エドワード・ゴーリー「おぞましい二人」の二人の動機は人間が生来持つ『負の情熱』
天災にしろ交通事故にしろ、不慮のできごとはつまり不慮のできごとなのだから誰も動機を問おうようもないが、殺人あるいは自殺の場合は誰しも後を引く。動機が不可解であればあるほど。
殺人の場合、金目当てか憎しみが原因なら、すなわち納得がいく。
ところが、いったい何のため、何の得になるのか、さっぱり見当のつかないはみんな考え込んでしまう。特に、その殺し様がおぞましい場合は余計に。
ゴーリーはおぞましい出来事、殺人の専門家を名乗ってもいいほどの人物でじつに関心が強い。創作をする。
しかし現実の事実の事件にはかなわない。この事件はまさに「事実は小説よりも・・・」を地でいっている。
この事件はゴーリーの心にいつまでも残った。おぞましさもさることながら、やはり二人の動機が謎だったからだ。ゴーリーといえども、つまりはみんなと同じで動機を知りたいのである。
しかし手がかりはない。共通の残忍な嗜好を持つ、貧しい夫婦の密やかな愉しみだった、では何の納得もいかない。
納得はぜんぜんいかないが、いつまでも気になるので、いつもどうりの事実だけの、説明をつけない絵本にしてみたといったところだろう。
この事件にとどまらず動機のわからない事件や自殺は、この世に数えきれないほどあるのだろう。ニュースになってみんなが知るのは、そのなかのごく一部なのだろう。
そんな思いが長年私にもあり、「負の情熱」という題で書いた文章があります。
次に掲載させていただきます。
(もちろん、犯罪者の動機、心境などを解釈する、といった内容ではありません。何しろ私の一貫したテーマは「この世の事象に確信のもてる解釈はあり得るのだろうか」なのですから。)
『負の情熱』
情熱に「正」「負」を付けてみた。
私が作った言葉だ。情熱という言葉は勢いを感じる肯定的な雰囲気を持つ言葉だろう。「正」の情熱とは通常の情熱のことである。
では、「負」の情熱とは。例えば悪事を働くにも何がしかの意思と実行力がなければ行えない。そういうものを「負」の情熱と名付けてみた。悪さをするにもエネルギーが必要。おっくう心の方が勝って何も行わなければ悪事を働かなくて済むのに、というほどの意味である。
そんなことを思いついたのは自分の日々の生活の実感からである。人が生きていく上では、どんなにおっくうでもしなければならない事柄、済まさなければならないあれこれの用事がある。勤め人ならば通勤そして勤務、自営業とて同じこと。いくら気が乗らない日でもなんとか、どうでも、出掛けるとか、今日中に済ます必要のあることは気力を振り絞ってやっている。思うに1年のうちなぜか気分がよく、上機嫌で事に取りかかる日がいったい何日あるだろうか。あってもせいぜい二日か三日くらいのもんではないだろうか。あとのほとんど全ての日々は気力を振り絞る必要がある。
日課のような行動でもそんな按配である。そして、身体の具合が悪ければ医者に行かねばならないし、役場に行って済まさねばすまない手続き事も色々ある。その他放っておけない雑事が山ほどある。まことに面倒で仕方ないのだが、なんとか片づけるしかない。気力を振り絞って。
こんな有様であるから、私にはとても悪事をする気力が残っていない。
必要不可欠の用事以外何もしなければ、いいことも出来ないが悪いことも起こさなくて済む。
ふと思いついたのだが、ということは、私のようにおっくうだからというんではなく、もう少し積極的に何も行動しないという流儀を決め込めば戦争は起こらないという道理にならないだろうか。武器を持たない。戦場へ赴かないのだから。
人間は、古今東西、地球上至るところで殺し合いを繰り返している。まさに「負の情熱」の最たるもの。たいてい、理由、大義名分はやむを得ぬ防衛、つまり売られた喧嘩なのだという。
軍人、軍隊という存在はその象徴的存在であろう。喧嘩を売られるのを待っている集団といえないか。
太古の昔から延々と世界中で性懲りもなく徒党を組んで殺しあってきた。
また個人な死闘、あるいは闇討ちは連日連夜どこかで起こっているに違いない。
どうして人間は争いごと、人殺しに熱心というか情熱があるのか、情熱が持てるのか。不思議といえば不思議。人間は生来そういうふうに出来ていると観ずるしかないといえば身も蓋もないか。
もうだいぶ昔のこととなってしまったが三島由紀夫が自衛隊の本部のような建物内で割腹自殺するという事件を起こした。バルコニーでなにか演説をぶっていたが意味不明。その後、家来のような者に介錯を頼み割腹。
その一連の言動に情熱は感じるが、まさに「負」の情熱と評するに値しよう。まともな意義、目的がまったく理解不能。敢えて解釈を求めるとすれば、何らかの文学的陶酔に起因する、自己顕示欲にあらがうことかなわず、起こしてしまった自己満足以外の何ものでもない「益荒男ぶり」というところか。
