第24話 一発②
炎を纏う剣を構え、少年が駆ける。
そして辿り着いた場所にいる男、ヘイゼルに向け、その剣を振りかざし、
「はあっ!!」
気合い一閃。その胴を真っ二つに割らんとばかりに、横凪ぎに振るう。が――
「はい。残念」
ガリンッ、という耳障りな音をたて、剣が勢いに乗る前に、その不完全な勢いを不可視の障壁が殺す。
自分の身体に到達する一歩手前で停止する炎の剣に、ニヤリと小馬鹿にしたような笑みを浮かべたヘイゼルは、あまつさえ手をかざし、
「いやあ、まだまだ寒いからなあ。こーりゃ暖かくていいや」
と、相手の神経を逆撫でするような発言をする。
「くそっ!!」
その言葉にギリリと歯を食い縛ったエリックは、障壁を破ることを諦め、一度剣を引くと別の角度で斬りかかる。
しかし、届かない。煌めく火の粉と、障壁と剣との摩擦で生じた火花を散らしながら、何度も何度も、同じようにただただ斬りかかるエリック。
完全に頭に血が上り、冷静さを失っている――端から見てそう思わざるを得ないほどには、無意味な連撃、スタミナの浪費。
「はあ……」
それは相手をしているヘイゼルもしかりであったようで、これは期待はずれだな、とばかりに、露骨なため息を溢す。
「くそっ! くそぉっ!!」
汗と口角泡を飛ばし、がむしゃらに剣を振るうエリック。普段のスマートさの欠片もない、まるで粗暴な攻撃。
そんなエリックを見て、ついつい、ヘイゼルは障壁に回す魔力の最適化を行った。これはここから先は無さそうだ、と判断した彼は、『もしも』のときのために分厚く作っていた障壁を、剣を防ぐに必要最低限の薄さへと変えたのだ。
それは、戦闘のベテランであるが故の判断。相手の底が知れたのならば、必要以上に魔力を消費する必要もなく、相手の限界に合わせた魔力量でこと足りるという、ほぼ無意識下での適応。
しかし、結果として、これはヘイゼルの完全なる油断であった。とはいえ、相手はまだ学園に入学して間もない子供。【
だが、エリックはこのときを待っていた。相手が最高に油断した瞬間。相手が自分の限界を勝手に決めつける瞬間。
その瞬間に、
「はあぁっ!!」
グツグツと煮えたぎる、溜めていた魔力を解放する。
それこそが、彼が考えた、彼なりの『奇襲』。真正面からぶつかった上での、相手の完全な油断を誘う、演技。
最初よりも、最適化という判断により遥かに脆くなった障壁に向け放った、今までのがむしゃらな攻撃とは一線を画する鋭さを持つ一撃。
さらにその一撃には、障壁へと当たった瞬間、留めていた【
一歩でも調節を間違えれば、自分をも巻き込みかねない、至近距離での爆発。しかしエリックはこの力を完全に制御し、己への反動は最低に、しかし相手へは最高の威力が伝わるギリギリのラインにて、爆発させる。
それまでは当たり前のように防げていた一撃が、次の瞬間、障壁を完全にぶち破る。
その事実に一瞬でも気を取られてくれれば、次の一撃にて有効打を当てられる。
しかし、
「――ッ!」
剣が纏う炎の魔力が膨れ上がった、ただその一つの情報にて障壁が割れると理解したヘイゼルは、その後の判断を誤ることなく、すぐに距離をとって退避。
それにより、障壁は確かに破ったものの、一撃らしい一撃を加えることはできずに、エリックの奇襲は無駄に終わった。
「あっ……ぶね。完全に油断してたぜ」
「……今のであたってくだされば、楽だったんですけどね」
「いやいや、まあ実際マジで危なかったぜ。実にお前らしい『奇襲』だったよ。大したもんだ」
一筋の冷や汗を流し、素直に称賛の言葉を吐くヘイゼル。何が「自分には奇襲は性に合わない」だと。そんなことを宣ったうえでの、なんと見事な誘導だと。
