第26話 小春日が囁く影

「――小春日マオ、です。……よろしく」


 それは完全に予期せぬ再開だった。

 あのウリエルとの戦いの後。サハラたちセイゴ隊が半壊したユデック基地を離れると同時に、『やりたいことがある』と言っていたマオとは別れていた。

 それがまさか、こんな突然に。


「……」


 サハラは少し混乱して、口を開けたまま呆けている。マオはそんなサハラの様子を見て、悪戯っぽく微笑んだ。


「戻ってきちゃった。……早かった、かな?」


 間が耐えられなかったのか、少し不安げになるマオを見て、サハラはようやく我に返る。

 そうだ、マオが帰ってきたんだ。

 時間差で実感したそれに、少し嬉しくなりながらサハラは笑い返す。


「おう、思ってたよりちょっと早かった」

「えへへ……」


 少しぎこちなかった雰囲気が解け、彼らの間に以前と同じ空気が流れる。


「隊長知ってたんですか」


 サハラとマオの様子にどこか懐かしいものを感じながら、シューマはそう尋ねる。セイゴは片眉を上げる。


「当然だ。大事な部下の帰還だからな」

「今は私の部下だ」


 セイゴの言葉にムッとしたのだろうか。朝霧が咳払いをする。セイゴはその様子に意外だな、と笑った。


「お前も嫉妬するんだな」

「嫉妬ではない、勘違いするな雪暗セイゴ。……現状をハッキリさせただけだ」


 そうだろう小春日マオ、と朝霧に振られてマオは反射的に「はいっ」と答えた。少しだけ間が空いて、自分が何の話を振られたのかを理解する。


「あっ、はい、そうです。私、今は朝霧さんの直属の部下なんですけど……でもセイゴ隊でもあって……あれ?」


 自分でも言っていて混乱したらしい。「うーん、どういうことだったっけ……」と首を傾げるマオへ、「まぁまぁ」とアランが肩を組む。


「細かいことは気にすんなって! これでセイゴ隊完全復活……いや、ルディ隊とも合体して超・完全復活だな!」

「馬鹿だなお前……」

「アランは変わらないね……」


 一人騒ぎ始めるアランに、苦笑する同期二人。その騒ぎに、新型パイロットたちも眉をひそめる。


「あのクソダサ手袋うるさい」

「クソダサ手袋!?」


 タオの辛辣な一言に崩れるアラン。直球過ぎる言葉に、ハウが慌ててフォローする。


「タオ、だめだよ……」

「だって」

「本当のことでも言っちゃダメなこともあるって……アシェラが……」


 トドメと言わんばかりのハウの言葉に「クソダサ……」と崩れるアラン。慰めるマオとサハラ。アランがどうしても気に食わないらしいタオは隠す気もなく舌打ちをしてみせる。


「チッ……まるでハウが前座みたい。気に食わない」

「だめだよタオ……マオは仲間なんだよ……?」


 アランを気遣うマオの姿を横目でチラチラと見ながら、わたわた動くハウに、タオは腕を組んでそっぽを向く。


「タオはハウだけでいい」

「ちょっと、アタシはー?」


 タオの言葉に横で聞いていたルディがふくれる。そんな二つの隊の様子を見ながら、アシェラは楽しそうに笑っていた。


「あはははは! ……デオン博士、これは面白いチームになるんじゃないかなぁ」

「若さを感じますなぁ」

「なにそれ、私が若くないみたいな」

「あれだけ立派な息子を持つ母親が何を……」


 困惑するデオンを尻目に、朝霧は仕切り直しと言わんばかりに大きく咳をする。

 皆の注目が集まり、騒ぎが落ち着いてから朝霧が再び口を開く。


「これで報告は以上だ。ルディ隊の新型パイロット三人は各々、《デイゴーン》の調整があるので東雲アシェラ博士と共に向かうように。セイゴ隊はここで解散だ」


 その言葉を受けて、ルディ隊とアシェラは格納庫へ向かう。朝霧は自分の仕事を終え、マオとどこかへ行こうとしていた。


「そうか……」


 マオの後姿を見ながら、彼女が帰ってきたことを実感するサハラ。またマオと共に戦えると思うと、サハラの中に不思議と安心感が生まれていた。

 解散を命じられて、サハラも会議室を出る。俺も《アルヴァ》の様子を見に行くか。そうサハラが考えて、廊下を歩き出した途端後ろから声がかかる。


「あっ、サハラ。今時間良い?」


 振り返ればマオが白い腕を小さく振っていた。


「いや時間は大丈夫だけど……」

「あっ、よかった」


 マオは嬉しそうに笑うと、廊下で立ち止まっていたサハラの隣に並んだ。


「ちょっと話そう? 歩きながらで良いからさ」


 マオに促されて、断る理由もなかったサハラは彼女と並んで歩き始める。

 ユデック基地とは違う広くて大きい廊下。すれ違う人も多い。それなのに、サハラはマオとこうして並んで歩くことが少し懐かしく感じていた。


「……サハラは変わらないね」


 唐突に、そう呟いたマオ。サハラはその言葉に少しかんがえてから答える。


「わかんねぇ」


 マオと別れてから考えれば色々とあった。デオンに会い、ルディに会い、アシェラに会い、そしてメタトロンに会った。天使化を知り、大天使を知った。ルディと並んで戦って、何かを強く感じたりもした。……天使化も、当然進んだだろう。

 そんな風に思い出していたサハラに、マオはううん、と笑う。


「サハラはやっぱり変わってないよ」

「そうか?」


 マオがそう言うならそうかも知れない。

 サハラが漠然とそう感じていると、マオは少し俯いて語り出す。


「私は……私は、変わったかも」

「マオが?」


 サハラは改めてマオを見直す。

 義手は馴染んだらしい、前みたいなぎこちなさはないけど……貧乳のままだし、どこか変わったか?

