユニットがいくつかあるので、新しく作ったショートカットに入れ、素早く出現させられるようにする。
・イベントナイト
・シークレットガード
・ソードインストラクター
・エリアガード
しかしこれらのユニットを使うのは事態を大事にしてしまい、より悪い結果をもたらす可能性がある。出したユニットとこの世界の住人が戦うなどと言う事は絶対に避けたい。なるべく使わない方が良さそうだ。
他に何か使えそうな能力が無いかを探すと、以前に使った好きな場所を管理者の部屋で映像に出して見ると言うのが使えそうだったので、自分にしか見えない映像を出して移動出来るようにした。テレビゲームで透明なキャラクターを使って移動するような感覚だろうか。聴覚も同時に移動出来るようにする。偵察にはうってつけの能力だろう。
後は時間の操作だ。世界の減速という今まで使っていた能力だけで無く、時間の停止で動けなくなった事を思い出したので、場所を限定して時間を止める事で壁を作れるように操作出来ないかを調べ、それを可能にする操作もショートカットに入れる。
具体的には自分を巻き込んで停止してしまわないように、腕を伸ばした更に10cm程前に、ドア程の範囲と厚みの時間停止空間を作る事で見えない壁を作る操作だ。
念の為に広い範囲も壁を作れるようにするが、これもなるべく使わない方が良さそうな力だ。しかしいざとなったら迷わず使う心構えをしておく。
最後にリムを管理者の部屋に退避させ、そこで待っていてもらう。女性を狙う集団だとしても私達を狙う集団だとしてもリムを一人にするのは危ない。
ギーブンと合流してから地図の場所に向かいたいが、いつ帰るか分からないギーブンを待っている時間が惜しい。
どうするべきかルーリィに相談すると、どちらを選んでも一長一短だがリッカの安全を考えると直ぐ動いた方が良いと言う事だった。
―― 助けに行くので、それまで辛抱して下さい。 ――
リッカにメールを送り、ルーリィを連れて宿を出るとマップを確認する。リッカの位置は変わっていない。方向的には授業を受けた教会のある方向だ。
途中で騎士や自警団に出会えばどう説明して同行して貰うかを考えながら、足早にリッカの反応へと向かうが途中、結局誰にも出会わなかった。
高級宿のあるこの地域は基本的に人通りが少ない。そして教会への道は、大通りからの道以外は乱雑に並んだ建物のせいで入り組んでいて、どこに出るか分かりづらいので誰も使っていないようだった。
しかしいよいよリッカのいる場所が近づいたと思った時に驚いた。教会の方向どころか、教会その物の中にリッカが捕らわれているようだ。地図の反応は教会とキッチリ重なっている。
建物の角からそっと教会の方を窺うが、授業を受けに来た時と何も変わらない。門は大きく開かれて、番をしている者もいない。そもそも教会の人間が人攫い集団と関わりがあるかどうかもまだ分からない。
だが関わりがあったとしても礼拝堂や授業をする部屋に攫った人間を連れて来て、そのままそこに居させる訳が無い。なら授業を受けた部屋の更に奥へと伸びた通路が一番怪しいが、出入りが教会の正門のすぐ脇と言うのは厳しいだろう。
攫った人間を入れた大きな袋をかつぐ覆面にフードを被った集団…いくらなんでも怪しすぎる。見られて困る行為をしている集団の行動では無い。
出入り口が他にあるのかも知れない。もしくは教会とは無関係で、別の場所から教会の真下までトンネルを掘ってアジトを作ったと言う可能性もある。
ここは早速、用意していた能力を使う事にする。
視覚と聴覚だけの移動を開始すると、隠れている場所を出て教会へと向かう。入って直ぐの短い廊下の右側の扉を視覚が突き抜け、階段を下りて授業を受けた部屋の前を通り過ぎる。
徐々に廊下が暗くなって行くが、視覚の暗視をオンにしているため、暗くなると自動で明るさが調整されて明るく見えるような補正がかかり、不自由無く見通せる。
左側にはいくつもの扉があった。それぞれ扉を突き抜けて中を覗いてみるが怪しい部屋は無かった。
倉庫、書庫、住居、住居、住居…、どれも狭く簡素で特に怪しい部屋は無い。通路の一番奥は鉄の扉となっていた。
鉄の扉を視覚が突き抜けると小さな部屋で、壁には反対側にも同じような扉があり、そして部屋の真ん中には部屋に入って来た方向へと下りる階段があった。
反対側にあった鉄の扉を突き抜けると通路が続いているが、こちらは土が剥き出しで、太い丸太を組んで崩れないように支えられた通路が伸びていた。リッカの反応とも離れて行く方向なのでこちらの調査は後にして部屋に戻る。
更に地下へと下りる階段に差し掛かると、奥から僅かに明かりが漏れているのが分かる。
長い階段で2階か3階分は下りただろうか。下り切った先で短い通路となり、その先にまたしても鉄の扉があり、明かりはその扉の隙間から漏れている。
