第36話 すれ違い

「ば、場所は……? 爆発があった場所は、城下町のどこですか?」

「あ、えっと……商業通り、かしら。二ヶ所とも。それっぽい広い道ね」

「商業通り……っ!」


 ガバッと音が聞こえるほど勢いよく、窓越しに空を見るエリザベス。太陽は真上を通り過ぎ、時間的には午後二時といったところであろうか。

 部屋の壁には、この世界ではまだ高級品である掛け時計もあるのだが、気が動転しているエリザベスはそのことをすっぽりと失念しているらしく、太陽の位置からあれこれと考えた結果、


「……今の時間、商業通りって……」

「……ええ、人通りは、かなりのものだったと思うわ。今となっては、よくわからないけど……」


 ヌレハに恐る恐るとそう確認したあと、


「そんな……。また、救えなかった……っ」

「エリザベス様……」


 結果として、自分の予知夢がしっかりと未来を予知していたこと、そしてそれを視ていながら、防ぐことができなかったという事実にうちひしがれ、目元を押さえて思わず数歩後ずさる。

 そのまま力無く床に座りそうになった主を素早く支え、そっと誘導して椅子のひとつに腰かけさせるニコル。年期によるものか、出来た従者である。


 それからしばらくは、誰も声を発しなかった。

 ただただ、王女が声を潜めてすすり泣く痛ましい音だけが、沈黙のなかでいやに大きく響き、部屋を満たしていた。


「……えっ。なに、これ……?」


 そんななかで、初めに沈黙を破り声を発したのは、なんとなしにずっと王都の観察を続けていたヌレハであった。

 明らかな戸惑いの声。またなにか不幸なことがあったのかと、エリザベスは真っ赤に腫れた目元を隠す余裕もなく、顔をあげる。


「な、何かあったんですか? また、何か……」

「ちょ、ちょっと待って。……これは……この魔術は……」

「何なんですか! いったい、何が!」

「え、エリザベス様、落ち着いてください!」


 このとき、ヌレハが目撃していたのは、突然闇に呑まれ消失した王城であった。しかし、手口が先程とは違い、明らかに莫大な魔力に引き起こされた魔術によるもの。道具でどうこうできる爆発とは一線を画したものであることから何かがおかしいと思い、すぐにエリザベスに伝えるべきではないと判断し、ちょっと待ってくれと伝えて観察を続ける。

 しかしエリザベスからすれば、明らかに不審なヌレハの挙動。まるで焦らすような物言いに、気持ちばかり逸らされ、ちょっとでも待つことなど出来ずに思わず声も大きくなって問い質してしまう。

 そこに、ここしばらくこれしか言ってないな、と本人の冷静な頭の一部が訴えるニコルが介入することで、なんとかエリザベスがヌレハに詰め寄るような事態は避けられた。


 その隙にヌレハは王城をくまなく観察し、使われた魔術や魔力の質、それから王城の状態などを見た上で素早く判断を下し、


「エリザベス様。落ち着いて聴いてね」


 そう前置きをしてから、


「王城の一部が、突然何かに呑み込まれて消失したわ。王様たちが巻き込まれたかどうかはわからないけど、だいたい、王城の3分の2くらいが消えたみたい」


 どう頑張っても落ち着くことなど不可能であろう情報を告げた。


「き、消えた? どういう、意味ですか? それは、建物がってこと……ですか? それとも、まさかっ!」

「わからない。わからないから、一旦落ち着いて。少し、視る時間を頂戴」


 見る間に血の気と平静を失っていくエリザベスに食いぎみでそう伝えると、再び目を閉じ【千里眼】の行使に集中する。


「私の予想が正しければ、問題はないはず。たぶん、だけど……」

「たぶんって……」

「今は断定は出来ないから、そうとしか言えないのよ」


 最終的に自信無さげな一言を追加したヌレハに、思わずツッコミを入れるハロルド。ここは嘘でも、「問題はない」と言い切るべき場面だったのかもしれないが、嘘をつくにも限度があるほどの異常事態。ヌレハの気もそこまでは行き渡らなかったらしい。


