第六章 撃滅の姫

第21話 ルディ、参上

 あの《エクスシア》の大群の襲撃から数日後。

 イーナク基地内の医務室にて。

「星影、ルディ……」

 診察室のような場所で、サハラは白壁を見つめていた。

 《エクスシア》を次々と屠った海獣の如き堕天機。

 そのパイロットの少女、星影ルディ。

「エースパイロット、か」

 少し低いトーンでそう呟き、サハラは己の掌を見つめる。

「……」

 自分もセイゴ隊のエースパイロットだ。

 ルディのようにその自信はあった――つい数日前までは。

 しかしサハラは、あの恐怖を感じてしまった自分が今それを堂々と名乗れるかと問われれば、沈黙する他なかった。

 そこへ、いくつかの書類を持ったデオンが入ってくる。

「調子はどうかな」

「……悪くはないよ」

「それはよかった」

 淡白な会話を交わしながら、デオンは主治医のように、サハラと対面するように座った。隣にあったデスクに書類を並べ、胸元に指していた眼鏡をかける。

「ふむ」

 書類に目を通しながら、デオンが口を開いた。

「データとしては一般の堕天機パイロットと変わらない箇所が多いな……まぁ、現段階ではの話だがね」

 『現段階では』、とデオンは強調する。

「自身で気付いたことや変わったことは?」

 デオンの問いに、サハラは一瞬どうしたものか迷う。

 あの暗闇で感じたもの。

 己の内に眠る『何か』――否、『誰か』。

 しかし、

「……いや、特には」

サハラは自分でもよくわからず、それを口に出さなかった。

 恐怖したことを知られたくなかったのかもしれないが、何か違う。サハラはそう感じていた。

 まだ話すときじゃない。

 言葉にするのは難しいけど、こう……まだコイツがどういうものなのか分からない内は。

 サハラはそう結論付けていた。

 デオンはその表情に何かを感じ取ったのか、はたまたその言葉を信じたのか、ふむと目を伏せると明るい声色で切り替えた。

「しかし君は幸運だな、渡りに船というか……まさしく彼女は君にとって新しい光になるやもしれないな」

「彼女?」

 サハラが訊き返すと、デオンは資料をデスクの上でまとめて立ち上がった。

「会ったんだろう? 星影ルディに。さぁ、皆が待っている」

 デオンは端的にそう告げると、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。

 星影ルディ。

 サハラはもう一度その姿を思い出しながら立ち、その後を歩き出した。



「お待たせした、もう一人の『エース』だ」

 芝居がかった口調でデオンがそう言って入った場所は、格納庫からそう遠くないミーティングルームのような場所だった。

 デオンの後から入ったサハラはその影から出て、中を確認する。

 そこにいたのは、セイゴ隊の面々と輸送艦バアルゼーヴェ艦長、そしてもう一人別の艦長らしい人物と。

「《モレイク》の? ……へぇ、アンタのことだったんだ」

 カトスキアの制服を纏った星影ルディだった。

 そこで何が話されていたのか、サハラが察する前にルディはカツカツとサハラに歩み寄る。

 ここまで近くで彼女を見るのはサハラも初めてだった。というか、これが初対面と言っても過言ではない。

 深い青の長髪。身長はサハラよりも少し低く、年はそう変わらないくらいか。特徴的な強い光を湛えた青い瞳は、右目だけがやや金色の輝きを宿しているようにも見えた。

 ……強い。

 外見からサハラはそう感じだ。そして同時に、何故か『似ている』とも。

 ルディもサハラを観察していた。その少女らしい大きな瞳で睨まれ、サハラはややたじろぐ。

 しばらくそうしていると、ルディは楽しそうに笑った。

「へぇ……悪くないんじゃない? そんな匂いがする」