三島は戦争好きだった。先の大戦には年齢的に足りなかったが、逆に戦場を経験しなかったからこそ軍隊、軍人に憧れを持ったのだろう。戦場、兵隊の体験を持つ人が、もう一度ぜひ軍隊に入隊して戦場へ行ってみたいという話を聞いたことがない。
つまり三島由紀夫は、むごく、悲惨で理不尽な、美学などひとかけらもない戦場を知らないからこそ、一人の頭のなかで自分だけの妄想を何やら遊んだのだ。
次に子孫を得る為ではない性行為、つまり快楽を得るのが目的の行為も「負の情熱」の一種だろう。殊に配偶者以外の者との間で行われる性行為の場合は「負」の気配がいよいよ濃厚である。
であるからして、ポルノ小説やら映画の登場人物の間柄の設定においては「負」の関係であることが必然の大前提である。
それは、いわゆる芸術作品と称されている小説、映画でもなんら事情は変わらない。
だが、それも無理はない気がする。それぞれの男女によって、思い思いにあらぬ行為があられもなく行われているらしいので、性行為は「秘め事」と呼ばれてはいるが実際は、そう突飛な、思いもよらない行為が為されている訳ではないだろう。
つまり性描写をいくら丹念にやってみたところで段取り、作業内容にそうそう彩りがあるわけではない。要はいかに不道徳、不謹慎、不適切な間柄であるかが読者、観客の関心事といえよう。そういう間柄における性行為であってこそ人に劣情を呼び覚ますことができるのであろう。
つまりは読者、観客の側に「負」の心理が備わっているということになる。「負」の関係に興味津々なのだから。
さて、次の「金持ちの万引き」の例も「負」の情熱の列に加える必要があるだろう。万引きがいけない行為であることは誰でも知っている。だが、腹が減っているが懐に金が無くつい食料品に手が出てしまったという事例は止むにやまれずの行為と見做すことができよう。ところが最近、金は十二分に持っている裁判官という身分の者が、たかが知れた値段のつまらない物を万引きしたというニュースがあった。
本人の弁か、そういう分野が専門の「有識者」の解説か忘れたが何らかのフラストレーションの為せる業とのこと。フラストレーションは日本語にすれば欲求不満となるが、なにか、的外れに感じる。私に言わせれば、なにかこう衝動的に無茶がしたくなった感じがする。その衝動を理性なるものを働かせて押さえることができなかったのだ。まさに「負の情熱」のなせる技といえるだろう。
いつも通りにレジに持って行くか、何も買わずに店を出るかすれば、見つかっていい恥をかくことはなく、その日も昨日と同じ平穏な一日を送れたものを。
悪いことと知っていて、その手を止めることが出来ない人間がたくさんいる。もっといえば何人(なんびと)の心のなかにもその衝動が内在しているようにも思える。ただ、たいていの人は一生の間、顕在化せずに済んでいるばあいが多いのだろう。
さらには、まさに過激な犯罪に「通り魔殺人」という行為がある。従来は発作的な行為とみなす事例ばかりだったように思うが、最近起きた通り魔事件の犯人は計画的といおうか、事前に凶器を用意して事に臨んだ。歩道を歩いている歩行者を数人、猛スピードの車で撥ね、突きあたりの商店の外壁にぶつかって止まると、金物屋で買った二本の大きなナタを持って外に飛び出し、不運にもたまたま、そこに居合わせた通行人を警官が駆けつけ取り押さえるまで次々と襲った。
計画的凶行ではあるが、計画的といったところで覆面でもして顔を隠し、事を済ませたら逃げるという気はまったくない。端から取り押さえられる結果をつまり死刑を覚悟の上である。いや覚悟の上といっては正しくない。死刑になるのが目的だったというのだから。
もし死ぬことが目的なら他にいくらでも方法はある。敢えて死刑を選ばなくても。
自暴自棄という解釈なら、ある意味衝動的行動と言えようか。しかし蛮行に過ぎる。
あるいは自分は死にたい、がしかし一人ではさみしい。道連れがほしい。一人、二人ではなく、できるだけ多く、ということなのか。
警察などが犯行の動機を訊く。犯人は何かしら答えはするだろう。
だがその答えがどういう内容だろうと意味はない。こんな蛮行にどんな理由付けもあり得るわけがない。本人もなんでやったのか、いくら考えても答えは見つからないだろう。
さて刑罰の最高刑は死刑でその次が終身刑ということになっているが、常々疑問なのである。本当に死刑が最高刑なのだろうか。
犠牲者の遺族はたいてい、終身刑という判決が出ると不満を述べ死刑を希望する。遺族の心理はどうしてもそこに帰結せざるを得ないのだろう。しかし死刑になりたくて殺人を犯した犯人には本望を遂げさせてしまうという結果になるわけだ。
それに加害者が死刑を望むと望まないにかかわらず死を与えることはこの世の苦しみから解放し安楽の境涯を与えることを意味する。
しかし、だからといって終身刑こそが最高刑とするのもどんなものか、確信の持てる答えはまったく思い浮かばない。
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