暁のアルヴァスレイド

並兵凡太

第一章 叛逆の刃

第1話 降り来る天

 空が口を開けた。


 街中、誰もが普段通りの生活を過ごしていた。

 そのとき、道を歩いていた男は空を見上げた。

 雲一つない青空に、ぽっかりと開いた穴。

 穴の向こうには真っ暗で、何も見えない。

 男だけではなく、街を歩く人、ビルの中で仕事をする人、友達と話す子供もみんな空の穴を見上げていた。

「あれは……?」

 呟いた男の視線は、穴の闇から出てくる巨大な『それ』を見つめていた。

 『それ』は言うなれば――天使。

 真っ暗な穴から出て来た影は白かった。

 二十メートルほどあるだろうか、足のない人型の体躯はつるりとした乳白色。全身には黒色の文様が走り、そして背中には一対、白銀の翼をもっていた。

 しかし天使たちの頭部には顔らしきパーツはなく、それらを模したような文様があるのみだった。

 穴から出て来た天使は一体ではなかった。

 同じような姿のものが穴から次々と吐き出される様を、人々は見上げているだけで、気が付いたときには天使たちは二十を越すほど現れていた。


 そして次の瞬間、街は火に包まれた。


 天使たちは掌からレーザーの如き光を放つ。撃たれた光は道路を焼き、建物を穿つ。

 途端に、街が悲鳴をあげる。

「う、うわあああああっ!」

 人々が叫びをあげ、逃げ惑う。光を受け爆ぜる車、崩れるビル。天使たちは全てに光を放っていく。

 逃げる女を、子供を、老人を、男を、光が襲う。体が一瞬光輝いたかと思うと、炭のように黒くなり、崩れ去る。

 一人の女が、他の人々の流れに飲み込まれ逃げる。

 轟音。

 走りながら振り返ると、さきほどまで隣を走っていた男の腕が、瓦礫の狭間から見えた。

 怖くなって、顔を真っ青にしながら走る。

 再び轟音がしたかと思うと、目の前にビルの残骸が降ってくる。数人が一瞬のうちに見えなくなる。

「こっちだ!」

 左側から呼ぶ声がする。スキンヘッドの男が手招きしていた。女の目が希望に輝く。

 女が走り出した瞬間、スキンヘッドが光に包まれる。次に見たときには、そこには黒い『何か』があるだけだった。

「い、いやぁ……」

 ふらついた女が、何かに躓いて転ぶ。見るとそれは、ちぎれた子供の足だった。

「だっ、誰か……!」

 倒れ込んだ女が悲痛な声を上げながら空を見上げる。

 焼け、崩れ、破壊されゆく地上を見下ろす異形の天使たち。

 そのうちの一体が、女の方を向いた。顔の黒い文様が怪しく光る。

 女の瞳が絶望に染まろうとした、そのとき。


 そのとき、空にいくつもの黒い影が飛来する。



 遡ること十二年前。

 空に突如穴を開き、巨大な白い侵略者が現れた。

 その姿から彼らは「天使」と呼ばれた。

 天使は世界中の都市を襲撃、既存の兵器ではその物量と強さに太刀打ち出来ず、人類は日々数を減らしていくことになる。

 その中で人類は天使に対抗するため軍事組織「カトスキア」を設立し、天使との全面戦争へ突入した。



『現在確認できる天使は《エンジェ》のみ。次元のゲートは依然開いており、援軍の可能性もある。油断するな』

「了解ッ!」

 低い男の声で伝わる通信に、コックピットの中、少年は強く応じた。

 操縦桿を握り直しながら、全天周モニターに映し出される敵――天使を睨む。

『市街地上空での戦闘になる。各員、いつもより慎重にあたれよ。では――戦闘開始!』

 合図と共に、少年はペダルを思いっきり踏み込んだ。

 少年が駆るのは黒い影、そのうちの一機。

 人型のそれは背中のブースターから火を噴くと、腰にマウントされた実体剣を抜き放つ。

 狙いは今にも光を放たんと地上へ掌を向ける、天使。

 黒い影は一気に天使へ迫ると、剣を振り上げた。

「うおおおおッ!」

 少年が雄叫びと共に、剣を振り下ろす。

 天使は文様を点滅させたかと思うと、輝きと共に爆散した。


 カトスキアは天使との戦争の中で、黒い人型兵器を開発した。

 それこそが人類の切札――「堕天機」である。

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