第8話 護衛依頼①

「だぁっから、俺は何もしてねぇっての! むしろ、今までの人生で最高に最低な罵倒を浴びせられた被害者だぜ!?」

「………………本当ですね?」

「ああ、誓って嘘はねぇ!」

「……本当っすよ。この人が言ってること」

「おお、お、お前! さっきお前のことを馬鹿にするようなことを言っちまったのに、俺の味方をしてくれるのか!? な、なんて良いヤツだ……!」

「……ふっ。バックアップは任せな。共にヌレハを倒そうぜ」

「……お前……いや、兄弟っ!」


 第一王女からのジト目の追及に必死の弁明をする大男、レオン。

 そんな彼を見てられなくなったのか、ハロルドがそっと援護をすると、なんて良いヤツなんだと感動にその身を震わすレオン。その彼の反応に調子を良くしたハロルドはニヤリと笑ってサムズアップと共に「ヌレハを倒そう」と決意表明。がばっと肩を組んでわははと笑う彼ら。そうしてここに、『馬鹿同盟』が誕生した。

 ちなみに、ヌレハはそんな二人に見向きもせずにあくびをしていた。気に留める価値すら、彼らには感じないらしい。

 そんな冒険者プラスアルファたちの様子を苦笑混じりに見つめていた第一王女だが、はっと我に返った様子で、おしとやかな一礼と共に、ハロルドたちに向けて言葉を発する。


「ようこそいらっしゃい、ハロルドさん、ヌレハさん。まだ名乗っていなかったわよね? エリーの姉、オリヴィア・フルード・フォン・カラリスよ。その節は、うちの妹を助けてくれて、本当にありがとうございました」

「ああ、いえいえ、そんなそんな。あれは王女様が頑張った功績がほとんどですよ」

「ふふっ。謙遜がお上手なのね」


 そう言って口に手を当てコロコロと笑うオリヴィアは、水色がかった銀髪を一つに束ねた、まさしくエリザベスが数年育ち、少し世間の荒波に揉まれたらこうなるんだろうなという、そっくりな見た目をしている。

 妹よりも少しだけ切れ長な目は、見るものに威圧感を与えない程度に彼女の賢さをわかりやすく伝え、より洗練された仕草は笑い方一つとっても隙を表に出さない。

 失礼な感想だとはわかっているが、エリザベスの数年後が楽しみだなと、ついハロルドが思ってしまうような、絵に描いたような王女様であった。


「それでは、応接間まで案内するわね」

「え、王女様が案内人なんすか?」

「ええ。前回はエリーが案内をしていたでしょう? なら、今回は私がその役目を任されようかなと思ってね」

「はあ……」


 王女様がこんなアクティブでいいのかな、と思うハロルドであった。




「……そういや、今回は王様の自室じゃないんすね」


 代わり映えしない王城内部の通路を案内に従って進みつつ、ふと、さきほどオリヴィアが「応接間」と口にしたことを思い出したハロルドが、そんなことをぽつりと漏らす。


「え? ……ああ、そうね。ふふっ、父の自室は第三師団員が隠れる隙間が他の部屋より断然多いのよ。だから前回は、監視や怪しい動きをしたときの確保のために、父の自室を使ったの」

「ああ、なるほど……」


 今になって知る、前回の状況がなかなかに針のむしろであった事実に、げんなりとした息を吐くハロルド。

そんなハロルドの様子をちらと横目で見たオリヴィアは、


「でも、今回は普通の応接間よ。だから、もうさすがに危険はないだろうという判断を下したって思ってくれて構わないわ。まあそもそも危険だと思ったら呼び出しすらしないでしょうけど」