 どうやら気に入られたらしかった。

 そんなサハラに、ルディは手を差し出す。

「アタシはルディ。エースパイロットの……ってもう言ったか。アンタは?」

 サハラは握手に応じながら、名乗る。

「東雲サハラ。よろしく、ルディ」

 『セイゴ隊のエース』、という台詞は何故か出てこなかった。

 ルディはサハラの手をしっかりと握り返し笑う。

「あぁ、よろしくサハラ。アンタとなら楽しくやれそう」

「あぁ。……ん?」

 同意しながら、サハラはその台詞に引っかかりを感じる。

 するとその補足と言わんばかりに、セイゴがサハラに告げた。

「正式にはテノーラン基地到着後、だが……その星影ルディはこれからセイゴ隊に臨時加入し、これから同行してもらう」

 その文言にサハラが一瞬考えていると、セイゴの脇にいたアランが付け加えた。

「つまるところ、新メンバーだよ」

「新、メンバー……」

 サハラはもう一度、目の前の少女を見る。

 彼女が、新しい仲間。

 その事実に、サハラは焦りではなくむしろ安心を感じていた。

 しかし、すぐに疑問が湧いてくる。

「でも、なんでウチに」

 そうだ。

 カトスキアのエース、を名乗るくらいの実力者であれば自分の隊を率いるくらいが適切なのではないか。

「それは――」

「それは!」

 シューマが知った顔で話そうとしたところに、ルディの言葉が被さる。

 ルディはビシリとサハラの鼻づらに指を突きつけながら答えた。

「東雲サハラ、アンタと。異天二号機、《アルヴァスレイド》がいるから」

 俺と、《アルヴァ》?

 シューマが不満そうな顔をするのを他所に、ルディはサハラの隣のデオンに話しかける。

「デオン、説明はまだなの? 早く教えたいんだけど」

「まだだな。全くこの娘は……わかった、わかった」

 デオンは頭を抱えると、セイゴたちに一言何か断りを入れる。セイゴがそれに頷くと、デオンはミーティングルームから出た。

「さてサハラ。君には色々と見て貰わねばならない。カトスキアの最先端を、な」



「彼女――星影ルディはテストパイロットなのだよ」

 イーナク基地の白い廊下を、サハラはデオンとルディにつれられて歩く。

「確かプロジェクト名は……『楽園の蛇』、だったかな。全く、詩的だとは思わんかね」

 アタシあんまりその呼び方好きじゃないなー、とはルディの言だった。しかしサハラは未だに二人が何を話そうとしているのかよくわかっていなかった。

「テストパイロット、って」

「アンタも見たでしょー、アタシが呪光砲撃つの」

 そうだ。

 サハラはルディの言葉でハッと思い出す。

 彼女が乗っていた海獣型の堕天機、アレは堕天機にも関わらず天使側の兵器である『呪光砲』を使っていた。

「東雲サハラ、君の《アルヴァスレイド》は天使――否、呪光と融合を果たすことで《アステロード》とは異質の戦闘能力を手に入れたな」

「あぁ……」

 サハラの相槌を待って、デオンは続ける。

「同じことを、カトスキアも行っていたのだよ。それが『楽園の蛇』計画だ。その中で生まれたのが星影ルディであり、そして――この機体だ」

 いつの間にか三人は格納庫へ来ていた。

 そして、デオンとルディが見上げるのはあの海獣型の堕天機だった。

 《アステロード》よりマッシヴな四肢。掌の呪光砲。そして海獣のように雄々しき頭部。

「《デイゴーン》。アタシの、剣」

 誇らしげにそう言ったルディの言葉を噛みしめるように、サハラはその名を繰り返していた。

「《デイゴーン》……」

「AIGS-05……まだ試験機だがね」

 デオンはそう言ってニヤリと笑った。

「これまで防戦を強いられていたカトスキアが、状況を打破するために開発した新型の堕天機だ。呪光砲を搭載し、アンゲロスのリミッターも軽くすることで《アステロード》の比ではない」

