第31話 表出化
対面した途端、その異様さは確かに伝わってきた。そしてサハラは、目の前のコイツこそが『悪い予感』の正体だと確信していた。
出撃したとき、アランの説明通りまだ戦況は開始していなかった。テノーラン基地が臨む洋上、その天高くに次元の
しかし、セイゴが指示を出す前に状況は動いた。
今まで沈黙を保っていた次元の
『呪光反応確認、対象……第Ⅱ位聖天機、《ヘルヴィム》!』
『あぁ、こちらでも確認している』
アランの管制にセイゴが応答する。洋上に浮かぶ白い騎士、銀色の文様の天使は間違いなく《ヘルヴィム》だった。しかし、サハラはその《ヘルヴィム》がただの《ヘルヴィム》でないことを確信する。
セイゴ隊も三機しかいないとは言え、天使が現れた今既に後方のテノーラン基地からは堕天機が吐き出されている。しかし、対する《ヘルヴィム》は一機。そこには漠然と余裕すら感じられた。
「ウリエルか……!?」
サハラはかつて、《ヘルヴィム》に乗り己を倒した天使の名前を思い出す。しかし、ウリエルであれば真っ先に自分を『呼ぶ』はずだ。目の前の《ヘルヴィム》は同じ異様な雰囲気を纏いつつも、こちらを見下ろすだけだった。
しかし、このまま睨みあっている訳にはいかない。
「隊長、俺が仕掛けます。シューマと援護を!」
『わかった。前は任せる』
『請け負った!』
二人の返事を受け、サハラはペダルを踏み込んだ。《アルヴァ》が飛び出すと同時に、腰にマウントしていた小銃を抜き放つ。
放たれた弾丸。《ヘルヴィム》は最低限の動作でそれを躱すと、《アルヴァ》を迎え撃つように突っ込んでくる。《ヘルヴィム》が手にした剣を突き出す。
サハラはそれを見切ると、突きをくぐるように《アルヴァ》を懐に潜り込ませる。《ヘルヴィム》の剣がその背を追う。しかし、シューマの援護射撃が《ヘルヴィム》の頭を狙い、剣はそれを捌く方へ向けられた。
懐のサハラは勢いのまま拳で《ヘルヴィム》を殴り飛ばそうとする。しかし、眼前に迫る《ヘルヴィム》の膝蹴り。サハラは瞬時にそれを確認すると、腕部の盾を構えてそのままペダルを蹴り飛ばした。
「おらぁぁッ!」
衝撃。爆発的に加速した《アルヴァ》が《ヘルヴィム》を突き飛ばした。体勢を崩す《ヘルヴィム》。サハラは追い打ちをかけようとしたが、声にその足を止めた。
『――成程。……小賢しい、実に小賢しい。
トランペットが爆ぜたような声が、脳内で響く。その不快な反響に顔を歪めながら、サハラは《ヘルヴィム》を睨んだ。
「この声、どこかで……ッ!」
ウリエルではない。ましてメタトロンでもない。しかしサハラにはこの天使の声に聞き覚えがあった。いや、サハラ自身に聞き覚えはなかったが、サハラの中の何かがこの声を知っていた。
『――何処かで……貴様が黎明のか!』
ひどく愉しそうに歪んだ声がより弾む。《ヘルヴィム》の文様が改めて《アルヴァ》を見据える。そしてその声は高々と笑った。
『――くく、かははははは! 好い、好いぞ。貴様が、か』
声が笑う度に不快感が増していく。そして同時に、《ヘルヴィム》の上空の
『――赦す。貴様と戯れてやろう、黎明の』
《ヘルヴィム》が剣を構える。その白い翼が大きく開く。そして次の瞬間、縮地したかのように《アルヴァ》の前に現れていた。
「ッ!?」
振り下ろされる刃。サハラは腕部シールドで受けると、《ヘルヴィム》の腹を蹴飛ばして距離をとる。追い駆けてくる《ヘルヴィム》。
「今の……!」
ユデック基地でのウリエル戦を彷彿とさせる動きだった。そして追ってくる速度は《アルヴァ》と同等――いや、それ以上。並の《ヘルヴィム》ではなかった。あのときの惨敗がよぎる。
「だが……ッ!」