 考えて、サハラはそう言えばマオがオペレーターに転身していたことを思い出した。


「そう言えばオペレーターになったんだな、マオ」

「『そう言えば』って何聞いてたの」

「前言ってた、『やりたいこと』ってそのことだったんだな」

「うん」


 マオは頷くと、顔を上げて前を向いた。


「義手でも、長い時間をかければ堕天機も扱えるようになるのかもしれないけど……なんか違うなって思って。それで、朝霧さんと隊長に相談にのってもらってた」


 俺の知らないところでそんなことが。

 サハラは心中で少し驚きながら、続けるマオと共に歩く。


「それで、あのタイミングで朝霧さんとユデックに残って……そこで、色々勉強したりしたんだ」


 廊下が影に入ったらしく、ふと視界が暗くなったように感じる。そこでマオは足を止めると、サハラに真剣な眼差しを向けた。


「サハラに、知っておいてほしいことがある」


 いつになく真剣なマオの瞳に、サハラは息を飲んだ。


「知っておいてほしいこと……?」


 マオは周りを確認して、人がいないことを確認するとサハラに更に寄って続ける。


「サハラの力……異天機二号、《アルヴァスレイド》。多分カトスキアの誰一人、まだちゃんとわかってないけど……それは、この戦争の鍵になってる」


 これはあくまで私の勘だけど、と付け加えるマオ。その口から『異天機二号』という言葉が飛び出して、サハラはマオの何かが変わったことを漠然と感じた。


「その唯一無二の力を持つサハラに、知っておいてほしいこと……ううん、知っておいてほしい存在があるの」


 マオはそう前置きすると、その存在を口にした。


「サハラ。……〈智人ジルヴ〉って知ってる?」


 〈智人ジルヴ〉。

 先刻別の人物から聞かされたその言葉が、マオの口から出たことにサハラは強く動揺する。

 知っている。メタトロンから聞かされた、何か嫌な予感を伴うもの。百合がどうとかメタトロンは言っていたが、それは理解出来なかった。ただ、誰かにその存在を相談することだけは強く禁じられた。


「……!」


 サハラは改めてマオの顔を見る。その顔は真面目な話をする時のマオそのもので、瞳も真っ直ぐ真剣なものだった。

 マオはサハラの反応を待たず、続ける。


「あんまり、こういうことは話したくないんだけど……サハラには知ってもらう必要があるから」


 そこで一つ深呼吸すると、マオは再び真剣な表情に戻って口を開いた。


「端的に言うよ。……〈智人ジルヴ〉って言うのは天使の言葉を受ける人類。カトスキアに巣食う――裏切り者たち」

「裏っ……!?」


 その言葉の強さに、サハラは思わず声を漏らす。その先の言葉は、口を覆うマオの手で防がれた。


「気をつけてってば……誰がどこで聞いてるかわからないんだから」


 周りを改めて確認しながら、マオがそう諭す。驚きながらも、サハラはどこかで合点がいっていた。

 〈智人ジルヴ〉が裏切り者のことなら、メタトロンが相談を禁じていた理由にも納得がいく。でもそんな、人類側に裏切り者だって……!?


「……スパイ、と言い換えてもいいよ」


 サハラの口を軽く塞いだまま、マオは説明した。


「……元々、ユデックにいた頃から朝霧さんは探ってたみたい。誰が〈智人ジルヴ〉なのか。そういうのを調べる部署みたいなのが秘密裏にあって……まぁ、私も今はその一員」


 簡単に境遇を説明したマオは、話を元に戻す。


「今まで〈智人ジルヴ〉たちに目立った動きはなかったみたい。……でも、天使化の一途をたどるサハラを、彼らが放っておくとは思えない。だから、サハラには知っておいてほしくて」


 サハラの口から手を離すと、マオは一歩下がって改めてサハラの顔を見る。


「気をつけて。〈智人ジルヴ〉はどこにいるかわからないから」

「気をつけてって……」


 少々無責任ともとれるマオの台詞に、頭の中を整理しながらサハラは言い返す。


「そんな、スパイみたいなヤツどう気をつけるんだよ」

「……一つだけ」


 そんなサハラの文句に、マオは人差し指をすっと立てる。


「一つだけ、〈智人ジルヴ〉についてわかってることがあるの」


 そう言ったマオは一瞬俯くと、しかしすぐ顔を上げて続けた。


「〈智人ジルヴ〉には天使との契約で、体のどこかに青い百合の形の文様が現れるの。だから、彼らはそれを隠しているはず」

「体のどこかに、青い百合の形の文様……」


 サハラが繰り返すと、マオは次の台詞を少し言い淀む。


「そう。……例えば、手――」


 しかしその先はけたたましいサイレンと放送によって遮られる。


『天使の襲来を確認。天使の襲来を確認。加えて、広範囲に及ぶ巨大な呪光反応も確認。カトスキア職員はただちに第二戦闘態勢へ移行せよ。繰り返す――』


 それは聞き慣れたようで、違和感のあるものだった。

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