迎撃

 3日掛けてようやく効果のある解毒薬がいくつか分かってきた。そして夜には調合薬も良い結果が出せるようになったのでヒッツリンドにいる領主の娘に使いを出す事になった。そこで名乗りを上げたのはウルカンだった。


 「解毒薬が出来てしまえば後の処置はオーベル氏に任せても大丈夫でしょう。ヒッツリンドにもここより多くの患者がいるハズですからぜひ私に行かせて下さい。」


 井戸を襲った連中の仲間が妨害する可能性なども考えると、自分かルーリィかギーブンが行くべきかとも思わなくも無いが、話し合って結局ウルカンにヒッツリンドに行ってもらう事になった。

 モーゲンの町に元気な馬が見当たらない為に我々の馬車の馬を1頭外して使おうとしたが、ギーブンがグンバンが書いた書簡を使って町を包囲している騎士団から馬を借りる手を思いついたので手配してもらった。

 井戸を襲ったサシューともう1人については背後関係を色々と聞き出したかったが、麻痺毒が効いていて呻く程度しかまだ出来ない。それに尋問してもおそらく何も言わないだろうとギーブンが言っていたので、事態が収まってから帝国の騎士団に引き渡す事にした。


 「出来ればウィラントの騎士に護衛に付いて貰えりゃ良かったんですがねぇ…。」


 「大丈夫ですよ。私、逃げ足は速い方なんです。」


 この場合の逃げ足は馬の足と言う事になるだろうからあなたの足の速さは関係無いですよと思ったりしたが、こちらを心配させないように気遣って言ってくれた言葉に無粋な茶々を入れるものでは無いと言葉を飲み込む。


 「ではお願いします。十分にお気をつけて。」


 グンバンの書いた書簡をウルカンに渡すと懐に仕舞い込んで馬に乗り込み、直ぐにヒッツリンドへ向けて出発した。

 町を包囲するウィラントの騎士には、グンバンが到着したらは薬が出来た事を伝えて貰える様に手配してある。

 ヒッツリンドにウルカンが到着してから、ウィラント公爵令嬢の指示をこちらに伝える者が到着するまで馬を潰すほど急いでも7、8時間ほどは掛かるらしい。それでも明日の昼までには今回の一件が一段落するだろう。




 夜明けまでまだ2時間はあると言う所で女性陣を管理者の部屋から馬車へと呼び戻す。この世界の人間の朝は早い者が多い。日が昇る前から動き始める人が沢山いる。馬車の中を覗かれる可能性なども考えての行動だったが、女性陣を連れて馬車に戻った瞬間に扉が叩かれている事に気付いて言葉を掛ける。


 「ギーブンさんですか?」


 「戻りましたかい?町の様子がおかしいですぜ。」


 馬車の外に出るがまだ暗い中、南の空が少し明るくなっている。この世界でも東から日が昇るので、南が明るいと言う事は火事か襲撃の可能性がある。そして今日はグンバンが言っていた焼き討ちの予定日だ。

 しかし町の入り口にいた騎士には薬が出来た事は伝えてあるし、それをグンバンに伝えるようにもお願いしてある。それを聞いて尚町を襲っていると言う事だろうか?


 「火事かあるいは………まさかですけどグンバン団長でしょうか?」


 「分かんねぇですけど規模がデカそうなんで普通の火事じゃねぇと思うんで、グンバンの方かと。」


 「私が行って見て来ましょうか?」


 「止めとけルーリィ。万一町を襲うような人数に囲まれたら脱出は厳しいぜ。」


 ギーブンは時間が多少でもある内に治療院で籠城準備をするべきだと提案してくる。町の人間を見殺す事にはなるが、火の手の方へと向かってもこの人数で町の人間全員を守る事は出来はしないと言うのは納得出来る話だった。

 この治療院に来た時に100人近い患者がいたが半数は比較的症状の改善が早く、薬を与えて数時間で動けるようになったので薬を持って他の患者が寝ている建物に向かってもらい、自分が飲まされた薬を他の者達にも与えているハズだ。そして3割ほどは薬が間に合わずに死亡。そして17人が、まだ歩ける程には回復出来ていない為にここで寝ているのだ。その者達を守るくらいならこの人数でも何とかなるかも知れない。

