第15話 学園生活①

「着きましたね!」


 移動開始から三日目の昼を回って少しした頃。弾むようなエリザベスの言葉通り、一行は学園都市サリバンに到着した。

 花畑のワスプ事件以降は、お転婆のエリザベスも自重しようと反省したのか、これといった事件どころか出来事もなく、滞りなく旅は終えた。


「へぇー。初めて来たけど、すげえな」


 王都ほどではないが、それでも立派な塀に囲まれた巨大都市。ガチガチに緊張した様子の門番と、先頭の馬車を御者が少しのやり取りを交わし、都市内部へと入る。

 そうしてようやく、窓を通して眼前に広がった学園都市の光景に、ハロルドは思わずそんな驚嘆の声を上げた。


「なんか決まりがあるのか? 青い屋根に白い壁の建物が多いけど……」


 その驚嘆は、都市の広さや人の多さに向けられたものではなかった。そもそも、やはり人口密度や都市発展度でいえば、王都の方が遥かに高いのは当然の摂理だ。

 なので、ハロルドが驚いたのはそこではなく、目に入る建物の妙な統一感に対してであった。

 青い屋根に、白い壁。一面に広がるそんな建物を見れば、そういう宗教や、はたまた法律を疑ってしまうのは、当然の流れであった。


「ここは学園都市。なので当然、ここで暮らす者の多くは学生です。あの青い屋根と白い壁の建物は都立の学生寮で、一目で他の建物と区別できるように統一感を持たせているんですよ」


 ハロルドの問いに懇切丁寧に答えたのは、ニコルであった。

 ほら、あれ。と彼女が指差す方を見れば、恐らく都市の中心であろう位置にそびえ立つ、まるで貴族のお屋敷のような建築物。

 これまた青い屋根と白い壁の、それはそれは立派な建物が、門を抜けてすぐのハロルドたちからも観察できた。


「あれが、サリバン伯爵家兼、国立学園です。この都市メインの建物があの配色なので、同じ色合いに塗っておけばそれに準ずる建物だとわかる、という寸法ですね。逆にいえば、それ以外の建物を同じ配色にすることは固く禁じられています」

