第40話 王女奪還③

「……間抜けなやつだな、嬢ちゃんの護衛ってやつは。……もしかしてだが、今のが『銀騎士』ってやつじゃあないよな?」

「う、嘘……」


 エリザベスが捕らえられている牢に一時避難をして砂煙をやり過ごしていた一団のリーダー格の男、シモンは、そのあっけなさにため息混じりの言葉を漏らした。






 この要塞の地下牢と言える現在シモンが居る階。この階は、階段から下ってきてすぐにある一つの鉄扉と、その扉を潜った先の一本の通路、そしてその通路を挟んで向かい合う3対の、つまり計6個の牢で構成されている。

 水面下へと続き湖上要塞を支える柱の内部とは言え、この柱はかなり太く、そしてその内部はかなり広い。そこをこの階はほぼ6つの牢のみで構成しているのだ。当然、一つ一つの牢は罪人には破格なほど広くなり、そこまでの閉塞感は感じないようになっている。

 もちろん、もっと階を下ればより劣悪な牢がひしめく階などもある。つまり、エリザベスが捕らえられたのはその数ある地下牢のなかでも、最も良い環境、すなわちファーストクラスの牢屋だった。牢屋に良い悪いもないといってしまえば、それもその通りではあるのだが。


 とにかく、そこでじっと必要なのかどうかすらわからないエリザベスの見張りにつとめていたシモンたち6人だが、それよりも外部、階段に続く鉄扉の向こうにて見張りを任せていた仲間の2人が、非常にゲスな会話を始めたのがきっかけだった。

 その会話はろくな防音処理などされていない鉄扉を優に貫通し、シモンたちの耳にも届く。と、なれば当然、エリザベス自身の耳まで届いてきた。

 聞こえてきた会話のなかには、「ひんむく」、「売る」など、穏やかでない単語もいくつか含まれていて、それを聞いたエリザベスが想像したのか、血の気の失った真っ青な顔をし始めたとき。


 見かねたシモンが黙らせに行こうとすると、その扉の向こうから、なにやら大きな水袋をいくつも落としたような嫌な音に続き、「ひ、ひぃ!」という、男の短い悲鳴も聞こえてくる。

 ――何かが来た。

 そう素早く判断したシモンは、ジェスチャーにて通路に居る仲間たちに『静かに』というサインを送り、外の様子・状況を音のみで判断すべく耳を傾ける。

 ちなみにだが、この時点でシモンは素早くエリザベスの口を封じており、助けを求めるのは禁じていた。


 何やら喋りながら、鉄扉の方へと歩み寄ってくる侵入者。もしかしなくても、仲間の男が鉄扉の側にへたりこんでいるのだろう。

 このときには、部屋内の仲間たちが自主的に魔力を練り始めており、その漏れ出た魔力の淡い光で牢部屋内部は神秘的な光に満たされていた。


「拉致された女の子はどこにいる?」


 侵入者が発したその問いの声は、鉄扉のすぐ向こうから聞こえた。

 すまないな。心のなかで今まさに尋問されている仲間に心のなかで十字架をきったシモンは、『撃て』というジェスチャーをする。

 その瞬間、合図を待っていた仲間たちから火が、水が、土塊が、氷塊が、突風が、あらゆる魔術が一気に奔流となって鉄扉に撃ち込まれ、そのまま扉ごとその向こう側を吹き飛ばした。






 魔力の残滓が立ち上ぼり虚空へ消える。魔力により作られた火や水や土塊はたちどころに魔力へと還元され、あとに残るのはもうもうと煙る土埃のみ。

 跡形もなく消し飛んだ。

 その惨状を見て、誰もが――エリザベスですらとんでもない轟音を聞いて、、ハロルドが無事にすまないだろうことを確信していた。


 だが、


「おーおー。ひでぇことすんね。……何も見えん」


 そんな気の抜ける声と共に巻き起こされた突風に、土埃が飛ばされ視界が晴れる。


「う、うっそ……だろ……」

「は、ハロルド様!? 大丈夫ですか!?」


 土埃の中から現れたのは、死ぬどころか部位欠損ひとつ、怪我ひとつしている素振りを見せない、奇妙な銀の鎧に包まれた一人の、骨格や声からして、男。

 それを見たシモンの驚愕の声と、縛られているため牢の外にいるハロルドの姿が見えず、けれどその声にいつも通りのひょうきんさを感じたエリザベスが、無事を確認すべく声を出す。