ヘイゼルにとって、いや、それどころか周囲の同級生たちから見ても、エリックは良くも悪くも『真っ直ぐ』な少年だった。自分の正義にひたむきで、自他に厳しく、一瞬の所作にも気を配る、貴族の鑑。
そんな彼が、まさか、自分を醜く泥臭く汗臭く見せてまで、そして相手の油断を誘うような
「だが、残念だったな。良い手ではあったが、有効打と言えるほど、俺に損傷は与えられなかったようだ」
だが、そこまでして繰り出した彼の一手も、結果として徒労に終わった。
その事実を淡々と告げるヘイゼルに、エリックは、
「ええ。本当に残念です」
と当たり前のように答えると、未だ上下する肩でぐいと汗を拭う。そして、ふうー、と息を深く吐いて呼吸を整えると、再び剣の切っ先をヘイゼルに向け、
「残念なことに、奇襲は失敗しました。……なのでここからは、泥仕合です」
と告げ、再び駆けると、剣を振るう。
「うおっ! ははっ! 諦める気は無いってか!!」
「ご冗談を! 策が一つ破れる程度で諦めるようなら、端から決闘など挑みませんよ!」
明らかに先程よりも温度を増した炎熱から逃れるように一撃を躱し、少し大きめに距離をとったヘイゼルは、その場で素早くしゃがんで地に手をつく。
すると、盛り上がった土が彼の手を包み、そこから引き抜いた腕には、土製のガントレットがはまっていた。
「恨むなよ。火を防ぐなら土。それが定石だ」
「恨みませんよ。そもそも、そんな薄い籠手で防げるとは思いませんからねっ!!」
言いながら肉薄したエリックが剣を振るう、が、それを危なげなく掌で受けたヘイゼルは、そのまま燃ゆる剣を掴み、自由を奪う。どうやら完全に断熱できているようで、その顔に熱がるような素振りはない。
「くっ!」
「うおっと」
そのまま剣を折ろうと力を込め始めたヘイゼルの手を振りほどくため、また単純に攻撃のために、歯噛みしたエリックは再び剣が纏う炎を爆発させる。
その衝撃により一瞬生まれた力の緩みを利用して剣の自由を取り戻したエリックは、二の舞になることを避けるため、蹴りにて牽制を放ち、距離をとる。
「紅蓮よ――鞭打てッ!!」
次いで発現するは、短い言葉により想像をより強固なものとした
「ははっ。器用だな」
しかしヘイゼルは笑い混じりにそれを避けつ防ぎつ、エリックへと接近する。
エリックは、そんな彼から逃れるように、しかし目を離さないように、バック走にて後退しながら、絶えず炎の鞭を振るい続ける。
「どうした!? 逃げてばっかじゃあ、じり貧だぜっ!?」
「紅蓮よ――」
「あぁ?」
その言葉の通りじりじりとエリックへの距離を詰めていくヘイゼル。しかしエリックは焦った様子もなく、右手一本で鞭と化した剣を振るいつつ、もう一本の空いた左手で魔術を使用する。
かざした掌に生まれたのは、巨大な火球。それをヘイゼルの上空へと下手投げ、
「降り注げッ!!」
そのままグッと拳を握り込む。巨大な火球はその動作に呼応するように一瞬膨張したあと、いくつもの小さな火の玉にわかれ、ヘイゼルへと降り注ぐ。
「シッ!!」
そしてエリックも、火の玉が降り注ぐ光景を悠長に見ているだけ、などというもったいない真似はしない。
食い縛った歯の隙間から鋭い息を吐きながら、手に持つ炎の鞭を横凪ぎに振るい、追撃を行う。
「クハッ」
頭上からは隙間無く火の玉が、横からは逃げ道を塞ぐようにしなる炎の鞭が迫りながらも、しかしヘイゼルの口は、笑みに歪む。
そして――
「ハアッハッハッ!! いいなあ、エリック! 一年生でここまで出来るヤツは、冒険者クラスにもそうそう居やしねえぞ!」
