第4話 宝剣奪還③

「ちょ、ちょっと待って下さーい!!」

「エ、エリザベス王女!?」


 縄で胴と腕を縛られ、あわやそっ首落とされるのではないか、という場面になって漸く、バタバタとエリザベスが駆け付けたことで、なんとかハロルドたちは生き永らえることが出来た。

 まあもしかしたら、どうやって周りのやつらを無力化して逃げようかとハロルドが考え始めていたため、逆に助かったのは兵士たちかもしれないが。

 普段はしゃらりと流麗に垂れるその髪を振り乱し、必死に足を動かして来たであろうことがわかるほど息を乱れさせる彼女の様子に、兵士たちはハロルドたちの存在を一瞬忘れるほどに取り乱す。


「はっ、はっ、その、人たちはっ、泥棒じゃあり、ませんっ!」

「ま、まずは落ち着いて下され!」


 そんなエリザベスと兵士たちの様子をぼけっと見ていたハロルドは隣にいるヌレハの耳に口を寄せると、


「これ、助かった?」

「ひとまずは、ね」


 そんな気の抜けるやり取りを交わした。


   ◇ ◇ ◇


 エリザベスの必死の説得が功を成したのか、ひとまず兵士たちに囲まれていた状況から逃れることが出来たハロルドたちだが、


「な、何で俺ら王様の前に連れてこられたワケ……?」

「しっ。黙って成り行きに身を任せなさい」


 正直状況が好転したのかどうか、判断に困るような状態であった。

 相変わらず体は縄で縛られた状態で、なぜか謁見の間に連れてこられ、赤絨毯の上で無様に頭を垂れている。腕が自由であれば跪くポーズももう少し優雅に決められたものだが、いかんせん縛られている状態では、芋虫がよいしょと頭を持ち上げているかのような滑稽さがにじみ出てしまう。


「つまり、この者たちはエリザベスが内密に依頼をした冒険者であると? ……昼頃までお主の姿が見えず騒ぎになっていた裏で、そんなことが起きておったのか」

「は、はい。黙って抜け出して、申し訳ありません、お父様」

「……このような場では、陛下もしくはパパと呼べ」

「……はっ。申し訳ありません、陛下」


 え、パパはいいの!? と思わず突っ込みそうになったが、どうなるかわからないため、下唇をぐっと噛んでハロルドは耐えてみせた。


「して、その者たちよ」

「は、はい!?」

「エリザベスが申しておることは、真か?」

「はい、間違いありません!」

「証拠は?」

「は? しょ、ショーコ?」


 王からの思わぬ返しに、素っ頓狂な返事をしてしまうハロルド。横から、そんなハロルドに対するヌレハの舌打ちが聞こえた。


「しょ、証拠、とは?」

「お主らが賊の一味ではない証拠だ。『賊を倒し宝剣を取り戻した』とうそぶき、実はそれに対する恩賞が目当てである可能性も、捨てきれぬからな……」

「はあ、な、なるほど……」


 そんな王の言葉を聞いたハロルドは、表情をひきつらせたまま、そっとヌレハの耳に口を寄せる。


「やべえ、王様めっちゃ頭良い……」

「あんたが馬鹿すぎるのよ。もういいから、本当に黙ってて」


 そんな返事を絶対零度の眼差しと共に送られれば、さしものハロルドも黙るほかない。

 黙ってヌレハに任せた様子のハロルドをちらと見たヌレハは、頭を垂れたまま、


「『検証士サイコメトラー』を呼んでいただければ」


 と、一言だけ口にした。

 『検証士』、それは【千里眼】と同じくらい稀有な能力である【過去視】の能力を持つ者の総称である。

 能力を用いると、生物限定で触れたモノの過去を覗くことが出来る。その能力の性質を活かし、罪人や容疑者の検証のため、普通であれば国に数人のお抱えが居るはずである。ヌレハは、言外に「自分たちに隠すことはない」とわかりやすく示すため、検証士に事実確認をさせても構わないと伝えたのだ。


「ふむ……。ニコル、検証を」

「はっ」


 王に呼ばれて返事をしたのは、王からほど遠くない場所で控えていた女性騎士であった。いや、カモフラージュのために騎士の格好をしていただけで、本当は騎士ではなく、このために控えていた者なのだろう。


