第51話 哀れみの双魚

 カタパルトから赤き弾丸のように、《アルヴァ》は空に飛び出す。同時にその背に呪光が集い、黒い翼を形作る。大きく一度羽ばたくと、《アルヴァ》は先を行く三機に並んだ。


『こりゃあマジで、世界が終わるんじゃねぇのかと思うな……』


 軽く笑いながら、シューマが軽口を叩く。全天周モニターに映る光景を見ながら、サハラはコックピットの中で小さく頷いていた。

 地上にあるテノーラン基地、そこから吐き出される黒い戦士たち――堕天機。《モレイク》や《アステロード》、《デイゴーン》などが隊列を組んで上空へ飛ぶ。

 その先にいるのは、無数の白い異形――聖天機。ありとあらゆる種類の聖天機が、悠然と地上へ侵攻を開始していた。無人機である《エンジェ》も含め、空を覆わんばかりに今も増え続けている。

 まさに、終末。


『ただ……大人しく終わる気はさらさらねぇ』

『あぁ、俺たちは明日を迎えるためにここにいる』


 シューマの鼓舞に、セイゴが応じる。そのセイゴ機を先頭としてセイゴ隊は飛行。そこへ、他の十数機の堕天機がセイゴ隊を中心にするように集まってくる。


『こちらアカヤ隊一番機、井嶋アカヤです。他、アズマ隊とジェド隊も続いてます』


 若い男の声で、突然の通信。それは、セイゴ機の隣に並んだ《デイゴーン》からのようだった。他の隊の隊長機らしい。


『こちらセイゴ隊一番機、雪暗セイゴだ。どうした?』

『作戦で聞いています。この決戦の鍵はセイゴ隊だと。我々は《セラフィーネ》との戦闘、及び《アルヴァスレイド》の次元の穴突入における援護を務めます。……頼みますよ』


 アカヤと名乗った青年の《デイゴーン》が軽くサムズアップする。今までにない連携に、この戦いが本当に決戦なのだとサハラは悟る。

 間もなくして、管制のマオからここに集った全員へ通信が届く。


『そこより上空、《セラフィーネ》の反応一機ありました!』

『わかった』


 セイゴが端的にそれに応じる。同時に、セイゴ隊の隊列が変わり、事前の作戦通り突破力重視の布陣――《アルヴァ》を先頭とし、《デイゴーン》が続くものへと変わる。


『これより《セラフィーネ》撃破、及び《アルヴァスレイド》による次元の穴突入任務を開始する! 全機、突撃ッ!』

『『『了解ッ!』』』


 黒い機体たちから応答の声が上がり、そして一気にブースターたちが火を噴く。加速した堕天機たちは、目の前の聖天機へと突っ込んでいく。


「邪魔だぁぁぁッ!」


 雄叫びを上げて、先陣を切るサハラが次元障と共に飛翔する。それを見つけた《エンジェ》たちが夥しいほど向かってくるが、呪光砲に落とされ、或いは次元障に激突し爆裂する。先頭の《アルヴァ》は止まることなく突き進んでいく。

 続くのは各隊の《デイゴーン》。セイゴ隊のルディ機、シューマ機を中心として隊列へと攻撃を加える聖天機を迎撃しつつ、《アルヴァ》の後を追う。


『それ、持ってきたのか!?』


 実体剣で《エンジェ》を二機同時に斬り伏せながら、ルディはシューマへそう尋ねる。シューマの《デイゴーン》は他と違い、《アステロード》の装備である対聖天機自動小銃を構えていた。


『あぁ。俺はお前ら突貫馬鹿と違って、射撃戦こっちの方が性に合うんでね!』

『言うじゃないッ!』


 ルディの声を背に、シューマは接近した《アルケン》と《エンジェ》を続けざまに撃ち抜く。更に迫った《エンジェ》を掌の呪光砲で対処したところで、シューマは手応えを感じていた。

