第16話 学園生活②
「ご、護衛の者だと証明できるものはお持ちでしょうか……?」
「あぇ?」
入学式当日の朝。
学園内部へと入るための門の前で、ハロルドは足止めを食らっていた。
その横では、エリザベスが困ったように笑っている。
やんごとなき立場の者が、学園内とはいえ護衛を連れていることなどはよくある話だ。
だが、何のセレクションも無しに学園内部に生徒以外の大人を入れるわけにはいかず、ただの不審者と学園関係者の区別をつけるために、関係者は分かりやすいマークがついた品を、身体の見えやすい箇所につける必要がある。
そのための審査に訪れたハロルドだが、相変わらずの小汚ない格好故か、覇気の無い顔付き故か。彼を見つめる審査役員の表情は、訝しげを通り越して今すぐ通報しそうなほどには顰められている。
「ああ、身分証ってことか? ギルドカードでいいのかな? うっ!」
「馬鹿じゃないの。……はいこれ。陛下からの勅令状」
懐をまさぐって本気でギルドカードを出そうとしているハロルドを、ボディブローにより制するヌレハ。
少々過激ではあるが、早く止めなければ通報されていただろう。現に、審査役員の顔は「ヤバイやつが来た」という表情で固まり、右手が耳に伸びかけている。生活魔術、【コール】使用のための姿勢だ。
鳩尾に良いものを一発食らったハロルドが悶えているうちに、ヌレハが素早く、出立前に王から渡されていた勅令状を差し出す。
ちなみに、それを王から直接受け取ったのはハロルドだが、
『あんた無くしそうだから、私が持ってるわ』
『おお、確かに。ありがとうお母さん』
『殺すわよ』
というやり取りの末、ヌレハが持っていたのだった。
「は、はい。……確認致しました。それでは、学園関係者の証拠として、この中からひとつ選んで身体の分かりやすいところに着けておいてください」
と、護衛としての確認を済ませ、学園章のバッジを選んで胸元につけてから、エリザベスの後ろをきょろきょろとしながらついていくのだった。
◇ ◇ ◇
「古今東西、校長の話はつまんなくて長いって相場が決まってるもんだけど……」
ここも例に漏れなかったなあ、とハロルドは遠い目をして呟いた。
思い出すのは、入学式の風景。
ここまで護衛が付き添うのかと思いつつ、エリザベスについていくと、まさかの彼女を挟むように座らせられるハロルドとヌレハ。
こういうのって父兄の役割なんじゃないの、と混乱してきょろきょろと忙しなく辺りを見回すと、普通に両親がとなりに座る生徒も見受けられた。
「普通であれば親兄弟が共に出席するか、そうでなければ一人で出席するものなのですが……」
エリザベスは困ったように笑う。
「なにぶん、うちは王族なので。両親は王都を離れるわけにはいかず、護衛もつけないわけにはいかず、こういう形になりました」
「陛下はきっとエリザベス様の晴れ姿を見たがったでしょうね」
「それは、もう!」
がくがくと首をたてに振ってヌレハの言葉を肯定するエリザベスを見れば、あの末娘ラブな王様がどれほど駄々をこねたか、想像がつくというものである。
「……私も少し、見てほしかった気持ちはありますけどね」
ふと、そう口にして寂しそうな笑みを浮かべる。
「映像を記録する魔道具があればいいんだけどな」
「研究はされてるけど、まだ難しいらしいわね」
「あはは、いいんです」
そんなエリザベスを見て、慰めるようなことを口にする二人に、
「お二方が見てくださいますから」
それで満足できるのかな、とハロルドが疑問に思うようなことを言う。
ただまあ、そう言われて悪い気は、もちろん起きなかった。
「お、こないだ来たじいちゃんだ」
「サリバン伯爵ですね」
「学園長と言うべきじゃないかしら、この場合」
式の半ば、小太りな体型ににこにこと人好きのする笑みを浮かべる、まさしく好好爺という様子の男性が壇上に上がる姿を見て、こそこそとそんな会話をする。
すでに伯爵は今学期に入学をする王族に挨拶をすべく、エリザベスたちが貸し切っている学生寮に訪れたため、面識はある。
ちなみにそのときに、悶着といえない程度のひと悶着があったわけだが、毎度毎度の「この男が護衛で大丈夫なのか」問題であるため、わざわざ言及する必要はないだろう。
定型文から始まる学園長の話を、誰もが食らいつくように聞く。ハロルドにとっての『校長の話』というのはイコール『退屈な昼寝の時間』という印象であったため、この周囲の反応はかなり意外であった。
このときのハロルドは知らないことであったが、これら周囲の反応は、一重に学園長であるサリバン伯爵が、皆から尊敬の念を抱かれていることからのものだった。
現在でも広く語られているサリバン伯爵の逸話として、学園を立ち上げるために、当時の国王に進言した様子がある。
それまでは『学校』と呼べるような施設はこの国にはなく、貴族は専属の家庭教師を雇ったり、冒険者見習いはギルドで戦闘の講習を受けたりと、個人個人で学習を行うのが普通であった。
しかしそうなると、当然付きまとうのが『裕福さ』という問題であった。
家庭教師を雇うのも、講習を受けるのも、当然安くはないお金が必要であった。
では、その費用が払えなければ?
