第2話 宝剣奪還①

 カラリス王国。

 大陸随一と言われるほどの領土を誇る国家で、名の通り絶対君主制であり、一人の王によって統治されている。

 大陸内の他の国家である、「力こそ全て」と言わんばかりの帝国や、「稼げる者が偉い」と声高に主張する商業国家に比べれば、比較的穏やかな国民が多いとされている。

 しかしその国民性からか周辺国家からは完全に舐められており、帝国民からは「腰抜け」と嗤われ、商業国民からは「見上げ方を忘れた民」と馬鹿にされている。

 ともすればすぐに攻められてしまいそうなほどの舐められ具合なワケだが、一方で現在まで落とされることなく国として存在し続け、尚且つ強豪国の一角としても名高いのには、もちろん理由がある。


 その理由は、主として二つ。

 一つの理由として、重要戦力である『冒険者』の多さ。

 名の通り、一ヶ所に留まることなく、ダンジョン攻略や魔物の討伐、未踏破領域の冒険を生業とし、街に一つはある『冒険者ギルド』という組合用の建築物にて、街の住人からもたらされる依頼を達成した際の報酬で生計を立てている彼らであるが、カラリス王国が掲げる『自由』という魅力につられて、この地に拠点を設置する者が多い。

 国軍がでかい顔で闊歩する帝国や、稼げなければゴミに等しい扱いを受ける商業国家。そんな土地柄を自由な行動を好む冒険者が選り好みするはずもなく、彼らは拠点としてカラリスを選びやすいのだ。


 そして理由の二つ目。世に名高い『化物』の存在である。

 国家防衛戦力として随一の戦力を誇る『王国近衛師団』は三つの団から成り、団としての力はもちろんだが、その団を統べる三人の団長全てが常識はずれの個人軍隊ワンマンアーミーとして有名なのだ。

 第一師団は近接戦闘のプロ集団であり、そのリーダーは一太刀で山をも切断できることから、『山絶ち』の二つ名で呼ばれる。

 第二師団は魔術戦闘のプロ集団であり、そのリーダーは一日数回しか魔術が使用できないというハンデをもつが、一瞬で都市をも飲み込む戦略級魔術を使用することから、『魔導王』の二つ名で呼ばれる。何故か、女性であるが『王』である。本人も気にしていないので、周囲も気にしたら負けと考えているらしい。

 残る第三師団は暗殺のプロ集団であり、そのリーダーは微かな影しか捉えられないほどの速度を誇ることから、『黒影』と呼ばれ、他国の重鎮たちから特に恐れられている。


 今まではそんな彼らが率いる近衛師団が恐れられ、防衛の象徴として他国を牽制していたワケだが、つい最近、更なる『化物』の存在が確認され、現在の王都で一躍注目を浴びていた。


 事は、一ヶ月前に遡る。

 ある深夜、帝国から人知れず出立した500人の軍隊が、王都に向かって進軍していた。

 狙いは、近衛師団も寝静まった時間に奇襲を仕掛け、騒ぎが収まらないうちに王城を占拠してしまうという、実に大雑把極まりない作戦であった。

 どうせどこかで失敗していたような作戦を胸に進軍していた彼らだが、それ以前に、彼らは王都に辿り着けもせず壊滅的な損害を受けることとなった。

 翌朝になり、国境付近に帝国国軍の鎧を着た死体がゴロゴロと転がる光景が発見されることで、姑息な低国軍の進軍が明るみとなった。

 死体の数はおおよそ400強にもおよび、殺され方が一定ではないことから、戦術級魔術で一掃された可能性は低いとされた。

 在る者は首を掻き斬られ、在る者は上下に分断され、在る者は全身に大火傷を負い、在る者は象に踏まれたかのように胴体がぐしゃぐしゃに潰れていた。

 後に、この作戦はある軍隊の隊長の独断であり、帝国全土の総意ではないことを帝王自ら王都に謝罪に訪れたことで戦争は回避された。そしてその際、その戦犯である軍隊長が尋問のとき、「銀に煌めく一人の冒険者によって壊滅した」と証言したことも報告された。