 どこかで聞いたような文言だ、とサハラが感じているとデオンがその理由を指摘してみせた。

「そう。君の《アルヴァスレイド》と同じだ」

 そうか。

 《デイゴーン》と《アルヴァスレイド》。

 俺と、ルディ。……だから。

 よく見れば、《デイゴーン》のカラーリングは今までの堕天機の黒一色ではなく、青と黒のツートンだ。そういう意味でも、《アルヴァ》に似ている。

「でも《デイゴーン》は技術の産物だ。奇跡の産物ではない。もちろんまだまだ発展途上だよ」

「本当それ」

 デオンが苦笑いすると、ルディが呆れたようにため息を吐いた。

「活動制限も短いし、積んだって言ったって呪光砲の弾数少ないし……」

 しかしその口調は楽しそうだった。

 デオンはそれにまた苦い顔をしながら、サハラに向き直った。

「つまりルディが君たちと同行するのはそういうことだ。……あぁ、それと」

 デオンはポン、と手を打つと《デイゴーン》の後ろへ歩き出した。

「君にはこれも見せねばなるまい」

「《アルヴァ》……!」

 そこには、完全に修復された愛機アルヴァスレイドの姿があった。左腕は《アステロード》のものだろう、真新しく真っ黒いそれだった。

「へぇ、コイツが……!」

 ルディも瞳を輝かせて見上げる。

 すると、こちらへゴロウが歩いてきた。

「待たせたなサハラ、お陰で完成したぞ」

「おっちゃん!」

 これでいつでも戦える、と豪語するゴロウへサハラは礼を言う。するとゴロウはいやいや、と首を振った。

「本当はもう数日かかるはずだったんだがな……アイツのお陰だ」

 そう指し示した先にいたのは、作業着に白衣を羽織った青年。すらっとした痩躯で、特徴的な細い目とオールバックの黒髪。やたらと猫背なのも目を引く。

 《アルヴァ》と手元の資料を見比べていた彼は、こちらに気付くと挨拶へやってくる。

「やぁやぁ。キミが、東雲サハラ……かい?」

 静かで淡白なのに、もどかしい話し方。サハラは少し困惑しながらも、頷いた。

 するとルディがバシバシと彼の背中を叩いて紹介する。

「コイツはアタシの相方、長閑ノドカユード。プロジェクトの裏方さ」

「っててて……痛いってばルディ……」

 顔を歪めながらどうも、と会釈をしてみせるユード。

「これからはボクも、残夜さんと一緒に《アルヴァ》の整備にも関わらせてもらう……よ」

 なんだか掴めない人だな……。

 サハラはそんなことを思っていたが、ゴロウが信頼しているようなので、それで良しとした。いや、彼も新しい仲間だ。信頼してみよう。

「さて!」

 パン、とルディが手を打つ。

「これでいつでもテノーランへ出られるでしょデオン!」

「全く星影ルディ、君は先を急ぎ過ぎていけないな……だが、その通りだ」

 デオンは続ける。

「東雲サハラ。セイゴ隊は、私、そして星影ルディと長閑ユードを加えテノーランへ明日発つ。……故に今日は休息を取って貰わねばならない。わかるかな?」

「あ、あぁ」

 いや、デオンの言っていることは何ら間違いではない。

 しかし何故今休息の話?

 サハラが疑問に思っていると、デオンはまたニヤリと笑った。

「ではそういうことだ長閑ユード。後は頼んでいいかね?」

「任せてください……博士」



「ルディがキミと行動を共にする理由……いや、キミがルディと行動を共にする理由のもう一つがこれ……だ」

 場所は移り――輸送艦、バアルゼーヴェ。

 ゴロウやデオンとは格納庫で別れ、その一室にサハラはルディと共にいた。

 そして語るユードが指し示すのは、何やら大仰な機械だった。

 カプセルのようなものが二つ並び、先には何やらいくつか機械が並んでいる。計器は今は止まっているが、いつでも動きだしそうだ。

「こ、これは……」

「あ、やっぱりアンタでも最初はビビるんだ」

 驚いているサハラを茶化すルディ。

「別にビビってるわけじゃ……」

 いや嘘だ。少しビビってる。

「これは……そうだな。浄化カプセル、とでも呼称することにしよう……か」

 ユードは説明を続ける。

「これも『楽園の蛇』計画の一環、なんだけど……《デイゴーン》は試験機とは言えあまりにもまだ実験段階なんだ」

 サハラはあの海獣を思い出す。そうなの……だろうか。

 隣の自信満々な少女を見ても、アレがそんなに不安定なものだとは思えない。

「呪光を利用してはいるものの……『アズゼアルの昇天』の二の舞になる訳にはいかない、から……ね」

「アタシは大丈夫だって言ってるんだけど」

 ルディが茶々を入れると、「ルディは、黙って」とユードから静かに窘められた。彼は続ける。

「それで《デイゴーン》のパイロットに義務付けられているものが、二つ。特別製スーツの着用と……このカプセルでの休息、だ」

 そこまで告げると、ユードは「入って」と短く言った。

 サハラが困惑していると、ルディがその手を引く。

「ほら、下着の上にこれ来てさっさと入って」

 渡されたのは作務衣のようなエステ着のような、ともかく薄い服だった。

 そしてサハラの前で早くも着替え始めるルディ。サハラはハッとして視線を逸らすと、背中越しに彼女を感じながら己も着替え始めた。

 おいおいおい。こういうイベントが起きるなんて聞いてねぇんだけど……!