 付け加えるように、そんなフォローをする。


「……ところで、」


 会話がひと段落したところで、笑みをその顔から完全に消したオリヴィアが、そんな言葉と共に、さりげなく最後尾についてきていた大男、レオンをじろりと睨む。


「レオン殿は、いったいどこまでついてくる気なんですか?」

「ああ? そりゃ、応接間までよ」


 しかし、当のレオンは「当たり前だろ?」と言わんばかりにあっけらかんとそう答える。

 彼のその様子に、これ以上の言葉はかけるだけ無駄だと判断したのか、「……そうですか」とため息交じりに答えたオリヴィアは案内を再開する。


「……王族に対してあんな言葉遣いでいいのか?」

「いいんじゃない? オリヴィア様自身が気にしてなさそうだし、敬語使えるほど脳みそ発達してなさそうだし」


 そんな彼らの会話を聞いていたハロルドのふとした疑問に対するヌレハの答えは、相変わらずレオンに対して溢れんばかりの棘を内包していた。


   ◇ ◇ ◇


「ふむ、第一師団長殿には、城の兵士たちの訓練をお願いしたはずなんだがな」

「ボコボコにするだけして、あとは自主練にしろって言ってきましたよ。俺が相手するまでもねえ。たるみ過ぎっすよ、アイツら」

「……え? お前第一師団長だったの? 第一師団長って言ったら、あの『山断ち』?」

「あ? どの山断ちだかわからんが、確かに、俺は王国近衛師団の第一師団長様よ」


 応接間に着いたハロルドたちに真っ先に届いた王からの言葉は、その一番後ろについてきていたレオンに対する苦言であった。

 その言葉に含まれていた「第一師団長殿」という単語に反応したハロルドに、大きく盛り上がった胸筋をフンスと反らせて得意げな顔をするレオン。どうやら彼は、『山断ち』の名で恐れられる第一師団の団長様だったらしい。


「へえ。レオンはスゲェヤツだったんだな」

「……んだよ。反応うっすいな。もっとこう、『はわわっ! 僕ファンなんですぅ!』とか、『さっきまでタメ口きいててすいませんでした! 靴舐めますぅ!』とか言ってもいいんだぜ?」

「いや、別にファンでもねえし、だったらその謎に発達した筋肉にも納得だなって思ったくらいだよ」

「けっ。つまらん」


 唇を尖らせふくれっ面をして不満をあらわにするレオン。残念だが、筋肉ダルマがそんな仕草をしても可愛さの欠片も無かった。


「……まあいい。ハロルド殿、ヌレハ殿、座ってくれ。第一師団長殿はそこで立っとれ」


 言われた通りに、王の向かいに腰掛けるハロルドとヌレハ。

 オリヴィアは王の隣に座り、レオンは指示通り、立ったままである。まあ、さりげなく王と王女の側に控え、ハロルドたちを警戒するあたり、仕事が出来る男だった。


「……ふむ。それじゃあ早速、今日お主らをここに呼んだ用件を話そうか。実は一つ、頼みご……」

「お父様! ハロルド様たちが到着しているとは本当ですか!?」


 さあ、いざ本題だとばかりに話し始めた王だが、その言葉を遮るように応接間の扉がバンと音をたてて勢いよく開き、慌てた様子のエリザベスが入ってくる。

 それを見た王は、言葉もないとばかりに目元をおさえ、露骨にため息をこぼしている。


「あら、エリー。お勉強は? 今日の課題が終わるまでは席から立たせないよう侍女に申し付けたのだけれど……」

「まあ、何故かやたらと厳しかったのはお姉様のせいでしたのね! でも、ちゃーんと課された分のお勉強は終わらせてきましたよ! 全力でっ!」

「そ、そんなっ! あんなに勉強嫌いのエリーが、こんなに早く……!? ハロルドさんが居るだけでこれだけ変わるなら、これから毎日お勉強の時間に来て頂こうかな……」

「え、いやそれは……」

「あ、ハロルド様にヌレハ様! ようこそ! わざわざご足労頂き、ありがとうございます!」

「ああ、うん。……王女様も、元気そうで」

「はいっ!」


 エリザベスの得意気な様子に何やら心の底からの衝撃を受けるオリヴィア。そんな彼女が真面目な顔で不吉なことを言うものだから、面倒くさがりのハロルドは思わず声を上げる。

 すると、その声でようやく王たちの対面にいるハロルドたちに気付いたのか、慌てて挨拶するエリザベス。そのあまりといえばあんまりな勢いに、ハロルドは苦笑いを浮かべつつそう返すのが精一杯であった。ちなみにヌレハは、軽く会釈を返すだけである。