 治療院に収容されていなかった患者はそれぞれの自宅などで分散して横になっている者達も多く、薬を持って町に散った者達によって動けるようになっていれば、せめて上手く逃げるなり隠れるなりしてくれている事を祈る他無い。

 ギーブンの提案の採用を決めると早速全員で動き出そうとする時に、リムの異変に気付く。どんどん赤く明るくなっていく南の空を見て小さく唸るような声を出して震えている。

 南の方を見えないように身体で隠しながら治療院の中へ入れるがリムの震えは止まらない。

 ギーブンとルーリィは窓を塞ぐ作業を始めていて、簡潔に事情を聞いたオーベルは患者を一部屋に集めている。その部屋にリッカとリムを連れて行き、リッカと話す。


 「この部屋には誰も侵入させないつもりだが、万が一私達以外が敵意を持って入って来たら追い出すように頑張って貰えないか?」


 「そのようなご要望にはお答えできません。」


 予想はしていたがやはりメイドが敵と戦うようには設定されていない。中身を別の制限NPCに替える事は出来るが、ここでリッカを出したり消したりする所を見られる訳にはいかないし、リッカの姿で歴戦の戦士よろしく戦う姿を見せるのもどうかと思われたので、屋敷の管理用メイドでも出来そうな要望を出してみる。


 「リムの傍にいて守ってあげてくれないか?」


 「承知いたしました。」


 『守る』という単語にどう反応するか不安ではあったが、屋敷で主が襲われれば身体をはって盾になる的なプログラムが含まれていたのだろうか?とにかく戦いになるとしたらこの部屋には敵を入れないように頑張るしかないだろう。


 治療院は石とレンガを主に使った建物なので窓や扉以外は焼け落ちる心配は無い上に大きな窓も少ない。侵入経路を塞いで籠城するには良い条件が揃っている。

 全ての窓を閉じた上に更に内側からベッドを立ててつっかえ棒をして侵入されないようにし、出入り口も裏口は塞いでしまう事にする。後は正面の出入り口だが、ここを塞ぐ為のベッドは近くに用意しておくがまだ塞がないでおく。

 話しが出来るか最初に試すべきだし、万が一籠城戦になった時に侵入経路が1つでもあれば他に侵入口を作る努力は後回しにしてくれる可能性が高くなる。正面入り口だけなら中に引き込めば2人並ぶのがせいぜいで、ルーリィとギーブンが並べば2対2で持久戦が出来るからだ。

 正面出入り口で他に何か出来ないかと考えていた所に、騎士の一団がやって来るのが目に入った。10人以上の集団の中でギュントで見た顔があった。頭一つ抜き出た巨体が目立つ。グンバンだ。しかし籠城の準備が終わるにはもう少し時間が必要だった。

 治療院は外から見れば窓を閉めているだけで、中で籠城の準備をしているようには見えない。元々最初から一度は話しをしてみるつもりだったし、ここは何も分からない振りをして時間を稼げるか試してみる。


 「おはようございます。何やら物々しいですが、どうされましたか?」


 「うむ。7日経ったのでな。命令を実行している所だ。」


 「と言うと?」


 「もちろんお嬢様の命令の事だ。ギュントから近いのでモーゲンからと言う訳だな。」


 「薬が完成した事はお伝えして頂けたハズですが?」


 「うん?聞いておらんな。しかしどちらにしてもやる事は変わらん。ウィラント家より俺へ命令変更の指示は来ておらんのだからな。」


 ギュントで最初に焼き討ちを止めてもらうようにお願いしにヒッツリンドへ行ってもらった人は上手く交渉出来なかったのだろう。グンバンが融通の利かない男なのはもう分かっているので最後の頼みはウルカンだ。しかし説得は試してみるべきだろう。時間が稼げるしグンバンの周りの騎士の誰かがグンバンを止めてくれるかも知れない。


