第53話 翼を撃て

『このまま《ガルガリン》頭部の呪光閃砲を装甲板に撃たせるッ!』


 まだ夜と呼べる空に黒い軌跡を描きながら三機の堕天機が飛ぶ。躍り出たのは巨大な聖天機、《ガルガリン》のその頭部正面。《ガルガリン》の紫の文様が大きく唸ったのを確認して、セイゴは他二人へそう指示を飛ばした。


『了解っ!』

「了解ッ!」


 《デイゴーン》を駆るシューマ、ルディはそれに応じるとそれぞれの得意な戦術で《ガルガリン》へ迫った。剣を振り抜き接近するルディ機。後方からの射撃で《ガルガリン》を狙うシューマ機。頭部付近に《ガルガリン》無数の呪光砲は届かず、ここで戦闘を繰り広げれば上手く呪光閃砲を撃たせられる可能性があった。

 だが、それを《ガルガリン》は見切っていたのか、呪光閃砲を放つことはせず両手の大剣を振るう。


『ルディッ! 下だ!』

「一筋縄じゃないってことかッ!」


 シューマの指摘ですぐさま後退するルディ機。その眼前を数多の堕天機と聖天機を巻き込みながら大剣が薙ぎ払う。そして迫るもう一振りに、セイゴ隊は回避を余儀なくされて攻撃の手が止まる。


「駄目だ、コイツ止まんないッ! このままじゃ装甲板に剣ぶち込まれるぞ、マオ!」

『それは避けてくださいッ! 剣戟を受けるほど近付かれては……!』

『装甲板が避けてくれれば世話ないんだけどな……っと!』


 皮肉りながらシューマは頭部への射撃を続ける。的は巨大で外す心配こそなかったが、ダメージを与えられている気がしない。


『前回はどうやったんだっけか、ルディ!』

「前回は……!」


 大剣を避け、拾った《アステロード》の自動小銃でせめてもの牽制を行いながら、ルディは前回の《ガルガリン》戦を思い出す。そして、閃いた。


「前回、それだッ!」


 再び迫り来る大剣。それを見据えながら、ルディ機は手にしていた自動小銃を投げ捨てた。空を落ちる小銃は呪光砲の嵐に突っ込むや否や爆散する。


「シューマッ! アンタは私と来い! セイゴは《ガルガリン》に接近してッ!」


 そう叫ぶと同時に、ルディ機は唸りを上げて飛び出した。目指すは自身目掛けて振り下ろされる大剣。空を薙ぎ黒も白も切り裂きながら、轟音を立てて目前に迫る刃。ルディは卓越した操縦技術でそれを紙一重に避けると、その幅広い剣の腹へ組み付いた。同時にブースターを燃え上がらせる。


「思い出したッ! 《ガルガリン》はまず、コイツをなんとかするッ!」

『なるほどね……っ!』


 ゴクリ、と喉を鳴らしながらシューマもペダルを蹴っ飛ばし、ルディ機の隣に並んだ。二機の海獣は唸りを上げて、そのまま振り下ろされんとする剣を押し続ける。少しずつ軌道が変わり始める。


「セイゴッ! アンタは気を引いて、呪光閃砲を撃たせろッ! 運の良いことに今回はコイツを撃破する必要はない!」

『わかった。やってみせよう!』


 頷いた《アステロード》が空を蹴って《ガルガリン》の頭部へ迫る。《ガルガリン》は全身の文様を歪に光らせるが、その口部――呪光閃砲が光を宿す気配はない。代わりにセイゴは後ろから迫るもう片手の大剣に気付いていた。


『ルディ、あっちはどうするつもりだ?』

「あっちは……ァッ!」


 並んだシューマ機に皮肉を叩かれ、ルディは咆哮を上げると今押している大剣の腹を足場にして、セイゴ機へ迫るもう一方の大剣へと飛び掛った。あと数十メートル、というギリギリのタイミングでその刃の腹を捉えて、また炎を上げて押し始める。


「こっちはアタシがやるからそっちはアンタがやるんだよシューマッ!」


 《デイゴーン》の腕部が損傷し始め、コックピット内にアラートが鳴り響く。セイゴ機は刃の軌道から外れたものの、剣自体は《デイゴーン》の行動も虚しく元の軌道へ戻り始める。耳にはアラートに混じってマオの戦況報告が届く。撃破された部隊、装甲板の充填率。ルディの脳裏によぎるのは前回の戦闘、大剣を僅か一機で押し返した《アルヴァスレイド》の姿。


