第13話 道中①

 カタコトと、石畳の上を小気味良い音を響かせた馬車が行く。

 豪奢な馬車なだけあって、やはり細部にまでこだわっているのか、揺れは極小である。

 車輪には小石などを踏んだときのクッションとするため、硬いゴムのような魔物の革が巻かれている。

 おまけに、サスペンションも取り付けられているのか、微かな揺れもガタガタとした不快なものではない。

 実に快適な乗り心地に、ハロルドは出発して早々に眠くなってきていた。


 ちなみにだが、サスペンションはかつて流れ着いた『ドリフター』から教わった技術だと言われている。

 何でも、『クルマ』なる乗り物を作りたいと、わざわざ簡単な設計図まで描いて鍛冶屋に殴り込んできたらしい。ハロルドがこの話を聞いたとき、元の世界じゃその手の技師だったんだろうな、と推測した。

 少なくとも、ハロルドは車の構造など、全く知らない。


 とにかく、こうしてこの世界初のクルマを作るべく、そのドリフターと鍛冶屋の計画が幕を上げた。

 そして、速攻で頓挫した。


 一に、資材不足。

 基本の物質すら元の世界と異なるこの世界において、軽くて丈夫な合金を作ろうにも、素材も合成の比率もわからない。

 唯一、『ミスリル銀』という金属がクルマの資材になれるほど軽く丈夫であったが、この金属は非常に非情なほど高級品。とてもじゃないが、わけのわからない乗り物のためには掻き集められなかった。


 二に、単純な技術不足。

 クルマのエンジンや内部構造を組み立てるための小さな部品を作れるほど、普段から剣や鎧を打っている鍛冶屋は緻密な作業が出来なかった。

 もちろん、車社会から訪れたであろうドリフターも、そんな技術持ち合わせていない。


 そんな理由で夢破れ、四肢を地面について項垂れるドリフターに、鍛冶屋の彼が言った。

 「もう、馬車で良くね?」、と。


 その結果、妥協案として生まれたのがこの『サスペンション』らしい。要は弾性の構造をつくって衝撃を吸収すれば良いので、これだけならばやりようはいくらでもあったのである。


