第52話 人の戦い
『隊長、そちらの状況はどうですか!?』
『どうも何も……』
管制のマオから通信が届く。セイゴは迫る聖天機を撃破しながら苦々しく呟いた。
『駄目だ、囲いが多すぎて《ルアハ=セラフィーネ》に近付けない』
撃破したそばから再び現れる他の聖天機にセイゴは銃口を向ける。シューマ機も、そしてセイゴ隊と共に戦う堕天機たちもまた、次々と現れる《エクスシア》を中心とした壁に阻まれ、ラファエルへ攻撃出来ないでいた。
「守ってるってことはこの女落とせば勝ちなんだろォッ!?」
『それが出来りゃあな!』
怒りを滲ませるルディの言葉に、半ばヤケクソになったようにシューマが応じる。シューマはセイゴと共に多くの天使を相手取っていたが、《デイゴーン》の戦闘力でも物量の差を崩せずにいる。一方、一機だけ突出したルディは《ルアハ》の呪光閃砲で距離を離された挙句、件の四機の《ヘルヴィム》へ取り囲まれていた。
「姫を守る騎士ってこと……」
前傾姿勢、シートから背を浮かせ、ルディは自身を取り囲む四機の《ヘルヴィム》を見回す。それぞれは盾を前に構え、包囲網を築いていた。銀色の文様を鈍く光らせ、ルディ機の行動に警戒している。
「その程度でアタシを止められると思ってんのかァッ!」
ルディが咆え、《デイゴーン》が動いた。左側にいた一機の盾を掴むと、そのまま盾を持つ《ヘルヴィム》を引き寄せた。同時に実体剣を抜き放ち、その胴体を貫かんと突きを繰り出す。対する《ヘルヴィム》は驚いたように文様を点滅させるが、しかしすぐさま盾を放し、空いた手で次元障を展開する。
「そんな膜張ったとこでさァ!」
剣先が光のバリアに突き刺さり閃光を起こす。レーダーと全天周モニターの影で後ろから別の《ヘルヴィム》が迫ることを知り、ルディは掴んだままの盾を遥か後方へぶん投げる。迫っていた一機に盾が激突したことを耳で確かめながら、彼女はペダルを踏みしめた。また眼帯が熱を帯びる。
「サハラに破れてこのアタシに破れない訳が、ないッ!」
再びルディ機の全身にうっすらと文様が浮かび上がり、その背には淡く呪光が結晶する。そしてその勢いを得たように唸りを上げたルディ機の腕は《ヘルヴィム》の次元障を突き破った。《ヘルヴィム》が羽ばたき退き、その剣先を逸らそうと自身の剣を振り下ろす。《デイゴーン》が掌を翳し、放たれた呪光砲は《ヘルヴィム》の剣を弾いた。そのまま加速、《デイゴーン》の剣が《ヘルヴィム》の鳩尾に深々と突き刺さる。
「まずは、一機ッ!」
爆散する《ヘルヴィム》から剣を振り抜きつつ、ルディは周囲を確認する。遠巻きにこちらを警戒する《ヘルヴィム》が二機、そしてもう一機の盾を受けた方の《ヘルヴィム》は、先程の攻撃で左腕を失っていた。他二機より下がるその手負いを、ルディは見逃さない。
「トドメを刺してやるよォッ!」
威勢よく咆え、その後を追うルディ。その目前で、手負いの《ヘルヴィム》は奥で虚空を見つめていた《ルアハ=セラフィーネ》に近付く。ついでにアイツもやれる! ルディが不敵に笑った。
『――騎士には誉を、慈しみは光と為りて……』
不穏なラファエルの声が幾重にも響く。その声に導かれるように《ヘルヴィム》が《ルアハ》のスカートの内部に収まると、騎士の全身が光に包まれ――
「再生したッ!?」
ルディが目を見開く。彼女の攻撃で失われたはずの《ヘルヴィム》の左腕。それは、《ルアハ》のスカートから出る光の中で再生したのである。まるで《アルヴァ》の翼や次元障のように、結晶した呪光が、《ヘルヴィム》の腕へと変わっていた。
「見てるんでしょ、どうなってるデオン!」
『あぁ、見ていたさ! 間違いなく《セラフィーネ》特有の固有能力。そうだな、『治癒』とでも言ったところかな……!』