「――あァッ、くそがァァァッ!」


 その際の戦闘を思い出して、ルディは怒りの咆哮を上げた。エースである自分

が、サハラに出来たことが出来ない。その事実が許せなかった。胸に黒い感情がおこって、その炎が、その熱が左目を焦がしながら彼女を突き動かす。


「――彼奴サハラに出来てアタシに、星影ルディに出来ない訳が無いッ! そうだろッ、《デイゴーン》ッッ!」


 ルディの怒りに反応するように《デイゴーン》が唸りを上げる。その背に淡く翼を宿して、《ガルガリン》の大剣を猛然と押し返し始める。ルディはその怒りのまま、もう一機の《デイゴーン》にも叫ぶ。


「――シューマッ! アンタ其の程度かよッ!? あァ!?」

『言うじゃねぇの……!』


 苦々しく返すシューマ。押し返されそうになる操縦桿を必死に抑えながら、彼はモニターの下部に血を吐き捨てた。どこかのタイミングで口の中を切ったらしく、何故か血が止まらない。血だけじゃない、冷や汗も止まらなかった。新型用特殊スーツが自分を締め付けているように感じる。シューマは自分が急ごしらえで《デイゴーン》に乗っていることを痛感していた。


『こちとらお前ら化け物とは違うんだっての!』

「――其れが嫌なんじゃ無かったのかよ!」

『嫌だったさッ! でも人間には出来ることと出来ねぇことがあるんだよ!』

「――そんな話はしてねェッ! 『やる』か『やらない』か、だ!」


 ルディに怒鳴られて、シューマは言葉に詰まった。

 サハラが《アルヴァ》に乗ってからもずっと、シューマは共に戦ってきた。しかし、援護を命じられることが多くなっていた。先陣を切って飛ぶサハラやルディを見て、悔しかった。自分が戦っている気がしなかった。……マオの腕だって、自分があのときサドキエルを抑えられていたら、何度そう思ったことか。

 だから、無理を押して自分は《デイゴーン》に乗った。デオン博士と隊長の反対を押し切って、サハラと並んで戦うために。

 サハラは今、この戦場にはいない。だから、誰かが、サハラの分までやらなきゃいけない。


『……今更悩んでも、仕方がない』


 いつかの廊下のように、シューマはそう自分に言い聞かせる。誰かが、じゃない。俺しかいない。そのために俺はこんなキツい思いしてまで《デイゴーン》に乗ってるんだ。俺が、白雨シューマがやる。

 シューマは考えるのをやめた。それが今、彼に出来る最善の策だった。


『やるよ。……やってやるよ畜生ぉぉぉぉぉッ!』

「――上等ッ!」


 二機の海獣が咆哮を上げる。青白い炎をたててそれぞれが剣を押し始める。セイゴ機をぶった斬らんとするそれを、たった一機ずつで阻止する。しかしそれは、進行を遅らせれど進路を変えることは叶わない。


『このッ!』


 セイゴも煽るように呪光閃砲周りへの攻撃を繰り返す。しかし《ガルガリン》は文様を輝せる素振りすらなく、大剣のみでこの三機を葬る気だった。

 マオの言葉が三人の耳に届く。徐々に上がる充填率だが百パーセントには及ばず、被害報告だけが増えていく。《ガルガリン》も全体で見れば基地への接近は止まっていなかった。

 大剣も動き続ける。一瞬でも気を抜けば三機諸共たたっ斬られる。海獣は咆哮を上げ、猛禽は宙を舞って誘う。しかし玉座は輝かない。膠着状態のまま万策尽きかけていた。


『ッ!』


 シューマが何かに気付く。アラートの響く中に、また生まれた新しいアラート。それは何かの急速な接近を予兆していた。


『ルディッ! 大剣から離れろッ! 何か来る!』

「何かってアンタ――」


 疑問を残しながらも、ルディは押していた大剣を蹴っ飛ばしてセイゴ機の方へ飛んだ。素早い動きでシューマ機も同じく大剣から離れる。障害のなくなった大剣は、元の速度で轟音を立てながら三機へ迫る。

 その時、《ガルガリン》の展開する爆風のカーテンを穿ち、砲撃が両の大剣をそれぞれ弾き飛ばした。着弾地点が砕け散り、堕天機の攻撃の比でないその衝撃に、《ガルガリン》は腕ごと弾かれる。