「へぇー」


 言われてみれば、ただのパン屋や服屋なんて店は、その店独自の配色で彩っている。


「センスないわね。気味が悪いわ」


 その光景を見たヌレハの感想はなかなかに辛辣だった。




 三つの仰々しい馬車が連なる光景に、野次馬から不躾な視線を送られることしばらく。

 ゆっくり淡々と都市の中心部に向かってきた馬車が、ある建物の前で停車する。

 王都の一般的な宿屋と同じ程度の大きさの、これまた青い屋根に白い壁の建物。

 一足先に御者台から降りた兵士が馬車の扉を開けたことから、なるほど、ここがエリザベスが使う学生寮なのだと、ハロルドはひとりでに理解した。


「うぅ。ずっと座っていたから、足が変な感じです。少しその辺を走り回りたいですね」

「お止めください」

「わかってますよ! もうっ!」


 ニコルに淡々とした口調で停止をかけられたエリザベスは、可愛らしく頬を膨らして不満を露にする。

 それを見ていたら、思わず頬をつつきたくなったのは秘密である。


「しかし、学生寮に入るとなると、いよいよ『入学!』って感じがすんなー」


 んん、と喉から思わず漏れる音を出しながら、思い切り延びをしたハロルドは、そう独りごつ。


「やっぱ、ルームメイトとか居るもんなのかな? こういうときって」

「え?」

「……ん? 俺、なんか変なこと言った?」


 おそらく一般的であろう『学生寮』のイメージとして口にした『ルームメイト』という単語に、頭の上に疑問符を浮かべたエリザベスが首を傾げることで答える。

 予想外な反応に、ハロルドの頭の中も疑問符で覆われてしまった。


「……王女であるエリザベス様の部屋に、よくわからない学生を相部屋で入れられるワケないでしょ」

「あ、そっか」


 呆れた表情を隠そうともしないで、ため息混じりに発せられたヌレハの言葉に、ハロルドはなるほどと納得顔だ。


「……というか、この建物はエリザベス様と私たち従者で使うために、まるまる一軒借りました」

「えっ? ……マジか」


 さすが王族は、やることなすことが、庶民であるハロルドの思想を簡単に越えてきた。

 唖然としながら、今も兵士たちが荷物を運び入れている建物を見上げる。

 王都の一般的な宿屋と同じ程度の大きさ、といえば、優に50人は暮らせる大きさはある。

 だがニコルの話によれば、ここに住むのは、エリザベスとその従者。ハロルドとヌレハを含めても、20人に満たない。


 持て余しすぎだろ、と思ってしまうのも、仕方がない話であろう。


「早く入りましょうっ!」


 呆けるハロルドなど目に入らないかのように、明るい声とともにぱたぱたと建物に入っていくエリザベスと、そのあとをついていくニコル。

 彼女らの後ろ姿を、ぽりぽりと頭を指で掻きながら見ていたハロルドだが、考えるのを諦めたようにため息ひとつ、その後を追うのだった。




「王女様ー。俺らの部屋はどうしたらいいかな?」


 荷ほどきをしている兵士たちの間をちょこまかとしているエリザベスに、勝手がわからず手持ち無沙汰なハロルドが問う。


 彼らが現在居るのは一階の大広間。他にも、一階には、この建物で暮らす者が共同で使用する食堂や風呂など、生活用の部屋が並んでいる。

 寝室は二階と三階で、各階一本の廊下とその両側にずらりと並ぶ部屋により構成されている。

 なお、二階の廊下の突き当たりには共用の屋根付きバルコニーがあり、洗濯物なんかはそこで干すことが出来そうだった。


「ええっと……どうしたらいいんでしょう? 護衛だから、私の隣の部屋、とか?」

「それは駄目だろ」


 危機管理的な意味で。


「王女様の隣の部屋は、一番頼れるヤツにした方がいいだろうな。……ということで、このなかで一番頼れるヤツは?」

「ハロルド様です」

「……だって。ハル、良かったわね」


 即答するエリザベスに、笑いを堪えた様子で賛辞を送るヌレハ。

 嬉しいやら恥ずかしいやら呆れやら。ハロルドは複雑な気持ちを抱きながら、頭を押さえてため息をはく。


「……俺を除いて」

「ヌレハ様です」

「あら。ありがとう」

「はい、俺とヌレハを除いて。王宮務めの人たちの中から」

「むう。じゃあ、ニコルとシルヴィアとアシュリーです」


 口を尖らせて不満を露にしながらも、王宮務めの従者の中から頼れる者を挙げる。

 エリザベスが挙げた名前は、ご存知戦える検証士のニコルと、二人だけ居る侍女のその両方であった。どうやら、単純に一行のなかに居る女性を挙げたようである。

 挙げられた本人たちは、え、私? という表情でこちらに注目していた。


「そっか。じゃ、隣の部屋は女性陣、ということで」

「じゃあ、シルヴィアは私の向かいの部屋で、ニコルは隣。アシュリーははす向かいの部屋にしましょう」


 何が「じゃあ」なのかわからないが、本人たちの意向関係なしに、トントン拍子でヌレハ以外の女性陣の部屋割りが決まった。

 一行のなかでもとりわけ重要な王女と検証士の部屋の正面に侍女を一人ずつつけ、四部屋で固まるということらしい。

 ちなみに、エリザベスは角部屋を使うようなので、隣の部屋はひとつしかない。


「ハロルド様は、ニコルの部屋の隣ですね」


 え、決定かよ。と文句を言いたかったが、にっこりと嬉しそうに笑っている少女に向かってそんなことは言えず。結局ハロルドは大人しく「わかった」と返すのだった。


「ヌレハ殿はハロルド殿と同じ部屋の方がいいのでしょうか? お二方はパートナーのようなので」


 そのとき、それまではこちらの様子をちらちらと見ていたニコルが、会話に加わってくる。

 何やら『パートナー』とは意味深な単語だが、その真面目そうな表情を見る限り、下世話な意味ではなく、単純に冒険者としてのパートナーという意味らしい。


 彼女のそんな言葉に、顔を見合わせるハロルドたち。一瞬の思考の末、


「どっちでもいいな」

「どっちでもいいわ」


 お互いに興味無さすぎでしょう、とニコルが思ってしまうほどには、そっけない答えが返ってきた。


「へ、部屋はたくさんあるので、別に無理して相部屋にしなくてもいいのではないでしょうかっ!」


 そこに、慌てた様子の王女様から、いつもより少しトーンが高い声で早口にそう提案されたので、結局、向かい合う別々の部屋に配置された。




 入学式まで、まだ10日以上ある。

 それまで何をやって過ごすのだろうと、先のことを考えて少し憂鬱になっていたハロルド。

 しかし、いざ日々を過ごすと、挨拶回りや、サリバン伯爵自らエリザベスの寮に足を運んできたりと、何だかんだ忙しく過ごす羽目になるのだった。

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