「おー。王女様も元気そうじゃん。んじゃ、ちょっと目を瞑っておいてくれるか? 眩しいと思うから」

「は、はい?」


 その問いに謎のお願いを以て答えたハロルド。その直後、左手のフルメタル・リキッドを変形させ、銀の砲筒を形成する。

 照準を部屋のなかで呆ける一人に定め、その先から放たれたのは一本の極太レーザーであった。


 狙い違わず相手の頭に命中したレーザーは、断末魔を漏らす猶予も与えずその部位を消し飛ばす。いや、炭化させ崩した、と言う方が正しいだろうか。


「なっ……! 光熱魔術か!」

「ご明察」


 素早くエリザベスの牢へと避難したシモンの声に正解と答え、そしてそのままもう一人焼き殺す。


 単純に炎を生成する火魔術とは違い、光に熱エネルギーを持たせ放つ魔術、光熱魔術。その強みは何よりも光速というスピードにあるが、その実、威力という面では通常、火魔術よりも大きく劣る。

 というのも、火魔術はそこから燃え広がる炎であったり、生じる炸裂であったり、副産物の攻撃力もまた高い。が、光熱魔術は直撃させねば攻撃力を持たず、障害物を貫く貫通力も無ければ、有機物以外に対して効果が望めない。そして何より、光という特性上その拡散に従って攻撃力は減衰し、長距離となると、どうにも唯一絶対の強みであるスピードを活かしきれず、扱いにくい。

 だがハロルドはこれを、フルメタル・リキッドで作った銀の砲筒により光を筒の内部に閉じ込め、可能な限り集束させてから放つことで、かなり改善させている。そしてそれにより運用可能な距離や威力も大幅に増大させ、遂には一瞬で人を消し炭に出来る威力へと昇華させたのだった。


「隠れるか障壁を張れ! 水でも土でも良い!」

「お、いい指揮官が居るな。適切な判断だ」


 だが結局、光は光。土を溶かし貫通する力もなければ、水に屈折させられたらまともな効果は出ない。

 判断力に優れるシモンの指示により障壁を張られ、光熱魔術で殺せる人数は二人に抑えられてしまった。

 だが、これで残りは四人。得体の知れない『銀騎士』を相手にするには、かなり心許ない。


「くそっ! くそっ! 頼むぞクソ野郎。……喰らえ! 『磔の十字クルシフィクション』!!」


 そう判断したシモンは、早くも切り札を切ることにする。最早ダメ元などとは言ってられない状況と、気味の悪い男から貰った得体の知れない魔道具に頼るしかない現状に悪態をつきながら、握った十字架に魔力と言霊を込め、発動させる。

 発動により輝く光を帯びた十字架はひとりでにシモンの手を離れ、ハロルドの元へと飛んで行く。


「お?」


 それを避けるでもなく間抜けな声ひとつで迎えたハロルドの目の前で、弾けるようにひときわ強い光を放った十字架は、その光で人間サイズの巨大な十字架を形成、


「うおっ、何だこれ! スゲェ! 動けん!」


 そしてまるで引力のようにハロルドの身体を引き付け、そのまま磔にしてしまう。

 ガルス=ガルスがシモンに渡していた捕縛用魔道具『磔の十字クルシフィクション』。ハロルドをして動けないと言わせしめるその効果からわかる通り、四足を持つ生物であれば、どんな強大な相手でも捕縛することが出来る。

 無料。ダメ元。などと言われていた代物だが、その実はとんでもないモノであり、売ってしまえば一財産築けるほどには強力な魔道具だったのである。


 しかし、そんな魔道具に捕縛され片腕たりとも動けない状態のハロルド。何故かちょっと楽しそうに笑う。

 それを見て舌打ちを一回。すかさずシモンは魔力を練りながら、


「今だ殺せぇ!! 火だ! 焼き殺せ!!」


 と障壁に隠れる仲間たちに指示を飛ばし、自分で言い放った指示通りに、炎で出来た巨大な槍を生み出し、それを捕縛されているハロルドに向かって、躊躇なく放つ。


「まだまだ!! 撃て撃て撃て撃てぇ!!」

「ハロルド様ぁっ!!」


 それが着弾して爆炎に包まれようとも更に炎を飛ばし、シモンの仲間たちからもいくつもの火炎が放たれ、火と光と土煙がハロルドの姿を覆い隠し、しかしそれでも男たちは攻撃の手を緩めない。