「では、失礼する」


 ニコルと呼ばれた彼女はヌレハの正面にて屈み、真っ直ぐヌレハを見詰めてそう一言口にしてから、ヌレハの頬にそっと掌を添え目をつむる。ほどなくして、


「エリザベス王女殿下や彼らの証言と食い違いはありません」


 と、検証結果を王に伝えた。


「そうか。……念のため、そちらの方も検証を」

「はっ」


 王の言葉に返事をして、ハロルドの対面に屈むニコル。


「ええっへへ。美人さんに触れられるの、緊張するなあ」

「本当に頼むから、黙るか死んで」

「黙ります」


 そんなハロルドとヌレハのやりとりに苦笑を浮かべたあと、ヌレハのときと同じ動作で検証を開始する。すると、ほどなくして目を見開き、


「うっ」


 顔面を蒼白とさせ、口元を手で押さえながら思わずよろよろと後退ると、そのまま尻餅をついてしまう。


「あ? どうしたの?」

「貴様ァ! さては妨害ジャミングをしたな!? 後ろめたいことでもあるのだろう!」

「ええっ!? してないしてない! ほんとだって!!」


 本当に何もせずにされるがままだったハロルドは、王の傍に控える大臣からの怒号に必死で首を横に振る。

 謁見の間を一触即発の雰囲気が充満する中、息を整えた検証士のニコルが口を開く。


「す、すいません。少し、酔っただけです……。彼の記憶も、証言と食い違いはありません」

「『酔った』?」

「はい。少し……いや、かなり、常識はずれの移動速度だったもので……」


 他人の記憶、つまり視界もそのままに転写する【過去視】の能力のせいで、賊を追いかけているときのハロルドの、一瞬で木々が後ろに流れていく途轍もない移動速度を経験するかのように見てしまった彼女は、何てことはない、単純に酔ってしまったのだ。

 そう口にしたニコルは立ち上がると、まだ血色が戻らない顔色のまま、しかし無理矢理に凛とした表情で王にまっすぐ向かい合い、


「陛下。彼は現在城下町で噂になっている『銀騎士』であろうと推測できます」

「ほう」

「あっ」


 ハロルドが銀騎士であることが考えられると伝える。

 それを聞いた王は目を細め、エリザベスは思わず漏れてしまったようなそんな声を上げる。


「その者たちの縄をほどけ」

「はっ」


 その王の言葉に返事をした、ハロルドたちの傍で控えていた兵士が、手際よく彼らの縄をほどく。

 ふうと安心したように息をこぼして手首や肩を軽く回して、痛みなどが残っていないことを確認する。

 そして確認を終えると、ようやく様になる姿勢で再び跪くのだった。


「エリザベス、彼らが『銀騎士』とその仲間であることに間違いはないか?」

「……はい。間違いありません」

「そうか」


 短く答えた後、思案する様子の王に、エリザベスはしずしずと声をかける。


「陛下」

「……ん、何だ?」

「ハロルド様たちと、少しだけ話をしたいのですが」

「ああ、構わぬ。存分に話せば良い。もう彼らの疑いは晴れた。あとは謝礼をどうすべきか考えるのみなのでな」

「はっ、ありがとうございます」


 そうお辞儀をしてから、エリザベスは少しだけ前に出ると、ハロルドたちと向かい合う。


「頭を上げてください、ハロルド様、ヌレハ様」

「はあ……」

「まずは、宝剣を取り返していただき、ありがとうございます。荒唐無稽な私の話を信じて行動して下さらなければ、一体どうなっていたか……。本当に、ありがとうございます! ……そして、ごめんなさい。貴方が『銀騎士』様であると、バレてしまいました」

「へ? ……ああ、いえいえ。別に隠してたわけじゃないんで、いっすよ」

「え、隠していたわけではないのですか?」


 目を伏せ、必死な謝罪をしたエリザベスは、ハロルドから思いもよらない返しが来たせいで、きょとんと目を丸くする。

 正体も素性も不明の銀騎士。ここまで噂が広まっていながら、全くその正体を知られていない存在。そんなものだから、てっきり、どうしても秘密にするだけの事情があるのだと思っていたのだから、驚いてしまうのも無理からぬ話であった。


