第34話 襲撃①
「……それ、普通に悪い夢って可能性はねぇの?」
エリザベスの招集により談話室として使っている空き部屋へと集まったのは、初めから彼女の傍に居たヌレハと、その相棒ハロルド。そして戦う検証士ニコルの合計四人であった。
ひとまずは兵士や侍女全員を集めてぎゅうぎゅうのなか説明するよりは、まずは数人に話して指示を仰いだ方がいいだろう、という判断から、これだけの人数に収まったのだ。
そうして集められ、見た夢の内容を
「……無い、とは言い切れませんが……でも、おそらく、あれは現実に起こることだと思います。理由は……何というか、いつも視ている経験から来る感覚なので、納得していただけるだけの信憑性はないかもしれないのですが……」
「へぇ」
「……それに、別にただの夢ならそれはそれで良いしね。問題は、それが未来に起こるかもしれない可能性があるってこと。防げるなら、防ぎたいじゃない?」
補足的に説明をしたのはヌレハ。
「防ぐったって……」
しかし、そんな二人の意見に、ハロルドは訝しげに眉を顰めてみせる。
「その爆発とやらの原因は? 事故か、それとも人為的なものなのか、何もわからないんだろ? じゃあ、対抗策を取ろうにも、手の施しようがねぇじゃん」
防ぐと一口に言ったところで、そうするためにも最低限、その被害が生まれる場所、被害が生まれる原因、そして被害を生み出す人物、この3つの情報程度は必要である。
エリザベスにそのあたりの夢で得た情報を聞き出そうとしたところ、「王都の景色で、城下町の……建物がたくさんある場所でした……」という、非常に曖昧な答えが返ってきたのだ。
いかに【予知夢】といえど、夢は夢。目覚めてしまえば、普通の夢よりはショックゆえか覚えている情報は多いものの、その範疇を出ない程度には情報は朧気なものへとなってしまう。盗賊により宝剣を盗まれた、とは覚えていても、じゃあ盗賊の一人一人の顔は? と問われれば答えられないような情報の持ち越ししか出来ないのだ。
そんな【予知夢】から今回持ち込んだ情報が、エリザベスの先の台詞であった。城下町の建物が多い場所など、むしろそれ以外に街に何があるのかとツッコミたくなるほどには条件を絞り込めないような情報。そんな情報しか手元に無いのに、「防ぎたい」などと、ハロルドから言わせてもらえば、片腹痛いというものである。
「私が王都中を網羅的に観察できれば良かったんだけどね」
「そりゃ、さすがに無理だろ」
「そ。さすがに無理」
【千里眼】などという便利能力を持ってはいるヌレハだが、あくまで得られる視覚情報を処理する脳みそは人並みか、多少それよりも処理に長けているか、という程度。能力によって一度に視られる景色は現在の自分の視界プラス一ヶ所か、自分の目を閉じて二ヶ所というのが現実的というものである。
「適当にどっかを見張っておいて、そこで事件が起きることに賭けるってのも、現実的ではないわよね」
定点カメラのように俯瞰的に景色を視ることができる彼女の能力を発動させ、適当にいくつかの当たりをつけて監視カメラの映像のように一定間隔で景色を切り替えて監視、というアイデアも考えるヌレハ。実のところ、建物内などの狭い範囲で言えば、この手はかなり有効なのだ。が、さすがに大都市内部などという超広範囲になってしまうと、その限りではない。
「ただ、まぁ、やらないよりはマシよね」
だが、そんな言葉にて何やら一人納得した様子のヌレハは、じっと目を閉じてそれきり口を開かず、王都の監視に全集中を向ける。
「……今のところ、私たちに出来ることは無い、ですかね」
「んだな。ヌレハに任せとこう」
「あ、あのっ!」
事の成り行きを見守っていたニコルが口を開けば、ハロルドもそんな彼女の意見に同意する。
しかし、そんな二人に待ったをかけるエリザベスは、
「ヌレハ様の転移魔術で、王都に行くことは出来ないのでしょうか……?」
そう、恐る恐るといった様子で問いかける。
「……一人二人って程度だったら、問題ないと思うぜ。俺だって何度も転移させてもらったことあるしな。ただ、もっと大人数……それこそ、この寮に居る一同となると、わからん」
「私もわからないわ。やったことがないもの。もしかしたら、出来てもそれだけで魔力が枯れて倒れてしまう可能性もあるわね」