サハラは《ヘルヴィム》の後ろに影を確認する。青い堕天機が、三機。《アルヴァ》を翻らせると、《ヘルヴィム》を小銃と呪光砲で迎撃した。
《ヘルヴィム》が迫る。しかし迎撃によって、彼女らが追い付くには十分な速度だった。
『後ろが留守ってねッ!』
『――
しかし、その剣は《ヘルヴィム》の盾に受けられた。ルディの舌打ちが響く。《ヘルヴィム》は更に寄るハウ機、タオ機をも一掃すべくその手にした剣で薙ぎ払った。《アルヴァ》、《デイゴーン》らが退き、その隙に《ヘルヴィム》が飛ぶ。
『――
狂ったように笑う声。それはこの状況を楽しんでいるようであった。
『――成程、
突き抜けるような声。《ヘルヴィム》はがばり、と手を広げた。まるでサハラたちを迎え入れんがばかりに。
『――好い、興が乗った。貴様らと暫し戯れとしよう。来い』
その挑発的な態度に真っ先に反応を見せたのは、ルディだった。
『あのさァ……アンタの声聞いてるとイライラするんだよねッ!』
《デイゴーン》が飛ぶ。呪光砲で牽制しながら、《ヘルヴィム》の眼前までかっ飛ぶ。展開する次元障。しかしその次元障の裏に、二機の《アステロード》が飛んでいた。揃って小銃を構える。狙いは、《ヘルヴィム》の翼。
『貰ったッ!』
シューマが叫ぶ。《ヘルヴィム》はその瞬間、《アステロード》の方へ盾を投げ放った。
『チッ!』
弾丸を防ぎ、同時に迫る《ヘルヴィム》の盾。《アステロード》は止む無く飛び退く。
一方、迫ったルディ機と《ヘルヴィム》の剣がぶつかる。力押しになる。互角。刹那、《ヘルヴィム》が剣を手放した。ルディの《デイゴーン》がそのまま押し切る――かに見えた。
『――かははははは!』
声が笑う。《ヘルヴィム》は剣を手放した瞬間、次元障を展開させた。《デイゴーン》が剣と共に弾かれる。《ヘルヴィム》が再び剣を手に取り、《デイゴーン》の胴体を右腕を斬り飛ばした。
『ぐッ! クソ!』
飛び退きながら、ルディが悪態を吐く。剣を持ったままの《デイゴーン》の右腕が落ちていくのが見えていた。そのルディ機の隣を、《アルヴァ》が飛ぶ。
「シューマ! 隊長!」
サハラの声に応じて、《アステロード》が飛ぶ。三機が同時に《ヘルヴィム》を取り囲んだ。それぞれが一定の距離を保って撃つ。弾丸の雨が《ヘルヴィム》を襲う。
『――小賢しい、実に実に小賢しい!』
声が再び笑う。《ヘルヴィム》の文様が全身を駆け巡るように光る。そして《ヘルヴィム》は両の掌を天高く突き出した。次の瞬間、広範囲の次元障が展開する。それは、一定距離を保っていたセイゴ隊をも弾き飛ばした。
「マジかッ……!」
シートに叩きつけられ、肩が痛む。《アルヴァ》の体勢を整えるサハラ。先程の次元障はもう、別の兵装なんじゃないかというレベルだった。まさか、攻撃に転用してくるとは……!
三機を諸共弾いた《ヘルヴィム》はそのうちの一機、セイゴ機に迫る。しかしその間に、《デイゴーン》が飛び込んだ。タオ機だ。
『どけ! 《アステロード》じゃあ太刀打ちできない!』
『随分な物言いだなッ!』
《ヘルヴィム》の剣をタオ機が受け止める。その瞬間に、シューマ機とセイゴ機も剣を抜き放ち《ヘルヴィム》へ斬りかかった。
『――くく、喚くではないか!』
《ヘルヴィム》はタオ機をもう片腕で強引に殴り飛ばすと、一瞬で剣を薙ぎ払った。振り上げていた《アステロード》の剣が弾かれると共に、二機とも首が飛ぶ。
「シューマッ、隊長ッ!」
『――貴様もだ黎明の!』
頭部を切り飛ばされた《アステロード》がモニターに映ると、サハラの金眼が《ヘルヴィム》を睨んだ。《ヘルヴィム》は呪光砲でタオ機をもう一度牽制すると、《アルヴァ》の方へ飛んだ。猛スピードで突っ込んでくる《ヘルヴィム》。サハラは合わせて剣を抜き放――
ガキンッ!
「ッ!?」
しかしその時、《アルヴァ》の腰で歪な金属音がなる。同時にモニターに映し出されるアラート。腰にマウントした剣が抜けない。
「整備不良かよッ!?」
『――くく、斯様にも咲くとはな!』
それに気付いた声が愉しそうに笑い、《ヘルヴィム》が剣を抜き放った。轟音と衝撃。同時にアラートで真っ赤に染まるモニター。眼下に落下していく《アルヴァ》の両腕。
「畜生がッ!」
『――かははは! 黎明も百合に侵されたか!』
声が響く。《ヘルヴィム》の手が《アルヴァ》の頭部を掴んだ。サハラのモニターに大きく映し出される無貌の騎士。サハラは思わず叫ぶ。
「さっきから聞いたような声で……お前はッ!」
『――好かろう、我が名を告げてやる。我が本懐、宣告者として!』
声はそう笑うと、高々とその名を告げた。
『我が名はガブリエル! 蒼き大翼!』
「ガブリエル……ッ!」
その瞬間、サハラの中で点が線になる。ガブリエル、メタトロンが話していた大天使の一人! そうか、声を聞いたことがあったのはあの夢か! サハラは以前ルシファーの夢で見た、小柄な少年のような天使を思い出す。
その問答が功を奏した。
『まだ……!』
《ヘルヴィム》の後ろに現れる影。ハウの《デイゴーン》だった。彼女はその大爪を振りかざすと、翼を刈り取らんと振り抜いた。
『――くはは、是は!』
声――ガブリエルはまた笑うと、《アルヴァ》を振り向きざま投げ飛ばした。予見していたのかハウ機は躱すが、しかしその後を追っていたルディ機と激突する。
「ぐぉぁぁあッ!」
『チッ!』
衝撃に頭が揺れる。一瞬白くなる視界。サハラが必死に体勢を立て直すが、その衝撃でルディ機の残った腕が歪んでいた。サハラは戦況を見渡す。両腕の使いものにならないサハラ機、ルディ機。頭部を失ったシューマ機、セイゴ機。
そんな渦中で、なおもガブリエルの高笑いが響く。見れば、ハウの《デイゴーン》が弄ばれていた。
『――此の蛇は、くはは、成程!』
剣を、拳を、無数に浴びせていく。しかしそれは嬲っているだけだった。速度で圧倒的に勝るガブリエルの《ヘルヴィム》が《デイゴーン》の裏を、上を、死角をとる。剣を振るうが斬りはせず、拳を振るうが砕きはせず。
『あぅっ……くっ…!』
我慢できず、サハラとルディが飛び出す。ガブリエルはそれを一瞥すると、呪光砲を撃ち放った。無数の光弾が迫り、両腕のまともに機能しない両機は近付けない。
残る一機、タオが迫る。しかし《ヘルヴィム》が大きく掌を広げた。
『――くく、其処に居ろ』
再び展開される広範囲の次元障。それは《ヘルヴィム》とハウ機だけを包むフィールドと化した。タオの《デイゴーン》がそれに取りつくが、阻まれて手は出せない。
その間も弄ばれるハウ機。《ヘルヴィム》の振るった拳を受けるが、弾かれる。即座にその後ろに回っているガブリエル。剣が振り下ろされ、その左腕が飛ぶ。
『あ、う……!』
『ハウ! ハウ!』
タオの《デイゴーン》が次元障を破らんと爪を立てる。しかし、それは維持される光の壁を傷つけるには至らない。その間にもハウ機は弄ばれていた。続いて左足が《ヘルヴィム》の腕で捻じ曲げられる。
『ハウ! ハウ! このッ! このッ!』
『――かはは! 実に好い、好い声で
必死なタオの声。しかし、その手はハウに届かない。更にガブリエルは楽しむように笑う。ハウ機の腕に剣を突き刺すと、そのまま引き千切った。
『が、くぅ……ッ!』
『ハウ!』
ハウの声に、更にタオが焦る。目前の次元障に呪光砲を放つも虚しく阻まれる。その中では遂に、《ヘルヴィム》がハウ機の頭を捕まえ、ぐいと掴み上げていた。
『ハウ! ハウ!』
『――くははは、其の形相! その形相が!』
タオの声に高らかに笑うガブリエル。《ヘルヴィム》の腕の文様が光り、ハウ機の頭が徐々に小さくなっていく。軋む音と歪む音がタオの耳に届く。
『やめろ! ハウを、ハウを離せ!』
『くくく、かはははははははははははは!』
『やめろ! ハウ! ハウ!』
遂にハウ機の頭部がぐしゃりと歪み、握り潰された。その瞬間、タオ機の動きが止まる。小さな呻きのようなものが聞こえた後、タオの声も聞こえなくなった、が。
『――……せ……』
少しして、静寂の中からタオの声が聞こえた。しかし、何かがおかしい。同時に聞こえ始めた妙な、あの音叉のような耳鳴りにサハラは胸騒ぎがする。
タオの《デイゴーン》の双眸が煌めいた。
『――ハウを離セェェェェッ!』
その咆哮はまるで獣のようだった。サハラはその声に胸騒ぎを強くする。それは、あの静かな興奮を感じたような感覚。
『タオ!』
「――うアアアアッ!」
様子がおかしいことにルディも気づき、呼び掛けるがその声は届かない。タオの雄叫びに《デイゴーン》が呼応し、その大爪を次元障に突き立てた。激しい火花が散る。しかし、《デイゴーン》の力は先程のものとは段違いだった。火花が大きくなり、光が裂かれ、《デイゴーン》の目が覗く。
『――
『――がアアアアアアアッ!』
一瞬呆気にとられるガブリエル。そして次の瞬間、タオの《デイゴーン》は次元障を引き裂いていた。彼女と共に海獣が咆え、その瞳が騎士を捉える。
『――ハウを、離セ!』
『――くく、
『――あアアアアアアッ!』
何かを悟ったようにガブリエルが笑う。そしてその嘲笑に呼応するように、タオは咆哮を上げて飛んだ。
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