第56話

 レベル100のヒーローとはいえ、ジャスティスマスクも冒険者ギルドに所属する一人の冒険者である。

 そのため、


「……依頼? 国から?」

「はい。条件はレベル60以上の冒険者。なので、ジャスティスマスクさんにも参加していただきたい、と」


 こういう場合は、当然ヒーロー活動よりも優先して冒険者業に励む義務がある。


 時は昼間。場所は冒険者ギルド。

 小遣い稼ぎにたまには依頼でも受けるかなとふらっと寄ったジャスティスマスクを見かけたギルド職員から、「国から指名依頼があります」と話しかけられたのだ。


「ふむ。内容は?」

「現在、この王都カラリスにドラゴンの群れが向かっているという情報が入りました。なので、近衛師団と高レベルの冒険者はこれを迎撃・殲滅してほしいと……」

「……ドラゴン……の群れ? あいつらが群れるなんて話、聞いたことないが」


 ドラゴンとは、爬虫類が転魔し魔物と化したものの総称だ。正確にはそのなかでも大型に分類されるものの総称。それ以下は『リザード』と呼ぶ。

 基本的にドラゴンのもととなる爬虫類が群れを形成しないことから、転魔したあとでもその習性を受け継ぎ群れは形成しないとされる。が、どうやら今回はその限りでなく、群れでこの王都に迫っているらしい。


「文献を漁った限り、極稀ごくまれにこういうことがあるそうです。周期的なものか、それとも異常個体の影響か……それはわかっていませんが」

「なるほどな。まあ、国の危機だ。もちろん協力は惜しまない」

「あ、ありがとうございます!」


 というか、ここで断ったら英雄ヒーローの名が廃るだろう。

 ドラゴン……強靭な鱗に強力な牙と爪。それに加えて転魔により取得した固有技能、例えば火を吹く・毒を吐く・空を飛ぶなどといった厄介な能力を備えているが、個で見たらギルド職員が口にした条件の通り、レベル60もあれば討伐は難しくない。

 レベル100であるハロルドにとっては、そのへんのただのトカゲが大きくなったようなものだ。脅威には値しないだろう。


   ◇ ◇ ◇


「『ドラゴンの進行を止めるため、明朝に討伐隊加入者は門に集合』だってさ。馬車で二日行った荒野で迎え撃つらしい」

「へえー。あっそ」


 何故か律義にヌレハへと報告に来たハロルド。だが、当の彼女の反応は至極どうでも良さげだ。


「ヌレハも来るか?」

「冗談でしょ。私は冒険者じゃないし、なによりどうでもいいわ」


 どうでもいいって……。

 あまりにも薄情なセリフに、ハロルドは呆れたようにため息をこぼす。


「あんたらでも止められず、この街が轢き潰されそうになってからでいいでしょ。私の出番は」


 だがどうやら、全てがどうでもいいというわけではなく、まだ自分が動くような事態ではない、という判断に基づいたセリフであったらしい。

 なんだ、意外と優しいとこあんのな。という思いをハロルドが抱いたところで、ふと気づく。


「あれ、この街までに食い止められてないってことは、俺らドラゴンにやられてない?」

「……そうね。つまり、あんたが死んだら私の出番ってことね」


 やっぱ、可愛くねえヤツだ。ハロルドはヌレハの性格をそう再評価した。


   ◇ ◇ ◇


 翌日。約束の時間に集合場所である街門の前に来たジャスティスマスク。良くも悪くも有名なその姿の登場に、その場に集まっていた冒険者たちがざわつく。

 しかし、心臓に毛が生えたハロルド。既にざわつかれるとこには慣れっこなので、全く気にかけることなく周囲を見渡す。

 さすがは国からの緊急以来。目に入る冒険者たちはそこそこ高名な者たちばかりで、世間に疎いハロルドでも見たこと、聞いたことがあるような粒揃いである。

 それもそのはず。この依頼の受注条件である『レベル60以上』というのは冒険者の位に換算して一級以上。一流といって差し支えないランクである。むしろ、あっアイツ見たことあるかも、程度の認識であるハロルドが異常なのである。