「お父様、私もこの場に居てもいいでしょうか?」

「ううむ……まあ、エリザベスも当事者の一人であるし、良い……かな」

「ありがとうございます! では、失礼します」


 この王様、娘に甘すぎるぞと、その会話を呆れた様子で見守っていたハロルドとヌレハ。

 しかし、ふと、その会話のなかで気になった点がひとつあった。


「あの、王女様も当事者の一人とは?」


 なので、エリザベスがオリヴィアの隣に腰掛けたのを見計らい、そんな質問をする。


「ああ、うむ。それでは、話の続きをしよう。今回お主らをここに呼んだのは、一つの依頼……とまで形式張ってはいないな。まあ、頼みごとがあるのだ」

「はあ……」

「お主らは、この王国内にある、『学園都市サリバン』を知っているか?」


 その瞬間、頭の上に「?」を浮かべるハロルド。そんな彼を一瞥し、呆れからのため息をこぼしたヌレハは、彼の代わりに返答する。


「はい、存じてますわ。領主であるサリバン伯爵が同時に学園長を務める『国立学園』で有名な都市ですね」

「ふむ、その通りだ」


 淡々と答えたヌレハの隣で「へえ」と誰よりも驚嘆している男がいるが、だれもそれには触れず、話は続く。


「実はな、今秋からその学校の新学期が始まるのだが、エリザベスが今年から入学することが決まったのだ」

「……へえ、それは、おめでとうございます?」

「ありがとうございます!」


 なんと返答していいのかよくわからない王の言葉に、歯切れの悪い返事をするハロルド。そんな彼の言葉にも花が咲いたような笑顔を以て返すエリザベス。少しチクリと胸が痛む。


「うむ。……それでだな。本人たっての希望で、護衛を何人か見繕ったのだが……」

「……なるほど。それが、私たちであったと?」

「……すまなんだが、そういうワケだ。もちろん、城の兵士や侍女も何人か派遣する。お主らだけに負担を負わせるつもりはないので、そこは安心してほしい、が……」

「よろしくお願いします!」


 なにやら歯切れの悪い王と、ばっと頭を下げるエリザベス。

 王族がこんなに頭を簡単に下げてもいいのだろうか。いかに周囲の目が無いからと言って……。

 その光景をそんな感想を抱きながら見たハロルドだが、ふと、


「……え。もしかして、決定?」


 間抜けのようにきょろきょろと辺りを見回して、何やら漂う、すでに護衛に決定したかのような雰囲気に、首を傾げる。

 王族の護衛である。そんじょそこらの信頼や実力じゃ任命されないであろう役職。それに任命されたということは、それだけ上の立場からの信頼を勝ち取っているという証拠に他ならない。なればこそ、この役職を任せられることは光栄に他ならないだろう。

 ――もしハロルドたちが、王国直属の騎士であれば、だが。


「……そこなのだ。お主らはあくまで冒険者。そんな者を本人の許可なく王女の護衛になどしてしまったら、我が国が掲げる『自由』という旗に泥を塗る行為に他ならない。……だから、あくまで最終決定権はお主らにある。どうする? 受けるか、受けないか」

「えーと……」


 受ける受けない以前に、


「何で俺ら、ここまで信頼されてるんすか? そんな大それたことしてないですよね?」


 まず気になったその点について、ハロルドは言及する。

 その彼の言葉を受けて、静かに唸る王と、言葉を無くしたかのように呆然とするエリザベス。

 そんな彼らに代わり、口を開いたのは間に座るオリヴィアであった。


「……荒唐無稽な話を信じて即座に行動、見事に宝剣を奪取に成功。その後も黒幕まで突き止め、暴走した犯人から華麗に王女を救出。おまけに見返りは無欲としか言いようが無いほど要求しない。……これに惚れるなって方が無理な話よね、エリー?」

「ほっ、惚れ――っ!?」

「……いや、惚れるとかは、また違うんじゃないか?」


 真面目な顔で淡々とハロルドとヌレハの功績を説明していたオリヴィアだが、途中から悪戯っ子のような笑みを浮かべ、最終的にはエリザベスをからかう方向にシフトチェンジ。実に鮮やかなものだ。

 そんな姉の言葉にボンと音が鳴る勢いで顔を赤く染めるエリザベスと、心底不愉快そうに眉を顰める王。

 実に和やかな光景だが、そんな彼らを横目に、


「……なあ、どうする?」


 当のハロルドは、隣のヌレハに小声で相談していた。


「私は別に、どっちでもいいわ。もともと、冒険者稼業にどっぷりってワケでもないし。むしろ王女様を千里眼で監視するだけでお金貰えるなら、楽かもっていう気持ちすらあるわね」

「……あ、そう」


 意外と好感触なヌレハの答えに、心底意外そうな顔と共にそう返事するハロルド。

 彼女のことだから、「めんどいわ。パス」と一蹴すると思っていたのだ。


 しかし、裏を返せば、彼女の答えは「ハロルドに任せる」と言ったに他ならない。まあ、別に二人で一緒に護衛になる必要などないのだが、おそらく、ヌレハは自分の選択に乗っかってくるのだろうという確信がハロルドにはあった。

