第48話

 ヒーロー活動を開始してからというもの、ハロルドの生活は今までにないほど生き生きと満ち足りたものになっていた。

 楽しい。やりがいがある。助けた人から感謝されると嬉しい。

 そんな想いが胸中を満たし、それが更なる意志へと繋がり、更にハロルドの『器』を広げてゆく。


「レ、レベル……ひゃく!?」


 そんな彼が、人類の最高到達点であるレベル100へと相成るのに、そこまで時間はかからなかった。

 冒険者ギルドにて行った測定結果に、職員は驚愕の声を上げる。ただの一冒険者がレベル100に到達するのは、そうそうあることではないのだ。そもそも、そこまで愚直なまでに自分を信じ続けて行動し、折れたりせずを意志を保ち続けられる人間など、一度も失敗をしたことがない者か、よっぽどの馬鹿か、それか、何にも譲れぬ信念を持つ者かのどれか一つである。

 言うまでもなく、そんな人間は極一部に限られる。なので、どうしても一般人は自分を見失い迷った時点でレベルが頭打ちになり、100まで到達できないのだ。


 ハロルドのレベルを、驚きによる大きな声で発表してしまった職員。すぐに「しまった」と口を塞ぐが、後の祭りである。

 彼らの近くに居て、嫌が応にもその声が聞こえたしまった者たちからざわざわと声が大きくなり、瞬く間にギルド内に情報が拡散されていく。


「す、すいません……」


 恥ずかしげに目を伏せ、謝罪する職員。

 そんな職員からの心底申し訳なさげな謝罪を受け、


「……ふっ。気にするな。俺が最強なのは当然のことだからな」


 その目の前に立つ、フルフェイスヘルムで素顔を隠した男、ジャスティスマスク(ハロルド)は、何だかよくわからないまま、とりあえず適当にそんなことを言うのだった。






 ちなみにだが、ハロルドは前から『ハロルド』名義で冒険者登録は済ませていた。だが、『ジャスティスマスク』として活動するには、当然ながらそのギルドカードを使い続けることなどはできない。顔バレの危機である。

 そこで、ハロルドは『ジャスティスマスク』名義で改めて冒険者登録をすることにした。もちろん、素顔は兜で隠して、である。


 正直に言えば、いけるとは思ってなかった。

 冒険者になれば助けを求める人達から依頼という形でその声を集めることができ、手っ取り早く街のために動くことができる。だが、別に駄目だったらそのときは自分で走り回ればいいや。

 そんな軽い気持ちで冒険者登録に向かったハロルド。


「……はい、『ジャスティスマスク』さんですね。登録完了です」


 結果として、なんとも簡単に登録をしてくれた。呆れたような半目で睨まれた程度で、特にこれといった文句や問題はなかったらしい。なんとも適当なもんだ。ハロルドは自分のことを棚上げして、そんな感想を抱いた。


 そしてその際にレベル鑑定を行った結果、出た数値がレベル100。勘違いではないかと通算三回ほど鑑定を行ったがその全てで100と表示された時点で、思わず職員が目を剥いて驚愕の声を上げた。






 そして、今に至る。

 レベル100というものが人類最高到達点とは知っていたが、それが如何に異常なことかを知らないハロルドは兜の下で戸惑いの冷や汗をかくが、外見上の体裁は保ち、あくまで堂々と佇む。


「れ、レベル100の方を5級冒険者にするのはどうかと思うのですが、一応、規則ですので……」

「構わん。特別扱いは良くないからな」


 どうやら、一応レベル鑑定をするものの、そのレベルによってスタートする冒険者ランクが上がるわけではなく、普通に例外なく5級スタートらしい。

 申し訳なさそうにおずおずと差し出されたギルドカードを受け取り、「ありがとう」と一言礼を口にして受付を離れるハロルド。それからまっすぐに依頼の掲示板まで向かおうとすると、ザザッと人混みが割れ、道ができる。