 暫しの間、俯いて何やらをときどき呟きながら思案する様子のエリザベスと、眉を顰めて王都の監視に勤めるヌレハを邪魔してはいけないと残りの二人は口をつぐんだため、やけにしんとした、しかし緊迫したような嫌な時間が流れる。

 しかし、


「ああもうっ。何重に結界が張ってあんのよ……。こんなん、目だけじゃどうしようも……」


 悔しそうに歯噛みしたヌレハがそんな言葉を漏らした瞬間、弾かれたようにエリザベスが立ち上がる。立ち上がった反動で腰かけていた椅子が動き、床と擦れ、不快な音が部屋に響く。


「え、エリザベス様?」

「なになに、どうした」


 その音と勢いに、肩を跳ねさせてぎょっとした顔を向けるニコルとハロルド。

 その声につられ、また、これ以上千里眼を使って観察したところで重要な手がかりは得られないだろうと判断したのも相俟あいまって、ヌレハも目を開き、エリザベスに注目する。


「……王都に向かいます」


 そして一同から注目を集めたエリザベスの口から発せられたのは、その一言だった。


「今日中、遅くても明日には、ここを発ちます。必要な荷物をまとめておいてください。他のみんなには、私から伝えておきます」


 呆気にとられる一同に、我に返る時間すら与えずにそう付け足し、いそいそと部屋を出て行こうとするエリザベス。

 しかし、


「ちょちょ、ちょっ。ちょい待て。落ち着け、ほんと」


 辛うじて我に返ることが出来たハロルドが再び彼女の手首を掴み静止させることで、その歩みを強制的に止める。


「落ち着いてます。落ち着いた上で、判断しました」


 しかし、そんなハロルドに顔すら向けず、確かに声だけを聞いたら不自然に落ち着いている声色で、エリザベスは答える。


「とにかく、王都が心配です。王城に異変があったのなら、尚更。私だけここでぬくぬくと事の成り行きを見守るなんて、そんなこと出来ないんです」

「いや、王都が心配って気持ちもわかるんだが、今行くのはまずいって。手口から見ても、明らかに国に対して害意のある攻撃だ。そんななか王女様が行ったところで、良いとこ的になるだけだぞ」

「そうかもしれませんね。でも、危険を承知で行かなければならないんです。ハロルド様がいま仰った通り、私は王女――王族ですから」


 ぐいぐいと今なお掴まれている腕を引っ張りながら、理にかなっているようないないような、よくわからないことを言い出すエリザベス。

 それを聞いてハロルドは、少なくともエリザベスは全く冷静にはなれていないという判断を下し、どうにかして落ち着けねばと、説得すべく口を開く。


「確かに、王族がみんなの示しになるのは大切だが、生け贄になるのは流石に違うだろ」

「生け贄になるつもりはありません」

「ああいや、すまん、言葉が悪かったな。えーっと、つまりだな……」

「エリザベス様。今はとりあえず、混乱が収まるのを待ちましょう。心配する気持ちは当然私にもありますが、いても良くなるとは限りません。今は耐えて機を待つべきだと思います」

