第47話

 街とその住人を護るヒーローになる。

 ハロルドはその目標を得てから、すぐに行動を開始した。


 冬の間にぼさぼさに伸びた髪の毛を短く切り、髭を剃るところから始まり、それからはコスチュームを考える。

 ヒーローと言えば『変身ヒーロー』。それは譲れないところだ。ときには素顔をさらして行動するヒーローもいるが、それよりも素性を隠すヒーローの方がハロルドは好きだった。理由は単純。ミステリアスでかっこいいからだ。


 とはいえ、当然ながらそこまで器用ではないハロルド。自分でコスチュームなど作れるわけがない。そして、作れるような相手のつてもない。それができる店の人にお願いするという手もあったが、そうしてしまうと自分の正体を知る相手を増やすことにも繋がる。これを考慮し、残念だがハロルドは既製品を組み合わせてそれをコスチュームとすることにした。

 そんな目的で街をぶらつくハロルド。目についた服屋と防具屋を周り、ピンとくるものがないかとチェックしてゆく。


 結論から言ってしまうと、イマイチであった。

 というのも、漠然とヒーローになると決めただけ。いったいどんな人柄なのか、どんな手段で戦うのかなど、そのヒーロー像を詳しく考えていなかったのだ。それは仕方がないというものだろう。


 なのでまずは、どんなヒーローになるべきかを考える。

 ハロルドにとれる戦法は、殴ることだけだった。あとはほんのお遊戯程度に剣を使えるくらい。なので、徒手空拳をメインとしたヒーロー像とする。

 と、なれば。武器は籠手だろう。単純に手を保護する、手甲というものだ。そして戦闘術が徒手空拳ならば動きを阻害する重い鎧は邪魔になる。

 ということで、鉄鎧は手甲と足甲、それと胸当て程度にとどめておく。色は統一して銀。入手が簡単で適度な派手さもあり、そして決して過度ではない。実にヒーローとして好ましい色である。


 そうなると、素顔を隠すマスクも考えられる。とりあえず、銀色のフルフェイスヘルムにする。あとはそれに合わすように適当なシャツとズボン。そして何となく暗色のロングコート。これを着ると全体的な統一感が増す気がした。


「おお、いいじゃん?」


 一式を買い揃え帰宅したハロルドは、それを装着して鏡の前に立つ。感想としては、思ったよりも変じゃない。もちろん、軽装になぜか頭だけフルフェイスの兜をかぶっているのだから、完璧に変じゃないとは言えない。しかし、絶望的にダサいわけではなかった。


 次に考えるのは、技だ。

 必殺技。必ず殺すどころか、たとえ悪人でも相手を殺すつもりなどないハロルドだが、その響きには胸が高鳴った。まさしく、魔術があるこの世界だからこそ考え甲斐のある項目である。


「正義と言えば、光だ。光魔術……光魔術かぁ……」


 鏡を前にぶつぶつと独りごちるハロルド。

 光魔術、という単語に、何やら好ましげではない様子で思案をする。

 それもそのはず。光魔術とは主に光を操り幻惑や目眩ましで相手の隙を作り出す魔術系統であり、言ってしまえば騙し討ちの魔術。彼が思い描く必殺技とは、正反対といえる位置付けのものなのである。


 そもそもハロルド。魔術が苦手という欠点もある。

 【独自魔術オリジナル】は、魔力量と想像力が要となる魔術である。綿密な効果設定と精密な魔力操作、そして何よりも明確な想像イメージとそのヴィジョンがすべて噛み合って初めて顕在化するものだ。ハロルドはその大雑把な性格上、どうしてもこの噛み合わせがうまくいかないのだ。


 また、目まぐるしく変化する戦況のその最中さなかで、イメージ通りの魔術を発現できるかというのも、個人個人のセンスに左右される。

 もちろん、すべての手順をうまく連動させ、よっぽど混乱状態じゃない限りはいつも通りに発現させる手法も確立されてはいる。その一つが魔術名などを自分で定め、発現の瞬間にそれを口に出すことでイメージを想起させる『詠唱法アリア』。そしてもう一つが、発現させる魔術ごとに決まった動作を定めておき、その動作でイメージを想起させる『身振法ジェスチュア』。

 基本的にはこの二つを同時に行い、【オリジナル】の発現を無意識にも行えるようにしている魔術師が大半である。

 例として、エリザベスの同級生エリックが使用する、火柱が地を走る【オリジナル】。それを彼は「紅蓮よはしれ」という詠唱アリアと『地に突き立てた剣を斬り上げる』という身振ジェスチュアを組み合わせ、意識せずとも決まったイメージが魔術として顕現するように特訓している。


 しかしハロルド。基本的に『困ったら殴る』という脳筋根性が染み付いたその生きざまにより、これもうまくいかないのである。

 絶望的なほど、複雑な魔術が向いていないのだ。


 ――あれ、詰んでね?