ハロルドの答えに補足をいれたのは、目を閉じたままのヌレハ本人であった。
「まぁ、そゆことだな。何が起きるかわからない場所で、ヌレハほどの戦力を移動だけに使い潰すのは得策じゃあ無いと思うね、俺は」
そして、その補足を受けてそう結論付けるハロルドは、
「……てか。行ってどうすんだ?」
と、次の考えをまとめようとしているかのように項垂れるエリザベスに、問いを投げ掛ける。
「……どうって……?」
「この際、爆発事故とやらは間違いなく起こると仮定しよう。だが、わかっているのは起こるということだけ。場所も、きっかけも、犯人もわからない。さぁそこに駆けつけた王女様は、いったい何をするんだ?」
「……そ、それは……」
「残念ながら、何も出来ないだろうな。俺にだって、何も出来ない。下手したら巻き込まれてお陀仏って可能性の方がでかいくらいだ」
畳み掛けるように、エリザベスの意見を否定するハロルド。
その迫力に圧されるように、「うっ」も短く呻いたエリザベスは、しかし顔を上げると、
「で、でもっ! きっと、行ったら出来ることがあります! 無駄なんかじゃない、と、思いますっ!」
そんな、希望的観測を口にする。
「そ、そうですよ。まだ休みはありますし、馬車で帰りましょう。急げば二日もあれば着きますし、前のときはお留守番をしていたシルヴィアたちも今度はつれていって、何もなければ、二度目の帰省ということにすればいいんです」
「……エリザベス様……」
忙しなく口を動かして、良いアイデアが浮かんだとばかりに言葉を発し続けるエリザベス。
彼女は気付いているのだろうか。彼女の【予知夢】の力を鑑みて、それでは全く事件の解決には間に合わないということに。いや、もしかしたら、彼女は事後の処理に対して、少しでも力になりたいと考えているのかもしれない。
――それとも、何だかんだと理由をつけて、ただただ王都が心配なだけか。ここでじっと事を見守り続けるだけの歯痒さに、耐えられないだけか。
「……そうです。そうですよ。悪い意見じゃ無いはずです。わ、私、みんなにそうするって、伝えてきますっ!」
とにかく、一人で考えをまとめあげたエリザベスは踵を返して扉へと向かっていこうとする。
どうやら本気で王都へととんぼ返りする気のようだ。
「エリザベス様っ!」
ニコルはどうすればいいのかわからない様子で、そんな主を止めるに止められなかった。が――
「……ハロルド……様?」
ニコルが止めるまでもなく、エリザベスの足がそこから先へと踏み出すことはなかった。
その顔に不愉快という感情をありありと浮かべたハロルドが、彼女の手首を強く握り、制止させたからだ。
「い、痛いです。離してくださいませんか……?」
僅かに力を込めて腕を振るい、ハロルドからの拘束を解こうとするエリザベス。だが、そんな彼女に対してハロルドが取った行動は、手に込められた力を抜くことではなく、
「……いい加減にしろよ」
まるで怨嗟の声のような。小さな声ではあったが、確かな怒りを孕んだそんな言葉を発することだけであった。
「――っ!」
退っ引きならないハロルドの様子に、一瞬目に見えて怯んだエリザベス。
だが、次の瞬間にはキッと眉を吊り上げ、
「いい加減にしろ、とは、どういう意味ですか」
こちらも退けないとばかりに、ハロルドに食って掛かる。
「そのまんまの意味だよ。いい加減、むやみやたらに首突っ込むのは止しとけ」
「……なんですか、それ。そういってまた、他人の命を見捨てることも必要だ、なんて言うつもりですか?」
「ちょ、ちょちょ、エリザベス様……」
「ああ、そうだ。王女様の今の生き方じゃ、将来ロクな死に方できねぇぞ」
「ハロルド殿も……」
睨み合いを続ける二人に、間を取り持とうとするも、結局おろおろとしているだけのニコル。
「そういうことは、『ロクな死に方』とやらをしてみせてから言ってください」
「……ほぉ、言いやがる」
しかし、当事者たちはそんな苦労人ニコルのことなど気にもかけず、なおも言い争いを続ける。
「とにかく、今はすぐに王都に向かいましょう。行けば、何かやれることがあるはずです。私にも、何か……」
「いや、無い。無ぇよ。そもそも、危険だ。二次災害が無いとは限らない。そういうとこには、ほとぼりが冷めるまで近付かないのが得策なんだよ。足掻くだけ、無駄だ」
