第47話 限界点
『――タオじゃないタオじゃないタオじゃないタオじゃないタオじゃないタオじゃないッ!』
ハウの《デイゴーン》の鋭い眼光がタオを捉える。ブースターが火を噴き、悪意の狂爪が迫る。対応できないタオ機が弾き飛ばされ、ルディが怒号をあげる。
『ハウッ!』
体勢が立て直せないタオとハウの間に飛び込むもう一機の《デイゴーン》。立ちふさがるルディ機だったが、しかしハウ機はそれを避けるように飛んだ。無視されたルディが怒りを露わにしてその後ろ脚を掴む。
『――止まれッ!』
足止めされるハウ。されど全くルディ機には見向きもしない。相も変わらずハウ機のブースターが燃え上がり、掴まれた足と掴んだ掌が軋む。意地でも抜けだそうとするハウ。無視されているという状況に、タオの怒りが煽られる。
『――無視してんなァッ!』
ハウ機の足がひしゃげ、そして咆哮のような駆動音と共にルディ機がそれを投げ飛ばす。タオとは真逆の方向に飛んだハウ。体勢を立て直すハウ。そこへ迫るルディ。ルディ機が構えた呪光砲を避けると、ハウは再びタオ機へ迫った。
『――タオじゃないタオは、ハウが元に戻してあげるね……?』
陶酔したような声で、タオ機に掴みかかるハウ。タオはその腕を防ぎながらも、しかしその狂気とも言える勢いに押される。
『戻るのはハウだよ! ハウ!』
『――タオじゃないタオがタオの声で話さないで!』
《デイゴーン》同士が強く睨みあう。その海獣の牙がタオ機に肉薄する。押し負けるタオ機。その腕を引き剥がし、ガラ空きになった胴体へ鋭く挿し込まれるハウ機の狂爪。タオ機がギリギリで身を逸らすが、胴体が切り裂かれ火花が散る。
『――ごめんねタオ。でも必ずタオを取り戻すから。タオをハウのものにするからね。ハウのタオ、ハウのタオだけいればいいの!』
感情が荒れ狂い、支離滅裂なまでに叫びながらハウ機が猛攻を続ける。肩、腕、頭、足、腹、腰。タオ機のありとあらゆる部位を撃ち、穿つ。戦意を保つタオが相手でまだそのいずれも致命傷には至らない。しかし、タオにはまだ迷いがあった。
『ハウ……!』
『――嗚呼、タオ! タオ! 私のタオを私が作るの! 一緒に気持ちよくなろう? ねぇタオ……タオ!』
小さく、そう呻くタオ。眼帯をして、一つだけの眼で片割れを見つめるが、その声は嬌声に塗り潰され届かない。防御や回避こそすれど、その手は攻勢に出ることを考えていなかった。
そしてその迷いは隙を生む。再びがら空きになった胴体。そして狙い澄ましたように放たれる一撃は真っ直ぐ胸部――コックピットへ迫る。
『そうはさせないッ!』
間一髪、間に合ったルディ機がハウ機の腕を跳ね上げた。一撃はタオ機の頭部を掠め、その片牙を砕く。ルディ機の乱入にタオ機が下がり、戦況はまた零へ返る。だがそれでもなお、迷いのあるタオ、相手にされないルディではハウを押し返すことすら叶わない。
もう何度、その激突を繰り替えした頃だろうか。
感情と感情のぶつかり合い。そして『楽園の蛇』計画で繋がった彼女たちの関係。更に何より、いつ動くとも知れないガブリエルに警戒し、彼女らへと向かえないサハラとセイゴ隊の耳に、春雷デオンの声が届いた。
『ダメだ、そっちに繋げる。セイゴ隊、聞こえるか!?』
老齢の紳士とは思えぬ、焦りの滲んだ声。セイゴがそれに応答すると、彼は端的に、その数字を告げた。
『八分だ! もうすぐ八分経つ!』
「八分……?」
突然叫ばれた数字に、サハラは戦況に目をこらしつつも考える。まるで暴走かと思うほどに加速していく三機の攻防。心なしかルディ機やタオ機も荒々しくなっていることを感じながら、それに反してサハラの思考は動かなかった。
だが、シューマがいち早く気付いた。
『まさか……《デイゴーン》の活動限界かッ!』
『その通りだ!』
答えに、サハラは自分の中から「活動限界」という概念が消えていることに気付いた。そして同時に、一気に焦りが押し寄せてくる。
『まだ君たち《アステロード》では少し余裕があるが、《デイゴーン》は試作機、兵装の関係で活動限界は短い!』
『まずいな……行くぞ、シューマ!』
デオンの言葉を確かに聞きながら、セイゴも危機感を口にする。彼はサハラにガブリエルを任せると、シューマと共に飛んだ。その先には激しい戦闘を繰り広げる《デイゴーン》。しかしそれは、サハラのよく知る新型の洗練された戦い方ではなく、まるで――まるで、先のガブリエル戦のタオのような動きだった。
『活動限界はパイロットの安全に考慮したものだ。呪光による汚染を抑えるための。そして、彼女ら新型パイロットは呪光との親和性が高い……』