 ハロルドの頭にそんな言葉が浮かぶ。鏡に映ったフルフェイスのヒーローが、どことなく悲しげに項垂れる。

 しかし、ぷるぷると頭を振るい、そんなネガティブな雑念は追い払う。

 やれないならば、やれるようにする。簡単な話だ。特訓あるべし。


 そう思って、グッと拳を握りガッツポーズを決めたところで――


「……あれ?」


 ふと、あることに気がつく。

 そもそも、なぜ必殺技を作る上で、魔術という前提のもと考えているのだろう、と。


 ハロルドは自他共に認める脳筋だ。この世界に流れ着いてからも、基本的な戦法は殴る蹴るである。そんな彼が付け焼き刃の魔術を必殺技として編み出したところで、果たして単純な全力パンチよりも威力の高い技になりうるだろうか。いや、残念ながら、その可能性は限りなくゼロに近いほど、あり得ない。


 で、あれば――


「派手な演出でパンチすりゃいいのか?」


 魔術を演出――いわゆるライトアップとして使用し、『特別な技』感を醸し出させる。

 ハロルドが考えた必殺技は、そんなものであった。


「……よぅし。そうと決まれば」


 ハロルドはわくわくと逸る気持ちを必死に押さえつけ、必殺技や己の設定をもっとよく練り込む。そして行動を開始するべく、悪が蔓延る夜中を待つのであった。


   ◇ ◇ ◇


 夜のとばりが下りきった王都カラリス。


「ごご、ごめんなさい! わざとじゃないんです!」

「おうおう、ニィちゃん。わざとじゃなくてもよ。あんたがぶつかったせいで俺の肩がイカれちまったのは事実なのよ」

「そ、そんな! ちょっと当たっただけじゃないか!」

「あぁんだコルァ! こっちゃ被害者なんだぞぉ!?」

「あっひゃひゃ! こりゃたんまり治療費を貰わねぇとなぁ! 最近の治癒術師はぼったくるからなぁ……まぁ、百万リルってとこか?」

「そそ、そんな大金ないですよ!」

「なぁんッ!? 何とかしてつくるんだよぉ!」


 一人の気が弱そうな男が、ゴツゴツと筋肉の盛り上がる二人の男に絡まれている。

 肩がイカれた、などとのたまう筋肉だるまその1だが、その顔に痛みを我慢するような色はなく、もしかしなくても怪我などはない、ただのカツアゲである。

 それがわかっていても、絡まれている男は壁際に押しやられすでに逃げ場を無くし、もちろん相手を蹴散らせるような力も持ち合わせていない。助けを求めようにも今は夜中。ただでさえ人通りの少ない小道ということもあり、助けを求められるような相手がそもそも目に入らない。

 結果として、法外な額の治療費とやらをふっかけられ、顔面蒼白に涙を浮かべることしか出来ない。


 筋肉だるまズの下卑た笑い声が耳をつんざく。

 誰でも良い、助けてくれ!

 男の胸中をそんな想いが埋め尽くしたとき――


「――そこまでだァッ!!」


 暗い小道に轟く凛とした声。

 そして突如降り注ぐ、煌々とした光。


「な、なんだぁ!?」

「うおっ、まぶし!」


 反射的に筋肉だるまズは振り返り、光の方へと顔を向ける。その光は、彼らの後ろにあった建物の屋根から射していた。

 果たして、彼らの視線の先に居たのは、真夜中だというのに、まるで太陽のように輝く光をバックに佇む一人の男。


「な、何者だぁ!?」

「ふっ。何者だ……だと? そう訊ねるならば、答えようッ! とう!!」


 肩がイカれているらしいが、普通に両手を掲げて臨戦態勢をとって問う筋肉だるまその1に答えるべく、謎の男は歯切れの良い掛け声と共に屋根から地面へと降り立つ。

 ジャリッ! という音と共にスマートに降り立ったフルフェイスヘルムで素顔を隠した男は――


「……燃える心に決意の拳!」


 左手の親指で心臓を指し『燃える心』を。その後、右手に握った拳を手の甲を見せつけるように掲げて『決意の拳』を表し、


「悪を裁くは正義の光!」


 その右手の人差し指を伸ばし、天に突き上げながらまたもや謎の後光を発生させることで『正義の光』を表し、


「ジャスティスマスク! 参上ッ!!」


 謎のポーズと共に名乗りを上げることで、自己紹介を終える。


「……」


 ジャスティスマスクの後光に照らされた男たちは、絡まれていたはずの男も例外でなく、何ともいえない悲しそうな表情と共に沈黙する。


 誰でも良いから助けてくれ、とは願った。

 だがこれは、誰でも良すぎないか……?