知識も足りず、実力も足りず、いつかはしっぺ返しを食らってのたれ死ぬことになるのだ。
その頃は識字率も高くはなく、下級貴族にも字の読み書きが達者でない者が居る始末であった。
その現状を見かねたサリバン伯爵が進言したのだ。「子供たちに学習の機会を。それがいずれはこの国の富みに、人々の笑顔に繋がる」、と。
少なくはない出資に悩み悩んだ当時の王だが、サリバン伯爵の説明の合理性に言いくるめられ、最終的には熱意に負ける形で契約書にサインをした。
そうして、サリバン伯爵の屋敷を改築するかたちで設立されたのが、国立学園である。
専属教師を雇うよりも遥かに安い費用で一般教育を受けられ、場合によっては奨学金も、特待生制度もある。
下級生は基礎知識や基本的な戦闘術を学び、上級生に上がるにつれ、将来を見据えた専門的な学習を受けることができる。
その結果、設立のための制約通り、国は豊かに回りだした。
貴族はその立場に自負と誇りを持ち、決して傲ることなく、国を考えられる者が増えた。
冒険者に憧れるだけだった少年は立派な戦闘術を学び、第一線で活躍できる冒険者になった。
それらの功績故に、サリバン伯爵はその爵位とは関係なしに、あらゆる立場の者から尊敬の目を向けられている。
ハロルドのとなりに座るエリザベスも、キラキラと輝く両の眼を、小太りのお爺さんに向けている。
しかし、だからこそ、
――話が、なげえ……。
ハロルドはそう思っても、口に出すことはできない。
せめてもの腹いせに、ため息をひとつこぼして、項垂れるのだった。
そして入学式を終え、エリザベスはハロルドたち護衛を連れて寮まで帰る。
こういう場合はどんな距離でも馬車で送迎するものなのだと思っていたし、実際、最初はいちいち馬車を使って送り迎えをする予定であった。
しかし、本人たっての希望で、この案は早々に却下されたのだ。
曰く、「そもそも、歩いて5分の距離で馬車を用意させたら、その方が時間がかかります!」、とのことだ。
そうして帰りの道すがら、ハロルドが溜めに溜めていた「校長の話が長かった」という文句を垂れるのだった。
「確かに長かったですけど、とてもありがたいお言葉だらけでしたよ! 私、明日からの学園生活が楽しみで仕方ありません!」
少しかかとの高い靴で、るんるんと器用にスキップを踏むエリザベスが、にこにこと笑いながらそう答える。
「……そうかい。ならよかった」
「はいっ!」
そんな彼女を見ていたら、自然とこちらまで頬が緩んでくる。
その後、案の定コケッと転びそうになるエリザベスがハロルドが受け止められ、恥ずかしげに赤面するという一幕もあったが、特に何事もなく、学園初日を終えた。
◇ ◇ ◇
「へぇー。貴族クラスなんてあるんだなあ」
翌日、案内されるままに教室へ向かうと、何やらそこはやんごとなき立場の子供たちが集うクラスだった。
「貴族として学ぶことはみな同じですからね。一クラスにまとめたほうが、学園としてもやり易いのでしょう」
「ふうん」
そう言われて見回せば、エリザベス同様、護衛を連れている者も見受けられる。というか、そういう子供が大半であった。
そんな彼ら彼女らが連れている護衛も護衛で、『ザ・騎士!』といった様子の、白銀の甲冑に長剣を携えた、なかなかにファッション性の高い格好を好んでしている。
格好の良い甲冑を着て、格好の良い剣を携え、
「なんか、護衛ってより、武力の誇示みたいだな」
はは、と乾いた笑いを漏らしながら彼らにそう評価を下すハロルド。
エリザベスがあわてて「しぃーっ!」と注意するも、どうやら手遅れなようで。
