第20話 猛牛と海獣

 雄叫んだサハラは《モレイク》を狩り、後方に注意しつつも格納庫の外へ飛び出した。

 突然攻勢に転じたこちらに警戒したのか、《エクスシア》の隊列が少し下がる。

 サハラはそれを確認しながら、どう動くべきか考えていた。

 黄のエンブレムを持つ《エクスシア》が全体の何パーセントなのかわからないが、一人で対処できる数だとは思えない。

「コイツじゃあ後ろも確認しづらいしな……」

 なら、出来そうなことは……!

 サハラは《エクスシア》の隊列に威嚇として小銃を撃ちつつ、手元のパネルを手早く操作する。

 一人で処理できないなら、人数を増やせばいい。

 そう考えたサハラは先に出撃したと聞いたセイゴ、シューマへ通信を飛ばそうとした……が。

「くっそ! 登録されてる訳ねぇか!」

 当然と言えば当然なのだが。

 《モレイク》は通信自体は生きていた。しかし外部から来たセイゴ隊の通信コードが記録されているわけがなかった。

 出撃準備もまともに行わなかった《モレイク》はどこの回線にも繋がっていない。

 《エクスシア》たちの映るモニターの端には、接続できる回線がズラリと並んでいた。

「この中から探すのは冗談じゃないな……!」

 大量に襲来した《エクスシア》に対応するため、今イーナク基地にあるほとんど全ての戦力が投入されているのだろう。その数は尋常ではなかった。

「さぁて、どうする……!?」

 自問自答しながらも、サハラは迫る敵影に対処していた。まだ目の前の隊列は動いていないが、それでもこの状態を維持するのがやっとだった。

 焦りながらも、出来るだけ冷静に思考を巡らせる。

「やっぱ手打ちしかねぇか……!」

 一覧から探すよりは、回線コードで検索した方が良い。

 いつもより狭いモニターを睨みながら、サハラはそう結論付けた。

「でもうろ覚えなんだよな……くそッ!」

 こんなことなら確認しとくべきだった!

 サハラは一人毒づきながら、セイゴ隊の回線コードを打ち込む。手早く、しかし記憶に忠実に。

 記憶を頼りに、あと少しで打ち終わる――といった時だった。

 ――ヴィウウン!

「チッ!」

 前に並んでいた《エクスシア》たちが動き出した。

 どうやらサハラの駆る《モレイク》が牽制以上のことを出来ないと判断したらしく、隊列から数機の《エクスシア》が飛び出した。

「今かよッ!」

 サハラは迷わず、そのまま通信コードを打ち終え、繋いだ。同時に《エクスシア》の対応へ飛ぶ。

 一瞬遅れたせいで、真っ先に動いた《エクスシア》が横を通り過ぎる。

「遅いんだよポンコツ!」

 《アルヴァ》の運動性能に慣れたサハラにとっては、《モレイク》の旋回はラグがあるようにすら感じられる。

 後続の《エクスシア》へ弾丸をばら撒きながら、隣を飛んだ《エクスシア》を追う。

 耳に届くのは雑音。砂嵐のようなザッピングのような不快な音が勢いよく鼓膜を突き抜けていく。

 《エクスシア》が崩れた壁に迫る。中ではまだゴロウの作業が続いていた。避難したのだろうか、デオンの姿は見えない。

「届けェェッ!」

 《モレイク》のエンジンが唸り、《エクスシア》を追う。

 距離は離される。そう考えたサハラは《エクスシア》の真後ろにつくとその翼目掛け弾丸を撃ち放った。

 散る火花。マズルフラッシュの向こう側で《エクスシア》の文様が光るのが見えた。

 いまだ!

「うおおおおおッ!」

 サハラの雄叫びに呼応して、《モレイク》のブースターが火を噴く。《エクスシア》が振り返る頃には、その眼前に迫っていた。

 驚いたように《エクスシア》の文様が光る。

「嘗めんなッ!」

 《モレイク》の巨大な掌が《エクスシア》の頭部を掴み、そのまま腹部へ小銃を叩き込んだ。

 一瞬の間。

 直後、虹光と共に爆裂する《エクスシア》。サハラはそれを尻目に、また迫る《エクスシア》へ向き直った。

 その時。

『――……こちらセイゴ隊一番機、雪暗セイゴ。そちらは?』

 繋がった!

 雑音が晴れ聞こえたセイゴの声にサハラは叫ぶ。

「救援求む! 格納庫の方、ゴロウのおっちゃんたちが危ない!」

 刹那、セイゴは考えたがすぐに反応した。

『その声……サハラか! わかった。シューマと共に向かう』

 すると同時に、管制からも声が聞こえて来た。

『サハラ!』

 アランだ。

『《アルヴァ》は修理中だろ、どうして』

「倉庫の《モレイク》を借りた!」

『《モレイク》ぅ!?』

 いつもの声と会話しながら、サハラは少しずつ戦線を上げる。遠くに見慣れた《アステロード》が二機見えた。これなら攻勢に出られる。

『待たせた!』

 シューマの声と共に、二機の《アステロード》は《モレイク》の後ろに構えた。同時に、警戒したのか《エクスシア》の隊列が少し下がる。

 よし、これなら防御だけに関しては任せてもいいかも知れない。

「隊長、俺は前に出ます!」

 サハラはそれだけ告げると、返事を待たず《エクスシア》の隊列に突っ込んだ。

『サハラ! ……全く』

 通信でセイゴの呆れた声が聞こえる。しかし、止めはしなかった。サハラはそれに無言で感謝すると、更にペダルを踏みこんだ。

 《モレイク》が咆える。サハラは対応する前の《エクスシア》の群れに文字通り突っ込んだ。《エクスシア》も盾を構えようとするが間に合わない。《モレイク》が身を固める。三、二、一……!

