第43話 友の刃
脇腹がひどく熱い。ちゃんと確認していないが、血が溢れていることだろう。撃たれたのだ、当たり前だ。お陰で足にも力が入らない。
サハラは倒れた姿勢のまま、目の前に立つ友――アランの姿を見上げた。
「お前……どうして、ここに」
「オペレーションか? 心配すんなよ、デオン博士に任せた」
誰もいないのは不自然だからな、といつもと変わらない口調で告げるアラン。しかしその手に握られた拳銃、そこから立ち上る紫煙が『いつものアラン』ではないことを示していた。
サハラは平然と的外れな答えをするアランに、怒りを露わにし始める。
「そうじゃ……ねぇだろ……!」
「あぁ、そうじゃねぇな」
アランがそう肯定していると、サハラを追い駆けて来たユードが肩で息をしながらこちらへ歩み寄ろうとする。
「よくやった……よ」
「待てよ」
しかし、アランはそのユードを手で制した。ユードは驚いたように立ち止まる。アランはそれを強く睨むと、確かに告げる。
「サハラは俺がやる。……そういう約束だろ」
ユードが諦めたように後ろへ下がると、アランは再びサハラへ向き直った。手にした拳銃を調整するように弄りながら、サハラの質問に改めて答える。
「お前が仮に、メタトロンの銃殺に気付いていなくても天使……それもガブリエルが来たとなれば必ず《アルヴァ》で出撃するだろ? だから俺はここにいた」
アランはそこまで語って、拳銃を仕舞う。サハラの納得していない表情に、アランはおどけた様子で「これでもなかったか」と肩を竦める。そしてそのまま、似合わない手袋をするり、と外した。
「そうだ。オレも〈
「……ッ!」
出会った頃、訓練生時代から隠していたアランの手の甲。その手を尋ねる度に、彼は昔ひどい火傷を負ったのだと話していた。しかし――そこに刻まれていたのは、青い百合の文様だった。
「アラン……お前が、〈
改めて告げられ、サハラは目を見開く。この視覚も、聴覚も、痛覚も現実を示している。しかしサハラはアランが何を言っているのか理解できなかった。そして同時に、その事実だけを淡々と受け止めている自分もいた。
「……アランが、〈
サハラは呆けたように、再びその言葉を繰り返した。現実感がまるでなかった。今までアランには、そんな兆候は全くなかった。怪しいと思った事さえ――
「オレ演技上手いからな……全く気付いてなかったろ? 何せ今まで〈
まるで誇るように、そう語るアラン。サハラが足に力を入れ、立とうと苦戦している前で、舞台上の役者のように朗々と語る。
「オレはアンゲロスにも呪光の力にも、天使化ってやつにも特に興味はない、ただの夕靄アランだからな。オレの目的はそんなんじゃない、もっと個人的なもんだ」
それは本当にそう思っているようで、サハラは疑問に思う。では何故、何故お前は〈
「オレは――お前を殺したかったんだよ、サハラ」
発砲音。銃口を捕らえた瞬間、サハラの瞳が金の光を宿し、蛙のように器用に飛び退いた。頬を銃弾がかすめ、刀傷のように切れる。
「チッ!」
アランは打って変わり露骨に舌打ちをすると、不機嫌な表情のまま続けざまにニ、三発。サハラはギリギリで避けながら、そのまま立ち上がってアランと対峙する。
「――……!」
色んな出来事が重なり、混乱していたサハラの思考が天使のそれのように冴え始める。まるで生存本能のように、危機に瀕した胸の奥で黒い炎が灯り始める。
金の瞳、そして髪の一部が銀に染まりいくサハラを見て、アランは露骨に声を荒げた。
「それだ! それが気に食わないんだよ!」
言葉と共に放たれる銃弾。サハラはそれを最小限の動きで避けながら、短く尋ねる。
「――
「お前に会った、その直後からだ」
先程まで、いつもどおりだったアランの表情は激怒のそれに変わっていた。或いは、嫉妬の。
隙を見てサハラは《アルヴァ》へ駆け寄ろうとするが、それを許さないようにアランは銃弾を放つ。サハラは歯がゆくなって、アランへ叫ぶ。
「マオは……マオが知ったら、お前ッ!」
「マオが? おいおい、冗談だろ!」
アランは可笑しいと言わんばかりに、手で顔を覆う。そしてその手がどけられた後には、元の怒りが現れていた。
「そういうのが! 気に食わないんだよ! パイロットセンスも、化け物みたいな力も! お前の持ってるもんが全て!」
アランは決壊したようにそう叫ぶと、自身の背にある《アルヴァ》を撃つ。銃弾は《アルヴァ》の肩部を捉えるが、その真紅の装甲には小さな傷がついただけだった。
「――なぁサハラ……」
ゆらり、と不気味に体を揺らしてアランが顔を上げる。それは不気味な、壊れたような笑顔が張り付いている。ゆらり、ゆらりとおぼつかない足取りで少しずつこちらに近付いてくるアラン。
「――お前さ、オレが好きでオペレーターやってるとでも思ってたのかよ?」
サハラはその声に妙な響きが現れ始めているのに気付くが、アランはそんなこと構わず続ける。
「――違う。オレは、オレはパイロットになりたかったんだよ。堕天機のさ」
「おい、お前……!」
アランの右目がだんだんと光を――虹色の光を帯び始めていることに気付くサハラ。手の甲の百合が青い光を放ち、目はそれと呼応するように光る。しかし、アランは自身の変化に気付いていないらしい。
「――でも、なれなかった。そんなオレの前にお前がいるんだよ、サハラ。オレにはお前みたいなパイロットセンスはなかった。有名な母親も。その、意味のわからない力も……」
じゃきり。そんな音につられて見れば、アランの手に握られているのは武骨なナイフ。そしてもう一歩ゆらりと動くと、アランは風に煽られたようにぐい、と身を傾けた。
「――見せつけてくれるよな……お前はアアアアアアアアッ!」
爛々と目を輝かせ、こちらへ走ってくるアランを見て、サハラはこの『症状』に気付く。表出化。恐らくあの百合の文様の影響で、呪光の力を受けている。
振り回される刃に、サハラは避けながらアランへ呼び掛ける。
「落ち着けッ! お前は、感情に振り回されてる!」
「いいや、違う!」
ナイフを大上段から振り下ろしながら、アランはしっかりとサハラを見つめる。髪の合間から見えた左目には正気が宿っていた。
「っ!?」
「確かに、表出化はしてるさ!」
表出化をしながら自己を保っているアランに、サハラは目を見開く。まさか、そんな。気を取られているサハラは肩を切り裂かれ、苦悶の表情を浮かべる。
「ぐ……!」
「表出化はしてるが、これは紛れもなくオレの意志だ! オレはオレの意志でお前を殺すッ!」
防戦一方になり、サハラは《アルヴァ》から離れるのを感じる。愛機に目をやれば、一瞬その目が緑の光を宿すのを感じた。呼べば動く――が。
目の前で刃を振るう、殺意を宿した親友の姿にそれを
アランは、アランの意志で俺を殺そうとしている。そこに何があるのか、今まで何があったのか……俺にはわからない。それでも、目の前にいるのは確かにアランなんだ。何か、何か方法は……!