「無駄なんかじゃありません。私は、無駄なんかにはしません」
「だから……っ、するしないの問題じゃねぇんだよ! 結局のところ、無駄になるんだ! 決まってるんだよ! 俺が言ってること、わからねぇのかよ!?」
「わかりませんよっ!!」
いつのまにか、お互いの言い争いの声は怒鳴り声へと変化し、ニコルはもうどうしたらいいのかわからず真っ青な顔で狼狽えるのみ。
ヌレハは不愉快そうにしながらも、エリザベスのために王都の景色を片っ端から観察しているようで、喧嘩を止める余裕はなさそうだ。
結果として、この場で二人の喧嘩を止められる者は、誰一人として居なかった。
「だいたい、ハロルド様はおかしいんですよ! 私が何かしましたか? 何か気に食わないことがありましたか!? 何もないでしょう! ハロルド様が、私に何もさせてはくださいませんからねっ!!」
「いいや、残念、あったね。いっつも自ら好んで危ない橋ばっか渡りに行きやがって。周りに居るやつが心配する気持ちも考えたことあんのかよ!?」
「…………心配する、気持ち……?」
ハロルドの言葉に含まれていた言葉を繰り返し、エリザベスはその顔に意味深な笑みを浮かべる。そして、
「ハロルド様は、私を心配してなどいないでしょう? 私のことが気に食わないから、取り敢えず反対してるだけです。……どうせ、そうでしょうっ!?」
と、初めて、ハロルドに対して明確な敵意と取れる言葉を口にした。
それはきっと、何てことはない、カッとなって出てしまった癇癪のような言葉であったのだろう。言ってから「しまった」という表情をしたエリザベスを見れば、それは一目瞭然であった。
ムカッとして、溜まっていた鬱憤や猜疑心やその他もろもろが溢れてしまっただけの、そんな言葉。「そんなことはない」。その一言で否定することが出来るような、深い意味の込められていない言葉。
だが――
「……っ」
その言葉に対するハロルドの反応は、何故か、心底驚いたような、そんな表情を浮かべて押し黙ることであった。
「は、ハロルド様……?」
自分が口にした言葉の影響ではあるが、見たこともないようなおかしなハロルドの反応に、心配そうな表情を浮かべるエリザベス。
「ふ、二人とも、落ち着いてください! 不安な気持ちで気が立ってるのは私もわかりますから、とりあえず、少し落ち着いてください!」
そこに、慌てた結果「落ち着いてくれ」としか結局言えていないニコルの仲裁が、ここしかないとばかりに食い込んでくる。
突然の横からの大声にぎょっとしたのはエリザベス。ハロルドはただニコルに目を向けると、反省するように目を伏せて、
「……ああ、いや、悪かった。確かになんか、イライラしてた……かもしんない」
と、謝罪を口にした。
そして、その時であった。
「……あっ」
何かを発見したようなヌレハの声。そして一同が彼女に目を向けたとき、
「……ごめん。当てが外れたみたい。城下町で二ヶ所。被害は結構、甚大みたい。……止められなくて、ごめんなさい」
言葉通りに申し訳なさそうな表情を浮かべたヌレハが、予知が当たっていたことを証明した。
エリザベスが夢を見て起こされてから、約15分後の出来事。原因を突き止め、事前に防ぐには、いささか短すぎる猶予時間。
「そんな……」
それが、エリザベスの持つ【予知夢】の力。
彼女に無力を思い知らせる、呪いの力であった。
◇ ◇ ◇
ほんの少しだけ時間は遡り、ヌレハが網羅的に王都の観察を始めた頃。
王都に入るや否や二手に別れ、それぞれ別の市場についたモルネイアの商人たちは、持ち込んだ商品を広げて売り込みを開始していた。
馬車の荷台が簡易的な屋台に改造されていたため、そのなかで三人が商品の販売。他の三人が外に出てマイクとスピーカーを使って呼び込みを行っているという役割分担である。
「あら、これ、なぁに?」
一人のマダムが商品に興味を示し、馬車へと近づいてくる。
「興味を持っていただけて、幸いです。これはですね……」
店頭販売を行っていた一人が、揉み手、とまではいかずともへりくだった笑みを浮かべ、商品の一つを手にとって上下に分割してみせる。
中から同じ模様の小ぶりな人形が出てくると、マダムは「まぁ」とわかりやすく驚いてくれる。