「おらァッ!!」

 激突。

 全く勢いを緩めず、むしろ加速したタックルで《エクスシア》が弾き飛ばされる。そこそこのダメージはあったらしく、文様が点滅し、動けなくなっていた。

「ぺッ!」

 叫んだ拍子に口の中が切れたらしい。口内の血を足元に吐きながらサハラはニヤリと笑った。

「こっからだ!」

 《モレイク》のバイザーアイも赤く閃く。《エクスシア》たちの一部はその挑発に応じたかのように、文様を光らせた。

 これで的は分散されたか。

 狙い通り、とサハラは笑うと弾き飛ばした《エクスシア》を踏み飛び上がる。数機の《エクスシア》が追ってくるのがサブカメラで見えた。

 《モレイク》は速くはない、さてどうするか……。

 サハラがそう考えていると、アランから焦ったような声が届いた。

『サハラ、まだ活動時間はあるのか!?』

 活動時間? ……そう言えば。

 《アルヴァ》だと気にしないその概念を、サハラは言われて気付き確認する。

「あーっと……」

 右腕を少し上げて表示を確認した――そこには、あと1秒もないことが告げられていた。

「なッ!?」

 サハラが驚く、と同時に何かが停止する音がした。


 無音。

 闇。

 モニターや表示が全て消え、操縦桿とペダルが重くなった。

 コックピットが闇に包まれる。

 嫌な浮遊感が全身を襲う。

「……!」

 このタイミングで活動限界。

 暗闇の中で、絶望にも近いそれを感じる。

 ――……!

 闇の中で何かが光ったような気がする。

 先程までの意気が一瞬にして消え失せた。

 途端に心の底から黒い何かが顔を見せる。

 その無数の手が、足を掴む。

 虚無の色をした目が光る。

「――…………!」


 しかし直後、再びモニターが点きペダルが動いた。コックピット内の照明も戻る。サハラはハッと我に返り、周囲を確認した。

 ――ヴィウウウン!