「ああ、そう。それが言いたかった」


 口を開いたものの、こういうシチュエーションに慣れてないハロルドの語彙が早くも頭打ちになったのを見かねて、ニコルが援助に入る。


「駄目です。サリバンからカラリスまで、急いでも二日はかかります。機を待ってそれから動いても遅いんです」


 しかし、全くなびかない。

 頑なに意見を変えないエリザベスにどうしたもんかと頭を捻るハロルドだが、全く良い言葉は浮かんでこない。致命的に説得の経験が足りない、脳筋の性であった。


「……安全だってわかったら、エリザベス様含め数人なら、何の問題もなく王都まで転移させられるわ。だから、せめて数日。耐えられない?」


 そこに、ヌレハの譲歩案。

 行くなとは言わないから、せめて安全の確保ができるまでここで待機して、そこからノータイムで転移魔術で王都に駆けつける、というアイデアであった。

 それは、非の打ちどころのないアイデアで。

 ぐうの音も出ないほど、正論で。

 だからこそ、


「そんなの……っ! そんなの、耐えられるワケないじゃないですか!」


 もうエリザベスに出来ることは、必死に押さえつけていた焦りや不安を包み隠さず、駄々をこねるかのように気持ちを訴えることだけであった。

 抑えきれなくなった、いや、もともと抑えられてなどいなかった感情の奔流そのままに、振り向いたエリザベスの目から涙が溢れ出す。


「王女様……」

「私だってわかってますよ! 行ったって無駄です! むしろ、行かない方が賢いのでしょう!? わかってますよっ!! わかってても……。それでも、どうしようも無いんですよ……」


 自分の腕を掴むハロルドの手に空いている手をかぶせて、どうにも抑えられない感情に振り回されるエリザベス。


「お願いです。どうか、王都まで私を連れて行ってください」


 そして、ぎゅっと唇を噛んで、一生懸命に涙を堪えながら、しかし堪えきれず潤む目でハロルドを見返して、必至にお願いをする。

 わかっているのだ。自分一人じゃ何もできないことくらい。

 そんなことは、昔から、とっくにわかっていたのだ。自分に【予知夢】の能力があるとわかってから。そしてその能力に、ありありと自分の無力を見せつけられてから。

 でも、あの日。ハロルドとヌレハに初めて出会った日に、初めて自分の行動によって人を救えて、こんな自分でも出来ることがあるのだと知った。泣き寝入りするだけだった自分にも、人を救うことは出来るのだと知った。


 他力本願だと言われれば、そうだとしか言い返せなかった。だが、ハロルドが居れば――ハロルドとヌレハが自分に協力をしてくれれば、きっとどんな困難にも立ち向かえると思った。きっともう、あんな気持ちを抱いて泣き寝入りすることは無くなるのだと思った。

 だからこそ、駄々をこねてまで彼らを自分の護衛に推薦したのだ。


 視線に、心からの懇願の気持ちを――自分と共にみんなを救ってほしいという気持ちを込めて、ハロルドを見つめるエリザべス。

 だが、


「……駄目だ」


 苦々しい表情で口を開いたハロルドが発したのは、明確な拒否の言葉だった。


「……そんな……」

「王女様が王都に行くのは、認められない」

「何で、ですか……?」

「何度も言ってる。俺は王女様の護衛だ。王国近衛師団でも、王宮騎士団でもない。ただの、王女様一人だけの護衛だからだ」


 ハロルドの想いは、結局のところ、その一点に尽きた。

 ハロルドからすれば、宝剣の一件も、走れば間に合うような案件だったから引き受けただけ。護衛の件も、エリザベス一人を護るのならば自分の手が届くから引き受けただけ。……とどのつまりは、自分に出来ると踏んだから引き受けただけであった。

 適当だ適当だとその仕草や姿勢を見た他人から言われるハロルドだが、彼なりにも、最低限のプライドはある。「やる」と言った仕事はやり通したいし、「護る」と誓った相手は護り通したい。だが、それ以外は別だ。むしろ護り通したいからこそ、危険なところへの立ち入りを許可できるはずはないのだ。

 今回、エリザベスを王都まで行かせて、もし三度みたび起きた爆発に巻き込まれたら。そうでなくても、暴徒と化した民に詰め寄られたら。きっと簡単に護ることは出来ないだろう。もしかしたらエリザベスをみすみすと死なせ、護衛任務が失敗となるかもしれない。