『こちらヴァルア級二番艦エゴーレス、戦線に加わる』

『こちら同じくヴァルア級四番艦マージンガ』

『ラフォス級三番艦ゲイプ、援護射撃を開始する』


 続く砲撃、そしてそれと共にノイズ交じりの通信が届く。レーダーを頼りに全天周モニターを顧みれば、基地の後方からいくつもの戦艦たちが駆け付けていた。


「エゴーレス……またあの艦長に借りが出来たな」


 イーナク基地での戦闘を思い出して、ルディはニヤリと笑う。そしてすぐさま正面の《ガルガリン》に向き直った。腕を弾かれ、胴体はがら空きの状態。そんな状態で、目の前に三機の敵影。《ガルガリン》の文様が紫を爛々とさせ、口のあるべき場所に光が集い始めていた。


「上出来だッ! 退くぞ!」

『マオ、《ガルガリン》が呪光閃砲発射体勢に入った。装甲板、耐えられるか?』

『他の二機も呪光閃砲の発射体勢に入っています。耐えます。そして即座に撃ち返します。即座に離脱を!』


 マオの指示を受けて、セイゴ隊は装甲板より後ろへと飛ぶ。その背で、《ガルガリン》三機が禍々しい光を湛えていた。





「呪光閃砲……来ますっ!」

 オペレーターのその声と共に、司令部の巨大モニターは閃光に包まれた。爆音と共に基地全体が揺れる。天井が震え、砕けた欠片が振ってくる。数分にも続くかと思われたそれが終わった時、司令部には警報が響き渡っていた。


「第一研究区画半壊!」

「マモル隊、ヤスノ隊、ロスト!」

「ラムバ級三番艦ムイカ、大破!」

「今は損害状況はいいッ! 堕天閃砲の充填率は!?」


 瓦礫を頭に受け、額から流れる血を拭いながら朝霧が叫ぶ。


「充填率、120パーセント! いつでも撃てますっ!」

「各部隊状況は!」

「残存部隊、全て……全て後退済みです!」

「よし」


 朝霧はちらりと隣に並ぶデオンを見た。メガネを直しながら、彼はしっかりと頷く。朝霧は天を埋め尽くさんばかりの天使たちを見定めた。


「堕天閃砲、発射ッ!」





 装甲板が展開し、砲塔が姿を現し――そして、漆黒の光が放たれた。受けた攻撃をエネルギーに転換し、テノーラン基地のアンゲロスを総動員して放たれたエネルギーの奔流。

 極太の光線が天を薙ぎ払う。接近していた聖天機、遠くから撃っていた聖天機、諸共に巻き込み破壊していく。《エンジェ》、《アルケン》、《エクスシア》、《ヴァーティス》、《ドミニア》、《ガルガリン》――大きさも性能も関係なく砕き、葬る。

 人類の切札――堕天閃砲。

 その黒の晴れた後には、ほとんどの天使が消し飛び、残ったのは数機の《ヘルヴィム》と《ルアハ=セラフィーネ》だけだった。

 通信が歓喜に湧く。その勢いを受けながら、セイゴは《アステロード》を全速力で飛翔させた。


『ラファエルを討つなら今だ。行くぞッ!』

『「了解ッ!」』


 《アステロード》に《デイゴーン》二機が続く。その後を追い駆けるように、残っていた堕天機たちが次々と基地を飛び立つ。セイゴ隊の後ろにも《アステロード》や《デイゴーン》が並び、デオンからも通信が届く。


『《ルアハ=セラフィーネ》、あの機体の特殊能力は構造上自機には発動できないと思われる! 単騎の今ならちょっと強い程度の《ヘルヴィム》だ!』

『了解。増援が届く前に撃破するぞ!』


 残った《ヘルヴィム》や《ルアハ》へ散開していく堕天機たち。ラファエルの駆る《ルアハ》はそれを見下ろしながら、金色の文様を輝かせる。


『――嗚呼、哀れな者共。如何様に飛ぼうと其の魂は地に縛られた羽無き者よ。蝋の翼で雲は散らせど、太陽に届く事叶わず……』


 堕天機たちが目前に迫る中で、《ルアハ》は三対六枚の翼を大きく広げる。それは一度輝けば、迫っていたセイゴ隊の遥か後方に姿を現していた。


『次元翼……! 厄介な能力が残ってたな……』


 《デイゴーン》を勢いそのままに方向転換させながら、シューマは吐き捨てる。最上位の聖天機だけが持つ瞬間移動能力、次元翼。《アルヴァ=セラフィーネ》――こちら側に同じ次元翼を使える機体がいない以上、《ルアハ》は逃げるだけなら圧倒的に有利だった。