 見れば、隣に迫る《エクスシア》の緑文様。

「あああッ!」

 サハラはそれをがむしゃらに《モレイク》の巨腕で殴り飛ばすと、その隙間から飛び出した。

 囲まれていた。危ないところだった。

『どうしたサハラ、今通信が切れて――』

「くそ、非常電源だ、切り替わったらしい!」

 再び活動限界の表示に目をやりながらサハラは答えた。息が荒くなったまま戻らない。

 そこはいつもの赤いモノとは違う、黄色い表示がされていた。およそ5分。このカウントダウンが始まってからコックピット内にアラートが響き続けている。

 そう言えば堕天機には非常用にバッテリーが積まれている――サハラは後ろの《エクスシア》を見やりながらそんなことを思い出していた。

『じゃあお前、活動制限が――』

「あぁ!」

 ヤケクソで半ば蹴るようにペダルを踏みながら、サハラは答えた。

 重い。ただでさえ重い、鈍いのに電源に切り替わってからは更にだった。アンゲロスの恩寵をこんな形で思い知るとは。

『お前、すぐに帰投しろ!』

「それは山々なんだけどな! あぁ、もう、畜生……!」

 サハラは操縦桿を殴りつける。

 因果としか言いようがないが、サハラは自分で引き付けた《エクスシア》を振りきれるとは思っていなかった。通常時の《モレイク》なら可能かもしれないが、今は……。

 それに今ここを離れればセイゴたちの負担が増えよう。他の堕天機たちも手一杯なようだろうし、今自分がここを離れるわけにはいかなかった。

『んなこと言ってる場合かよ!』

 アランが心配を声にしたような通信。サハラはそれに、叫ぶように返した。

「わかってるって言ってんだろ!」

 サハラが今感じているのは、静かな恐怖だった。

 後ろに迫る《エクスシア》? いいや、違う。

 サハラが今思い出していたのは、『アズゼアルの昇天』だった。

 サハラが今思い出していたのは、デオンの話だった。

 自分が何か知らないものに変わりつつある感覚。

 今までそれを感じたことはなかった。いや、あったとしてもそれは些細なことだった。

「くそッ、こんな、俺が……!」

 しかし。

 さっき闇に包まれた瞬間。

 その瞬間に、己の中で変わりつつある『何か』を感じた。

 自分が知らない間に、知らない『何か』になりつつある。

 それを身をもって確信した。

「俺が、この俺が……!」

 サハラはまたペダルを蹴っ飛ばす。

 しかしサハラが今一番強く思っているのは、戦場で初めて自分がこんなに強く恐怖を感じているという悔しさだった。

「くそッ!」

 あの日した覚悟はこんなものだったのか。

 あの時発した言葉が薄っぺらいものに過ぎなかったのだと、ガキの戯言だったのだとサハラは思う。

「俺はエースじゃなかったのかよ、ビビりやがって、この!」

 デオンに出撃したいと言ったのは自分だ。

 《モレイク》を持ち出したのも自分だ。

 《エクスシア》を引き付けたのも自分だ。

 サハラはこの窮地になって、それらを思い知っていた。

「飛べ、飛べッ、《モレイク》!」

 《エクスシア》ではない何かから逃げるように、サハラは《モレイク》を駆る。

 行く先もまた戦場だ。イーナク基地の《アステロード》と《エクスシア》が撃ち合っている。

「畜生!」

 サハラはその中を、重いペダルと操縦桿を必死に振り絞った力で飛ぶ。

 すると目の前。《エクスシア》の一機が目に入る。

 それは《アステロード》の猛攻を腕の盾で受け止めていた。徐々にその盾は白い光を帯びていく。

 猛攻の間隙、《エクスシア》はそれを見計らうと腕を動かした。隙間から胸が見える。

「……!」

 そこでサハラは見た。

 胸の砲門――そこに光が集まったかと思うと、次の瞬間極太の呪光が《アステロード》を飲み込んでいた。

 これが《エクスシア》の切札!

 サハラはハッとして後ろを見る。追ってきた《エクスシア》たちの胸部砲が目に入る。

「くそ……!」

 いっそ、後ろから撃たれるくらいなら!

 サハラは『何か』を頭から振り払うためか、敢えて再び窮地に飛び込んだ。

 追ってきていた《エクスシア》へと振り返る。《モレイク》の角がそれらを睨む。

 だが勝機は見えていなかった。

 非常電源のアラートが耳を覆う。

「くそ、くそッ!」

 それがますますサハラを焦らせていた。

 俺は、俺はここで――!



 しかし。

 《エクスシア》たちは次の瞬間、呪光砲に貫かれていた。

「……!?」

 眼前の出来事。

 しかしサハラはそれを飲み込めずにいた。

 すると通信が届く。

『そこの《モレイク》! 邪魔、どいて!』

 力強い、しかし幼くも聞こえる女の声。

 サハラがそれに返そうとした時には、《モレイク》の隣を何かが通り過ぎていた。

 速い。

 《アステロード》より速い、そして見慣れぬ機影に、サハラは目を奪われる。

「堕天機……!?」

 《アステロード》よりマッシヴな四肢。

 天を突かんばかりに大きな牙を持つその頭部はまさに海獣。

 そのシルエットは、単騎で戦場を駆けていく。

 《エクスシア》の隊列に突っ込んだかと思えば、実体剣を薙ぎ払い崩し、そこへ掌から呪光砲を叩き込んでいた。

 まるでそれは、《アルヴァスレイド》のような戦闘。

 海獣は次々と《エクスシア》を屠っていく。

「なんだ、アレ……」

 サハラはその姿から目を離せなかった。

 その中で、戦場に別の通信も響く。

『こちらヴァルア級二番艦エゴーレス』

 気付けばイーナク基地の湾には、見知らぬ戦艦の姿があった。援軍らしく、砲は《エクスシア》の群れを貫き、飛び立つ《アステロード》の姿も見える。

 戦況は最早逆転していた。

 戦艦の登場。

 そして何より――あの堕天機。

 《エクスシア》を蹴散らす、《アルヴァ》に似た戦い方の堕天機。

 その姿は勇猛であり、先陣を切るそれはサハラの知るまさしく『エース』のものだった。

 自分の巻き起こした敵すらも、自分の力で倒していく。

「…………!」

 サハラはただただ、その姿に目を奪われていた。



『《モレイク》なんて旧式のオモチャまで引っ張り出して、非常電源まで使って……フン、気概は嫌いじゃないけど』

 援軍が《エクスシア》のほとんどを撃滅せしめた後。

 非常電源の切れるギリギリで元いた格納庫、その崩れた壁に下りた《モレイク》からサハラは這い出ていた。

 先程まで感じていた恐怖。……それが完全に消え失せたわけではない。

 だがそれよりも遥かに、サハラはあの堕天機とそのパイロットに強く惹かれていた。

 その強さに。

 そんなサハラの眼前に、海獣の如き堕天機は挨拶とでも言わんばかりに下りて来る。

 海獣のコックピットが開いた。

 そこから現れたのは、見たことのない漆黒のパイロットスーツに身を包んだ、青い髪の少女だった。

「へぇ……アンタが」

 サハラを見下ろし、そう呟いた彼女は髪を掻き上げた。

「アタシはルディ。――エースパイロット、星影ホシカゲルディ」

 星影ルディ。

 サハラを見下ろすその表情は自信に満ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る