 離れた牢のなかに居ても届くその光と熱に穏やかではいられないエリザベス。ハロルドの名を呼びながら暴れ、拘束を解こうとする。が、腕を縛る縄が肉に食い込み痛みを生もうと、エリザベスの力ではそれを解くことはできなかった。


 攻撃が止んだのは、それから数十秒後。考え無しにラッシュのごとく炎の雨を降らせていたシモンたちの魔力が枯れ始め、息が乱れたころだった。


「……や、やった……だろ。流石によ」


 余波により崩壊しかけた天井からぱらぱらと石つぶてが落ちてきているその惨状を見て、シモンは笑みを浮かべて確信めいたセリフを吐く。

 答えが返ってくるはずのない、そのセリフ。

 だが、「これがその答えだ」とばかりに返ってきたものは、


「ぃいっ! っっでええ!! クソぁ!! 何だってんだ、チクショウがッ!」


 一本の銀の針。

 目にも留まらぬ速度で伸びてきた極太の針がシモンの肩を貫き、出血させる。

 エリザベスは、その針に見覚えがあった。

 それは、初めてエリザベスがハロルドと出会った日。猛毒にて自分を人質に取った元大臣に対してハロルドがマントから伸ばした針に、非常によく似ていたのだ。


「あれ、外したか。頭を狙ったんだけどな」


  砂煙の向こうから、焦り一つ感じさせない声が届く。


「よっ……っと」


 そのままバギンッという何かを力ずくで破壊する音の後、肩をぐるぐると回しながら気だるげに姿を現したのは、やはり、傷一つないハロルドであった。


「こういう魔力体で構成された魔道具は、大抵本体が脆い。ま、定石だわな」

「あ……あ……、何、で……? 何でだよぉ!!」


 開かれたハロルドの手からぽろぽろと落ちた十字架のなれの果てを見て、シモンの仲間の一人から恐怖による叫びが漏れる。

 そのままとにかく身を護ろうと目の前に土を押し固めた障壁を作る。が、


「それ、光熱魔術は防げるけどよ。俺にはあんまし効果ねぇぞ?」


 ハロルドは巨大な拳を形成して土壁をしこたま殴りつけ、その向こうに隠れた魔術師ごと拳で轢き潰す。

 ハロルドの膂力と巨大な金属の重みにより異常な威力となったその拳は、人間などただの血が詰まった肉袋だと言わんばかりに蹂躙し、まるで速度に乗った大型トラックで轢いたかのように、相手をただの赤いシミへと変えてしまう。