 これなら、やれる。大天使とも戦える。

 シューマは全天周モニターで周囲を確認すると、サハラを追って飛んだ。

 《アルヴァ》に《デイゴーン》、そして《アステロード》が続き、聖天機を撃破、或いは引き付けながら《セラフィーネ》へと近付いていく。白亜の中を抜けながら、通信にセイゴの指示が飛ぶ。


『右方向より《アルケン》複数! ルディはシューマの援護に回れ!』

『了解ィ!』

『左後方から《ヘルヴィム》! サハラ、一旦――』

『いいえ、あれは我々アズマ隊に任せてくださいっ! セイゴ隊は先を!』

『了解した。サハラ、そのままだ!』

「了解、ぶっ飛ばすッ!」

『隊長、《アルケン》の向こうから《ヴァーティス》が来る!』

『わかった。シューマ、《アルケン》をルディに任せて俺と来い。迎撃しつつ、切り抜けるぞ!』


 迫る聖天機を撃ち、抜け、セイゴ隊は天へ昇る。他の堕天機を引き連れ、まるで大海を割るモーセが如く黒い堕天機たちが白い聖天機たちと激突する。


『間もなく、《セラフィーネ》と接敵します!』


 マオの管制の直後、それは眼前に現れた。その姿を認めて、セイゴ隊は体勢を立て直し、他の堕天機もまたその四機の周りを固める。

 三対六枚の翼と、全身に走る金色の文様が示す聖天機の最高位――第Ⅰ位聖天機、《セラフィーネ》。

 目の前にいるそれは、今までの《セラフィーネ》に比べ、女性らしいフォルムをしていた。何より目を惹くのは、豪奢なドレスのように広く大きく伸びたスカート状の腰部。純白である聖天機の機体の中でも、そこは黄色く、そしてスカートには魚のようなレリーフが表れていた。その中には足と呼べるような形状は存在せず、スカートの中には呪光の光らしきものが漏れ出ている。


「――ラファエルか……!」


 『門』が真上にあり、その影響か痛む頭。しかし、その中に確かに響いてくる大天使の反応で、サハラは目の前の《セラフィーネ》を駆るのが残る二人の大天使のうち、ラファエルであることを感じ取っていた。


『――嗚呼、嘆かわしい……』


 《セラフィーネ》の文様がつつと煌めき、その主である天使の声が戦場に響く。幾重にも反響する、カリヨンのような澄んだ声。


『――愛憎は門に至る。我が憂いは届き、しかれど我が慈しみ届かず。嗚呼、嗚呼……』


 刹那、サハラは《セラフィーネ》の文様がこちらを覗きこんだような感覚にとらわれる。しかし、その視線はすぐに外れ、ラファエルの声は独り言のように虚空へ響く。

 サハラはかつてイェーヴェで見たラファエルの姿を思い出す。妙齢の女性のようで、その両腕には黄色をした魚の文様。何かを憐れんでいるが、その視線は誰も捉えることはなく、サハラにもガブリエルの言葉にも反応せず、ただただ何かを憂いていた。

 そして、その態度は今も変わらず。


『――黙示録とは云えど、其の神罰は其の憤怒を癒す事は無い。四大の二は失墜し、喇叭らっぱも無し。然れどの天秤は父に代わりて裁きを下した。為らば我らは穢土を白く創り変える。是が其の疵を癒すと消すと信じ。嗚呼、閉塞は赦されず……』


 ラファエルは眼前に堕天機やサハラを認めても、涙のように言葉を零しながら、聖天機を吐き出し続ける門を眺め、そして天使による侵攻を眺めていた。

 その様子に業を煮やして、サハラは通信で叫ぶ。


「隊長、俺は作戦通りこのまま『門』に突入する。ミカエルの気配はない。……というか――」


 サハラは見上げるようにして、『門』の、その向こうを睨む。確かに感じる、舟の反応。そして同時に、その中にある無数のアンゲロスや呪光の気配の中に、赤く燃えるようなビジョンを一つ、強大に感じていた。『門』を通じて、こちらを睨むようなその存在に、サハラは操縦桿を握り締める。


