突入・後編

 ルネアを抱きかかえたクリアスが1階まで戻るとすぐに報告を受ける。地下の扉が頑丈過ぎてまだ突入出来ていないらしい。

 ルネアや他の女性達を、座って待たせる事が出来る部屋へ案内するよう指示すると、続けて治療院へ搬送するための馬車を手配するように指示する。

 まだこのリテイ楼閣の役職者が誰一人見つかっていない。後ろ髪をひかれる思いを断ち切り、気持ちを切り替え地下への階段へと向かう。


 地下室の扉の前まで来ると、ランタンに照らされた狭い通路に数人の騎士が今もハンマーや斧を扉に叩きつけているのが見える。しかし見た瞬間扉が壊れる気配が無いのが分かる。かなりの厚みのある鉄製の扉なのだろう。

 この狭い螺旋階段の下、踊り場も狭く破城槌として丸太などを持ち込む事も難しい。とりあえずハンマーや斧を叩きつけている者達に休むように指示する。するとどこからか、まだ小さく金属を打ち合わせる音が聞こえる。

 扉の目の高さには横長の細い窪みがある。覗き穴だ。少し奥まった部分を開く事が出来そうだが不用意に覗き込めば何か突き出された時に目を失う事になる。

 手前側に開くような造りでは無い事が分かるため、奥へ押し開けるのではと剣を抜いてゆっくりと差し入れるがビクともしない。おそらくは右か左へスライドするのだろう。

 差し入れた剣先を左右にズラすと左側へわずかに動くのが分かった。少しづつ覗き穴を塞ぐプレートが左側にズレ、ほんの少し右側に隙間が出来る。するととたんに金属を打ち合わせる音が大きくなった。これは剣戟の音だ。隙間に剣先を差し入れると一気に左へズラす。何かが突き出されて来る様子が無い事を確認して、クリアスが慎重に中を覗く。


 中では戦闘の真っ最中だった。一番手前で背中を向けた大柄な男が、その向こうにいるだろう相手に両手の斧をもの凄い速さで繰り出している。そしてその左にいる男は武器こそ持ってはいないが、鉄の手甲と足甲で多彩な攻撃を繰り返している。どちらもかなりの手練れで、クリアスが一対一で戦っても油断出来ない相手に見えた。

 しかし手前の大柄な男の背に隠れて見えないが、男二人が相手にしているのはどう見ても一人だ。大柄で手前にいるとは言え、その向こうに二人が並んでいるのが隠れているとは思えない。男達二人の攻撃をおそらく一撃も喰らわずに防いでいる。そして右側の足元には左の男と同じような恰好をした男が倒れている。既に一人倒しているのだ。

 しかし更に向こう側にももう一人倒れている。そして剣戟の音はどうやら更に奥からも響いている。


 自分が一対一で互角と言う相手を三人同時に相手にして打ち勝つ人間がそこにいる。クリアスは畏敬の念すら覚えて戦いを見ていたい衝動にかられるが、そう言う訳にもいかない。

 どう見てもこちらに背を向けている男と左の男、そして床に倒れている者達の恰好は真っ当な人間とは思えない。全員ピッチリとした黒革のズボンを穿き、上着は着ていないが幅広の黒革ベルトが縦横に胴体に巻かれ、大男の腰には鞭や棍棒などもぶら下げている。

 彼等がリテイ楼閣の地下で仕事をする者達だとすると、その奥で彼等の相手をしているのはまだ合流していない、潜入した協力者の可能性が高い。

 となれば加勢しなければならないが、分厚い鉄の扉に閂が掛かっているこの状況では背を向けている相手に何も出来はしない。弓でもあれば攻撃出来たかも知れないが、万が一相手が躱してしまうか、そこまで出来なくても偶然身体を動かして逸れてしまえばその奥で戦っているであろう協力者に不意打ちしてしまう形になってしまう。

 クリアスが考えを巡らせて結局思いついたのは声を掛ける事だった。逆に協力者の方が気を取られて不意を突かれると言う可能性を少しでも下げるために、台詞の頭にこちらの正体を明かす言葉を持ってくる。


 「帝国第三騎士団団長クリアスである!既にここ以外は占拠した。扉を開けて大人しく調べを受け入れよ!」


 そこから事態は急変する。覗き穴からでは分からなかったが左の男が多少気を取られたのだろう。クリアスの声かけとほぼ同時に倒されてしまう。良く見えなかったが頭が弾かれたように震えた事から殴られたのだろうか。糸の切れた人形のようにくたりと倒れ込む。

 すると奥から響く剣戟も止み、おそらく残るのは目の前で背中を向けている斧使いだけだ。奥から助っ人に来たのだろう人物と並んで斧使いに対峙すると二人の顔が見えた。

 一人は予想通り協力者であるチール。そしてもう一人はターバンの様な帽子をかぶった女性だった。チールが相棒と言っていた者だろう。

 二対一となればあっという間だった。素早く繰り出される手斧の握りと刃の間の木製の柄の部分を二人が同時に切り払う。手練れの相手が振るう斧にそんな事が出来る人間が二人も目の前にいるのは信じられんが、なにはともあれ勝負あった。女性の方の剣が斧使いの首元に添えられた事で動きを止めた斧使いの横をすり抜けてチールが扉に向かい、閂を外して扉を開くと、荒い息を吐きながら声を掛けてくる。