 妥協案として生まれた、とはいったが、このアイデアは革命であった。この構造を作るだけで、乗り心地が抜群に違ったのである。

 なので、そのドリフターの逸話は細部まで後世に語り継がれている。――その話が名誉であるかは別として。




「……ハロルド殿は、」

「んうぇっ!?」

「――っ!?」

「あす、すいません。ちょっと、うとうとしてました」


 扉についた窓から流れる景色を眺めつつ、ぼうっと、というか最早完全に寝ていたハロルドに、何の気なしにニコルが声をかける。

 だが、ビクーンと陸に上がった魚のように跳ねたハロルドが奇声を上げたことで、彼女も驚き、声をかけたところでその口を閉ざす。

 寝起きとはいえ、ハロルドは目を丸くするニコルの様子から、その理由をすぐに察知。謝罪をするのだった。


「ああ、いえ。こちらこそ急に声をかけてすいません」

「いや、任務途中で……というか出発して早々にうとうとしてた俺が悪いんで……」

「ふふっ。私相手に敬語は使わなくても結構ですよ、ハロルド殿」


 頭をふるふると振って睡魔を追い出すハロルドの様子に、微笑みを浮かべるニコル。

 ベリーショートの髪がよく似合う、鎧を着込んだ麗人。微笑みが実によく映えた。


「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

「はい。……それで、ハロルド殿はいつも剣を持っていますが、それも戦闘では使うのですか? 決闘では、拳で闘っていたと聞いたのですが」


 ハロルドが装備していた剣を見て、そう訊ねるニコル。

 ちなみに、短剣はそこまで邪魔じゃないので後ろ腰につけたままだが、長剣と大剣は無造作に足元に転がしている。

 「剣は騎士の魂」と口にする騎士団員が目にすれば、「なんてことを!」と激昂しても可笑しくはない光景である。


「ああ、これ? 使うには使うけど、そんな、流麗な剣術とか、高尚な技術は持ってないよ。ぶんぶん振り回すだけ」

「ふふっ。そんな、第一師団長を下す実力者が、ご冗談を」

「マジなんだよなあ、これが……。たぶん、ニコル……さん? が持ってる剣の方が上等だし」

「呼び捨てで結構ですよ。……しかし、私の剣の方が上等、とは。なまくらではない自信がありますが、普通の金属で打たれた、普通の剣ですよ、これも」


 そう言って、傍らに立て掛け、倒れないよう手で押さえていた自らの剣を少し掲げて見せる。


「ハロルド様の剣を見ても良いですか?」


 そのとき、ニコルの横に黙って座っていたエリザベスが、そう訊ねる。

 「いいよ」と二つ返事で答えたハロルドは、足元に転がっていた長剣を拾って、鞘ごとニコルに渡す。

 さすがに、剣を直接王女に渡すのは恐れ多いので、ワンクッション挟んだかたちである。


「こ、これは……」


 少しだけ鞘から抜き、ちらりと表に出た刀身を見て、言葉をなくした様子のニコル。よくわかっていない様子のエリザベス。

 なんと感想を言うべきか逡巡する様子のニコルに、ハロルドは苦笑を浮かべて、


「なまくらだろ? 気にしなくていいよ。その辺の店で1300リルで買ったもんだし」


 彼女に代わって、自分の剣を貶しておく。


「1300っ!?」


 その値段に目を剥いて驚くニコルと、やはり、よくわかっていない様子のエリザベス。


「こっちは500リルだし、」


 腰の短剣を指差し、


「こっちは2500」


 足元の大剣を指して、買値を教える。


「ごひゃっ……にせ……」

「ごひゃにせ?」

「しょ……」

「しょ?」

「初心者用の剣ではないですかっ!」

「うおっ、びっくりしたっ」


 ぱくぱくと口を開閉させて、よくわからない鳴き声を出し続けるニコルが、がばっと身を乗り出して大声を出す。

 突然の彼女の挙動にびくっと肩を跳ねさせて驚くハロルド。さっきは彼がニコルを驚かせたので、これでイーブンではある。


「あ、す、すいません。取り乱しました……」

「初心者用の剣……ですか?」

「はい。ハロルド殿が教えてくれた値段は、王都において、これら各サイズの剣の底値です。つまり、駆け出し冒険者たちがまず手に入れる剣、ということですね」


 むしろ、駆け出しとはいえこれから冒険者として生きていくと決めた者たちなら、初めて剣を買うとしても、もう少し良いものを買ったりするのだが、そのことをニコルはあえて言わなかった。

