第27話 君臨する王座

『天使の襲来を確認。天使の襲来を確認。加えて、広範囲に及ぶ巨大な呪光反応も確認。カトスキア職員はただちに第二戦闘態勢へ移行せよ。繰り返す――』


 天使の襲来を告げる緊急の放送。しかし、サハラはその言葉にどこか違和感を感じていた。


「『広範囲に及ぶ巨大な呪光反応』……?」


 それは、今までに聞いた覚えのないフレーズだった。ユデックでもテノーランでも聞いたことがないもの。

 しかし困惑しているサハラの横で、マオはハッとした表情を浮かべていた。


「まさか……!」


 息を呑むマオ。次の瞬間、彼女はテノーラン基地の管制室へ走り始めていた。振り返りながら、彼女はサハラへ言い放つ。


「この話は後! サハラは早く格納庫に行って!」


 いつになく急いで走り去るマオ。サハラはその様子にただならぬものを感じると、「おう!」とだけ応じて駆け出した。




「小春日マオ、入ります!」


 マオはそう告げて、管制室にある自分の椅子に座る。

 巨大な画面で基地の外や諸情報をモニターするその場は騒がしくも張り詰めていた。


「第一次元のゲート、出現確認。聖天機襲来までのカウントダウンに入ります」

「シュラ隊からターン隊まで出撃準備完了。随時出撃シークエンスに移ります」

「第一から第六カタパルト開放。異常なし」


 様々な声が飛び交う中、多くの機器を前に東雲アシェラは巨大なモニターに次々と表示される数値を睨んでいた。


「第二次元のゲートの予兆を確認。広範囲に及ぶ巨大呪光反応増大。波長の解析急ぎます」

「やはり……!」


 近くにいた職員の報告を受け、少し顔を歪めるアシェラ。それらが意味するものに、彼女はいくつか心当たりがあった。

 腕時計を確認する。……ダメだ、まだルディ隊の機体調整にはまだかかる。アシェラは若干の焦りを感じていた。


「解析結果……出ます!」


 職員の声と共に、巨大なモニターがその結果を映し出す。管制中が大きくざわめき、一方のアシェラは思わず「上等じゃない……」と口にしていた。

 その解析結果が告げていたのは、規格外の上級天使襲来。


「第Ⅲ位聖天機……《ガルガリン》……!」




「〈智人〉……」


 格納庫の一角に佇む《アルヴァスレイド》、その中でサハラは出撃指令を待ちながら先程のマオの話を思い出していた。


「裏切り者……か」


 コックピットで機器を操作し、通信に備えるサハラの脳裏に様々な顔が浮かぶ。セイゴ隊、ルディ隊、アシェラ、デオン、朝霧……誰も〈智人〉には思えないが、しかし疑えば誰もが怪しいようにも感じてくる。


「確か、体のどこかに――」

『こちら管制!』


 サハラが思い出そうとすると、その思考は通信のアランに遮られた。その声はやや慌てているようにも聞こえ、サハラは一旦〈智人〉のことを忘れ出撃に構える。


『次元のゲートは既に開いて、天使も出てます。……ただ』

『ただ?』


 なんだよ歯切れ悪いな、とシューマが聞き返すとアランは何かを読み上げるとように答えた。


『《ガルガリン》の出現が近い、らしいです』

「《ガルガリン》……」


 サハラは聞き慣れない天使の名前を小さく繰り返す。まだ対面したことのない天使だが……確か《ヘルヴィム》と同じ上級の天使だったはずだ。


『わかった。シューマもサハラも気をつけろ』

『シューマ、了解』

「サハラ、了解」


 出撃の準備を兼ねてシューマとサハラは隊長であるセイゴの言葉に応じる。アランは一旦深呼吸すると、冷静になって続けた。


『ルディ隊の三機は調整が終わり次第の出撃になるので、セイゴ隊だけ先に出撃になります。それでは一番機から、どうぞ!』


 アランの案内で、《アルヴァスレイド》の隣に並んでいた二機の《アステロード》がカタパルトへ歩を進める。


「上級の天使……よし」


 上等じゃねぇか。サハラは小さくそう呟くと、操縦桿を握り直した。

 シューマ機が出撃したのを確認して、サハラはカタパルトに《アルヴァ》の足を乗せる。一つ長い息を吐いて、開かれたカタパルトの先の空を睨む。


『――アンゲロス波長確認。カタパルト推力正常。進路クリア――』


 アランが発進のシークエンスを読み上げる。その段階が進むごとに緊張感と戦意が昂る。ぐっと《アルヴァ》が前傾姿勢になり、その緑眼が煌めいた。


『――サハラ機、発進どうぞ!』

「東雲サハラ。四番機、《アルヴァスレイド》出るッ!」


 言い放つと同時に、《アルヴァ》は赤い弾丸となり基地から撃ち出された。シートに縛り付けられるような感覚を感じながらも、サハラはペダルを操作して勢いを殺さず戦場へ飛ぶ。


『次元のゲートはまだ開いてるみたいだな……』


 シューマの言う通りゲートはまだ開いており、《エンジェ》や《アルケン》などの下級天使が吐き出されていた。セイゴ機とシューマ機に並ぶ《アルヴァ》。全天周モニターを少し見渡せば、さすがテノーラン基地、多くの堕天機が出撃していた。