 気弱そうな男の胸中を満たすは、そんな戸惑いであった。


「さぁ。カツアゲなどやめて、その方を離すんだ」


 そんな男の戸惑いなど露知らず、ジャスティスマスク――ハロルドは、ビッと筋肉だるまズを指差して、そう指図する。


「う、うるせぇぞ、このイカれポンチが! やっちまえッ!」

「お、おうっ!」


 その指図にムカッ腹立った筋肉だるまズが、拳を振り上げてハロルドへと殺到する。


「……愚かな」


 だが、ハロルドはぼそりとそう呟き、ゆるゆるとかぶりを振る。そしてそれから向かってくる男たちをヘルムの下から睨み、


「ならばその悪……俺が裁こうッ!!」


 口上を吐き、ファイティングポーズをとって相対する。


「オォッラァ!!」

「遅い!」

「ぐっはぁ!」


 真っ先にこちらへ到達した筋肉だるまその2のパンチを身をかがめることでかわし、カウンターとしてがら空きの腹へアッパー。

 これで一人ダウンだ。


「テンッ……メェッ!!」

「ふん。仲間がやられれば、腹が立ちはするのか……」

「うぐっ!」


 続く筋肉だるまその1の攻撃も軽々と避け、押すように足裏で蹴ることで、距離をとらせる。


「ならば……仲間を想う心を持つそんなお前が、何故、他者を陥れるような真似をする!」

「う……おぉ! うるせぇ! 俺はなぁ、俺をバカにしていたやつらを見返すために……そのために、必死に力を手に入れて……。それで……っ!」

「……それでやっていることが、他の弱者をバカにすることか?」

「あ、あ、あああああっ!! もうっ……戻れねぇんだよおおおおっ!!」

「……戻れるさ」


 やけくそ気味に涙を流し、拳を振りかぶって向かってくる男に、ハロルドは小さく答える。

 それから右手に拳を握り、引いて構えると、その拳がたちまちに発光し、輝く拳と成る。

 その光に怯んだように足を止めた男に向かってハロルドは一息にて踏み込むと、


「ハァァアアアッ!! ジャスティスッ! ブロゥッ!!」


 正義の光を纏って輝く拳。その名も、必殺技『ジャスティスブロー』をぶちこむ。


 そう。これこそがハロルドの編み出した必殺技だ。

 生活魔術【ライト】を無意味なほど多量の魔力で発動させると、まるで太陽のように強く輝く光を発生させられることがわかったハロルド。

 彼はそれを登場時のライトアップに使ったり、また拳に纏わせ発動することで、まるで特別な技であるかのように演出することに成功したのである。

 何を隠そう、『ジャスティスブロー』とは詰まるところ、よく光るただの全力パンチである。


「ぐっはあああっ!!」


 『ジャスティスブロー』を腹に受けた筋肉だるまその1は、断末魔と共に後方へ吹き飛び、二転三転したあとにようやく止まり、倒れたままぴくぴくと痙攣する。どうやら、気絶したらしい。


「……これに懲りたら、二度と悪事など働かないことだな」


 たとえ聞こえていなくても、最後にそう言うのがヒーローというもの。ハロルドも例に漏れずそんな口上を述べ、ばさりとロングコートを翻して、その場を去ろうとする。


「あ、あの! 助けてくれて、ありがとうございました!」


 その背中に、キラキラと輝く視線とともに、絡まれていた男からの礼が届く。


「ふっ」


 その礼に対し、ハロルドはちらりと半身で振り返ると、


「礼などいらん。俺はヒーローとして、当然のことをしたまでだ。……では、さらばっ!」


 ピカリッと光を発し、その眩しさに男が目を瞑ったその一瞬で、ハロルドはその場から退散する。


「……『英雄ヒーロー』……ジャスティスマスク」


 この男や、これからハロルドに助けられていく人達から広まる噂によって、瞬く間にジャスティスマスクの名は王都を賑わすようになる。

 無償で人を助け、たとえ悪人であっても殺さず、そして何より、決して正体を晒さない。素性不明の『英雄ヒーロー』として。


   ◇ ◇ ◇


「た、楽しそうですね……」


 再び頬をピクつかせるエリザベスからの感想。

 突っ込みどころしかない――当時からその存在は一種のギャグキャラとして愛されてはいたが、実際にその裏設定や行動を本人から聞いてしまうと、呆れ半分戸惑い半分で、そんな感想を口にするのが関の山であった。


「ははっ」


 エリザベスの感想に、乾いた笑いで答えるハロルド。


「……そうだな。楽しかったよ、実際」


 どこか自嘲気味な、灰暗い笑みも交えて。

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