ルディが管制へ咆えると、マオの回線でデオンがそう返した。その間にも、完全に元へ戻った《ヘルヴィム》が剣を振り抜きルディ機へ迫る。鍔迫り合いを演じながら、彼女は苦々しく吐き捨てた。
「冗談じゃねェ……治癒だって……!?」
『畜生、こっちもだ!』
シューマが叫ぶ。彼の目の前でもまた、撃破し損ねた《エクスシア》が《ルアハ》の能力によって再生していた。同時に増え続ける敵に、堕天機は徐々にラファエルから遠ざけられていた。
その状況は管制の大モニターや、オペレーターであるマオも確認していた。
「駄目です! このままでは、消耗するだけです……っ!」
悲痛な報告を上げたマオ、その言葉を受けてモニターを睨む朝霧の目つきが更に険しくなる。
「物量が違い過ぎる……か」
ルディが言っていた通り、ラファエルが天使側にとってこの作戦の要なのは間違いない。しかし、その能力と無尽蔵に湧き出る天使がその撃破を許さなかった。
「シュラ隊、全滅しました……!」
「エリア5、制圧されましたっ!」
「次元の穴から更に聖天機、出ます!」
「《ガルガリン》、一機撃破しました! 残り三!」
上がってくる報告も色は若干悪かった。そしてそんな司令室の戦意を奪うように、三つの咆哮が戦場へ鳴り響く。大モニターには紫の文様を爛々と輝かせる《ガルガリン》三機の姿があった。
「《ガルガリン》の呪光閃砲、来ますっ!」
「次元障展開ッ!」
飛び交う言葉とほとんど同時に、三機の《ガルガリン》の頭部から白い高エネルギーの奔流がテノーラン基地に迫る。瞬時に展開された次元障がそれを防ぐが、三つの呪光閃砲を同時に受けた衝撃は殺しきれず、司令室もまた大きな振動に襲われる。大モニターには小さな亀裂が入り、轟音と共に方々で悲鳴があがる。立っていた朝霧とデオンもまた、倒れまいと必死に近くのものへ掴まっていた。
「損害状況を報告しろッ!」
「基地自体に大規模な損壊、確認されません!」
「射線上にいた数十機の聖天機、及びヒロ隊からサミヤ隊まで数十機ロスト!」
「疑似次元障、クールタイム開始!」
「駄目です、次に三機同時に撃たれたら破られます!」
大モニターには抗う黒と、それ以上の物量で空を埋め尽くす白。大天使は依然として無傷、基地を襲う巨大な天使も三機現存。苦しい状況だった。
管制にもアラートが響き、怒号が飛び交い、オペレーターたちの必死の管制が続く。赤い警告灯に照らされながら、デオンはチラリとタイマーを確認した。
サハラが次元の穴に突入してから、あちらからは何も通信はない。彼が無事かどうかも、こちら側にいる自分たちにはわからなかった。
「しかし、私たちが折れる訳にはいかない……次元空間の解析及びイェーヴェ構造の解析急げ!」
デオンは拳を握り締めながら自身の部下である研究員たちへ指示を飛ばす。その隣で、朝霧は大モニターを睨みながら、覚悟を決めていた。
「春雷デオン博士、私に考えがあります。……賭けですが」
「キミが賭けとは珍しいな。しかし、まだ賭けるには早いんじゃないかね?」
「いいえ、今です」
モニターから目を外すことなく、朝霧は続ける。
「ローテーションを組んでいるとは言え、活動できる堕天機には限界がある。疑似次元障の展開に頼っていても、我々は滅ぼされるだけだ」
「確かにそうだが……その賭けとは?」
現状を鑑みて、尋ねるデオン。朝霧は大モニターからデオンへ向き直ると、真剣な表情でそれを伝えた。
「堕天閃砲はもう実用段階でしたよね?」
『カトスキア所属全隊へ通達! オペレーションEX発令! 堕天閃砲を使用する作戦を開始します!』
また一機、《エクスシア》を修繕されたところで、ラファエルと向かい合う対大天使班の下にもその通信は届いた。聞き慣れない内容と言葉に、セイゴは隊長として即座にマオへ聞き返す。
『マオ! 堕天閃砲とは何だ!?』
『は、はいっ!』
マオは必死に、その内容を説明する。