 「薬が出来て町の人達は回復していってます。もうその命令を実行する意味はありませんよ?」


 「意味がどうとかは俺の考える事では無いな。命令され、実行する。それが忠誠と言うものだ。」


 「ウィラント家の利益にならないどころか、その命令を実行する事でウィラント家にとっては得るハズの物が失われてしまう、損害になってしまうと分かっていてもですか?」


 ここでいつの間にか後ろに来ていたルーリィが耳元で「準備は整いました。」と囁く。


 「俺の仕事はウィラント家に利益をもたらす事では無い。先ほども言ったが命令を実行して忠誠を示す事こそが全てだ。さぁもう話は終わりだ。お前達もこの町に入ったのだから始末される覚悟は出来ているだろう。なるべく苦しみたく無いなら抵抗はしない事だな。」


 グンバンの周りの者達もグンバンを説得してくれる者はいないようだ。諦めて奥へとさがると入れ替わるようにルーリィとギーブンが前に出て正面出入り口より少し中で並ぶ。

 外に出てしまえば同時に複数を相手にしなければならなくなるので建物からは出ないようにして戦う事は予め決めてあった。

 それと無茶を言っているのは分かっているが、相手を殺さないようにと言う事と、可能ならば回復しないような傷を負わせる事も極力避けて欲しいとお願いしてある。


 「大丈夫ですか!?ルーリィさんは女性ですよ!?それに帝国に逆らう事になるのでは?」


 「大丈夫ですからオーベルさんは隠れていて下さい。ではルーリィさん、ギーブンさん、お願いします。」


 「承知しました。」「任せて下せぇ。」


 それぞれ剣を抜きながら返事をするのを聞いてから、2人の処理速度を加速する。


 こちらの準備は整ったが、騎士達はすぐに押し寄せては来なかった。グンバンはこちらが出て来ないならそのまま建物ごと燃やせと指示している。とりあえず直ぐに直接戦闘とはならない展開に、2人の加速を解除して聞いてみるが放っておいて大丈夫だろうと言う事だった。無駄な事をして時間を稼がせてくれるならこちらにとっては好都合だ。

 グンバンの部下達はあちこちから木箱だの樽だの板だのを集めて建物の周りに集めているが、全く量が足りていないのをどうするかと言う話が出ると、裏に木造の馬屋があるのを見つけた騎士の話を聞いて馬屋を壊して薪にしろと指示している。馬と馬車が心配だったがこれでさらに時間が稼げそうな展開だ。

 しばらくすると出入り口の周りにも板や木箱が積まれて、騎士の「準備出来ました。」の声で火をかけろとグンバンが命令している。


 治療院の周りに火が掛けられても炎はそう簡単に大きくはならなかった。グンバンが油を集めて投げ込めなどと指示してようやく熱が建物に籠り始める頃には空が白み始める。

 治療院は石材とレンガで作られている為に燃える事は無いが、それでも熱は伝わって来るが耐えられないほどでは無い。空気の方もどうやら心配無いようだ。

 いざとなったら患者達か、あるいは建物の時間を止めてしまう手を考えていたがそこまでの必要は無さそうだった。

 だがこちらが一向に動かない上に悲鳴の一つも上げない事でグンバンの方がしびれを切らした。


 「後2つ町を焼かねばならんのだ!こんな所でのんびりしてなどおれんわ!」


 そんな叫び声が聞こえたすぐ後には出入り口付近の薪をどかすように指示している。出入り口が炎の壁から解放されるとすぐさま突撃の号令が掛けられた。

 タイミングを計って不意を突く形で来られれば多少は形勢が不利な形で戦いが始まったかも知れないが、あれだけ怒鳴りながら指示すればこちらの準備も万全だった。

 脳内の情報処理速度が加速されたギーブンとルーリィが既に横並びで応戦の構えを取っている。

 その2人に向かって来る騎士達は治療院の壁に阻まれ否応なく2列縦隊で向かって来る。

 ルーリィの強さは今まで何度も目にして良く分かっていたし、ギーブンも1対1なら普通の人間には負けないだけの強さは持っていた。その上加速された脳が相手の動きをスローモーションのように見せるのだからまず心配無いだろう。


 と、思っていた。


 しかし実際にはかなり不利な戦いとなっていた。

 ギーブンには問題無かったが、ルーリィの方が問題だった。彼女の戦い方は基本的に加速していようがいまいが変わらない。相手の攻撃を躱して細剣で急所を狙う戦い方だ。しかし狭い通路で2人分しかない幅に2人並んで相手の攻撃を躱すには後ろに下がるしかない。