 田舎者のようにキョロキョロと辺りを見回していると、ふと、浮いた雰囲気を放つ集団を見つける。

 明らかに他と違い、綺麗で豪奢な馬車が二台だけ。その馬車の周辺に集まる団体は揃って同じ柄のローブを身に纏い、手には長杖など思い思いの魔術触媒を持っている。もしかしなくても、魔術師の集団なのだろう。

 ローブの柄を見れば、背中に大きく、立場を誇示するように描かれたエンブレム。あれは確か……とハロルドは記憶を探る。そしてはたと思い当たる。そうだ、国章だ。カラリス王国を表す紋章である。


「あ、あ、あれは、おお、王国近衛師団。その第二師団、だよ。ヒーロー」


 ぼうっとその集団を見ながら思案していたジャスティスマスクの耳に、そんな言葉が届く。これはこれはご丁寧に、とその声の方に目を向ければ、


「やあ。ガルス=ガルス。君もこの依頼に参加を?」


 そこに居たのは、ハロルドと同じドリフターであるガルス=ガルスであった。


「あ、ああ。ぼぼ、僕も微力ながら、さ、参戦するよ。ヒハッ、ヒハッ。れ、れれ、レベルは、20程度しかないのだけど、ね」


 さっそく、特例である。


「すごいな。特例か? 条件の3分の1じゃないか」

「ぼ、僕の戦い方は、れ、レベルと関係ないからね」


 そう言ってガルス=ガルスは背負っていた荷物をガシャッと揺らす。

 遠征ということで比較的大荷物の冒険者たちのなかでも、彼の荷物はとりわけ大きな方だ。まず目につくのは、二つの長い直方体のケース。それと、大きなアタッシュケースを背負っている。それに加えて、通常の遠征道具であろうバッグがその手にある。

 もしかしなくても、背負っている幾つかのケースは彼の武器なのだろう。それにしても、レベル差3倍を補うほどの武器とは、いったいどういう……と珍しくハロルドが考え込みそうになったとき。


「時間だ! 現時刻を以てここに集まった第二師団員12名と冒険者17名でドラゴンの群れの迎撃に向かう!」


 辺りに大きく響く声によって、その思考は中断を余儀なくされた。

 合計30人弱。ドラゴンの群れとやらがどれほどの規模かはわからないが、集まった全員が一流の戦力であるならば、十分すぎるほどであろう。


「今回の遠征を指揮する王国近衛第二師団、師団長のアルフレッドである!」


 よろしく頼む。そう言って軽く頭を下げる男は、木の長杖を担いだ青年――いや、そろそろ壮年、といった年齢であろうか。髭の剃り残しのない顎や短く切られた明るい金髪から、爽やかな印象を受ける。


 しかし、彼の言葉に少々引っ掛かかりを覚えた冒険者数人から、小さなざわつきが広がる。

 耳を立てれば、「副? 団長はいないのか?」ということであった。確かに、その疑問はもっともなものである。


「団長はもちろん遠征に参加している! こと殲滅戦において、彼女をこえる人材はいない。当然の采配だろう」


 ちら、とアルフレッドが目を向けた先には、女性用の比較的華やかなヘルムで口以外を隠し、その腰に刺剣レイピアを携えた女性がいる。

 ならなおさら、なんで副師団長が? という雰囲気が場を満たし始めた頃――


「やー、わたしは……」


 その皆の疑問に答えるべく、師団長本人が口を開いたものの。


「団長は喋らないでください!」


 即座に反応したアルフレッドが慌てたように黙らせる。

 とはいえ、ハロルドの聴覚――というか、この場に集まったほぼ全員が、アルフレッドの制止よりも早く彼女の口から溢れた「そういうの向いてな……」まで聞き取ってしまったため、大体の事情は察した。