 「お待たせしちまいました。」


 「見事な腕前だ。ぜひ我が騎士団に欲しいくらいだ。」


 困ったような笑いを浮かべたチールをそのままに、まずは男達の捕縛を騎士団に指示するとチールが、一番奥の閂で閉じた部屋にこの地下の管理を任されてる人物を捕まえてある事を知らせてくれる。

 迅速に行動を開始するべく散って行く騎士達の中、クリアスとチールは二人そろってターバン女性の元へと歩く。女性は通路の真ん中に置かれた大きな籠の隣で待っていた。鋭い目をしながらもクリアスに無言のまま頭を下げる。


 「無事なようで何よりだ。そして協力に感謝する。」


 黙ったまま再び礼をして、言葉を発する様子が無い女性との妙な間を埋めるべくチールが話しをする。


 「例の物は見つけましたぜ。で、少しご相談があるんですが…。」


 視線が籠に向いている事から察したクリアスはとにかく中を確認しようとするが、腕を取って止められて少し待つよう頼まれる。

 周りで倒された男達や両側の扉の奥にいた女性達が連れて行かれ、最後にビグルが運ばれると、その場に残ったのは三人だけだ。そこでようやく話が続けられる。

 チール達の本来の目的はこの籠の中身の奪還だと言う。『奪還』と表現するからには本来はチール達の手にあるべき物なのだろう。しかし確認もせずに見なかった事には出来ない。そこで籠の中を確認しようとすると、チールの相棒である女性が険しい眼差しを一層険しくして剣の柄に手を掛ける。しかし彼女の視線が逸れて、おそらくはチールが何か合図したのだろう様子を確認したのか剣の柄から掛けていた手が離れる。

 そして籠の中身を見て思った事をクリアスは素直に口にする。


 「彼女達をどうするつもりだ?」


 その言葉にチールが少し驚いた表情をしている。確かにエルフの女性に対して彼女と言う表現を使ったのは帝国では異質に取られるかもしれないと思ったが、今のクリアスにはここで過酷な教育を受けて客の相手をさせられていた者達を、例えエルフと言えども物として見る事が出来なくなっていた。しかしどうやら相手が驚いた意味はそのせいでは無かったらしい。


 「俺達ゃ彼女等を助けに来たんで。どうするって聞かれりゃ、助けなくても大丈夫って状況まで面倒見させてもらうつもりなんですがね?」


 「その話を信じるとするならば、なぜ命がけでそこまでする?」


 「まぁ…俺個人としちゃ、惚れた女の望みなんでね。」


 そう言ってチールが相棒の方へと視線を向けているのを見て納得がいく。この娼館に突入する前、ルネアと出会う前であればその言葉の裏を読んだかもしれない。しかし今は納得出来てしまう。

 もし治療の甲斐あって今後ルネアが正気を取り戻し、そして自分に「お願いがあります。」と言われれば、例えそれが命がけの内容になろうとも引き受けると言う選択しか浮かばないだろう。

 そしてルネアと出会うまでそんな考え方をする自分など想像すらしていなかった事に可笑しさが込み上げ、我慢出来ずに声に出して笑ってしまう。


 「フフッ…フッ………アッハハハハハッ!」


 チールは驚いているが、相棒の彼女は再び剣の柄に手を掛けて警戒している。それを見たクリアスは、切られてはたまらんと言葉を続ける。


 「籠を持て。お前達が乗って来た馬車で安全だと思う場所まで送ってやると良い。ただし丁重にだ。こちらで預かっても良いが…いや、それは止めておいた方が良いか…。」


 騎士団が預かると言う事は帝国内にその事実を公にすると言う事に等しい。人権を持たないエルフがどこにいるのか知らしめる事になる。おそらく邪な思いを持つ者達を次から次へと引き寄せる事になるだろう。貴族などが手を回せば奪われた挙句、ここにいた時よりも酷い事になるかもしれない。

 籠を運んでいる所を他の騎士に見咎められてはいけないと思い、先導役を引き受けようと先に立って歩き始めたクリアスに後ろから声がかかる。


 「なんだか…随分と雰囲気が変わっちまいましたね。」




 チール達を見送ったクリアスはすぐさま追跡部隊を選別し、人数分の馬を手配するよう指示する。別れる間際にお礼ですと言ってチールが口にしたのは自分の本当の名前と、そして今逃げている最中のリテイ楼閣総支配人の居所だった。どうやって知ったのか分からんが、その脱出経路と逃走手段に現在の位置まで詳しく教えてくれたのだ。

 チール改めギーブンの話では、総支配人の執務室のテーブルに成人男性一人分ほどの体重を掛けると、執務用の机をズラす事が出来るようになる。机の下には通り一本西側の建物へと続く地下道が通っていて、総支配人はそこから徒歩で西へと急ぎ、途中の建物に逃走用に用意してあった馬車で今この街の西門から出た所だと言う。

 出来ればギーブンを情報屋としてぜひ囲っておきたかったが、しばらくはエルフ達のために忙しく動き回る事になるだろう。

 印象に持っていたのとは随分ちがっていたギーブンの人柄に爽快感さえ覚え、軽くなっていた気分を落ち着かせると、再び心に暗く冷たく鋭い物を宿して頭を冷静に働かせる。


 (この娼館で接客をさせられていた全ての者達に過酷な境遇を強いた者、そしてルネアにそれを強いた者。罪を償わせなければならない最も責任の重い者………絶対に逃がしはしない。)


 楼閣の調査を副長に任せ、クリアスは追跡部隊を指揮して馬を走らせた。

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