 やれるのならば、やる。護れるのならば、護る。でも、自分に出来ないかもしれない、手の届かないかもしれない案件には、手を出さない。

 ハロルドの仕事に対してのポリシーは、そんな保守的なものなのだ。

 それは決して、エリザベスが彼に対して思い描き、重ねて見ていたような英雄的なものではない。

 つまりは、そもそも決定的なところで、彼らは食い違っていたのだった。


「お、お願いします。どうか、私に手を貸してください」

「……王女様が言いたいことも、やりたいこともわかる。わかるけど、俺はそれを許可できない」

「何で……何でですかっ! そんなに圧倒的な力が――みんなを護れるほどの力があって……それなのに、どうしてやる前から諦めてしまうんですかっ!?」

「……力があるからって、みんなを護れるワケじゃない。素早く駆け付けられるからって、犠牲者を無くせるワケじゃない。高い志があるからって、悪を正せるワケじゃない」

「そんなこと、やってみなくちゃ――」

「わかんだよっ!」


 エリザベスのセリフにかぶせるように、ハロルドが大きな声を発して彼女の言葉を否定する。その際、思わずエリザベスの腕を掴んでいる手に力が入り、彼女の腕を締め上げてしまう。

 その痛みに小さく呻き、顔を顰めるエリザベス。


「……わかるんだよ、俺は」


 痛みと、ハロルドの大声により驚いたエリザベスの口が、一時的に閉じる。それを見てハロルドも声量を落とし、申し訳なさそうに手に入っていた力を抜いて、だが決して離しはせずにエリザベスを見つめる。


「誰よりも正義を信じてて、誰よりも力があって、誰よりも悪を見逃せない。……そんなヤツを、俺は知ってる。そんなヤツの末路を、俺は知ってる。……誰よりも近くで、俺はそいつを見てきた」

「ハル……あんた……」

「……だから俺は、王女様を止める。あんな思いは、もうたくさんだ。俺が経験するのも、誰かが経験するのも、もうこりごりなんだ」


 恐らく、過去に何かがあったのだろう。それを嫌でもわからせるような、ハロルドと彼を見るヌレハの表情。


「……でも、」


 でも。そんな彼らの表情を、想いを受け止めても、


「でも私は、みんなを救いたい。逃げたく、ないです」


 エリザベスは、もう二度と逃げたくなかった。耳と目をを塞いで震えるだけの自分に、もう戻りたくはなかった。


「お願いです。王都まで行かせてください」

「……駄目だって、言ってんだろ」

「……お願い、します」

「……ッ!」


 懇願の言葉と共に、真っ直ぐ自分の目を見詰める、赤く充血したエリザベスの両目。

 決意の光に満ちたその目が。

 自分の力を頼りにしているその目が。

 決して折れないだろう芯を宿すその目が。


「行って、そんで、お前にいったい何が出来んだよっ!!」


 ハロルドには、たまらなく腹立たしかった。


「出来ねぇだろ、何も! 行って、慌てて、何も出来なくて、犬死にして終わりだ!!」

「そ、そんなこと――」

「無ぇってか!? じゃあ、何が出来んだ!? 言ってみろよっ! なあ!!」

「ちょっと、ハル!!」


 胸の内から止めどなく湧き出す怒りの感情。その奔流に任せるままに、エリザベスを責め立てる。

 いったい、駆け付けて、何が出来るのかと。

 無駄死にする以外で、どんな結末が待っているのかと。


 あまりにあんまりな剣幕に、止めに入ろうとするヌレハ。ニコルもさすがにまずいと、ハロルドの肩を掴んで落ち着かせようとする。

 だが、そんな彼女らの静止など気にも留めず、


「わ、私は……」

「出来ねぇだろうが、全く、何も!! 何で俺がずっとそう言ってるのか、わかってんだろ!? お前は……お前が、だからだろうがっ!!」

「っ――」


 ハロルドは遂に、言ってはいけない言葉を口にしてしまう。


「力があったって出来ないことなんてごまんとある。力が無いなら尚更だ! だったらもう、最初っから関わらない方が良いんだ! 力も無ぇくせに、中途半端に首を突っ込んだって――」