 ギーブンの様に剣で受けたり流したりしていては細剣はすぐに折れてしまうだろう。だから下がって躱すしか無いのだが、相手の攻撃を躱して直ぐに元の場所へ飛び込んで反撃すると言う時にその効果的な手段が無かった。

 ルーリィの腕なら、しかも加速している状態であれば尚更手の打ちようはあった。相手の全身金属鎧のヘルムのバイザーには視野を確保する為のスリットがある。そこに細剣を突き立てれば良いのだ。だがそれは確実に相手の命を奪うだろう。

 他の方法としてはやはりギーブンのように打撃で相手にダメージを与える方法だ。ギーブンは剣を棍棒代わりとして割り切った攻撃の使い方をしている。時に隙を見つけては殴ったり蹴ったりもしているが、剣での攻撃は斬る為と言うよりは衝撃で中身にダメージを与える為だろう。

 だがルーリィの細剣でそれをすればやはり折れてしまうだろうし、ルーリィの殴りつけや蹴りでは力も体重も足りないのだ。

 2人並んでいなければ、前に取り残されたギーブンが複数の相手をする事になってしまう。加速された状態の今ならば可能ではあるだろうが、やはり負担が大きい事と不自然さが際立ってしまう。

 ジリジリと押し込められる形で治療院の奥へと後退し、広い場所に出てしまう前に角を曲がった所で反撃の手を思いつく。

 治療院の中には治療薬を作る為に持ち込んだ解毒剤の材料が入っていた木箱があった。今は中身を取り出されて空っぽだが、何せ木で出来ている為にそこそこの重さがあった。

 空の木箱を掴むと未だ戦闘中の2人に声を掛ける。


 「ギーブンさんはそのまま頑張って下さい。ルーリィさんはしゃがんで下さい。」


 それを聞いてルーリィだけが即座にしゃがむと、そこに襲い掛かる騎士目がけて木箱を放る。

 コントロールに自信が無いので、両手でバスケットボールをパスする様な形で力いっぱい投げるが、普段から筋力は5倍にしてある。木箱は思っていた以上の速度で騎士に襲い掛かり、騎士の胸の辺りを強打して砕けた。

 胴鎧の胸とフルフェイスのヘルムの顎がへこんだ騎士がそのまま後ろに弾けるように倒れ込むと、後ろにいたもう一人の騎士も巻き添えに倒れ込む。そしてピクリとも動かなくなった騎士に圧し掛かられた下敷き騎士がもがく。更に後ろにいた騎士が呆然としている所に再び木箱を投げると再び気絶騎士と下敷き騎士がもう1組出来上がった。

 残りが2人になった騎士が怯んだ瞬間、1人はギーブンによって倒される。残った1人のヘルムのスリットには同時にルーリィが細剣を差し込んで「動けば死ぬ。」と脅しを掛けて戦闘が終わった。

 しかしここでギーブンには剣や鎧を打ち鳴らし続けるように頼む。外の者達にはまだ戦っているように見せかけて時間を稼ぐつもりだ。そしてその間に倒れた者達の鎧の一部を外してサシュー達から奪ったナイフで軽く切りつけ、最後に立っていた騎士も麻痺させて一段落ついた。

 麻痺毒だと言う事はあの後も良く調べて分かっているので、今後も何かあれば使えるだろうと取っておいたのだ。

 サシューともう1人は麻痺が解ける頃に尋問しようと思って縛っておいたが、どうやら襟に毒が塗ってあったらしく、目を離した隙にそれを舐めて2人共死んでしまった。全部終わったら管理者の部屋で尋問しても良いかも知れないが、ギーブンの話ではたぶん何も引き出せないだろうとの事だった。

 ギーブンとルーリィに剣戟の音を偽装して貰い、麻痺させた騎士達を集めて縛っていると残った患者とオーベル、それにリッカとリムもいるだろう部屋から大きな音がした。

 縛っている途中の騎士を放り出して慌てて部屋に入るのと、窓のバリケードを崩して顔を覗かせた騎士が弩で射るのが同時だった。

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