扉を突き抜けると中はまたしても小さな部屋だった。突き抜けた扉の直ぐ横の壁にランタンが掛けられていて、中を明るく照らしている。
正面には両開きの鉄の大扉があり、左右の壁には二つづつ鉄の扉がある。大扉はかなり分厚そうだが、それでも中から何か声が聞こえてくる。そちらを本命と見て、左右の扉から確認する。
右の二枚の扉の先は倉庫と書庫だった。しかし置いてある道具は物騒な物も多かった。
そして左の扉の先を調べると数人の男性が閉じ込められていた。
何とその中にギーブンを見つける。視覚を近づけて確認するが、息をしている様子なので命に別状は無いようだ。
更にもう一枚の扉の先で遂にリッカを見つけた。そしてリッカも命に別状が無い事を確認する。だがリッカだけでは無く他にも何人もの女性が閉じ込められていた。そしてその中に、人攫いから助けて教会に預けた女性を見つけた。
これで教会は人攫いの集団と繋がりがあるか、あるいは人攫い集団その物であるかのどちらかだ。
中の女性達はリッカを含めて誰も身動き一つしない。男性達の方もそうだ。やはり麻酔か何かを使われているのだろう。
自分で動けない人間を助けるにはやはり人手がいる。ギーブンやリッカを麻痺から回復させても人手が足りないだろう。犯人グループを全員捕縛する方が良いかも知れない。
相手の人数を確認するべく、正面大扉へと向かう。そして扉を突き抜けると異様な光景が広がった。
正面奥の壁には黒に近い赤色のローブを着た石像。そして様々な器具に取り付けられた人々がいた。
石の台の上で、目や口を塞がれ呻きながら逃れようとするが、手足が鉄の枷で固定されていて動けないでいる人。
上下のローラーに上半身と下半身を固定され、二つに分かれて息絶えている人。
大きな歯車に胸まで挟み込まれ、顔中の穴から様々な物を吐き出して息絶えている人。
上から吊るされて、足に大きな鉄球の付いた枷を付けられ、さらに全身を細い串で無数に刺し貫かれながらも死ねずに呻く人。
他にも様々な器具に取り付けられて呻き、あるいは息絶えている人々と、それらの器具から取り外されて壁際に廃棄された、人だった物。
そんな部屋の中央に集まる赤黒ローブの集団。数は12人。これで全員とは限らないが、少なくともこれだけの人数を相手にしなければならないと言う事だ。
出来れば分断して各個撃破といきたいが、上手い方法が思いつかない。
とにかく良い方法のヒントが無いか、会話を聞いてみる事にした。
「本当です!確かに切りつけたんです。麻痺毒が効かなかったんですよ!」
「それに連れの女剣士も凄まじい手練れでした。あの女を何とかするには余程の手練れがこちらにもいませんと、かなりの数がやられてしまうでしょう。」
「人数はいくらでも集められるが………事が公になると帝国が動きかねん。張り巡らせた根がいくらかは揉み消してくれるだろうが、いくつか拠点を失う事になるかも知れん。」
「少し慎重さが足りなかったですかな?」
「しかし秋の収穫も終わり、この都市に人が集まるこの時期は我らにとっても収穫祭のようなもの。」
「下調べが十分では無かったのでは?」
「報告では奴等は貴族でも騎士でも無く、名の通った大きな商会の者でもありませんでしたが…。」
「しかしそれにしては立派な馬車に乗っておったのであろう?」
「宿に潜りこんで話をした者によりますと、昔大儲けした商品が今は生産されなくなったとかで、新しい商売のネタを探して旅をしているそうです。」
「それも本当かどうか。ちと相手の言葉を鵜呑みにし過ぎたか…。」
「奴等の内2人は既に捕らえていますので、残りの3人を何とか出来れば…。」
「それが何とか出来なかったから逃げて来たのであろうが!」
「見張りは付けておりますが、まだ手は出さないよう言いつけておきました。」
どうやら我々は調査された上で狙われたようだ。そしていくらでも人数を集められるような事を言っていた。しかも帝国内部にもかなり人脈が出来ていそうだが、帝国そのものとは敵対する組織のようだ。
しかしこの場を何とか治めても、次々援軍に来られてはたまらない。それを何とか出来たとしても、帝国側に報告した時に赤黒ローブの手が回っている者だった場合も厄介だ。
突入して行き当たりばったりでは面倒な相手と分かり、ルーリィと相談しようと意識を身体の方に向けようとすると、最後に赤黒ローブが聞き捨てならない事を言う。
「天使様はフェアティルグングに敵対する人々を我らが殲滅し、そして苦しめる様子を眺める事こそお喜びになるのだ。フェアティルグング復活の時期が来れば再びこの地に降臨し、その知恵をお貸し頂けるだろう。その為にも我ら天使教最大のこの拠点は何としても守り抜くべきだ。」
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