「いや俺、その噂が広がり始めたとき、冒険者ギルドで言ったんですよ、『俺がその銀騎士だよ』って。でもだーれも信じてくれなかったんで、どうでもよくなって放置してただけっす」

「えと、それだけの実力があるのに、どうして誰一人信じて下さらなかったのですか?」

「……さあ?」

「ランクが3級だからでしょ」

「ああ、なるほど」

「さ、3級!?」

「あ、でもでも、一緒に仕事をしたことがある夜猫なんかは信じてくれましたよ? いや、まあ、信じてくれたのはアイツ一人だけっすけど……」


 当時の光景を事細かに思い出してきたのか、なにやら独りでに凹み始めるハロルド。

 冒険者のランクは5級から始まり、高ランクになるにつれて階級の数値が小さくなっていき、最終的に特級までのランクがある。3級と言えば、ようやく街の雑用を脱して魔物の討伐任務などを受注できるようになる頃で、世間ではギリギリ中級冒険者という程度の認識である。

 明らかに、彼の実力は一般的な3級冒険者を遥かに凌駕している。その証拠に、彼の実力を記憶を通して直接視たニコルは、驚きを隠せていなかった。


「ふむ。そうしようか」


 空間を変な沈黙が支配するなか、隣に居た大臣と何やら小声で相談をしていた王のそんな呟きが、いやに大きく響いた。

 誰ともなしに自然と王に注目が集まる中、そんな視線など慣れっこであろう王は、悠然とその口を開く。


「その者たちに授ける恩賞が決まった。一つは……」

「その話の前に、一つだけいいでしょうか?」


 しかし、その王の言葉を遮って、ヌレハが挙手をしながらそんな声を発する。

 なんという無礼だと場がざわつくが、王が意に介した様子もなく、そんな周囲を片手を上げることで静めると、「よい、なんだ?」と返答する。


「いえ、一つだけ、あるお願いを許してほしいのです」

「ほう。もしや何か欲しいものでもあったのか? よろしい、可能な限りは叶えよう。申してみよ」

「はっ。では、そこにいる大臣さんに、一つ質問をしたく思います」


 そう言ったヌレハに指名された、この場に数人居る大臣のうちの一人は、切れ長の目に端正な佇みで、見るからに『出来る男』な雰囲気を身にまとう男であった。


「私に、ですかな……?」

「はい」


 切れ長の目を微かに見開き、そう聞き返す大臣。

 どうしたものかと王の指示を仰ぐと、


「よい。質問を許そう」


 あっさりと許しが出た。

 その許しを聞いたヌレハは、その顔に浮かべていた笑みをいっそう濃くし、本当に嬉しいと言わんばかりの表情を見せる。

 唯一、そんなヌレハの様子を一番近くで見ていたハロルドだけ、静かに冷や汗を流していた。

 ヌレハが一番喜ぶことを知っているだけに、嫌でもこれから起こることが『良からぬこと』だと察してしまうハロルドだからこそ流れてしまう汗であった。


「……では、一つだけ、簡単な質問を。ああ、さっきからとーっても気になってましたのよ」

「はは、一体なんですかな? 私に答えられれば良いのですが……」

「いえいえ、本当に簡単な質問なので、そんなに構えないでくださいまし。……ねえ、大臣さん?」


 と、そこで少しだけ言葉を溜めると、その表情に浮かべていた笑みに不敵な影を乗せ、


「あなた、ベルフェットに忠誠を誓っているのに、どうやってそれほどお偉い役職にまで上りつめられましたの?」

「――っ!」


 その瞬間、大臣の顔に明らかな動揺の色がはしる。


「ずーっと疑問だったのよ。ハルが倒した犯人は明らかに、誰にもバレずに宝物庫へたどり着けるような手練れではなかったわ。それこそ、城の内部に協力者でも居ない限りね」

「…………はは。まさか、その協力者が、私だとでも?」


 そんなわけがないでしょう、と言わんばかりに、少々大袈裟な仕草に乗せて、そう問うてみせる大臣。

 現に、場に居る者ほぼ全てが、この女は一体何を言っているのかと、ヌレハに対して疑惑の眼差しを向けていた。その事実こそが、大臣の持つ周囲からの信頼の証そのものだった。