 要は、ハロルドが持っている剣は、初心者用の剣以下、ということに他ならないからだ。


「ははっ、まあ、そういうことだ」

「そんな……。もう少し良い剣を買おうとは思わないのですか? 今なら経費で買えますよ?」

「……エリザベス様って、たまに庶民みたいなこと言うわね」


 苦笑混じりのヌレハの突っ込みであった。


「いや、俺の馬鹿力だとすぐ駄目になっちまうし、むしろ補助的に使ってるもんだから、別にこれで良いんだ。メインの武器は他にあるし」

「ああ、拳、ですか?」

「……うーん、まあ、そんなとこ」


 合点がいった様子のニコルの相づちに、歯切れの悪い返事をするハロルド。

 彼の返事に、少し引っ掛かりを感じたエリザベスとニコルだったが、わざわざ口にしないということは、その必要の無いことなのだと判断し、言及はしなかった。




 そのまま、特にアクシデントがあるわけでもなく、初日の中継地点である村に、暗くなる前に到着する。

 事前に先触れは送られていたので、これまた何の滞りもなく、一番良い宿屋まで案内され、宿泊。

 馬車内で説明された情報に依れば、この調子であと二日。計三日で『学園都市サリバン』に着くらしい。


 今まで泊まったことのないほど良い宿に、良いベッド。何だか落ち着かないまま、ハロルドたちもいずれ眠りに落ちて夜を明かすのだった。


   ◇ ◇ ◇


「ハロルドくん、良い子じゃないのさ?」

「誰も悪いヤツだなんて言ってねえだろ。てか、悪いヤツだったら護衛任務なんて認めるかよ。王族に近付く前に即殺だ、即殺。どんな手を使ってもな」


 時は遡り、ハロルドたちが出立した直後の王城。

 そこに残ったレオンとフローラが、閉まってゆく城門を見つめながら、そんな言葉を交わす。


「やっぱり、彼はそんな強そうには見えなかったけどなあ」

「じゃあ、そんなアイツに一撃で半殺しにされた俺はもっと弱いってワケだ」

「つまんない冗談! レオンが弱いなんてこと、あるわけないじゃーん!」


 自虐を織り混ぜたレオンの言葉に、笑いながら彼の背中をばしばしと叩いて励ますフローラ。

 惜しむらくは、やはり彼女の表情には何の感情も浮かんでいないことだろう。


「わたしはむしろ、ハロルドくんの側にいた着物の女の人が気になったけどねえ」

「……アイツは関わらない方がいい。心に消えない傷を刻まれるぞ」

「なんじゃそら? 要注意だねっ」


 ヌレハが気になると宣うフローラに、すっかりトラウマとなっているのか、レオンはヌレハからの毒舌を思い出してぶるると震えてから、注意喚起をする。


「……やっぱり、あのひともハロルドくんみたいに強いのかなあ? あんまり馬鹿そうには見えなかったけど」

「その可能性は十分にあるけどな。……てか、なんだよ、判断基準が『馬鹿そう』って?」

「あれ、レオン知らない? 結構有名な言葉だと思ってたんだけどなあ。『この世界の神は馬鹿が好き』って言葉」

「はあ。知らね」

「ええーっ。だってだって、考えてみなよ、今現在の王国で『レベル100』だとわかってる人たちのこと」


 フローラにそう促され、どういう意味だと勘繰りながらも、大人しく彼女の言う通りに、彼が知っているレベル100の人物を列挙してみる。


「俺と、お前と、『黒影』だろ? あー……あと、『勇者』も俺らと同レベルか……。認めたくねえけど」

「そうそう。あと、最近はめっきり見なくなっちゃったけど、あの人もっ!」


 思い出し笑いか、口もとを押さえてくすくすと笑うフローラ。


「ぶっはっはっは! あーそうだ! 『英雄ヒーロー』のヤツも、レベルだけなら俺らと同等だったな!」


 レオンもフローラの言葉でついつい思い出したのか、膝を叩いて大口開けて笑う。


「あの人、どこ行っちゃったんだろうねえ……」

「実力は確かにあったし、他国に流れたってのは、出来れば止めてほしいもんだ」


 思い出すのは、かつて王国で知らない者は居なかった、大馬鹿者の姿。

 大仰なセリフを叫び、目映まばゆい後光とともに参上し、輝く拳と剣で悪を砕く謎の男。

 その名も、『英雄ヒーロー』ジャスティスマスク。流星の如く突如現れ、瞬く間にレベル100、つまり人類の最終到達点に至った、正体不明の男。

 王都付近で活動、というか普通に人並みの生活を、仮面代わりにプレートアーマーの兜を被ったまま送っていた彼は、悪人の情報を耳にするとすぐさま走って成敗に向かい、困っている者が居れば手を差し伸べずにはいられない。

 そんな、まさしく正義の男であった。


 王国、とりわけ王都で暮らしていれば、耳にせずにはいられなかったそんな彼の活動情報であるが、つい一年ほど前、ぷっつりと音沙汰が無くなった。

 井戸端会議では、魔物に襲われたとか、実力があったのは確かなので、事故死したとか、そんな憶測が飛び交っていたのも、記憶に新しい。


「……なるほど確かに。考えてみたら、馬鹿ばっかだな」

「でしょー? まあ、自分で自分のこと馬鹿って認めるみたいで癪だけどねえ」


 列挙したメンバー全てが、皆なにかしら馬鹿要素を持ち合わせていることに気付いたレオンは、しみじみとそう口にする。


「……はっ! もしかしたら、ハロルドくんが『英雄ヒーロー』の中の人だったのかもっ!? ああーっ! フローラちゃん気づいちゃったあ! ……そう。何を隠そう、わたしも天才だったのだっ!」

「そりゃ、あり得ねえだろ」

「ほにゃ?」


 自分の確信めいた推測を一蹴されたフローラは、そんな気の抜ける声とともに小首を傾げる。

 拳と剣を用いる戦闘スタイル。そして確かな実力。共通点は十分と言うほどある。最終的に違うことはあっても、一蹴されるほど現実実の無い憶測ではなかったはずだ。


「なーんで、レオンは違うって言い切れるのさ?」


 だから、フローラは当然そう訊ねる。

 無表情ながら、不思議がっている雰囲気を仕草で醸し出すフローラを見たレオンは、


「『英雄ヒーロー』は、どんな無茶をしてでも人助けをしてたんだろ? 言い方はわりぃが、兄弟はそんな信念に満ちたをしちゃいなかったよ。少なくとも、そんなことするような正義感は感じ取れなかったな」


 これまた確信を持って、問いに答える。


「……なーるほど。それは確かに」


 理由を聞いたら合点がいったフローラも、頷いて肯定を示すのだった。

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