「普通に飾るでもよし。お子さまがいるならば、その玩具としてでもよし。これはうちの商会に居るドリフターからの知識で作られたものでして、おそらくうち以外にはまだ存在しない品なのではと思っています。一つ二百リル、どうですか?」
「あらあら、安いのね。じゃあ、これ、一つ買おうかしら」
「ありがとうございます!」
すらすらと紡がれた言葉に、ここ限定を思わせるような売り文句。それに加えて値段も手頃とあれば、物は試しにと一つ買ってみてもいいと考えてしまうマダム。
マダムが買って満足そうに立ち去ったのを見て、遠巻きから様子見をしていた他の都民たちも近づいてきて興味を示す。
モルネイアの商会。そのネームバリューだけで、商品に対する信用に全くの問題はないのだ。それほどまでに、モルネイアが今まで築き上げてきた周囲との貿易関係というものは、根強く、固い。
瞬く間に馬車の周囲には人が溢れかえり、一つ一つと人形は売れていく。なかには「こんなもの使い道が無いよ」と不必要な煽りをしていく者も居るが、大抵は「面白い」と興味本意で買っていく。
売り上げは上々。商品はまだまだある。そんなとき、外で呼び込みを行っていた商人たちが馬車の横に梯子をかけ、せっせと箱にいれた何かを屋根の上へと運んでいく。
「……?」
それを何をしているのかと興味深げに見守る都民たちの顔に、期待はあれど疑念は浮かんでいない。
商人たちは、パフォーマンスによって自分達に興味を持ってもらい、そのついでにと商品を買ってもらう、という商法を行うものも少なくはない。なので、今回も何かしらのパフォーマンスを行うのだろう、という程度の認識であり、そこに危険を感じている者など居なかったのである。
「あー、あー。聴こえてますか? 王都カラリスの皆さん」
そしてそんな認識通り、5つほどの箱を屋根の上に運んだあと、マイクとスピーカーも運んだ商人の一人が、マイク片手になにがしかを客たちに語り始める。
「えー、私たちは、かつて、商業国家モルネイアという国でしょっぱい商売を行っていた商人たちの寄せ集めです。ははっ、『しょっぱい』と『商売』をかけた駄洒落ですよ、これ」
下手な駄洒落で客の心を鷲掴みにしてやろうという目論見は、残念ながら失敗する。客たちはしらーっと白けた無表情を浮かべるか、勘の良い客は、それよりも気になった『かつて』という一単語に首を傾げる。
彼らが使用している馬車にはモルネイアの国章がでかでかと掲げられている。あれは国家からのお墨付きの印であり、亡命した商人に貸し出されるような、そんなちっぽけな価値の馬車ではないはずなのである。
「あちゃあ、滑っちゃったな」
「おいおい! 変なこと言って俺らの印象まで下げるのは勘弁してくれよっ!」
「ああ、悪い悪い」
客の一部からのそんな疑念はあれど、そんなこととは関係なしに、商人の言葉は紡がれる。
今は、ド滑りした駄洒落に対して、商人の他の一人が野次を飛ばして、その和やかな雰囲気で何とか体裁を保ったところである。
「……気を取り直しまして。まぁ、そうだったんですがね。ふと、そんな私たちはあることを思ってしまったんですよ。本当に、ふと、だったんですけどね、『この商業国家は、見せかけの平和の上にあぐらをかいているだけなんじゃないかなぁ』、とね」
マイクを通し、しんみりとした商人の言葉が周囲へと飛ぶ。その声と語りが耳に届いた道行く都民たちも足を止め、いったい何事かと商人の語りに耳を傾け始める。
「たしかに、モルネイアは他国と貿易によって良い関係を築いていました。なので、『モルネイアと他国』、という見方では、とても平和的な関係が出来上がっていたと認めざるを得ません。ですが、モルネイアを抜いて『他国と他国』という見方をすれば、それはその限りではないと思ったのです。……現に、このカラリス王国とヴォワーレ帝国は、喧嘩こそしていないですが、仲が良い、平和、というほどの関係ではないと思います」
いったいただの商人が何のスピーチをしているのだろう、と、一部の客は訝しげな表情をこのころには浮かべ始める。
だが、また一部の客はふむふむと頷き、確かにそんな見方もあるのかもしれないと、商人たちの話により深くのめり込んでいた。
「そこでそんな思考を共有した私たちは集まり、考え、そして真の平和へと道というものについて、あれこれと討論を交わしました。……そして、一つの答えにたどり着いたのです」