 しかし、そんな視線をぶつけられても、ヌレハはその口を止めない。止める理由がない。


「ああ、残念だわあ。見た目は出来る風の男なのに、動揺を隠すのがとーっても下手くそね。

 ……最初からその疑問を持っておけば、あとは注意深く全員を視ておくだけよ。証拠を持っているかもしれない私たちを一番殺したがっている人は誰か。私たちの証言一つ一つに、一番感情を揺れ動かしている人は誰か。

 ……簡単だったわよ? あなた、わかりやすすぎるんだもの」

「ぜ、全員を視る? この城の? ……そんな無茶苦茶な話……」

「可能です。彼女は監視者オブザーバーですから」


 エリザベスが追加したその情報に、場は騒然となる。

 検証士であるニコルが頷くことでその情報の裏付けはされ、間違いがないことも明らかとなる。


 本当は、いくら監視者とはいえ、城の内部に居る者全員を視続けるなどという芸当は、いくらなんでも出来ない。なのでヌレハは、最初にハロルドが捕まった騒動で真っ先に駆けつけてきた者たちのみに照準を合わせ、監視し続けていた。

 「宝剣を盗んだ賊が現れた」という情報に、過剰に反応をするだろうことを期待して。

 正直賭けであったワケで、もしもその中に怪しい者が居なければ、わざわざ黒幕の炙り出しなどはせずに知らぬ存ぜぬでさっさと立ち去るつもりであった。しかし、実際に怪しい挙動をする大臣の姿を見つけてしまったものだから、こういう行動に出たのである。


 ちなみにだが、これは彼女の正義感に基づく行動ではない。

 単純に、「こいつは追い詰めたら面白そう」という、ヌレハの一際強い悪戯心に基づく行動である。


「ま、そういうことね。で、どうする? 大人しく自首すれば、そこまで重い罪にはならないんじゃない? 結果を見たら盗難は未遂なワケだし」

「しょ、証拠は? 証拠は、あるんですかな?」

「証拠?」

「そうです。私が協力者である証拠です」


 大臣からそう言われたヌレハは顎に指をあて考えるような素振りをした後、「証拠ねえ……」と呟くと、にんまりと厭らしい笑みを浮かべる。

 奇しくもその質問は、さきほど王から為された質問そのままであった。


「居るじゃない? ここに、検証士サイコメトラーが」

「っ!」


 もしも大臣が盗難の手助けをした協力者ならば、賊が王城に侵入する時間、何かしらの働きかけをしているだろうことは、想像に難くない。

 ならば、それを検証士に視てもらえばいい。


「……はあ。ニコル、頼む」

「はっ」

「へ、陛下……?」

「これでお主の疑いが晴れるのだ。後ろめたいものが無ければ、甘んじて受け入れよ」

「そ、そんな……」


 コツコツと靴音を響かせ、ニコルが一歩一歩と大臣に近づいていく。


「やり口がエグいなあ……」


 隣で恍惚とした表情で笑うヌレハをちらりと見て、心底呆れた様子でそう口にするハロルド。そんなハロルドに対し「最っ高に楽しかったわよ」なんて返事をするヌレハ。

 冒険者二人が場にそぐわないそんな会話をしているその傍ら、さらに一歩一歩とニコルが大臣に歩み寄る。

 どんどんと脂汗をかき、顔面を蒼白とさせる大臣。最初の頃の出来る男の雰囲気は、もうすでに欠片も残っていない。

 そんな様子の大臣のもとまでニコルが辿り着くのに、あと少し、というときであった。


「あ、あ、あああああっ! お前らっ! 一歩もその場を動くなあ!!」

「きゃあ!」


 そう叫び、大臣の一番近くにいた王族であるエリザベスを引っ張り懐に抱え込むと、どこから出したのか、手の指ほどの長さはありそうな、長く太い針をその首に突き付ける。


「エリーッ!」

「貴様っ!」

「動くなって言ってるだろう!? この針には即効性の劇薬が塗ってある。す、少しでも体内に入ったらお陀仏だ! わかったら、動くな! 誰か一人でも怪しい動きをしたら、躊躇いなくぶっ刺してやるからな!」