「あぁ! く、来るなぁ!!」

「だから無駄だって」

「おごっ」


 錯乱した一人から苦し紛れに放たれた一発の氷塊を難なく握りつぶし、そのまま顔面を殴り陥没させ、絶命させる。


「悪夢だ……」


 残った一人が慌てて張った炎の壁を素手で霧散させるハロルドを見て、出血する肩を押さえたシモンが呟く。


「ぎ、ぎ、銀の、騎士……? はっ、はははっ! 『銀の化物』の間違いだろうが!! なあっ!?」

「……ああ、そうだな」

「ひぃっ! 来んな! あぁ!!」

「こんなのは、化物だ。……俺も、そう思うよ」


 残った一人であるシモンが、涙と鼻水を滴らせながら、エリザベスの牢へと逃げ込む。

 シモンにとって唯一の救いは、そこでエリザベスを盾にするような愚行をとらなかったこと。

 少なくともそんなことをしていれば、苦痛のない死など訪れはしなかっただろう。


「は、ハロルド様……なんですか……?」

「おう、俺だ。ちょっと待っててくれな。もうちょいで終わるから」


 シモンを追って牢に入ってきたハロルド。ここにきて、エリザベスは初めてハロルドの姿を実際にその目に収めることになる。

 隙間のない銀の鎧に身を包み、その身を血で濡らし、それでもなおいつも通りに話すハロルド。

 エリザベスは思い知る。『いつも通り』のセリフが、話し方が、ここまで恐ろしいと感じることがあるのだと。


「さて」

「やめっ!」

「話してくれるか? お前らと契約した、ガルス=ガルスとかいう男について」


 牢の壁まで後ずさりしていたシモンを右手に形成した銀の爪にて壁に縫い付け、脅しながら、ハロルドは尋問する。


「話す! 何でも! もともと何も口留めなんてされてねぇんだ!! 知ってることなら何でも話す!!」

「お。そうか。そりゃよかった」

「あ、あ、あいつは俺らにその嬢ちゃんの見張りを頼んできただけだ! 俺らはその嬢ちゃんが何者なのかも、あんたが何者なのかも知らねえ! 本当だ!!」


 ハロルドの右手から首元に真っ直ぐ伸ばされ壁に突き刺さっている鋭い爪を視界に収めながら、真っ青な顔で必死に口を動かすシモン。


「あの男はなんか言ってたか?」

「ひ、英雄ヒーローが何だかんだって、それをずっとブツブツと言ってた。俺は何のことだかわからねえけど、あいつはそれが目的だって、そう言ってた!」

「……今、そいつは?」

「も、もう拠点に帰った! そ、そう、モルネイアだ! モルネイアを潰してその首都に拠点をおいてるって!」

「……ふーん。なるほど」

「あ、あ、あぁ! そうだ!! まだある! 『秘密結社ピースメーカー』! あいつは自分たちの組織のことを、そう呼んでた!」


 助かるために、自分が知っているガルス=ガルスの情報を根こそぎハロルドに売っていくシモン。

 ハロルドはシモンから告げられたその組織名に、兜の奥で眉を顰める。平和の造物主ピースメーカーとは、なんともヤツの考えそうな悪趣味な名前だと。


「他には?」

「も、もう無ぇ。もともと、俺らも何も知らされてねぇんだ。お、俺らも、何が何だかわからねぇんだよ……」

「……ん。そうか」

「あ、ああ。だ、だから、これで……」

「ああ。情報提供、ありがとうな」


 一言お礼を口にして、もうこれ以上の情報は訊き出せないと判断を下したハロルドは、壁に食い込ませていた爪をそのまま横薙ぎに振るい、シモンの首を刎ねる。


「きゃあっ!!」

「あ、わり。目を閉じとけって言うの忘れてた」


 まさかそのまま殺すとは思わず、その光景を黙って見ていたエリザベスから、悲鳴が漏れる。

 ビュービューと血が噴き出るシモンの死体から真っ青な顔を必死に背け、吐き気を堪えるエリザベス。


「な、何で、殺したんですか……?」


 そのまま歩み寄ってきて、椅子にエリザベスを縛り付けている縄を切断し始めたハロルドに、そう訊ねる。

 どこからどう見ても、殺す必要などなかった。彼に反抗する意思はもう無いと、その態度を見ていた素人のエリザベスですらわかったのだから。

 しかし、その問いに、


「いや、助けてやるなんて一言も言ってないだろ?」

「……そ、そんな……」


 彼女の拘束を全て解いたハロルドは、あっけらかんとそう答えてみせる。

 その答えに唖然とし、言葉を無くすエリザベス。

 ハロルドはその間に仕事は終えたとその身に纏っていたフルメタル・リキッドを解除し、いつも通りのシャツ姿に戻る。解除されたフルメタル・リキッドはまるで粘液のように彼の身体から地面へと滑り落ち、そのまま光の粒となり空気へと霧散する。その光景は、まさしく魔力により作られた物体の消え方そのものだった。


「……ふう。さて、帰ろうぜ、王女様」


 そうしていつも通り覇気のない姿へと戻ったハロルドだが、エリザベスに対しそう声掛けをして手を指し伸べたときだった。


「っ!」


 ビクン、と少し過剰なほどに肩を跳ねさせ、身を強張らせるエリザベス。

 それは、紛れもない。ハロルドが何度も見てきた、己に向けられてきた、恐れに対する反応であった。


「あ……。す、すいません。私……」

「ああ、いや。いいんだ。気にしなくて。ただまあ、あんまし離れないでついてきてくれな」

「はい……。すいません……」


 そんなエリザベスの反応を見たハロルドが反射的に手を引き、またどことなく傷付いたような表情を浮かべたのを見て、エリザベスは申し訳なさそうに目を伏せ、謝る。

 反射的に、身を引いてしまった。

 さっきまでの、力のままに敵を蹂躙し、その身を敵の返り血で濡らし、しかし当たり前のようにいつも通りの声色を変えずに喋るハロルドの姿が重なり、どうしてもその手を恐ろしいものと感じてしまった。