 この一件以来、容姿も素性も知らぬその一人の冒険者が、近衛師団団長に並ぶ特記戦力であるという噂が、証言由来の『銀騎士』という二つ名付きでどこまでも広がっていった。


   ◇ ◇ ◇


 その噂に名高い銀騎士様が、まさかこんな男だったなんて……。

 目の前で天を仰ぐ無精髭の伸びた男を見て、フードを目深に被った女性は人知れず眉を顰める。

 冒険者ギルドにて丹念な聞き込みを行っていたときに近付いてきた女性、彼女は自身を『夜猫』と名乗り、どうしても銀騎士に会いたいのならばココへ行けと囁き小さな紙切れを渡してきた。その際の悪戯心に満ちたような不敵な笑みを訝しんだものの、手に入れた情報と言えばそれ一つ。背に腹は代えられないと紙に描いてあった地図の通りに歩けば、指定された場所に建っていたのは小さなバー。その時点で正直いやな予感がしていた。

 そして居たのが目の前の男である。ぶっちゃけバーの店主が銀騎士であってほしかったと思う彼女を、一体誰が責められよう。


「いつだ?」

「は?」

「盗まれたの、いつだ?」


 そんなことを考えていたからか、不意にかけられた男からの言葉に、女性は一瞬すっとんきょうな返事をしてしまった。

 どうやら、宝剣が盗まれた日時を知りたいらしい。


「け、今朝早くです」

「賊の目星は?」

「……おそらく、冒険者であろうということしか……」

「まあそうな。国境を越えて自由に国を行き来できるのは、立場上冒険者だけだもんな。……武器としては何の役にもたたない宝剣だが、騎士叙勲の儀式に重要な役割を持つ唯一無二の品だ。おおかた、他国から多額の報酬を餌に盗んでこいとでも言われたんだろう。『城に保管された大切な物品が盗まれた』。それだけで民の信頼はまあまあ落ちるだろうし」


 ネズミを簡単に城に侵入させ、あまつさえ宝を盗まれ簡単に逃がす。そんなことを許してしまえば、「うちの警備はこんなにザルですよ~」と声高に主張することに等しい。

 取り戻すためのタイムリミットは、賊が国境を越えるまでと考えた方がいいだろう。それ以降の追跡は他国への不法侵入となり、調査するにも諸々の手続きが必要になり、そんなことをすればどっちにしろ国民に宝剣が盗まれたことを感づかれてしまうだろう。

 最悪な事態を想定したのか、依頼者である女性が息を短く詰まらせ、冷や汗を流す。


「そんな国の一大事を人知れず依頼しに来た時点で、あんたの隠してる素性もなんとなく察しがつくというモンだが……。まあ、いいや。おーい、ヌレハ」

「はいはい。何?」

「ひっ」


 虚空に向かって男が何事か呼び掛けると、それまではテーブルの二人以外誰一人いなかったはずの店内、それも依頼主である女性の真後ろからそんな返事が聞こえるものだから、驚いた彼女は肩を跳ねさせ短い悲鳴を上げてしまう。

 恐る恐る振り返った先に居たのは、いつの間に店内に入ったのか、綺麗な黒髪を垂らし、祝い事があるわけでもないのに何故か着物を着た女性。そんな女性が不敵な薄笑いを浮かべて椅子の一つに腰掛けているのだから、声の主を確認しても困惑は消えない。


「オイオイ、めちゃくちゃビックリしちゃってるじゃないか。驚かせないように自然に外から入ってくるっていう気遣いは出来ないのかよ?」

「そんなことしたら一回外出てまた入ってこなきゃいけないじゃない。嫌だ嫌だ、めんどうだわ」


 ヌレハと呼ばれた彼女が言外に「最初からここに居た」と言ったことになお驚き、いったいいつからと思案に暮れる依頼主。

 そんな彼女の様子に苦笑いを浮かべた男は、ヌレハに向かって質問を投げ掛ける。


「んで、賊は今?」

「森を突っ切って北上中。足取りからして、北にある小国、ベルフェットの手の者ね。この速度でこのまま行けば、もう一度朝日が昇る頃には国境を越えそうよ」

「ほーう、なるほどね」

「はっ? ど、どうして……?」


 女性がつい漏らした「どうして」という疑問はもちろん、依頼主の自分ですらしらない賊の情報を、なぜこの女性は現在地すら事細かに知っているのか、という疑問である。

 その疑問を投げかけられたヌレハは、依頼主を横目に一瞥すると、


「私は『監視者オブザーバー』だもの。今朝、王城から宝剣を盗んだ、冒険者。それだけ情報があれば、賊の特定なんて容易たやすいわ」


 事もなげにそう言い切る。


監視者オブザーバー……!」


 その存在を、噂には聞いたことがあったが、実際に目にするのは初めてであった。

 何でも、この世界の視覚情報にアクセスできる【千里眼】という能力を持ち、見つけたい存在を特定できる程度の情報と、その存在が千里眼の効果範囲内という条件さえ揃えば、どこに隠れていても見つける、また、観視することが出来るという特異能力者。