 そう騒ぎ立てる大臣からは、得も言われぬ迫力が漂っていた。おそらく、本当に誰かが怪しい動きをしたらその針を王女に突き立てるだろうことが、その迫力から窺い知れた。


「……お前が追い詰めるから」

「おい……おい! お前ぇ!」

「はっ? 俺?」

「そうだ、お前だよお前!」


 大臣をここまで追い詰めたヌレハをジト目で睨んでいたハロルドに、大臣が怒号を飛ばす。

 何でここで俺に声を掛けんの、と呆気に取られていたら、


「武器をすべて外せ!」

「…………いやいや、武器って……。ここに連れてこられる前に全部取られましたけど」


 そういって両手を挙げるハロルドは、今度こそ着の身着のままである。

 最初にひっ捕らえられた時点で身に着けていた武器はすべて没収され、それらは当然まだ返してもらっていない。なので、「武器を外せ」などと言われても、「持ってませんけど」としか答えられない。


「その邪魔そうなだっせえマントのことだ! お前が本当に噂の銀騎士なら、一体何を仕込んでいるのかわかったもんじゃねえからな!」

「……なんかめちゃくちゃ罵られたぞ」

「いいから、早く外せえ!」


 何故か突然ファッションセンスを悪しざまに罵られたハロルドは、眉を顰めて不快感を露わにするが、大臣から尚も飛来する怒号に、「はいはいわかったよ」と溜め息混じりに答えてマントを外す。


「何も仕込まれて無いっての。ほらな?」


 そう言うと、外れて床に落ちた自分のマントを自ら何度か踏んでアピールする。余談だが、マントが外れたハロルドの様子は、いよいよ汚い貧民街の住人のようである。

 そこまでしたことで漸く大臣は安心したのか、徐々に平静を取り戻してきた様子であった。なので、


「なあ、もう諦めたら? あんた明らかに詰んでんじゃん」


 ハロルドは両手を挙げて危害を加えるつもりはないことを示しながら、そんな提案をする。もちろん、この提案をのんでくれればそれに越したことはない、という程度のダメ元の提案ではあったが。


「うるせえ。どうにかすんだよ。どうにか……」


 しかし、未だ周囲をぎょろぎょろと睨みながら、ぶつぶつとそう呟く大臣は、ハロルドの提案を聞き入れる様子を一切見せない。それどころか、もう本人ですら自分が何をしているのか、どうすべきなのかわかっていないような様子ですらある。

 そんな大臣の様子を半ば呆れたような眼差しで見ていたハロルドが、


「あっそ。じゃ、仕方ないか」


 と呟いた瞬間である。


「あっぎいいっい!?」


 目にも留まらぬ速さで大臣の元まで到達したナニカが、針を握っていた大臣の拳を貫通する。突如自分の腕にはしる痛みにそんな悲鳴を上げた大臣は、思わず握っていた拳を緩めて針をこぼしてしまう。

 何が起きたのか理解できない周囲の者たちが、呆気にとられながらも大臣の手を貫いているそのナニカの元まで目を向けて観察する。すると、そのナニカは、ハロルドの足元で尚も踏み続けられていたマントから伸びている長大な針の様に見えた。


「何を呆けてんの! さっさと確保しなさい!」


 だが、それを詳しく観察する前に、空間にそんなヌレハの声が木霊する。その声にはっと我に返った兵士が慌てて大臣を羽交い絞めにし、解放されたエリザベスは腰を抜かしてその場にへたり込む。

 そこに安心した様子で目に涙を溜める女性二人、おそらくエリザベスの母と姉、と王が駆け付けることで、ようやく自分が解放されたことを理解できたのか、家族に抱き着いて嗚咽を漏らしだした。


 こうして、宝剣盗難事件は幕を下ろした。

 王国側の被害はゼロ。この事件の功労者は、間違いなくハロルドとヌレハ、そして王国第二王女のエリザベスであった。

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