いつの間にか売買の手は止まり、向ける視線の種類こそ違うものの、周囲に居る者たちはみな一様にかじりつくように男の話へと意識を向けていた。
だが、そんな和やかに進んでいた男のスピーチも、
「――それは、全ての国を潰し、溶かし、混ぜて、一つの国にしてしまうことです」
この一言によって、一気に雲行き怪しいものへと変化する。
「国がたくさんあるから、争いが起こる、主張が食い違う、思想が異なる、そして、平和が遠退く。ならば、国がたったの一つであれば? ……もう、いがみ合う必要などなくなるでしょう。それはきっと、真の平和というものです」
暴論だ。
男はまるで良いアイデアでしょう、とばかりに当たり前のように語りかけては来るが、むしろ客たちは、そんな男の飄々とした様子に薄ら寒いものを感じずにはいられない。
他の商人たちは? さっきのように、また野次を飛ばして止めてくれないのか? そんな気持ちを込めた視線を他の商人たちに向けた者たちは、どうやら本気で商人の男たちはこの暴論を信じきっているらしき様子に、より疑念の色を濃くするばかり。
「その信念のもと集められた私たちは、水面下で力を蓄え続け、そしてついに先日、活動を始めました!」
だんだんと熱がこもってゆく、男のスピーチの声。
そして、決定的な一言。
「つい昨日、私たちは商業国家モルネイアを制圧しました! 私たちは――『ピースメーカー』は、次にこのカラリス王国に目をつけたのです!」
男がその一言を高らかに宣言した瞬間、屋根の上にいた商人も、屋台で売買を行っていた商人も、一斉に手に持った箱をひっくり返して、中に入っていたものを周囲にぶちまける。
ごろごろと降り注ぐそれらは一見、なんてことはない、先程まで彼らが売りはたいていたマトリョーシカ人形であった。ただ、問題はその中身で。
「あ……? んだ、これ、魔昌石……?」
地に落ちた衝撃で上下に分割された人形から転がり出てきたのは、先程まで店頭で実演販売していた物とは違い、真っ赤に赤熱した魔昌石。ゆっくりと溶かし出せば数ヵ月は持つほど高純度の魔力を内包した拳大のそれらが、ごろごろと。
こめられた魔力の質によって、魔昌石はその色を変える。赤色は、火属性の証。そして赤熱したそれらは、爆発間近の証明。
それらを見て、判断力がある者たちはいよいよおかしなことになってきたと理解し、あちこちで悲鳴を上げる。だがそれは遅すぎだ。
辺り一面にばらまかれたいつ爆発してもおかしくない魔昌石の存在のせいで、恐れおののいても、その場から一歩も動けない。間違って踏み割ろうものならば、そこから連鎖的に広がる爆発が辺り一面を飲み込むことだろう。そうなれば、ここにいる全員の命がない。
魔昌石のほかにも、なにやら刺激臭のする液体が漏れだしている人形も転がっている。この流れであれば、もしかしなくてもそれは燃料なのだろう。
「平和のために、ここに聖戦の開始を告げる花火を用意しました!」
そんな民衆を眼下に、商人の男はなおも言葉を紡ぐ。こんなことをするやつが、何が平和か。そんなことを思っても、口に出せるものなどいない。
――商人の男たちが纏っていた外套のなかに、足元に転がっているものと同じように真っ赤に赤熱した魔昌石が、いくつもくくりつけられているのを見てしまったからだ。
「……さぁ、ともに、平和の礎へとなりましょう。【
都民たちが踏み割らないようその場から一歩も動かなかったという行動を嘲笑うように。
楽しげにショッピングをしていた者たちを蹂躙すべく。
男が高らかに宣言したことにより、彼は爆発魔術を発現する。
標的は、自分。その体にくくりつけられている、幾つもの赤熱した魔昌石。
瞬間、そこから連鎖的に広がった巨大な爆発により、真っ白な光が辺りを包み込み、王都が揺れるほどの爆発音を轟かせた。
その爆発は、辺りにあった建物、居た人、その一切合切を巻き込み、破壊し、吹き飛ばした。
それが、王都の城下町で二ヶ所。犯人たちが自分達の安全の確保など度外視した、大規模な自爆テロ。
結果として、その死者数は合計で四桁にものぼることとなる。
そして、この事件を皮切りに、ハロルドとヌレハ、そしてエリザベスの運命が、大きく動き出すのだった。
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