 大方、指揮という形で前に出るタイプの人間ではないのだろう。


「うー。ごめんちゃい」


 アルフレッドにそう謝る彼女の姿から、その予想は大方間違っていないだろうと確信する冒険者一同であった。


   ◇ ◇ ◇


 作戦については道中話し合おう、ということで移動を開始した一行。冒険者は3台の馬車にわかれ、第二師団と合わせて5台の馬車がコトコトと道を往く。

 ここまで実力派が揃えば大抵の出来事は難なく乗り越えられるというもの。

 大体の行程を寝るなり呆けるなりガルス=ガルスと話すなりで暇をつぶしたジャスティスマスク。面倒だったのは食事で、当然食事のために口を出すにはフルフェイスヘルムを外さなければならない。が、そんなことをしたら周りの冒険者たちに正体がばれてしまう。

 とはいえ、さしてジャスティスマスクの正体に興味などない一同(冒険者の素性を無暗に詮索しないという暗黙の了解もある)に、「私は向こうで頂く」と一言添えて離れれば、「おー」という気の抜けた返事と共に放置された。

 レベル100ともなれば滅多なことではやられないので放置されていたというのもあるが、その辺に鈍いハロルドは「ラッキー」程度にしか思っていなかった。


 そして出立から二日後、一同は荒野へと辿り着く。


「それでは、改めて作戦を説明する!」


 声を張り上げたアルフレッドが、全員の注目を集める。

 ここで発表される作戦は、あらかじめ道中に話し合い――というか最初から第二師団が考えていた案を冒険者たちに「これでいいか?」と確認したもので、今更説明されないでもわかるほど単純なものだった。


 まずその1……開戦一発、第二師団長が魔術をぶっぱなす。この間に前には出ないこと。巻き込まれて死んでも責任はとらない。

 その2……迎撃は第二師団と冒険者ども、別れて行う。チームワークなど日ごろから鍛えている第二師団に変な因子が紛れると一気に崩れるため、第二師団は一団体として動く。これには冒険者も首を大きく縦に振った。つまるところ、「第二師団はこっちで指揮するから、冒険者は好きに動け」とのことだ。わかりやすいし、やりやすい。

 その3……死なないことを考える。どうせそこまで苦戦するものではないだろう。突っ走って死ぬよりも、安全第一で考えること。


 とのことだ。


 説明をしている最中も、五感が鋭敏な者たちはゴゴゴゴと大地を揺らす大量の足音をすでに感知していた。

 遥か遠方に見える大きな砂煙。近いうちに開戦となるだろう。


 腰に備えた一本の剣以外は馬車に置き、完全に手ぶらとなったジャスティスマスク。砂煙の方を睨んでいる――ように見えてただぼうっと見てるだけの彼の横で、ガルス=ガルスが1つのケースを開き、中の物を取り出す。


「……へえ。この世界で初めて見たな。銃か?」

「ヒハッ、ヒハッ。ふ、普通の銃とは、ちょーっと、ちち、違うけどね」


 基本的に魔術と言う遠距離攻撃手段が確立されているこの世界において、活発に開発がされていない武器、銃。恍惚とした表情でガルス=ガルスが取り出したものはまさしくそれで、前腕ほどの長さで箱型の銃身にグリップが付いたものだった。よっこらしょと左手を添えるその様子を見ると、重そうである。


「ね、釘打機ネイルガンみたいなものさ。打ち出す釘はかなり大きいから、ここ、工具にしては凶悪、だけどね……」

「……それ、ドラゴンに効くのか?」


 釘打機はハロルドが居た世界にも存在した工具の一つである。確かに、工具のなかでは武器に限りなく近く、殺傷能力もかなり高いだろう。しかしそれはあくまで人を相手に見たときであって、それを強力にしたからとドラゴンを相手に出来るとは考えられない。


 しかし、訝しげな視線を受けたガルス=ガルスは「ヒハッ、ヒハッ」と笑うと、


「まま、まあ、楽しみにしててくれよ。僕のヒーロー」


 そう自信満々に言い放つのだった。

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銀の騎士 くーのすけ @kit1210

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