彼の声が聞こえていた騎士たちから、ギロリ、と刃のような眼差しを受けることになるのだった。
その視線にビクッと怯えるエリザベス。それを見たハロルドは、無用心な発言をしたことを少しだけ反省した。
自分がどんな目で見られても平気だからと何でも言ってしまうと、今は自分と共に居るエリザベスまで睨まれてしまうのだと理解したのだった。
「浮浪者がなぜこのような場所に……」
やがてはヒソヒソと、そんな声まで漏れだす始末である。
だが、彼らもハロルドの横に居る者がこの国の王女殿下であると気づいた瞬間に目を見開いて、その反対に口は閉じる。
エリザベスが、ハロルドを貶されたせいか、顔を微かに赤くしてプルプルと震えていたから、ギリギリセーフであったかもしれない。
自分のことでは怒らないくせに、俺らのこととなるととたんに沸点が低くなるのはどうにかすべきだよなあ、とそんな彼女を見ていたハロルドは苦笑する。
「ははっ。じゃあ王女様、授業頑張ってな。いつ頃迎えに来ればいいんだ?」
「え?」
「ん?」
周囲の様子を一瞥してからエリザベスに一言残し、教室を去ろうとするハロルド。もちろん、ヌレハもそれに追従しようとする。
が、身を翻そうとした彼の動きを、可愛く首を傾げるエリザベスの動きが制する。
「あー、と……」
何か最近こういうことよくあるなあ。なんて思いつつ、苦笑を浮かべてエリザベスに問う。
「また俺、なんか変なこと言ったか?」
「……このクラスでは、護衛が共に授業を受けるものなんですよ? いつなんどき、誰から狙われるかわからない立場の者だらけですし」
「はあっ!? なんじゃそら! 過保護かよっ!」
思わず荒げられたハロルドの声が教室に響く。エリザベスも突然の大声に肩を跳ねさせ、目を剥いて驚いていた。
しかし、彼が過剰に反応してしまうのも仕方がないというもの。
まさか、『護衛』という任務に、こんな保護者のような仕事まで含まれるとは想像もしていなかったのだから。
「……これはさすがに、予想外だったわね……」
ハロルドの傍らでは、珍しく、歯噛みしたヌレハがぽつりとそう漏らした。
「あ、えと……だ、ダメでしょうか……? ハロルド様たちが嫌ならば、今からでもニコルを呼んで……」
そんな彼らの様子を見たエリザベスは、ばつが悪そうに、おどおどとそう提案する。しかし、彼女がそう言ったところで、もう始業まで時間がない。ニコルが駆けつけるのを待っていたら遅刻となるだろう。
何より――
「……いや、すまん。仕事を引き受けたのは俺らだもんな。ちゃんと護衛するよ。驚かせてごめんな」
ハロルドとしても、護衛を引き受けると大見得きった身である。ちゃんと仕事を全うしようというプライドは持ち合わせている。
「しょうがないわね。色々聞いておかなかった私たちが悪いしね。……まあ、私も学校なんて行ったことなかったし、いい経験だと思うことにするわ」
ヌレハも、ため息混じりだが、そう同意する。
そのお陰で、エリザベスもいつも通りの花が咲いたような、とは言えずとも、安心したような笑みを浮かべる。
「じゃ、じゃあ、適当な席に座りましょう!」
無理矢理明るく見せるように、気持ち大きめの声でそう言うと、全席が空席になっている横長の机の、その真ん中に座る。
長さ的に、ひとつの机に四人ほど掛けることができそうだ。
学校の授業中のいったい何に警戒すりゃいいんだよと、困って眉尻を下げながらも、ハロルドとヌレハは彼女を挟むように席につくのだった。
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