実に愉快そうにそう言いながら、ブオンと腕を振り回す動作によって発現した突風が、彼を中心に吹き荒れ、迫る炎を一網打尽に吹き散らす。
「だが、残念。相手が俺じゃあ、勝ちの目が無さすぎるぜ」
いつの間にか接近してきていたエリックの刺突を悠々とガントレットにより掴み、ぐいと起動をずらして体勢を崩させると、その胸をトンと指先を軽く叩く。それは、ここで攻撃できたぞ、という現実を突きつけることに他ならない動作。事実上の、チェックメイトである。
「そら。これで俺の勝――」
「まだっだァ!」
「うおっ!?」
俺の勝ちだ。
そうヘイゼルが口にするよりも早く叫んだエリックが、徒手の左手を拳に握り、ヘイゼルに向かって突き出す。
何の魔術的効果を付与していないその手を咄嗟にヘイゼルが手で受け止めると、硬い土製のガントレットにぶち当たった拳が砕け、皮膚が裂け、血が飛ぶ。
「おいおいっ! 無茶すんな!」
「はあっ!!」
「くっ!」
慌ててかけられた静止の声を無視して繰り出された蹴りから、やむを得ず掴んでいた剣から手を離したヘイゼルは、バックステップにて距離をとり、逃れる。
エリックは魔術を発現するに足りる距離がとれたことがわかると、右手に握る炎の剣を足元の地面に突き刺し、
「紅蓮よ――
鬼気迫る叫びとともにその剣を斬り上げると、そこから生まれた火柱がヘイゼルに向かって地を走る。
「くそっ」
撃ち出される火球などとは違って、地面から噴き出る火柱は、障壁などの防御魔術で防ぎにくい。
小さく悪態をついたヘイゼルはその直線軌道上から逃れることで火柱を避けるが、避けた先で続けて繰り出された二本の火柱が迫る。
しかし、あくまで直線にしか動かず、そしてそこまで速度もない魔術。ヘイゼルは特に危なげなく続く二本の火柱も躱すと、体力と魔力を消耗しきったのか、顔面蒼白で肩で息をするエリックを見据える。
火柱が走った後の地面では小さな残火がチロチロと揺れ、二人が向かい合う一帯のみが、家事現場跡のようなある種異様な光景となっていた。
――善戦した。
いつの間にか一人の例外も無く自らの作業をやめ、固唾を飲んで戦闘を見守っていた生徒たちも、障壁の向こうから見ていた護衛騎士たちも、誰もがそう思った。
事実、流れるように繰り出されたエリックの火属性魔術はどれも高度なもので、それは一般的な学生が扱う魔術とは思えないものばかりであった。この場にいる大人たちでも、一発も食らわずに凌げたか、と問われれば、首を傾げる者が多数を占めるだろう。
だからこそ、相手が悪かった。そう言わざるを得ない。相手は元1級冒険者。『魔弾』のヘイゼル・オーバーン。こと魔術戦闘においては、エキスパート中のエキスパートである。
もしも相手が彼でなければ、あるいは、エリックは一本とれていたのかもしれない。
しかし、事実は残酷に、もしものことなど起こり得ない。
そこに居るのは無傷のヘイゼルと、左手から血を流し、剣を杖代わりにかろうじて立てているエリック。
もはやここまでか。誰もがそう思った。
それはヘイゼルも例外ではなく、
「なあ、エリック。お前はよくやったよ。正直、有効打云々を抜きにして、最高評価をつけても文句はない実力だと、俺は思う」
説得するかのように優しい声色で、そう声をかける。
そして地面の燻る残り火をチラリと目に納めてから、首をゆるゆると振ると、
「ただ、評価基準を変えるのは不公平だからな。……まあ、まだ半年ある。お前ならもうちょい工夫すれば、俺の意表を突くくらいは余裕で――」
そこで、はたと気付く。
――何で、燃料など無いはずの地面の火が、まだ消えていない?