「――ミカエル。彼奴あいつは、舟に居る」

『好都合じゃねーか、行って来いよ』


 サハラの言葉に、シューマがそう返す。それに続けて、セイゴも頷いた。


『ああ。ここは、あの《セラフィーネ》は俺たちに任せるんだ。そして、無事に帰って来い』

『……了解ッ!』


 サハラは強く頷くと、ペダルを全力で踏み、コックピットの天井を見上げた。全天周モニターがその上空に大きく口を開いた虚空――特大の次元の穴である、『門』を映し出す。《アルヴァ》は三対六枚の黒翼を広げると、弾かれるように飛び上がった。

 その行動に、今まで沈黙を保っていた《セラフィーネ》が動く。


『――嗚呼、嗚呼。其の激突が宿命にせよ、其の邂逅が運命にせよ、双魚は其れを憐れむ他無し。はばめ刃、拒め盾……』


 文様が光ったかと思うと、《セラフィーネ》の後ろに控えていた四機の《ヘルヴィム》が《アルヴァ》を追った。肩に黄色のエンブレムのある四機の騎士を見て、サハラはイーナク基地での戦闘を思い出す。


「イーナクで《アルヴァ》を狙ったヤツか……ッ!」


 テノーラン基地に至る前、イーナク基地。

 ウリエルの《ヘルヴィム》に中破させられた《アルヴァスレイド》を補修する格納庫に、《エクスシア》が迫ったことがあった。サハラが旧式の堕天機、《モレイク》でその窮地は脱したものの――確か、その時に《アルヴァ》のいる格納庫を狙った天使たちの肩にあったのが、黄色のエンブレムだった。

 その時の《エクスシア》同様、追ってくる《ヘルヴィム》もどこか、他の《ヘルヴィム》とは違い統率がとれていた。呪光砲を弾幕にして《アルヴァ》の背中――黒翼を狙う。


「次元翼で逃がさないつもりか……でもなッ!」


 サハラは不敵に笑うと、《アルヴァ》の翼を畳みペダルを踏み込んだ。ブースターが青白い炎を上げて、《アルヴァ》の全身に金の文様が走ると同時に、その飛行速度が更に上がる。


「《アルヴァ》だって《セラフィーネ》なんだよッ! 《ヘルヴィム》程度が追い付けるかぁッ!」


 赤い流星になった《アルヴァ》は『門』に迫る。《ヘルヴィム》は振り切られ、それを見上げていたラファエル機の文様が鈍く光る。


『――嗚呼、嘆かわしきは此の運命。騎士程度ではその道は阻む事叶わず……嗚呼……』

「――おおおおおおおおッ!」


 目の前に迫る虚空。全てを飲み込み、そしてどこへと繋がるかもわからない。次々と聖天機を吐き出す『門』。サハラは雄叫びを上げ、すれ違い迫り来る天使を次々と葬りながら、その闇の向こうへと突っ込んだ。





「……さァて」

 次元の穴の向こうに消えた《アルヴァ》を見守って、ルディは自身のコックピットで手を打つ。見据えるは、足のない黄色の《セラフィーネ》。


「サハラは仕事をした。アタシたちも仕事をしようじゃないかッ!」


 ルディはそう吐き捨てながら、トリガーを引く。《デイゴーン》がその掌から呪光砲を放ち、こちらに背をむけている《セラフィーネ》を狙う。呆然としていたラファエル機。次元障を構える素振りもない。

 もらった。ルディがそう確信して、追撃すべくペダルに足を掛けた時、《セラフィーネ》へと直進する光弾を緑の文様が防いだ。


「《エクスシア》……ッ!」


 まるで甕のような聖天機、《エクスシア》は光弾をその両腕の盾で防ぐと、鈍く文様を光らせる。肩には黄色のエンブレムがあり、同じエンブレムの《エクスシア》が《セラフィーネ》を守るように集まっていた。