『これだけ味方がいるなら噂の《ガルガリン》とやらも……サハラ?』


 シューマが軽口を叩くが、通信越しに伝わるサハラの尋常ならざる雰囲気に声を掛ける。それはセイゴも感じたらしい。


『……どうしたサハラ。何か感じるか?』

「いや……」


 サハラは少し考える。

 ……何か、何か違和感がある。サハラは何か、とんでもなく大きな何かを感じていた。天使化の影響だろうか、何か言い知れない雰囲気を感じる。


「……ッ!」


 その瞬間、サハラはパッと顔を上げる。全天周モニターに映っていたのは変わらず堕天機と天使が交わる戦場。しかしその奥に、サハラはうっすらと何かが見えていた。


「あれは……次元のゲート……?」


 そう言っている間にも、それはハッキリと形になっていた。紛れもなく巨大なゲート。何かが現れようとする頃には、セイゴとシューマもそれに気付いていた。


『なんだアレ……』

『あれが、《ガルガリン》か……』


 徐々に姿を現すそれに、セイゴもシューマも言葉を失う。その姿の全てが現れたときサハラは先程自分が「上等じゃねぇか」と言ったことを皮肉に思っていた。


「おいおい……!」


 その姿は特異だと言えよう。まるでそれは、玉座に佇む人の姿。背の高い玉座にしっかりと腰を下ろしたその人型は、当然天使であるから顔の造形はなく、両手には巨大な剣を二振り構えていた。人型の頭部と、玉座にそれぞれ一対ずつ大翼。

 全身に走る文様は紫――なのだが。


『これは予想外だったな……!』


 《ガルガリン》、その最たる特徴は既に挙げたどれでもない。

 巨大なゲートから現れた上級の天使、《ガルガリン》。それはゲートに違わず、とにかく巨大な聖天機だった。

 聖天機も堕天機も、通常は全高20mほど。

 しかし、サハラが見る限り《ガルガリン》はその五倍――100m以上はあるように見えた。


「どう倒しゃあいいんだアレ……」


 その圧倒的なスケールに、サハラは思わず笑みが零れる。それが何から洩れたものなのかはよく分からなかったが、それでもサハラは戦意を失ってはいなかった。


「いけるか、《アルヴァ》……!?」


 サハラは独り、そう呟く。当然愛機は答えないが、それでも操縦桿から何かが伝わってくるような気がした。

 熱くなる掌で操縦桿を握り直しながら、サハラはセイゴに通信を飛ばす。


「隊長、《アルヴァ》で突っ込んできます。様子見って言うか、先陣を切ります!」


 それだけ短く告げると、応答を待たずサハラは全力でペダルを踏みこんだ。青い炎の尾を引き、《アルヴァ》がその巨大な玉座を目指す。

 しかし、それが合図になったのか。

 ――ヴウォォォォォォォォォォン!

 《ガルガリン》は最早咆哮のように文様を光らせた。

 そして。

 ――ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!

 再び紫の文様が煌めいた瞬間、《ガルガリン》の周りに次々と爆風が巻き起こり始めた。

「なッ!?」

 突然のことにサハラは《アルヴァ》を制御して一旦止まる。何が起こったのか一瞬理解できず、サハラは爆風の帯を纏う《ガルガリン》を改めて観察する。

 そして何が起こっているか気付いた瞬間、サハラは思わず目を見開いた。

「おいおいおい……まさか……!」

 それは、《ガルガリン》の攻撃だった。

 玉座に座した人の姿。しかしよく見れば、玉座と人型の胴体に多くの呪光砲を構えている。先程の爆風はそれらが一斉に火を噴いた結果、周囲の機体を撃破していったものだった。

「何門あるんだよ……規格外が過ぎるだろ……」

 他の堕天機たちもこの猛攻に気付いたのだろう、徐々に基地へ迫り始めた《ガルガリン》から距離をとりつつあった。

 ――ヴィゥゥゥゥン!

 《ガルガリン》は周りの天使たちさえ巻き込みながら、爆風の帯と共に基地へ迫る。速度はそう速くないのが皮肉か。

 しかし、黙って見ている訳にはいかなった。


「取り敢えず行くしかねぇか……!」


 動けば何か突破口も見えるかもしれない。

 サハラはそう思考を切り替えると、再びペダルを踏みこんだ。《アルヴァ》が《ガルガリン》へ飛翔する。

 《ガルガリン》の呪光砲の雨を目の前にして、サハラは操縦桿を握り直して覚悟を決める。近付けばなお、その巨大さを感じていた。


「《アルヴァスレイド》の運動性能なら……!」


 《アルヴァ》の緑眼が閃く。

 飛翔。構えられたいくつもの呪光砲は無謀に近付いてきた赤い機体を葬らんと火を噴き始めた。サハラは全天周モニターの全てに気を張る。一瞬も気が抜けない弾幕の中、ペダルを器用に操作してその中をくぐり抜ける。


「当たるかよッ!」


 隣で爆裂する《エンジェ》を横目に、《アルヴァ》は玉座を超えて人型に迫る。届く。そう感じたサハラは《アルヴァ》の剣を抜き放った。

 しかし。


「――ッ!」


 刹那モニターを影が覆う。その正体はわからかったが、サハラは反射的に《アルヴァ》を後退させた。

 次の瞬間、目の前を巨大な剣が通り過ぎる。見上げれば、《ガルガリン》が構えた剣を振り下ろしたのだった。


「見つかったか……!」


 《ガルガリン》の頭部に目はない。しかしサハラは《ガルガリン》が自機を捉えたことを確信していた。だからと言って、今更退けない。

 大剣が再び構えられる前に、サハラはペダルを踏みこんだ。目指すは人型の頭部。これはあくまでサハラの勘だったが、頭部に一撃ぶち込めば何か変わるような気がしていた。


「飛べッ、《アルヴァ》!」


 大剣の通り過ぎた後を貫くように飛び出す《アルヴァ》。弾幕をかいくぐりながら、《アルヴァ》は紫の文様走る玉座を駆け上がった。

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