「何か作戦はないのかデオン!」

『簡単に言ってくれるねエース様は!』

『だが考えはある』


 ルディの言葉に嫌味を返すデオン。しかし、その後に続けたのは朝霧だった。彼は各オペレーターに指示を飛ばす。


『現在、《ルアハ=セラフィーネ》以外の聖天機と交戦中の部隊、及びセイゴ隊、アカヤ隊、ニシキ隊、ジェド隊を除いた全部隊は戦闘宙域へ散開。呼ばれた隊は遊撃だ、目を凝らせ』


 朝霧の指示を下に、残った堕天機たちが戦場に散っていく。ラファエルを追いながら、セイゴはその作戦の要領を掴んだ。


『出所をなくそうって訳か……』

『あぁ、その通りだ雪暗セイゴ』


 朝霧がいつもの冷静さで頷いた。


『我々は物量で圧倒された。今度は我々が物量で圧倒する番だ』


 追われたラファエルが散開し始めた堕天機に迎撃され、ちょうど挟み撃ちの形になる。ラファエルは片方を撃ち落としながら、再び次元翼を展開した。またもセイゴ隊の目の前で姿が消える。

 しかし、再び現れた場所には既に堕天機が配置されていた。同時にその区域の遊撃隊であるジェド隊が現れた《ルアハ》を真っ先に追い始める。《ルアハ》は再び次元翼を使うことはなく、次元障と呪光閃砲で堕天機と戦闘を始める。


『――嗚呼、嗚呼。空を奪えど天は奪えず。風を網で捉える事叶わず。其れすら知らざる愚かな者共……』

『次元のゲートに巨大な呪光反応確認! が、《ガルガリン》です!』


 まるでラファエルの言葉に応じるように、沈黙を保っていた次元のゲートから《ガルガリン》やその他の天使の姿が現れ始める。《ルアハ》がそれを招くように文様を一段と輝かせる。

 《アルケン》、《ガルガリン》、《ヴァーティス》……大きく展開した堕天機へそれぞれの呪光砲が火を噴かんとした途端、天使たちは突然次元のゲート内部からの光弾によって爆散した。低級の聖天機だけではない。《ガルガリン》までもが、まるで内部で暴れる何かの煽りを受けたように爆散する。まさに異変と呼べるそれに、《ルアハ》の文様は鈍く閃いた。


『――……黎明の子……!』

『サハラ……!』


 マオが歓喜の声を漏らす。虚空の内部で何が起こっているかはわからない。しかし、その健在を次元のゲート付近で次々に爆ぜる聖天機が示していた。同時にそれに鼓舞されて、堕天機たちが勢いづく。


『シューマ、ルディ、サハラに後れを取るなよ!』


 セイゴの声に引っ張られるようにセイゴ隊、そしてその他の遊撃部隊もラファエルの下へ向かう。周囲の堕天機を呪光閃砲で穿ちながら、しかし更に過激になる攻勢。《ルアハ》は両手を広げると文様を輝かせた。


『――嗚呼、暁の残滓は地を歪に穢したのか。彼の天秤が烈火に燃える。黒き愚者は風を追う。哀しき哉、其の声は風に届かず。風は彼方へ。意識を外れ……嗚呼……!』


 瞬間、《ルアハ》は次元障を大きく展開した。組み付こうとしていたジェド隊の堕天機が数機爆散し、《ルアハ》と堕天機包囲網の間が大きく開く。続けざまに次元翼を使い、《ルアハ》は包囲をかいくぐる。


「マオ! 次はッ!?」


 目の前でまた敵を逃したルディが苛々のままにマオへ問う。しかし、その答えは予想外のものだった。


『次は……だ、ダメです! 堕天機の展開包囲網の外に出ました!』


 《ルアハ=セラフィーネ》、その黄色の大天使が現れたのは堕天機が散開していた戦闘宙域、その外だった。動きを阻害する堕天機はすぐそばにはいない。遊撃隊からも離れたその位置――しかし、続いて通信に届いたのはデオンの鬨の声だった。


『それを待っていたぁぁッ!』


 その声に続くように《ルアハ》が爆風に包まれる。戦艦からの砲撃、基地からの砲撃が《ルアハ》一機への集中砲火を間断なく浴びせていた。ラファエルは次元障を展開するものの、それ以上の行動がとれない。


