救出

 中で何をして今どうなっているのか詳しい説明はしていないが、ルーリィは素直に頷くと前に立つ。

 細剣は鞘に収まっているが、鞘に手を掛けていつでも抜ける体勢のまま滑るように足音無く歩き出したルーリィに付いて教会へと歩いて行く。

 設定としては、こちらにしか分からない痕跡を辿って攫われた仲間を追跡してきたと言った所にしておこうか。

 礼拝堂の方に捕らわれていた者達が沢山いるのは分かっているが、迷わず入って直ぐ右の扉の方へ行く事をルーリィに伝える。

 礼拝堂の方にも教会関係者はいるのだろうが、見咎められずに扉を開けて中に入ると階段を降りる。何処へどう行けば良いのか分かっているのでルーリィに伝えながら進むと、私が無理矢理押し開けた扉はそのままだった。この辺りは暗いがルーリィも私も暗闇を見通せるのでそのまま進む。

 地下への階段の先の扉は開け放たれていて、階段を明るく照らしていた。下り切った所でルーリィが慎重に中を窺う横を通り過ぎて入る。慌てたルーリィが前に出ようとするがそれを手で制し、入って左の扉の前で扉をこじ開けようとしている4人に声を掛ける。


 「私の仲間を返して頂きに来ました。」


 それまで扉と壁の隙間に差し込んだ剣を倒してこじ開けようとしていた白い修道服を着た2人の男とランタンを掲げて手元を照らしていた赤黒ローブの男、そしてそれを少し離れて見ていた男の合計4人が一斉にこちらを向く。

 最後の男は確かハボンという司祭だ。ハボン以外の男達はこちらに気付いた瞬間に警戒の色を見せるが、ハボンだけは落ち着いていた。目で合図でもしたのか、他の3人にそれぞれ視線を送ると前に出て話し出す。


 「我々の過ちで連れて来てしまった人達は上の礼拝堂にもいますが、こちらに来たと言う事はそちらに居なかったからでしょう。ですが申し訳ない。解放するつもりでいたのですが、どういう訳か扉が開かないのです。」


 どうやら扉が開くようになった事にはまだ気付いていないようだ。ここで「もう開きますよ。」と言うのもせっかくの別人設定が台無しだ。少し考え込んで誘導してみる事にする。


 「見た所取っ手も閂も無い扉です。普段はどうやって開け閉めしているのですか?」


 「普段ならば壁の一部が押し込めるようになっていまして…」


 「私が試してみても構いませんか?」


 ハボン司祭が顔を向けて、剣を差し込んでいた内の1人に合図をすると、男は壁の一部を示す。近づいて押し込むとガチリと音がした。

 ハッとしたように横にいた男がハボン司祭の方を見ると司祭は男に頷き返す。そして男が扉を押すと難なく奥へと開いていった。


 「何か引っかかっていただけのようですね。」


 あまりにもすんなりと事が運んだので内心はガッツポーズだが声や表情に出ないように気をつける。


 「あなた達はこの人達をどうするつもりなんですか?」


 「先ほど言った通り、もうどうこうするつもりはありません。麻痺毒が抜ければ自由に帰って頂くつもりでした。」


 「であれば、私の仲間はこちらで引き取らせて頂いても構いませんね?」


 「どうぞお好きに。」


 そう言われても警戒したままのルーリィが何か言いたそうな顔をしているが、軽く微笑んで「大丈夫ですよ。」という意を伝えると部屋に入る。

 ギーブンがどこにいるのかは予め分かっていたが、一応見渡す素振りを見せてから近寄って首筋に指を当てて脈を計る。分かってはいたが生きている。脈自体もしっかりしている。


 「麻痺毒と言いましたが、どのくらいの時間で抜けますか?」


 「毒を塗った武器で斬られたりしたなら6時間から8時間程度で多少は動けるようになるでしょう。お茶などに混ぜて飲まされたなら量によります。致死量ギリギリだと丸2日は動けないと思います。」


 「解毒剤の類はありませんか?」


 「ありますが、それでも直ぐに動けるようにはならないでしょう。」


 そう言われて小さな小瓶を渡される。元々ここの人達に使う為に用意していたのかも知れない。

 しかしこちらとしては人目に付かない所まで運べば麻痺毒を受ける前に戻してしまえば事足りるので、もしこの解毒剤が貴重品ならば他の人達に使って欲しいので確認する。


 「この解毒剤は他の人達の分は用意してあるのですか?」


 「ええ。麻痺毒よりも多く保管されています。」


 ならば問題は無い。一人一瓶使うらしいので栓を抜くとギーブンの口に小瓶の口を突っ込んで上を向かせて流し込む。

 解毒剤を飲んでも歩けるまでには早くて30分はかかるだろうと言われたので、とりあえずギーブンを羽交い絞めの恰好で部屋の外へと連れ出す。


 「しっかりしろギーブン!その様ではアド様をお守り出来ないではないか。」


 ルーリィが叱咤するが、今解毒剤を飲んだばかりでは反応するのは無理だろう。続いて開けられた隣の部屋でも一応見渡す素振りを見せてからリッカに近寄ると、同じように脈を診る為に屈もうとする直前に『ポーン』とメールの着信音が聞こえてくる。

 ピタリと動きを止めるが、そのまま固まると不審がられると思って改めて屈みこんでリッカの脈を計りながらメールを開く。



 ―― お姫様抱っこでお願いします♡ ――



 メールはリッカからだった。直接救出のみを目的として突入するよりもかなりの時間待たせてしまったので、「待たせて済まない。」と言うつもりだったがメールを読んで気が変わり、脈を計った手をリッカの頭に振り下ろそうとして持ち上げるが、改めて虚ろな目のまま動かないリッカを見る。

 いくら死なないとはいえこの状態でずっと待つと言うのはどれほど精神的に苦痛だったろうか。

 いつも通りのふざけたような内容で一瞬分からなかったが、彼女なりに気を遣ってのメールなのかも知れないと思い、こんな時くらいは彼女の我儘を聞いても良いのではと言う思いが浮かんでくる。


 振り上げた腕を降ろしてリッカの脇に差し込んで背中に片腕を回す。もう一方は揃えた脚を抱えるとそのままリッカを持ち上げて立ち上がり、「これで良いのか?」と声を掛けると僅かに頬に赤みがさしたように見える。


 リッカを抱えて部屋を出ると、床に倒れたままのギーブンが視界に入る。ギーブンは長身であり、そこそこの筋肉が付いている。対してリッカはどちらかと言えば身長は低く、身体のごく一部を除いて華奢な体形をしている。2人の体重を比べればおそらくギーブンはリッカの1.5倍以上になるだろう。

 動けるのは自分とルーリィ。運ばなければならないのはリッカとギーブン。どう考えても自分がギーブンを担ぐべきだ。リッカには申し訳ないが聞き分けて貰うしかない。


 「ルーリィさん、リッカをお願い出来ますか?」


 頷いたルーリィが代わってリッカを担ぐ。司祭からもう一本貰った解毒剤をリッカの口に流し込むとギーブンを背負って出口へと歩き出す。

 教会を出て宿の方向へと歩き出し、教会からは見えない位置に来てからルーリィが口を開く。


 「騎士団に通報しなくてもよろしいのですか?」


 「彼等はもう人攫いはしないでしょう。それに攫った人達を解放すると言う事は、罪を償う意志の表れでしょうから恐らく自分達で自首するのではないでしょうか。どのみち解放された人達から都市に広まるでしょう。」


 「では我々はこれからどういたしましょうか?」


 「リッカとギーブンさんの毒が抜けるのを待って、普通に動けるようになったら町を出ましょう。」


 「分かりました。」


 今後どうして行くのかをこの世界に住む者達が選択して決めて行けるように出来ただろうか?もっと何かするべき事があっただろうか?それともしない方が良かった事があっただろうか?

 考えても分からない。しかし天使教の者達が間違った選択をしていると感じたとしてもこれ以上この世界の管理者としての干渉をするべきでは無いと思う。

 人は間違って学ぶ事もある。その機会を奪う事は過保護と言うものではないのか?


 今回天使教を名乗る者達が地下でしていた行為は、人としては嫌悪感しか湧かないおぞましい行為だった。しかし自分の足元でひざまづいて言葉を交わした司祭達は普通に会話の成り立つ者達だった。彼等の罪は許されないものではあるのだろうが、天使教全員があのような行為に参加していたとは限らない。

 まだ後戻りの出来る所にいる者達を司祭達が説得してくれるのを祈るばかりだ。

 歩きながら考えにふけっているとメールの着信音が響く。



 ―― さっきの短いお姫様抱っこはノーカウントですから!次はもっと!ずっと!堪能させて下さい! ――

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