 その稀有けうな能力から、能力発現者は漏れなく王族直属の諜報員に抜擢されるほどの存在が、なぜこんな路地裏のバーに……

 依頼主の女性はその情報に、店に入ってきたときの凛とした仕草はもう影も形もなくなるほどに狼狽えてしまう。


「ははは。ちなみにそいつは『世界級』だ。一度目をつけられたら、この世界線に居る限り逃げることはできねえぞ。私生活覗き見し放題、ストーカーし放題だ」

「そんなことするワケないでしょ。発想がゲスいのよ。キモいわ。死んで?」

「……そんなに言わんでも」


 世界級。すなわち、千里眼の効果範囲がこの世界まるっと全てであると、この男は言い切った。

 そんな話は聞いたことが無い。

 効果範囲が小さな村一つ分でも貴重と言われ、もし王都を覆えるほどの範囲を持つなど言えば、それだけで国の重鎮の仲間入りだ。

 今も不機嫌そうにグラスに入った水をあおるこの女性が、目の前で凹んでいじけている男の言う通り『世界級監視者オブザーバー』ならば、いよいよどうしてこんな場所に居るのかがわからない。


「で、次は私が質問していいかしら? ……どうしてわざわざこんな路地裏のバーに赴いてまで、『銀騎士』に依頼をしに来たの? 王城の問題なら、第三師団にでも任せればいいじゃない。……ねえ、王女様?」

「……っ!?」

「は、王女様? …………王女様!?」


 全てを見透かすような視線に射貫かれ、一瞬呼吸の仕方すら忘れるほどの衝撃に呑まれる。


「う、嘘だろ? 王女様? ……え、マジ?」


 ちなみに、一番狼狽えているのは、噂によると銀騎士らしいだらしない男である。


「……うっそ、あんたさっきドヤ顔で『あんたの素性も察せられるZE☆』とか言ってたのに、まさか本気で気付いてなかったの?」

「い、いや。その……貴族だろうなーくらいに考えてました……」

「はあー。マスターも一目で気付いていたわよ。ほんと、憐れなほどの低能っぷりね。頭にモンブランでも入ってるんじゃないの?」

「そんなこと言う!?」


 コントのような喧嘩を繰り広げる彼らを見て、依頼主の女性はため息をこぼす。

 そして、どうせ正体がばれているならばと、目深に被っていた外套のフードを外す。

 その瞬間、しゃらりと肩口に流れる髪。仄暗ほのぐらい店内でありながら、微かな光を反射して美しくきらめくその水色がかった銀髪に、確かな意志を灯す端麗な眼差し。


「……申し遅れました。カラリス王国第二王女、エリザベス・フルード・フォン・カラリスです」


 その容姿と自己紹介は間違いなく、


「本当に王女様じゃねえか……。俺めちゃくちゃタメ口きいちゃったぞ? あれ、もしかして処される?」


 本物の王女殿下その人であった。


「それで? 今頃王城はあなたが居なくなったって大騒ぎよ。そこまでして、どうして銀騎士に依頼をしに来たの?」

「……まだ、宝剣が盗まれたことに気付いている者は私以外には居ません。そしてこのまま、どうにかして騒ぎを起こすことなく、秘密裏に取り返したかったのです。

 ……第三師団に頼めばもちろん取り返せはするでしょうが、そのためには必ず、父様……陛下の命令が必要になります。そうなれば、少なくない動揺で騒ぎが起こることは間違いありません。……なので、確かな実力があり、素性も知られていない銀騎士様ならと依頼をしに参ったのです」

「……盗まれたことをあなたしか知らない、という根拠は?」


 目を細め、嘘は許さないし見逃さないと言わんばかりのプレッシャーを放ちながら言及するヌレハ。この場に城の兵でも居れば即座に不敬罪としてひっ捕まりそうな態度であるが、依頼を受ける側としては曖昧な情報に踊らされるワケにはいかない。