 それは、永らく二人でタッグを組んでいたからこその信頼であった。


「……どうしようかね」


 しかし優柔不断ハロルド。ヌレハの言い分ももっともであり、しかし面倒だと思う自分の心も蔑ろには出来ない。何より、この街を離れたら、ジンジャーエールが飲めない。いや、自分で作ればいいのだが、やはり本職が作ったジンジャーエールは格別なのだ。というか、〈アンブラ〉のマスターが作るジンジャーエールはハロルドと共に完璧な材料・配合を研究し尽くして完成した一杯であり、もう一度それを一から別の店でやるのが面倒なのである。


「……まさかあんた、ジンジャーエールが云々とか考えてないわよね?」


 隣から聞こえたそんな呆れ声に、ぎくりと肩を跳ねさせるハロルド。


「……はあ、まあ、それもある意味この王都の思い入れか」


 しかし、それ以上の罵倒が飛んでくることはなく、むしろ優しいとすら受け取れる言葉が送られる。

 そこに底知れない不安を感じてしまうのは、日頃のやりとりの賜物なのだろう。

 罵倒された方が落ち着くとは、世も末である。


 一同が固唾をのんで見守る中、ハロルドは尚も悩む。

 しかしそんな彼が結論を出す前に、ひときわ強い意見を述べたのは、


「……俺は反対だぜ。王女様の護衛に、こんな得体の知れねえヤツを選べるかっての。考えるまでもねえよ。論外だ、論外」


 第一師団長、レオンであった。


「レオン殿……」

「な、なぜそんなことをっ――!?」

「そんなこと? 普っ通に真っ当な意見だと思うぜ。コイツは城の兵士か? 違えだろ? 普通の冒険者だ。そんなヤツが四六時中うちの王女の傍に居るって考えるだけで、俺は恐ろしくてたまらないね。コイツが王女にあだなす可能性が無いって、誰が言いきれるんだ?」


 その顔に怒りの色を浮かべ、文句を言おうとしたエリザベスの言葉にかぶせるように、淡々と、自分の意見を述べるレオン。

 あくまで淡々と述べられるその言葉はまさしく正論で、ハロルドもただただ聞いているしかできない。

 レオンは、そんなハロルドを視界の中心に収める。


「兄弟。お前は良いヤツだ。そう言ったさっきの言葉は嘘じゃねえ。でも、それとこれとは話が別だ。護衛なら、城の兵士を使えばいい。実力が不安なら、そのぶん数を連れていけばいい。簡単な話だ。そこに、お前が入る余地なんてねえよ」


 彼のその言葉を聞いて、ハロルドは静かに驚嘆し、彼の印象を改めた。

 見るからにパワーファイター。見るからに脳筋。見るからに情に厚い男。そんなイメージだったレオンだが、仕事に対しての姿勢は至極誠実で、合理的だった。

 

 誰とも無しに、息をのむ。

 それほどまでに彼の意見は力強く、影響力があった。


 静かに、ときには悔しそうに、レオンとハロルドを見守る周囲の者たち。


「わ、私は……」


 そんななか、ふいに言葉を発したのは、目に涙をうっすらと浮かべるエリザベスだった。


「私が、ハロルド様とヌレハ様を護衛に選んだ理由は、彼らが、私のことを救ってくれたからです」

「……そりゃ、あの元大臣に捕まったってときか? そりゃ確かに、それで信じたくなる気持ちはわからんでもないが、それとは別に……」

「そうではありませんっ!」


 ため息交じりに、まるで聞き分けの無い子供をあやすかのように説得しようとするレオン。

 事実、彼にとって現在のエリザベスは、駄々をこねる子供に他ならないのだろう。

 しかしそんな彼の、ともすれば威圧的とも、冷たいともとれる視線を物ともせず。いや、本当は気圧されそうになる自分を押さえつけ、自らを奮い立たせるように、エリザベスはぐっと踏ん張って、レオンを遮るように言葉を発する。


「私は、つらかったんです。小さいころから、人が不幸になる夢を見てきました。たくさん、たくさん見てきました。けれど、救えたことは……一度だって無かったんです」

「エリー。その話は……」

「いいんです、お姉様。もう隠すのは止めです。……だって、私のこんな力でも、人のことを救えるんだって、それを、ハロルド様とヌレハ様が教えてくれたのですから」


 弱弱しく、にこりと微笑んで。エリザベスは彼女のことを心配するオリヴィアに答える。


「……いったい、何の話だあ?」


 そんななか、全く話の全容がつかめないレオンは、眉を顰めてそんな疑問を発する。

 それは王にも言えることで、彼もまた、エリザベスがしている話を理解できていないようであった。

 そんな彼らを一瞥し、きゅっと一度口をかたく結んだエリザベスは、


「……私は、とても弱い【予知夢】の力を持っています」


 14年間隠し続けていた、自らの秘密を打ち明けた。

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