「ハロルド殿っ!」

「ハル!! あんたちょっと黙りなさいッ!」

「ああっ!?」


 ようやく二人からの制止の声に耳を傾けたハロルドが、めっきり大人しくなったエリザベスの様子に気がつく。

 俯き、唇を固く結び、何かを堪えるように微かに震えている。

 そんな彼女を見て、ハロルドもさすがに口を閉じる。自分の主張を引っ込める気はないが、これ以上エリザベスを責め立てるような言葉で死体蹴りをするような趣味は持ち合わせていない。

 それからややあって、エリザベスがようやく口を開くと、震える声で、


「……離してください」


 と、辛うじて聞き取れる声量で発した。


「駄目だ。今の王女様は、離したら何をするかわからん」


 エリザベスの明らかに落ち込んだ様子を見てクールダウンしたハロルドだが、当然、そのお願いは却下する。


「離して!」


 却下された瞬間、ハロルドに捕まれた腕をぐいと強く引っ張り、拘束を解こうとするエリザベス。しかし、さすがに力に差があるので、その程度でハロルドも離しはしない。

 が、


「――離しなさいッ!!」


 ほぼ金切り声と言っても良いほどの声で、命令口調のその言葉をエリザベスが発した瞬間、思わずといった様子でその手を離してしまう。

 力によって手を引き剥がされたわけではない。

 離さないと、エリザベスの手首が壊れてしまうほどに抵抗を彼女が見せたため、思わず離してしまったのだ。


 そのまま、痛む手首をさすりながら、一歩二歩と後退り、ハロルドから距離をとる。

 彼を見つめるエリザベスの顔に浮かぶは、明確な拒絶の色。そこに今まで浮かんでいた信頼の光は完全に無くなり、ただただ、悲しげな失望を露にしていた。


「……見損ないました」


 エリザベスは、ただただ信じられなかった。

 その言葉だけは、どうしても口にしてほしくはなかった。他ならぬ、そうではないのだと自分に自信をくれたハロルドには。


 ――よりにもよって、ハロルドあなたが、私に『無力』と、そう言うのかと。


 それは、端から見れば筋違いな失望であった。先の通り、あくまで保守的なスタンスを貫くハロルドに、確信もない英雄像を勝手に重ね、異常なほどの信頼を寄せていたのはエリザベスだ。

 ただただ依頼された案件をこなしただけのハロルドの行動によって、自分は無力なだけではないと勝手な自信を抱いていたのはエリザベスだ。

 なれば、そんな彼女が勝手に作り上げ理想化していたハロルドに対する英雄像を、本人が直々に否定するようなことを言ったからといって、そこにショックを受けはしても、失望したなどという感情を向けるのは自分勝手が過ぎるというものだろう。


「あなたには……。ハロルド様にだけは……、」


 恐らく、少しでも冷静になれる状況であれば、彼女もここまでありありと感情をそのまま表に出すことはなかっただろう。

 ショックを受けてもそれを必死に隠し、ひとりのときにひっそりと涙を流し、自分の身勝手さに恥を覚えて、次の日にはケロリとそれまで通りの振る舞いをしていただろう。


 だが、現状に、彼女がそのような振る舞いをできるほどの余裕はなかった。

 王都カラリスの異常。自分の家族である王族の安否。ここ最近にポツポツと募っていたハロルドに対しての不信。それらが積もり積もっての、止めのハロルドの一言。

 それは、ほんの指先で彼女の心を刺激する程度の一言ではあったが……。積み重なったそれらを突き崩すには、十分以上の力を持っていたようだ。


「ハロルド様にだけは、その言葉は口にして欲しくなかった……っ!」

「エリザベス様っ!!」


 大粒の涙をぽろぽろと溢し、そう言い残して踵を返し、部屋の扉を乱暴に開け放って外へと走り去っていくエリザベス。

 ニコルは去り行く彼女の名を呼び、追い掛けるべきか逡巡しながらも数歩踏み込んだが、今は一人にしておくべきだろうかと思い至り、結局その足を止める。


 その結果、部屋のなかには、ハロルドとヌレハとニコルの三人が、何とも言えない重苦しい空気のなか残されることとなるのだった。

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