 たとえその恐れが、己の身を救ってくれた護衛に対し抱くものとして、筋違いなものだとしても。


 先行するハロルドの背を追って牢を出たエリザベスは、再びそこに広がる惨状に絶句する。

 ごろごろと転がる遺体に、なぜ崩れていないのか不思議なほどに荒れた壁や天井。少なくとも壁に関しては、水面下を支える柱として分厚く造られていなければとっくに貫通していただろうほどには、ところどころが深くえぐれていた。

 そこに扉があったのだろうハロルドが向かう先など、大穴が開いてその向こうに見える階段まで瓦礫まみれになっている。


「足元に気を付けろよ」

「は、はい……」


 出来る限り遺体から目を背け、胃袋からせり上がってくるモノを抑えながら、真っ青な顔でその後ろをついて行く。

 とてもじゃないが、これが人間一人に引き起こされた惨状であるとは思えなかった。

 『化物』。シモンはハロルドに対しそう罵倒を飛ばした。「俺もそう思う」。ハロルドはその罵倒に、そう返した。

 エリザベスはその光景を見て、思ってしまった。

 こんなのは、人間に出来ることではない、と。

 その考えは婉曲ではあるが、つまりハロルドのことを化物だと感じてしまったのだと、ついぞ気が付かないままだったが。






「ヌレハ? ……おい。あれ? ヌレハ?」

「どうしました?」

「【コール】が繋がらん。俺らの魔力量だったらこんくらいの距離は問題ないはずなんだが……」


 いくらか階段を上がり、崩壊の危険はなさそうな階へとたどり着いたハロルドとエリザベスは一時適当な部屋へと避難し、そこで右耳に手を当てたハロルドが【コール】にてヌレハと通話しようと試みる。

 だが、繋がらない。

 正確には、繋がってはいる気がするのだが、レスポンスが無い。ヌレハがだんまりを決め込んでいるようだ。


「おーい。転移門ゲートを頼むよ。流石にこっから歩いて帰るのはキツいぜー。特に王女様が」


 ハロルド一人であれば適当に全力疾走して帰ればいいのだが、エリザベスも居る現状、その策はとれない。そもそも、まるで海かのように広いリラ湖を渡ることすら困難だろう。

 という旨を含んだ頼み方でお願いを申したところ、


「お。よしゃ。さんきゅ」


 すぐさま目の前に転移門ゲートが作られる。


「ほら、行くぞ」

「は、はい」


 先に迷い無く足を踏み入れたハロルドがちょちょいとエリザベスに手招きをし、それに続いてエリザベスも転移門ゲートを潜る。

 その結果――


「えっと……ここ、どこだ?」

「……さあ……」


 その転移先に現れたのは、見知らぬ一つの小さな農村。後ろを向くと生い茂る木々とその向こう側に遠く見える巨大な湖。その高低差から、おそらく現在地はリラ湖付近にある山の中腹辺りであろうと考えられる。


「……マジか」

「あ、あの。もしかしてですけど……。ヌレハ様と、何か……?」

「ああ、まぁ、喧嘩? みたいな感じで、そのまま無理矢理飛び出してきた……けど……」


 気まずそうに、エリザベスからされた問いに尻すぼみの答えを返すハロルド。

 もしかしなくても、それに腹をたて、へそを曲げたヌレハの意趣返しであろう。一応安全地帯らしきのどかな村には送るあたり、なんとも微妙な仕返しではあるが。


「何やってるんですか……」

「は、ははっ……。どっかに、泊めてくれる人がいるといいな」


 自分も喧嘩をしたことは棚上げして、どことなくジト目でハロルドを睨むエリザベスに、気まずそうに頭をかいたハロルドは、すっかり日の落ちきった空を見て、そんな希望を口にするのだった。

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