「お前がオレを殺さずとも、オレはお前を殺すぜ」
「……っ!」
考えを見抜かれ、サハラはたじろぐように大きく後ろへ飛び退いた。本当に、戦うしかないのか……?
その時、格納庫を轟音と衝撃が揺らす。《アルヴァ》の近くの天井が崩れ、大きく光りが入ると共に上空の戦場が見える。
「アレは……!」
サハラはその光景に目を奪われた。
堕天機と聖天機の入り混じる、その戦況のど真ん中。《デイゴーン》と《アステロード》を相手にしているのは、見た事のない聖天機。両肩の巨大な装飾を持つ、青い《セラフィーネ》。
『――面白い! 羽無し共の児戯は酷く興味深い! あはははははは!』
向かって来た《デイゴーン》を投げ飛ばしながら、青い《セラフィーネ》はそう笑う、戦況を貫く甲高いトランペット。思い出したように、背中がじりじりと疼く。
「ガブリエル……ッ!」
「行かなくていいのかよ、エース?」
距離をとったサハラをそのままの位置から煽るアラン。サハラはちらり、ともう一度戦況を見る。《アステロード》にしろ《デイゴーン》にしろ、防戦一方だ。ガブリエルはどう見ても『遊んでいる』だけ。本気を出せば……。
「オレを倒さなきゃ、あっちには行けないぞ」
「……あぁ」
拳を握り締めるサハラ。その時、後ろで銃声が起こる。ハッとサハラが振り返ると、ユードが何者かに取り押さえられていた。
「くそ、やはり……お前!」
「長閑ユード。今回の首謀者は貴様か……!」
冷淡な声をして、その男はユードのこめかみに拳銃を突きつけていた。その顔に見覚えがあって、サハラは思わずその名を呼ぶ。
「朝霧……!」
「東雲サハラか」
朝霧はこちらに気付いたようで、サハラとアランを一瞥する。彼はアランを見て「やはり」と小さく呟くと、再びサハラへ呼び掛ける。
「早く戦場へ行け、東雲サハラ」
「行かせねぇって」
「が……ッ!」
アランの声が二人の間に割り込んだかと思うと、サハラの太ももに激痛が走る。そのまま崩れ落ちそうになるのを気迫で持ちこたえながら、痛みに目を向けると、アランがナイフを突き刺していた。
「夕靄アラン……!」
「おぉっと、キミの相手はボク……だろう?」
その急襲に顔をしかめ、銃口をアランに向けた朝霧だったが、体勢を入れ替えたユードに牽制される。朝霧の援護は受けられない。
「オレが殺すか。お前が殺すか。そういう話だってのがまだわかんねぇのかよ」
「わかんねぇよ」
こちらを見上げるアランに、サハラは顔をしかめたまま答える。
しかし、サハラももうギリギリだった。上空では、味方が蹂躙されている。目の前のアランは、こちらを殺そうとしている。俺は、俺はどうすれば……!
「この状況でどうすりゃいいかもわかんねぇのかよウチのエースは……やっぱり博士の七光りか?」
「お前……ッ!」
七光り――久々に聞いた、自分の神経を逆撫でする言葉。自分への不甲斐なさと、この状況への怒りからサハラは艦上に任せてアランを刺された足でそのまま蹴り飛ばした。
「ぐ……ははは」
ごろごろと転がったアランは立ち上がりながら、不気味に笑う。口元の血を拭うその顔は、出撃前のアランの表情とそっくりだった。
「それでいいんだよ……」
サハラはその表情と、足を走り続ける痛みに一つ深呼吸をする。味方が戦場で危機に陥っている。目の前にはそれを阻む敵が、一人。――あぁ、結論は簡単だ。
「……説得に応じる気は?」
「ないね」
サハラは最後に、小さく確認する。アランが当然のようにそう吐き捨てたのを感じて、一度目を瞑る。
再びその瞳が金に光る時、その視線は友ではなく、敵を捉えていた。ナイフを逆手に構え、目の前の倒すべき相手を睨む。
「――どけよ、アラン」
「――来いよ、サハラ」
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