 どうやら、その異常な相貌と異常なレベルに、他の冒険者たちは畏れ多く、そして近寄りがたく感じてしまっているらしい。


 兜の下でひくひくと頬を引きつかせるハロルドだが、やはり外見上は堂々と掲示板まで足を進め、出来るだけ回りを気にしないよう努めながら、5級冒険者用の依頼を確認する。

 5級冒険者とは、言い換えれば冒険者見習い。そのため、まずは街の住人の雑用依頼を5つこなし、4級に上がる必要がある。そうなって初めて、一人前の『冒険者』といえるような、未知との邂逅が起きかねない依頼を受けられる。5級ではそもそも、街の外に出るような依頼は何一つ受けられないのだ。

 ギルド側はこれを「冒険者とはあくまで自由な存在だが、しかしその職は街の住人たちの支援によって成り立っている。それを見習いのうちに奉仕活動を通して理解・還元してほしい」などという建前のもとに制度としている。ちなみに、本音は「こうでもしなきゃ面倒な雑用依頼が無くならない」である。


 ハロルドは適当な依頼を5つ受け、街へと駆け出す。

 今の自分はヒーロー。ヒーローの根幹は奉仕活動にある。そう考えれば、なんとやり甲斐のある仕事だろうか。


   ◇ ◇ ◇


「は、はい。これで4級に昇格です。おめでとうございます……」


 全力で街を駆け回り依頼をこなしたハロルドは、その日のうちに4級へと昇格する。

 まさか一日で依頼を5つ全てこなすとは思っていなかった受付の職員。その顔には「ドン引きです」という気持ちがありありと浮かんでいる。が、そんなことはハロルドは気にしない。


 達成感に満ちたまま、今夜も街に蔓延る悪を成敗するぞ、という思いを抱いてギルドを出ようとした彼の背中に、


「ああー……ジャスティスマスク……くん? かな?」


 隠しきれない笑いを含んだような、そんな声が届く。

 ハロルドが振り返ると、そこにいたのは、いつか見た、燕尾服で着飾って、手品で使うようなステッキをその手に持つ女。以前ゲンガイと共に会ったとき、なんで男物のスーツ着てんだこいつ、という感想を抱いた印象が強かったので、けっこう記憶力が悪いハロルドもその存在は覚えていた。

 ――情報屋〈夜猫〉。

 師であるゲンガイから「深く関わるな」と言及されていた存在が、どうやら相手方から絡んできたようだ。


「……ああ、そうだが、お前は?」


 少々警戒気味に。そして今の自分はハロルドではなくジャスティスマスクであるため、あくまで初対面を装って、そう訊ねる。


「ええ~。やっだなぁ!」


 その問いを受けた夜猫は、ケラケラと楽しそうに笑う。そして、すすっと近づいてくると、囁くように言葉を発する。


「……忘れちゃった? 情報屋の夜猫だよ、ハロルドくん。や、ハルって呼んで良いんだっけ?」


 その答えは、つまり、「全部知っているぞ」という意味を言外に含んでいて、


「……ちょっと来い」

「わわわっ!? 引っ張らなくてもついていくって! もう、熱烈だなぁ」


 このまま人が多いギルド内で話し続けると、早くも正体がばれることになる。そう判断したハロルドは、夜猫の腕を掴んで、ギルドの外まで引きずって行く。


「目的はなんだ」

「うひっ!?」


 そのまま人気のない路地裏まで連れていき、壁に腕で縫い付け逃げ場を塞ぎ、いわゆる壁ドンの姿勢にて問いかける。

 その際、思ったよりも力が込められていたのか、バンという強い音とともに壁に叩きつけた手から蜘蛛の巣状にヒビが広がる。それにビビったのか、夜猫が変な悲鳴を上げるものの、その顔に浮かぶ笑みは消えない。どうやら、その程度のことは彼女にとって驚異ではないらしい。