 「それは……」とまで口にした後、目を伏せ言い淀むエリザベス。

 言うべきか、言うまいか。しばしの逡巡の後、「これは、姉様にしか話したことが無いことなのですが……」という前置きを皮切りに、語りだす。


「私は、とても弱い力なのですが、【予知夢】の能力を持つのです。とはいえ、遠い未来のことがわかるわけではなく、ほんの数分から一時間後程度の未来しかわかりません。予知したところで、すでに手遅れになっていることしかないような、とてもとても弱い力です」


 小さいがよく響く声で語りだした彼女は、己の非力を恥じるかのように、語りながら自分の拳を強く握る。

 例え何人もの被害者が出るような災害を夢に見ても、目が覚めたときはすでに災害が起きた後で、誰一人として救うことなどできなかった。

 そんなことが何度も起きるうち、彼女はこの能力を『呪い』だと思うようになった。「お前は非力だ。何もできない。民を救えない」という残酷な現実をわかりやすく見せつけるだけの呪い。


「……それで昨晩、王城から宝剣が盗まれる夢を見たのです。5人の男たちが布袋に包んだ宝剣を手に、王城から逃げていく夢です。目が覚めてからこっそり宝物庫を覗くと、やはり、宝剣が無くなっていて……居ても立っても居られなくて、それで、私……」


 必死に語る彼女の言葉は段々と言葉に詰まるように尻すぼみになる。見れば、その大きな瞳には涙が溜まり、今にも零れそうに潤んでいる。

 エリザベスが鼻を啜る音のみが薄暗い空間に響く。

 そんな気まずい沈黙を破ったのは、「よし!」という男の声と、パンという膝を叩いた破裂音であった。


「銀騎士、さま……?」

「とりあえず王女様は今日は城に帰った方がいい……ですよ。話聞く限り、誰にも何も言わずに抜け出して来たんだ……でしょう? 問題になる前に帰らなきゃ、な?」


 慣れない敬語を一生懸命使おうと頑張る様子を見せながら、エリザベスに向かって微笑みながらそう話す男。

 だが、言われた当のエリザベスは、


「そん、な……」


 絶望に塗れた表情を浮かべ、遂に決壊した涙をその頬に流す。

 断られたと、自分には手に負えないと突き返されたと、そう思ったが故の涙であった。

 しかし――


「んで、まあ夕方、4時ごろになるかな? 宝剣持って王城に行きますんで、そんときはよろしくお願いしますね」

「えっ?」

「ヌレハ、王女様送ってやってくれ。さすがに護衛無しは怖すぎる」

「はあ、いいけど、王城の近くまでよ? 誘拐犯だって冤罪かけられて捕まりたくないし」

「了解。【コール】は繋いでおくから、変な方向に走ってたら軌道修正よろしく」

「えっ、えっ?」


 なにやらエリザベスを放ってとんとん拍子に進む話に、置いてけぼりを食らって呆けてしまう。


「えと、あの。依頼を受けていただけるのですか……?」

「ん? おう、任せときな。まあ、ちょっくら行ってくるわ」


 そんな、「ちょっと買い物行ってくるわ」とでも言わんばかりの気軽さで、男は席を立ち、エリザベスのフードをがばっと被らせると、大きな声で店主を呼ぶ。

 店主が裏口から入ってきたのを確認すると、


「会計、ここ置いとくわ」

「…………お前さんしかそんなもん飲むヤツはいないんだ。残さず飲んでけ」

「おおそうか、わりいわりい」


 そう言って、ジョッキに半分ほど残ったエールを一気飲みする。


「あ、あの。お頼みする身分で恐縮なのですが、その、あまり酔っぱらうのは……」

「ん? ああこれ、酒じゃねえですよ」


 男は空になったジョッキを指さし、ニカッと笑みを浮かべる。


「これ、『ジンジャーエール』っていう俺の大好物のジュースですよ。じゃ一般的だったんだけど、こっちには無いんで、マスターに頼んで俺のために作ってもらってるんす」

「……俺の世界……?」

「んじゃ、ひとっぱしり行ってくるわ」

「あ、あの!」


 店の扉のわきに無造作に立てかけてあった大剣を手に取り、扉を開けてくぐろうとした男に、エリザベスが待ったをかける。

 何だと男が振り返ると、


「お、お名前は……?」


 そういえば名乗っていなかったと、今更と言えば今更な質問をされる。


「……ハロルド。ま、ハルとでも呼んで下さいや」


 そう笑って告げると、扉の向こうへと消えていった。

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