 謎のカプセルを前に動揺していた心が更に揺れる。ぐらんぐらんである。

 そう言えば、とサハラはパイロットスーツ姿を思い出す。漆黒の、それ。

 サハラたちと違う『特別製』のそれは……その、なんというか……非常にボディラインの出るぴっちりとしたスーツで、その。

 細身ながらなかなかに立派なものを持っていたなぁと思い出してしまったのであった。なんせマオは『ない』タイプだったし。

 ――と、悶々としているうちにもサハラは着替えを終えていた。パイロット生活が長いと着替えだけは速い。

 それはルディも同じだったようで、着替え終えた彼女はカプセルのうちの一つに入っていた。サハラも見様見真似で入る。

「まぁ酸素カプセルの凄いヤツ、くらいの感覚でいいよ」

 カプセル越しにルディがそう言った。二人が入るのを確認して、ユードが起動させる。

「これは、呪光を除去する装置なんだけど……ね。リラックスして……くれ」

 静かな駆動音と共に、ふっと体が軽くなる。

「ぅぉ……」

 体験したことのない感覚に小さく呻くサハラ。全身の力がほどけて――そのまま、眠りに落ちてしまった。



『ヴァルア級二番艦、エゴーレス発進!』

『サターネ級三番艦、バアルゼーヴェ発進!』

 翌日。

 サハラはその遠ざかるイーナク基地を自室の窓から眺めていた。

「どう? 調子は」

 そこへ、ルディがやってくる。サハラは少し笑ってしまいながら、快調だと答えた。

「あのカプセル凄いな……なんか、段違いだ。色々と」

 船酔いもしねぇし。

 サハラはルディに弱点を知られまいとそれは口にしなかったが。

「でしょ? アンタもこれから戦闘の度に使うんだから」

「あぁ」

 アレを戦闘の度か。

 サハラは少しだけ、わくわくしていた。

 そんな表情を見て、ルディも笑う。

「テノーラン基地へはそんなにかからない。でも、あそこは最前線だよ、色々と」

「……わかってる」

 サハラは水平線を睨む。

 テノーラン基地。カトスキアの中心。母もいて……『アズゼアルの昇天』の舞台でもある。

 わかってる。

 これからが勝負だ。

 サハラのそんな思いを試すように――アラートが、鳴り響いた。

『緊急連絡。前方に次元のゲートの出現と天使を確認。各員は第一戦闘配備に移行せよ。繰り返す――』

 その瞬間、サハラとルディは弾かれたように走り出していた。

 船の廊下を格納庫へ突き進みながら、ルディが楽しそうに笑う。

「いいね……前哨戦だ。《アルヴァ》とアンタの実力、アタシに見せてみなよ」

 その大胆不敵な発言に、サハラはまた自分と似たものを感じる。……悪くない、かもしれない。

「上等!」

 二人はロッカールームへ飛び込むと、それぞれのパイロットスーツへ着替える。セイゴとシューマも着替えるのを確認しながら、サハラは愛機の下へ走りだした。

「おっちゃん!」

「あぁ、いつでもいけるぞ!」

 パン、とハイタッチを交わしてサハラは簡易タラップを上り、久々のコックピットに滑り込む。

 起動。

 《アルヴァ》の緑眼が閃き、全天周モニターが点灯する。

「やっぱここだな……!」

 《モレイク》を思い出しながら、サハラは手に馴染む愛機の確認をする。

『全員準備出来たみたいで』

 アランの通信が届く。それを合図に、格納庫の壁が開く。蒼天が見える。ゲートはこの反対側だ。

『《アルヴァ》とアンタの実力、アタシに見せてみなよ』

 ルディの言葉が蘇る。

 ……確かにあの時は恐怖した。だが。

「俺が今乗ってるのは《アルヴァ》だ。俺の相棒だ。そうだろ」

 その言葉に呼応するように、《アステロード》のものだった左腕が赤く染まる。

『では各員、発進どうぞ!』

『雪暗セイゴ。一番機、《アステロード》出る!』

『白雨シューマ。同じく二番機、出るぞ!』

 《アステロード》二機が飛ぶ。その後ろに、海獣――《デイゴーン》が顔を出していた。先に行く、ということらしい。

『星影ルディ。五番機、《デイゴーン》行くよ!』

 その姿に、サハラは頼もしさを感じていた。改めて操縦桿を握り直し、天を睨む。

 よし。

 サハラは深く息を吸い込むと、ペダルを踏みこみ咆えた。

「東雲サハラ。四番機、《アルヴァスレイド》――行くぞッ!」

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