「びっくりしたぁ。……目的って?」

「俺に近づいてきた、その目的だ。理由もなしに近づいてきたわけじゃあ無いだろ」

「し、知り合いが変な格好で変なことしてるんだもん。楽しそうだと思って近付くのはおかしな話じゃなくない?」

「変な格好って言うな」

「あ、そこは傷付くんだ」


 夜猫の台詞に含まれていた『変な格好』という言葉に、微妙にしょんぼりとするハロルド。

 それを見て、演技ではなさそうな苦笑を浮かべ、気まずそうに頬を掻く夜猫に、


「んで、目的は特にない。ってことでいいのか?」


 すぐに調子を取り戻したハロルドは、そう追求する。


「うん。そうそう」

「本当に?」

「失敬な。本当だよ」

「本当に本当?」

「ほんとーでーす」

「いや、嘘だろ」

「……ほんと、へーんなとこで鋭いね、キミ。いや、ゲン爺の教えの賜物かな?」


 あくまで信用していないスタンスを崩さないハロルドに、夜猫が折れる。深く考えず、とりあえず相手が怒るまでは問い続けようと考えていたハロルドが、あ、本当に嘘だったんだ、と面食らっていたのは兜の中の秘密である。


「ほんとはね。ハルに私の宣伝をしようと思ったんだ」

「……お前の宣伝?」

「そう。ま、私っていうか、私という『情報屋』の、ね」


 さっきまでのへらへらとした笑みではない。とらえどころのない不敵な笑みを浮かべる夜猫は、目的は自分のプロモーションであると言う。


「これから先……いや、すぐに、かな。ハルはヒーロー活動をする上で自分の力不足に気がつくことになる」

「……」

「そうなったら、遠慮せずに私を頼りなさいな。ハルの力になれる人材を私が見繕ってあげるよ」


 バッチーンと勢いの良いウインクとともに、そう告げられる。


 結局この時は、そんな会話の後、首を傾げるハロルドに不敵な笑みを浮かべたまま「んじゃねぇー」と夜猫が去って行ったため、なんだか尻切れトンボな邂逅となった。

 が、ハロルドはまさしくすぐに、夜猫が言っていた言葉の意味を知ることとなる。


   ◇ ◇ ◇


「もう少し真っ当な生き方を探すんだな」


 こぶだらけの顔で辛うじて呼吸をしている様子の悪人を背にそう吐き捨て、ハロルドは感謝を告げる被害者への目眩ましとして強い光を放ちながら退散する。

 毎晩このように人目のない街の暗部とでもいうべき場所に目を光らせ、ヒーロー活動を行っているハロルド。倒しても倒しても悪人が減らないことから、自分の存在が全く平和維持に関与していない事実に辟易とする。


 しかし、それもそのはずなのだ。

 カラリス王国は、大陸随一の大国だ。と、なれば当然、その首都たる王都カラリスもとても広い大都市となる。

 そんななか、レベルの上昇により異常に発達した脚力とはいえ、ただただ走り回ることで巡回しているハロルド。当然、悪人の発見は運任せで、彼一人の手で成敗できる数と悪人の全体数を考えたら、後者の方が圧倒的に多い。


「……目が足りない」


 悩んだハロルドの口から思わずぽそりと漏れたのは、そんな呟きであった。

 目――すなわち、悪事が行われている現場をいち早く観測・察知できるような、そんな人材が欲しい。

 実力という面で見れば、今現在自分が苦戦するような悪人とは巡り合っていない。つまり、手は足りているといえるだろう。


 そう考えたとき、夜猫の不敵な笑みが脳裏をよぎる。

 なるほどな。ハロルドはそう納得する。


 創作物のヒーローであっても、大抵、武力とはまた別の面からヒーローのサポートを行う『相棒サイドキック』とでも言うべき存在が居るものだ。

 自分というヒーローに足りない力とは、まさしくそこだ。つまりは、自分と協力し、強力なサポートを行ってくれる、そんな相棒が必要なのだ。


「なるほど。だから『人材』ね」


 クスリと笑ったハロルドは、呟きとともに、さっそく日が上ったら夜猫に会おうと、翌日の行動を決めるのだった。

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