『隊長、今です!』

『あぁ!』


 マオに背中を押されて三機が集中砲火を浴びる《ルアハ》へと飛ぶ。迫り来る堕天機を遠くに見ながらも、ラファエルはただ集中砲火を次元翼で耐えていた。


『そうだろうそうだろう、さすがの《セラフィーネ》と言えど戦艦の砲撃は耐える他あるまい!』


 策を成功させたデオンはその熱のままに弁を振るう。


『次元翼は小型の次元のゲートだ、私は前にそう言ったねルディ!』

「あぁ、言ってたよ! 半分聞いてなかったけど!」

『構わないさこの際それは! 我々カトスキアには次元のゲートの出現を知る技術がある! あぁ、君たち天使が長きにわたる侵攻で培わせてくれた技術だよラファエル! つまり我々には! 次元翼での転移先を知る術があったのさァ! はっはっは!』

『そして次元障展開中は次元翼を行使できない……これも我々が学んだことだ、ラファエル』


 淡々と、朝霧が告げる。彼が巨大モニターで見つめる先で、砲撃の合間を縫い、セイゴ隊の堕天機たちが《ルアハ》へ迫る。そして、その先を行っていたルディ機が、その次元障に組み付いた。


「――捕まえたぞッ! ようやくなァァァッ!」


 ルディ機が正面から、そしてシューマ機が背後からその次元障へ豪爪を突き立てる。火花が激しく散り、次元障の光が徐々にひび割れ始める。しかし、あくまで悠然と、《ルアハ》の文様は光を宿す。


『――嗚呼、哀れなるは帰路を知らぬ旅人よ。夕闇に山肌を滑る滑車と稚児よ……』

「――何を余裕ぶってやがるッ!」


 ルディ機が再び呪光を歪に纏う。にわかに文様が浮かび、その背には不完全な淡い翼が現れる。次元障は間もなく砕ける。シューマ機は《ルアハ》の翼を打ち砕かんと呪光砲のトリガーに指を掛ける。


『――長きに渡る征伐にて奢れる羽無しよ。其の光が自らの手に余る事を忘れたか。哀しき海獣よ。黒き愚かな獣よ。己が手で定めし刻限に、沈め……』


 その瞬間、次元障が砕け散った。砲撃が止み、シューマ機の呪光砲が翼を撃ち抜く。ルディ機がその豪爪を振るおうとする。


『やったッ!』

「いや――届か、ない……っ!」


 ルディはコックピット内で目を見開く。その視線の先にあったのは《ルアハ》ではなく自身の機体の計器。『活動限界』――そう描かれたそのタイマーがゼロを差していた。その赤い表示を認めた瞬間、シューマとルディの二機の堕天機は眼から光を失う。《ルアハ=セラフィーネ》はそれに、淡く文様を点滅させる。


『――嗚呼、真に憐れ。哀れ……。愚かしき海獣よ。己が身に過ぎたる幻想に落ちよ。沈め。学べ。天を穿つ事叶わず。獣は翼を撃つ事能わず……』


 《ルアハ=セラフィーネ》が掌を落ち始めた二機へ向けた。間もなく二機には緊急用バッテリーが起動するが、それより呪光閃砲が穿つ方が早い。その掌が光を宿し――


『学んでないのはお前の方だな。いや、新型ばかりが敵と思って忘れていたか』

『――――――猛禽』


 《ルアハ》の背に銃口が当てられていた。セイゴ機の、《アステロード》の鋭い双眸が金色の文様を睨む。


『《アステロード》の活動制限は《デイゴーン》より長い。堕天機の基礎から学び直すことだな』


 《アステロード》がトリガーを引く。《セラフィーネ》の胴体を対聖天機自動小銃が貫いた。ぐらり、と体勢が崩れて《ルアハ》の文様が途切れるように点滅する。


『――嗚呼、燃える天秤よ、結晶する憤怒よ、嗚呼、嗚呼――』


 《ルアハ》は虚空に手を伸ばす。しかしそれは何も掴むことなく、黄色の大天使は《アステロード》によって撃破された。


『全く、世話が焼ける……』


 ため息と共に、《アステロード》が二機の《デイゴーン》を回収する。セイゴは首を回しながら、闇夜に大穴を開けた巨大な次元のゲート――『門』を見上げる。


『……後はお前だけだ、サハラ』


 黒で覆われた空はまだ、夜。

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