ヘイゼルがそう疑問を抱いた瞬間、エリックの口が笑みに歪む。
「油断、しましたね……」
「しまっ――!」
直後、燻っていた火種が一気に勢いを取り戻し、爆発。
杖代わりだと思っていた、地面に突き立てていた剣。エリックはそれを導線代わりに魔力を大地へと流し続け、それを燃料として地に火種を残し続けていた。
そして、次の瞬間、振り絞った魔力を一気に火種へと流し込む。一瞬のうちに多大な燃料を得た火種は再び勢いを取り戻し、その結果として爆発を起こしたのだ。
ヘイゼルは爆発の直撃こそ障壁を張ることで防いだものの、彼を中心に取り囲むように残されていた火種の爆発にて、その余波は地表を砕き、大地を揺らす。
瞬間的に安定感を失ってたたらを踏むヘイゼル。
よろめく彼に向かうは、
「はあっ!!」
爆発の余波と風魔術による推進力で瞬く間に接近した、エリック。
剣を杖代わりにかろうじて立っていた様子は演技ではなく、事実彼の体力も魔力も限界を迎えていた。なので自らの脚力のみで走ることは諦め、爆風と突風にて生み出した推進力を利用して、ヘイゼルへと向かった。
そうして生まれたその勢いのままに繰り出すは、勢いを利用しきることができる、直線の攻撃。すなわち、刺突。炎を纏った剣が美しい軌跡を残し、ヘイゼルの無防備な肩へと迫る。
「うぉああ!」
ここにきて初めて、ヘイゼルの顔に焦りの色が浮かぶ。
しかし――
「くそっ……」
エリックの剣が辿り着くよりも一瞬早く間に滑り込んだガントレットが、ギリギリ、刺突からヘイゼルを護る。
いよいよ限界だったのだろう。エリックは小さく悔しげな声を漏らすと、するりとその手から剣と杖を取り落とし、思わず全身から力が抜けた様子で、その場にドサリと倒れ込む。
「はあ、はあ、あぶねえ……」
本気で焦ったのだろう、その姿を目の前にしていたヘイゼルは、目を見開き、息切れを起こしていた。
そして目の前のエリックが倒れ込んだ瞬間、
「――ぐおあっ!!」
開けた視界に滑り込んできた小さな火球が、彼の胴体ど真ん中を撃ち抜いた。
ヘイゼルは大袈裟な声をあげたが、彼が着ている服には高度な魔術回路が刻まれ、見た目にそぐわぬ防御力を持っている。それはもちろん炎熱に対しても有効で、直撃したからといって、彼にそこまでのダメージは通っていない。だからこそ、彼は奇襲により魔術を受けても、次の瞬間にはピンピンとしているのだ。
しかし、だからといって衝撃をすべて消し去れるわけもなく。
ブスブスと黒煙を腹から立ち上らせながら、ヘイゼルはドサァと後ろ向きに地に倒れ込むのだった。
エリックが最後に張っていた罠。いくつもの爆発に紛れてさりげなく生み出しておいた、最下級火属性【コード】、【イグニス・フレア】。それを『魔術干渉』にて発射を阻止し、その場に浮かべておき、自らの身体を火球とヘイゼルとの直線上に置くことで、完全に隠しておく。
そして剣による刺突を防がれた瞬間、『時間差射出』によって、浮かべてキープしていた火球を、人知れずヘイゼルに向けて発射。
あとは身体の力を抜いて倒れ込めば、自分の身体で隠れていた火球が至近距離に突然現れ、ヘイゼルの意表を突ける、という算段であった。
つまり、奇しくも、エリックがヘイゼルから一本とるために利用した技術は、つい最近、負けたヘイゼルこそが授業で教えた技術そのものなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます