第44話 銃

 銃声。サハラが飛び退き、鉛玉が床で跳ねる。ナイフを構え、突っ込もうとするが、再び銃弾が急襲。サハラは間を詰められずにいた。


「おいおい、その拳銃は玩具かよ!」

 自分も常に動き、サハラとの間を確保しながら撃つアラン。再び躱して、サハラの腰に下げた拳銃が音を立てる。その重さを鬱陶しく思いながらも、サハラはナイフを構えていた。


「コイツは……使わねぇよ」

「……甘いんだよ、お前は」


 サハラの意思を察したのだろう、アランは唾棄しながらサハラの足元を狙う。飛び上がるサハラ。その表情が一瞬苦悶で歪む。


「ぐっ……!」


 刺された腿が痛む。傷は深い、がここで手を緩める訳にはいかなかった。金の瞳でアランを睨むと、サハラは空中で体勢を変え、前へ着地した。そしてそのままアランへと突進する。

 銃口がサハラの頭部を捉える。放たれる銃弾。サハラの髪が白い光を帯び、弾丸はその目前でナイフに弾かれた。


「――そういうのがアアッ!」


 サハラの鋭いナイフ。アランの右目が光を宿し、拳銃でそれを捌く。突き出された刃を跳ね上げると、空いた胸へ銃口を突きつけ、そのまま引き金を引く。

 銃口が火を噴く、その直前。ナイフを跳ね上げられたサハラが肘を拳銃へ叩き下ろす。鈍い音に続く発砲音。弾丸はサハラの脇腹を掠め虚空を穿つ。

 アランが鋭く睨む。歪な光の中に宿る青い感情。サハラは振り下ろした肘を基点に、そのまま再びナイフを振り下ろした。銀の刃が肩を切り裂く。アランは小さく呻くも、歯を食いしばった。肩は切られるままに、しかし回し蹴りを放ちサハラを突き放す。

 再び離れる両者。アランは肩を抑えながらも、サハラの足元へ次々と銃弾を刻み更に間を開く。


「お前は意図してやってんだろうけどな、サハラ……こっちは嘗められてる気しかしねぇよ」


 何も答えないサハラに自らの血に汚れた指で、アランは自身の首を差した。


「殺れただろ、今」

「……俺はお前に道を開けてもらう。それだけでいい」


 後のことは朝霧にでも任せる、そう言いたげなサハラへアランは怒りを滲ませる。


「こっちばかりが本気で……お前ってヤツは……!」


 サハラは腰の拳銃に手を掛けようともせず、ナイフを握り締める。アランの指摘の通り、サハラにはアランを殺す気はなかった。殺すではなく、倒すことだけを考えていた。

 そして、それをやろうとするサハラの意思とそれをやれるだけの力がアランの神経を逆撫でる。


「オレが表出化しても余裕ぶりやがって……」

「余裕じゃねぇ」

「余裕だろうが!」


 サハラの言葉へ、アランは顔を手で覆う。青い百合の文様と歪な目の光がサハラを睨む。


「オレを殺さない余裕があるじゃねぇか、なぁ? それが気に食わないって言ってんだよ!」


 言葉と共に空を貫く銃弾。しかしサハラはそれを躱し、なおもナイフから手を離そうとしなかった。銃声の合間を縫うように、サハラが再び飛び出す。

 しかし、その歩みは耳に届いた声で止まった。


「アラン、サハラ……!」


 声と共に、サハラの目にその姿が映る。アランに近い扉を開け放ち、こちらを見ているのは女性の人影。心配そうな表情と、場違いなほど白い片腕。


「マオ……!」


 現れた小春日マオの姿に、サハラは完全に動きが止まる。

 まさか。マオはルディ隊のオペレーター。そして今もなおこの格納庫の遥か上空でルディたちは戦闘をしている。何故、マオがここに?

 困惑するサハラと対照的に、アランは至極冷静にもう一人の同期の登場を眺めていた。


「来ていいのかよマオ、これじゃあ隊長たち困惑だぜ?」

「アラン……動かないで」


 いつもの調子で話しかけるアランだが、マオは気丈に銃口を向けた。アランをまっすぐ、しかし憂いを帯びた目で見据えながらマオはサハラへ話しかける。


「管制は大丈夫。安心して、サハラ」

「マオ……」


 何故マオがここに、そう言おうとしたサハラだったが不意に記憶が蘇る。それは、ユデック基地で別れたはずのマオと、このテノーラン基地で再開した直後。


「サハラ。……〈智人ジルヴ〉って知ってる?」


 呼び出して、そう尋ねたマオ。そして彼女は、〈智人ジルヴ〉が何者なのか、その特徴を告げてくれた。……やっぱり、マオは味方だった。

 アランはそれを知っていたのか、血で濡れた腕時計をチラリと見て、明るく尋ねる。


「しかし早かったなぁ……どうしてここだと思った?」


 アイツは連絡してないだろうし、とユードとどこかへ行った朝霧を思い出すアラン。マオは一瞬表情を曇らせると、どこか申し訳なさそうに答えた。


「……〈智人ジルヴ〉がサハラを狙うことはわかってたし、もしそうならその役目はアランが担うと思った。そして、アランがサハラを狙うなら、《アルヴァ》のあるここだと思った」

「さすがだ、上出来」

「おいおい、待てよ……」


 とんとんと、まるで当たり前のように進んでいく話にサハラは慌てて言葉を挟んだ。状況を整理したい、と頭を抱える。


「なんだよそれ、その言い方だとマオ……アランが〈智人ジルヴ〉だって知ってたのかよ……?」

「……うん」


 ちらり、とサハラを向いて小さく頷くマオ。知らなかったのはお前だけだよ、と笑うアラン。サハラが何か言いたげだったが、マオはそれを遮って続けた。


「……でも、止められなかった。だから同じ」

「……!」


 その言葉に籠った後悔の色と、力強い目つきにサハラはそれ以上の言葉を飲み込む。疑問はここまでにして、今はとにかくこの状況を切り抜けなければ。


「サハラ、ここは私に任せて。……だから、サハラは《アルヴァ》で――」

「――させねぇって」


 マオの言葉で動きだすサハラへ、牽制するように引き金を引くアラン。銃声で遮られたマオの言葉。サハラも弾痕に立ち止まり、静まり返る格納庫。目的に銃口と視線を向けながら、アランはからかうように告げる。


「どうしたマオ? それは玩具かよ。サハラとお揃いか?」

「そ、それは……」


 銃を向けながらも、少し俯くマオ。グリップを全ての指で握り締めながら、彼女は絞り出すようにアランへ声をかける。


「……やめようよ、こんなこと」

「やめるつもりはないし、もう引き返せない。……それくらいマオだってわかるだろ?」


 まるで証拠のように手の甲を見せつけるアラン。ぼうっと光る青い百合に、その表情が照らし出される。マオはそれを悲しく見つつ、それでも口を開いた。


「……でも、アランはまだ何もしてない。今なら――」

「じゃあ、何かするか」


 なおも説得するマオ、その言葉をアランの冷たい声が遮った。先程までサハラに向いていた視線がマオを捉える。その意図するところを察して、凍り付くマオ。それが目に入った瞬間、サハラは飛び出していた。


「アランッ!」

「おぉっとッ!」


 感情のままに振り抜かれた拳を、待っていたとばかりに飛び退くアラン。彼は煽るようにひらりとそれを躱すと、怒りの第二撃を背にして、そのままマオの隣へと飛んだ。呆気に取られていたマオはあまりにも簡単に捉えられてしまう。


「アラン……!」

「形勢逆転……だな?」


 ニヤリ、と笑いながらアランはマオに拳銃を突きつけた。冷たく重い存在に、マオが思わず拳銃を取り落とす。サハラはナイフを仕舞いながら、アランを強く睨む。


「……お前、それ本気でやってんのか」

「…………本気だったら、どうすんだよ」


 アランを睨んだまま、サハラは腰から拳銃を抜いた。引き金に指をかけ、その先に友の表情を見る。


「――ゆるさない」

「ようやく余裕がなくなったな……!」


 額に汗を浮かべて、アランは狡猾に笑う。再び格納庫を包む静寂と緊迫。マオの表情は、緊張と呆けたそれから、どこか物悲しいそれへと移り変わっていた。歪な笑みと怒りが交錯し、銃口がそれぞれの頭部を狙う。

 遠くからは未だに爆音と怒号、そして悲鳴が上がっていた。鎮圧されているのか、当初よりは小さい。しかし、未だに闘争が続いていることは明らかだった。振動で崩れた天井から欠片が降る。

 上空では、聖天機と堕天機の戦闘が続いていた。見上げずとも、アランの顔に落ちる影でそれを察する。ガブリエルの哄笑が頭に響くのが分かる。その存在が、まだ健在であることは呪光で感じる。

 短い間だが、時は確実に流れていた。いつまでもこうしてられないのは、サハラが一番感じていた。


「どうした、撃たないのかよ」


 サハラの焦りを煽るように、アランが尋ねる。なおをアランを睨むサハラ。引き金に指がかかり、その銃口が微かに揺れる。

 しかし、そのまま再び静寂が下りる。アランはやれやれ、という風に首を振り「この緊迫感にも飽きた」と告げた。


「お前が撃たないなら、俺が――ッ!?」


 強くマオのこめかみへと銃口を突きつけたアラン。しかしそれを遮るように、大きな衝撃が格納庫を襲った。地震のような横揺れが三人を襲い、アランはマオを支えるように踏みとどまる。――と、その時二人へ濃い影が下りる。

 ハッとした表情で上を見上げる三人。その目前で、マオとアラン頭上が崩れ、降る大きな瓦礫。まるでスロー再生のようなその光景に、サハラは金の瞳を光らせる。

 アランとマオ越しにそれを睨み、瓦礫を払うように《アルヴァ》を遠隔で動かす。ツインアイが光り、動き始める――しかし、遅い。


「マオ、アランッ!」


 届くのは声だけ。手を伸ばしても、瓦礫を払うことも二人を掴むことも出来ない。無為と知りながらも、思わず駆け出す。もう少し、もう少し早く!

 そう叫ぶサハラの目前で――アランが動いた。

 彼は黒い瞳でマオを見つめると、突然支えていたマオをサハラの方へ突き飛ばした。よろけるように、大きく飛ばされるマオ。その表情には痛みよりも、驚愕が表れていた。


「アラン、どうして……!」


 尋ねられたアランは、自分でも驚いたような表情をしていた。目を丸くして自分の掌を見つめ、そして上をちらりと仰ぐ。迫る瓦礫。アランは再び二人を見ると、苦笑する。


「オレはオレだったってことだなぁ」





「アラン! アラン!」

 静寂だけが、返ってくる。

 崩れ落ちた瓦礫へ、そう必死に呼びかけるマオ。サハラは全力でそれを持ち上げるが、微動だにしなかった。《アルヴァ》の空を切った腕の下、瓦礫で砕けた拳銃がマオの足元に転がる。崩れ落ちたマオの膝が、瓦礫から溢れたもので赤く滲む。


「…………」


 マオの隣で、サハラは瓦礫を見落とす。遠くではまだ爆音が響き、上空ではまだ戦闘が続いている。サハラはじっと壊れた拳銃を見つめると、しばらくして上空を睨んだ。

 その目線の先にあるのは、青い《セラフィーネ》。

 忌々しいその表象を睨むサハラへ、マオが顔を伏せたまま小さく呟いた。


「……サハラ、行って」

「……アランがどうして〈智人ジルヴ〉になったのか、俺は知らない」


 マオの言葉を受けて、サハラは拳を握り締める。見知った堕天機が、《アステロード》が、《デイゴーン》が、その青い《セラフィーネ》にもてあそばれていた。哄笑が頭の中に響く。

 サハラはもう一度、瓦礫に目を落とすと愛機へ歩み始める。確かな足取りでタラップを駆け上がり、シートへ腰を下ろす。既に起動している《アルヴァ》にサハラが乗り込み、光が背に集い黒い翼を成す。


「……でも、〈智人ジルヴ〉なんてのを生んで、人間を弄んだヤツは知っている」


 全天周モニターで、瓦礫を見つめる。マオは何かを願うように、こちらを見上げていた。あの日のような――ユデック基地の医務室でのような、視線。サハラは操縦桿を握り締めると、仇の名を呟いた。


「――ガブリエル」


 開けた天井の真下へ、《アルヴァ=セラフィーネ》は歩み出る。翼を大きく広げ、緑の双眼が宿敵を睨む。文様を金に輝かせると、黒い翼の機神は混迷の蒼天へ消えた。

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