『堕天閃砲とは、《エクスシア》の呪光閃砲の原理を応用したテノーラン基地防衛機構です!』
『《エクスシア》か……ッ!』
《デイゴーン》の射撃で件の《エクスシア》の頭部を撃ち抜き撃破しながら、シューマはそのメインウェポンである呪光閃砲を思い出す。腕の盾で受けた攻撃をエネルギーに変換し、カウンターのように胸部の砲口から撃ち出す。《エクスシア》という機体の性能を上手く生かした、必殺の一撃だ。
『これよりテノーラン基地は《エクスシア》の盾に相当する装甲を展開します! エネルギーが充填し次第司令部はそれを発射、戦場を薙ぎ払うことで逆転を図ります!』
「上等だ!」
《ヘルヴィム》を三機同時に相手取りながら、ルディが不敵に笑ってみせる。高エネルギーの奔流で完全に破壊してしまえば能力でも修繕出来ず、同時にラファエルを囲む雑魚も一掃できる。
「それで? アタシたちは何をしたらいい!?」
『これはセイゴ隊だけじゃなく、全堕天機への通達ですが、展開された装甲版の周囲で迎撃を行ってください!』
「下がれってかよ!? ここまで来てッ!」
《ルアハ》を見ながら、ルディは一転して怒りに咆える。しかし、彼女も下がらざるを得ない影響を痛感していた。
『セイゴ隊、了解した。下がるぞルディ、シューマ!』
全員に指示が伝わったことを確認し、セイゴがそう告げる。不服に感じていたルディもまた、剣を薙ぎ払って《ヘルヴィム》を遠ざけると、呪光砲で牽制を見せながら下がる。
ラファエルとその囲みは追ってこない。しかし、彼女の下から離れたのを好機とばかり、下がる堕天機たちへ天使たちが襲い来る。光弾をくぐり抜け、テノーラン基地の方を見れば、バリケードのような巨大な装甲板とそれと同サイズの砲台が出現していた。
他の隊と同じように、セイゴ隊を始めとした堕天機も装甲板に張り付いて防衛線を張る。しかし、その戦闘が苛烈なことをシューマはすぐに思い知った。
『防戦しか出来ねぇって……物量が違い過ぎるんだぞ……!』
司令部の指示で、ほとんどの堕天機が装甲板の周りに集っていた。故に敵の的は集中。装甲板が攻撃を受けると同時に、堕天機たちもまた光弾や剣戟の嵐に晒されているのだった。
『朝霧は馬鹿かよッ、やってらんねぇな!』
「なんだァ、弱音かシューマ!」
『んな訳ッ!』
降り注ぐ光弾を躱し、そして時折特攻してくる《エンジェ》や《アルケン》を撃破している。
「上等じゃねぇのッ!」
『射撃戦の方が得意だからなッ!』
自身も呪光砲で迎え撃ちながら、ルディはその射撃を褒める。しかし、彼女は自身のトリガーが何も反応を示さないことに気付いた。呪光砲が残弾ゼロを示す。チラリと見やれば、活動限界もそう長くない。
「アタシもまだまだだな……!」
遠くで《ヴァーティス》の長砲が光るのを見たルディは機体を素早く装甲板の裏へ隠した。発射音が届き、ルディ機の真横で《アステロード》が二機爆散する。その取り落とした自動小銃を掴み、ルディは再び装甲板の前へ出る。
『エネルギー充填50パーセント!』
迫り来る天使の数は一向に減らず、ラファエルは相変わらず超高空で何か独りで言っている。抑えつけられているような現状に苛々しながら戦況を確認するルディは、迫る《ガルガリン》に気付いた。
「セイゴッ! 《ガルガリン》をこれ以上近付けるのはマズい。引き付けるどころじゃないぞッ!」
『ちっ……セイゴ隊、あの《ガルガリン》を抑える! 他の二機への対策を頼んだぞマオ!』
『はいっ!』
マオの返事を聞きながら、三機は同時に装甲板から躍り出た。目標は爆炎を纏いながら接近する《ガルガリン》一機。三機はセイゴの指示で高高度へ飛ぶと、その爆炎――無数の呪光砲の壁を上から乗り越えて、《ガルガリン》の眼前へと迫った。
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