デオンはそこまで説明すると、考えうる最悪の状況にして、最も現実に即した予想を口にした。
『備えろ、三人纏めて表出化する!』
『――アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
果たして誰の雄叫びだったか。
デオンのその言葉をまるでトリガーにしたように、三機の《デイゴーン》の目が荒々しい光を宿す。刹那、戦況が静まり返ったかと思うとそれぞれが弾かれたように動き出した。
『――如何して? 如何してタオは! タオ! 来て……来て! 来ないで! タオの顔をした、誰か!』
ハウは甲高く、まるで喜びのような声を上げつつも支離滅裂な台詞を吐く。狙う先は当然タオ。まるでその他などこの空間に何も存在しないかのように、タオ機を全速で追っていた。
そしてその先。
『――お前ガ、お前……が……!』
先程まで防戦一方だったタオ機は。
『――お前が、ハウを! ハウを壊したのはお前だ! お前が! お前のせいで! お前がァァアアアアアア!』
獣の如き雄叫びと共に、二機の《デイゴーン》へ背を向けると一気に飛び出した。その憤怒の向かう先は青い敵機、《マイム=セラフィーネ》。彼女の感情と暴走が向かった先は、ガブリエルだった。
『――くく、くははははははっ! 来たれるは蛇の刻限! 黒光に魅入られたが如く、或いは嘗ての敗北が如く。第二幕も佳境だな? ん?』
後ろから迫るハウ機など眼中になし、怒りをぶちまけながら突っ込んでくるタオ機をガブリエルは歓喜で迎える。撃ち放たれる海獣の光弾。阻む光壁。そして前回のように、彼女はその次元障へと食らいつく。
『――お前が悪いんだ! お前さえ居なければ! お前が、お前がハウを! ハウを返せよ!』
『――吼える狂犬。されど天を往く翼には
次元障を爆ぜるように拡大させ、弾き飛ばされるタオ機。しかし彼女は再び咆哮すると、猪のように突撃した。またその行く手を阻む障壁。そして、後ろから迫るハウ機。
『――タオ。タオは
「くそッ!」
ギラリと光るハウ機の掌。しかしタオ機が全くそれを意に介していないことを悟ると、サハラは《アルヴァ》を駆りその間に割って入った。ガブリエルとタオに背を向け、それを守るように次元障を展開する。
『――ハウを元に戻せ! タオのハウを返せッ!』
「落ち着けタオ!」
ハウから守りつつも、サハラは焦れる。このままハウを防いでいれば、圧倒的戦力差のタオとガブリエルをそのままにすることになる。サハラの焦りを、管制からのデオンが加速させる。
『ハウはこの際構わない。せめてタオとルディだけでも戻らせるんだ。このままでは呪光を浴びすぎて――』
デオンの台詞に、サハラの脳裏に嫌な記憶がフラッシュバックする。イーナク基地のデオンの研究室で見た映像。呪光の結晶体であるアンゲロスに触れ、一瞬で灰燼と化した若い職員。そして、自分の目の前でアンゲロスに触れられ同じく塵芥と化した――母、アシェラ。
「くそ! 退くぞタオッ!」
もう、そんな事例を増やしてたまるか!
サハラは先程ガブリエルがそうしてみせたようにハウを次元障で弾き飛ばすと、ガブリエルへ迫るタオ機を掴んだ。その手を振りほどくように暴れるタオ機。サハラはそれを無視するようにして、強引に飛んだ。《アルヴァ=セラフィーネ》のパワーに引きずられるようにして《デイゴーン》が持っていかれる。
『――離せッ! タオがハウを取り戻すんだ! 邪魔すんなサハラ!』
「落ち着くんだよタオ! お前もハウも今はおかしいんだ、正気に戻らねぇとハウも戻らねぇぞッ!」
『でも……でもッ! タオが、ハウを! ハウの仇をッ!』
まだハウよりは汚染が浅いためか、いくらか話は通じる。サハラはタオを説得しながらも後方を見た。変わらず追ってくるハウ機。ガブリエルは状況を愉しむ観客のように、動かない。
しかし、その更に後方に迫る影。
『――アタシを……』
肩に刻まれた番号は「Ⅰ」。
『――アタシを無視するんじゃあないッッ!!』
猛追するルディ機はその激怒と共にハウ機の足を再び掴んだ。同時に炸裂する呪光砲で、ハウ機の左足が砕ける。態勢の大きく崩れるハウ機。しかしなおも彼女は、サハラとタオを追おうとする。
『――待って、タオ。待って……タオ、タオ、タオ……!』
『――アタシが見えないのか! このアタシを無視するとは言い度胸だ、五十嵐ハウゥゥゥッ!』
悲痛な声を上げるハウ機、その頭部をルディ機がぐわりと掴む。そしてまた、タオから引き剥がすようにハウ機を後方へぶん投げた。
『――身の程知らずがァァァァッッ!』
