バーチャルリアリティーとは

 ある時ふと天の啓示を得て画期的物理の法則を創った。あるいは何か機械の装置、仕組みのアイデアが閃いた。新ジャンルの小説のストーリーを思いついた。かつて見たことも聞いたこともない場面の絵の構図が頭に浮かんだ。といった話を聞いたことがある。

つまり頭のなかで無から有が生まれたというわけである。

そんな話を聞くと世間の人は、「ふーん、天才とはそういうもんなのか」という気分になる。

 しかし私は常々そういうことはまずないだろうと見当をつけている。つまりどんな思いつきにも思いつく下地があるはずである。アインシュタインのE=MC2もある日突然閃いた訳ではないらしい。どんなジャンルの小説も実体験から想を得ているはずだ。例え宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」といえども例外ではないだろう。これは実体験しようもない物語で、また新しいスタイルの文体でもあるが、その想を得る為の何らかの経験の上に立って初めて書けるのは間違いない。

 サンティグデュペリの「星の王子様」だって同様だろう。事ほど左様に私は人間の空想力、想像力が信用できない。というか、ないことはないだろうがたかが知れている様に思えるのだ。



 たとえば私自身の場合で言えば、まるっきり想像力なんぞ持ち合わせていない。すべて今まで実際に見聞きした事柄、あるいは新聞、本、週刊誌、本を読んで知った知識、それに人から聞いた話などが元になっている。

むかしイギリスにスウェーデンボルグという学者がいて、その人は死んだ後に行く天国や地獄の様子を何故か、どうやってか見当が付かないが何かの拍子に詳細に知る機会を得てそれを基に大変な大書を書き上げたそうな。聞いた話だが、その分量たるや大書も大書、読み終えるのに一生かかるのではと人を恐れさせる程だと言う。私なぞ、ただただ後ずさるばかりである。

 さてこの人の場合はどう考察したものか。この世で見聞きした事柄ではない。あの世の出来事を書き記した訳である。通り一遍の解釈なら、人間離れした想像力の持ち主だったということで済ませてしまうところだろうか。

しかしである。よくよく考えてみればあの世のこととは言え、それは間違いなく見聞きした事実をありのまま忠実に書き起こしたと本人が語っている訳だから、作り事ではないのだ。つまり想像力とか創作力の力は働いてないと本人が明言していることになろう。ということは我々が見る夢とおなじことになるのか。

  

私はほとんど毎晩夢をみている気がする。大抵道に迷ったり何か困りごとが起こっているような感じの内容ばかりだ。いやあ、じつに楽しかった、愉快だった、いい夢を見たという感想の持てる夢をみたことはかつて一度もない。人にそれを話すと自分もそうだとたいてい誰も同感する。

夢でじぶんのいる場所はよく知っている場所もあればまるで覚えのない場所のこともあるが場面はどこにしろ、なにしろ全く面白くも可笑しくもない、見なければよかったとしか感じられないつまらない出来事ばかりである。

 たとえば東京で電車に乗ったり歩いたりするのをよく見るが、道に迷う、電車賃が足りない等いつも困りごとに見舞われている。あるいは、アパートに住んでいるが自分の部屋がどの階のどの部屋だったか思い出せない、家賃が払えないといった具合に、やっぱりよろしくない状況のなかにいる。

 たしかにそういう心配をしたことはあるが、どれも現実に起こったことではない。

 夢は、ことばの上では「私には夢がある」とか「夢のような出来事」とか「でっかい夢が叶う」などポジティブで明るいイメージを持っている。

 しかし実際に寝て見る夢はそうではなく惨憺たる印象の後味しか残らない。何でだろうか。そして夢というものは経験のうちに入るのだろうかという疑問も起こる。


 量子力学の観測結果から導き出された答えに因ると、この世に自分というものが在ること、そしてこの世で見聞きするものが実はバーチャルリアルティ(仮想現実)なのだという。その説に従うと夢も、というか夢こそバーチャルリアリティそのものと捉えるべきではないのか。そうすると現実、起きている間の時間と同等に扱わねばならない。ということは経験の範疇に入るか否かという問いの答えは明らかである。つまり夢も経験、体験なのだ。

 

バーチャルリアリティ=仮想現実とは一体どういうことか。現実は存在しないという意味であることは確かである。では我々は何を見ているのだろう。生まれてから死ぬまで、いや生死が区切りかどうかもはっきりしない。

実態のない事柄に囲まれて日々の明け暮れを繰り返していると観ずると、われわれ意識あるものは意識あるばかりに誠に心細く虚しい心持ちがするばかりである。

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