『――嗚呼、憐れ。黒き翼、愛憎の忌み子は憤怒へ身を投げた。為らば魚には知らぬ事。焔は憎悪を焼き尽くす。黙示録は続くのみ……』

「お姫様気取りってとこか……!」


 攻撃されたにも関わらず、全く防御することも、ましてこちらを見る事さえもしないラファエルに、ルディが不敵な笑みを浮かべる。自身の左目が熱を帯びるのを感じながら、ルディはペダルを蹴っ飛ばした。


「そういう女ァ、アタシは大っ嫌いだぜッ!」

『各機、ルディに続けッ! 《セラフィーネ》戦を開始するッ!』


 淡い光を背に宿したルディ機が飛び、その後ろに堕天機が続く。《セラフィーネ》は相も変わらず悠然と佇むだけで、堕天機の行く手は集った《エクスシア》たちが阻む。


『チッ! 親衛隊かよッ!』


 《エクスシア》の一機を盾越しに殴り飛ばしながら、シューマが吐き捨てる。防御の崩れた《エクスシア》を小銃で撃破するものの、突破できるどころか、他の聖天機も《セラフィーネ》を守るように集ってきていた。


「邪魔、すん、なァァッ!」


 ルディ機の豪爪が《エクスシア》を両腕の盾諸共引き裂く。アンゲロスによる虹色の爆裂の向こうで、佇む《セラフィーネ》が眼に入る。その瞬間、ルディは更にペダルを踏み込んでいた。突貫するルディ機を阻むように《ドミニア》が接近するが、その二刀流を巧みに躱すと、ルディは身に熾る怒りのままに突き飛ばす。


「――退け雑魚ッ!」


 掌が一瞬障壁のようなものを展開し、それに弾かれ《ドミニア》は大きく後方へ吹っ飛ぶ。それを確認することもなく、ルディ機は《セラフィーネ》へと剣を突き立てる。


「喰らえェェェッ!」

『――嗚呼、何と憐れ。何と嘆かわしい……』


 閃きと共に突き出された剣。しかし、その剣先は《セラフィーネ》の掌――そこにある機関が発生させた次元障によって阻まれる。ルディは不敵に笑う。


「ようやく、動いたな……!」

『――にわかに薄羽の虚像を宿したが為に、嗚呼、おごりに身を亡ぼす事、真に憐れ……。其れは覚醒の兆しに非ず……』


 言葉に合わせて、《セラフィーネ》の文様が光る。そして次元障を一瞬解くと、その掌から極太の呪光が放たれる。ルディ機は剣で防ぐものの、その剣を破壊され、同時に遥か後方へ弾き飛ばされた。


「がッ……!? 呪光閃砲か、聞いてないんだけど……ッ!」


 その奔流、《ガルガリン》の程ではないものの、通常の呪光砲を上回るそれに、ルディは覚えがあった。《エクスシア》の胸にある、強力な呪光砲。まさか、《セラフィーネ》がそれを装備しているとは。

 大きく開いた《セラフィーネ》とルディ機の間を阻むように、四人の騎士――《ヘルヴィム》が集結する。まるで王族を守る騎士のようなその佇まいの中心で、ラファエルは涙を零すように、言葉を紡いだ。


『――嗚呼、黙示録は続き、魚は其の流れを視る。魚は流れに身を任せ、然し泳がぬには非ず。風を泳ぎ、憂い、嘆き、憐れみ、慈しむが魚の本懐なれば――せめてもの慈悲を以て、此の翼の名を此処に宣う』


 《セラフィーネ》が大きく翼を広げる。その金の文様が全身を走り、合わせるように《ヘルヴィム》が剣を、《エクスシア》たちが盾を掲げて、哀れみのカリヨンはその名を紡いだ。


『――黄風の大翼、《ルアハ=セラフィーネ》……』

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