投げる瞬間に再び呪光砲。ハウ機の頭部が半壊し、そしてその勢いで遥か下へと落ちる。だが、その目は依然ルディを見ることはない。それを感じたのか、彼女はまた自分を駆る怒りそのまま追わんとする。間に立ち塞がらせる《アステロード》二機。
『落ち着けよルディ!』
『もう活動限界だ、君なら正確な判断が出来るだろう。違うか!』
『――活動限界……だって?』
諭されたルディ。怒りの中でも、確認はしたのだろうか。大きな舌打ちと共に、取り敢えずは動きが止まる。
『――
『止まれって言ってんだよ! このっ!』
再び突進しようとするルディ機をシューマ機が抑える。そして態勢を立て直したハウ機はセイゴが牽制していた。
「あっちも大変だ、が……!」
『――離せッ! 離せよサハラッ!』
しかしサハラも、今にも離れかねないタオを抑えているので精一杯だった。時間は迫り、焦りが加速する。しかし硬直した場。ルディもタオも退きそうにない。どうしようもなかった。
『――刻限迫る第二幕』
その中で――完全に自由と化し、そして傍観者と化していたガブリエルの声が通った。突き抜けるトランペット。不快な共鳴を聞かせるそれは、混沌に陥った六人へ一人、語る。
『――されど舞台は
朗々と語るガブリエル。呼応するように両腕を大きく広げる《マイム=セラフィーネ》。しかし、サハラはその姿に妙な違和感を覚える。何か、何か決定的なものが足りない。
「何だ、俺は何を見失った……?」
腕は、ある。頭も。口の造形も。足も欠いてはいない。六翼も依然として健在。そしてサハラはそこで、足りていないものに気付く。
「肩の……ッ!」
そう。《マイム=セラフィーネ》を特徴づけていた、肩から外へ張り出した百合の花の如き造形。それが今、《マイム》からはなくなっていた。そしてサハラが気付いたのと同じタイミングで、ガブリエルは高らかに告げる。
『――故に、更なる混沌と我が権能の第三幕を』
その宣言と同時に、サハラは衝撃に襲われた。何事かとモニターを見回す。アラートは変わらず。つまり《アルヴァ》への衝撃ではない。サハラがそう判断を下した時だった。
『――このッ! う、動けッ! 《デイゴーン》!!』
タオの声。ハッとしたサハラは掴んでいた《デイゴーン》を見た。そして――その背中には、まるで寄生するように植わった青い百合が一輪。紛れも無く、サハラが見失っていたそれだった。
「タオ!? どうなってる!」
『――わからないッ! 《デイゴーン》が動かないッ! クソッ! 何をした! タオに何をしたアアアアアッ!?』
通信越しに聞こえるタオの怒声。彼女は手当たり次第操作しているようだったが、《アルヴァ》の掴んだ《デイゴーン》は静止していた。
そして同じように、ルディの声も耳に飛び込んで来る。
『――アタシの《デイゴーン》をどうしたッ! アタシは星影ルディだ……なめるなッ! このッ!』
見れば、ルディ機の背中にもその百合は付いていた。そして彼女の《デイゴーン》もまた操作を受け付けず制止している。
「どうなってる……!?」
困惑するサハラ。そしてその虚を突くように、《デイゴーン》は急に動き出すと、《アルヴァ》の手を恐るべきパワーで振り払った。突然の出来事に、サハラは完全に振りほどかれ、更に態勢を崩す。
「タオ!?」
『――違うッ! タオじゃない……タオじゃない誰かが! 是を動かしてるッ!』
タオの怒りにも混乱が混じる。青い百合を背負ったタオ機は続けざまに《アルヴァ》を蹴り飛ばした。次元障を展開出来ず、腕でそのまま受ける《アルヴァ》。再び態勢を崩されながら、サハラは嫌な予感を覚える。
「シューマ、隊長、気をつけろッ!」
しかし、ほとんどその声と同時に《アステロード》たちはルディ機に弾き飛ばされていた。
『――違う、アタシじゃない……アタシのを……!』
『――第三幕は裏切りと更なる混沌』
トランペットが響く。同時に、二機の百合を背負った《デイゴーン》がパイロットの意思を無視して動き始める。まるで、ついさっきのハウ機の如く、彼女らの《デイゴーン》もまた《マイム》の隣に並ぶ。
『――お前ッ! タオに何をした!』
『――アタシから是を外せッ!』
パイロットたちの言葉も、そして行動も受け付けず、《デイゴーン》の瞳が深い蒼に染まる。ガブリエルは愉悦が抑えられず、笑いを漏らしながら残る三機へと高らかに告げるのだった。
『――我が権能に刮目し、そして更に踊れ』
《マイム=セラフィーネ》が高く掲げた腕を振り下ろす。それを合図に、《デイゴーン》二機はセイゴ隊へと攻撃を開始した。
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