第32話 進化の歪み
『――成り損ない、その成れの果てが斯様か!』
『うアアアアアアア!』
嗤うガブリエルの腕をタオが掴んだ。彼女に合わせて《デイゴーン》のブースターが唸りを上げ、ラリアットのように《ヘルヴィム》を叩き落とす。
その気迫に、サハラたちは圧倒され見ているしか出来なかった。
ハウ機の頭部が《ヘルヴィム》に握り潰され、タオが咆哮を上げてから、まだ数分も経っていない。しかし戦況は全く別のものへと化していた。
獣のように猛り狂ったタオは、たった一機で《ヘルヴィム》と渡り合っていた。そしてガブリエルもその様を楽しむように、観察するように受けていた。完全に二人だけの戦闘。
『サハラ、何が起こってる!?』
「俺だってわかんねぇよ……!」
アランの焦った通信が耳に届く。なおも続く激しい攻防に目を奪われながら、しかし苦々しく呟く。コックピットは未だにアラートに覆われ、その警告音は《アルヴァ》が両腕を失っていることを告げていた。
「この状態じゃあな……」
足は生きている。猛り狂ったタオを止めることくらいなら出来るかもしれないが……。状況だけ考えるならタオがどうなるかを見守るしか出来なかった。
そしてもう一つ、通信が届く。ルディだ。
『こちらルディ、なんとかハウは送り届けた』
『了解』
ルディは頭部を破壊されたハウ機と共に先に戻っていた。あれ以来、応答のなかったハウはルディによると意識を失っていたらしい。つまり戦場には、セイゴ隊三機とタオだけが残っていた。
『うガアアアアア!』
『――正に畜生! かはははははははははははは!』
また《デイゴーン》が突っ込む。あまりにも直線的な攻撃。しかしその勢いは凄まじく、《ヘルヴィム》を突き飛ばした。即座に態勢を立て直しながら嗤うガブリエル。
《デイゴーン》の双眸が再び騎士を睨む。発条式のような直線的な攻撃。また受けるガブリエル。タオが押しているように見えて、だが未だに主導権はガブリエルにあった。
「いや……タオは主導権を握れない、のか」
目の前の敵へ真っ直ぐ突っ込むしかしないタオ。普段の彼女も直情的とは言え、今の彼女には知性が全く感じられなかった。故に、ガブリエルに弄ばれている。
『ぐオオオオオオオ!』
タオの咆哮。闇雲に見えるほど呪光砲を乱射する。それらを次元障で受けるガブリエル。その障壁を、迫るタオが再び引き裂いた。その勢いのままに《デイゴーン》が《ヘルヴィム》の首を掴む。
『あアアアアアアアッ!』
『――無尽蔵の憤怒か、或いは爆ぜる烈火か!』
《デイゴーン》を一蹴する《ヘルヴィム》。全く防御出来ず吹き飛ぶタオ。しかしその後ろには既に《ヘルヴィム》が回り込んでいた。剣が煌めく。
『――さて、
『ぐアアアア!?』
戟音と共に斬り飛ばされる《デイゴーン》の四肢。ダルマになったタオ機を再び蹴り飛ばす《ヘルヴィム》。衝撃にタオの絶叫が響く。
「タオッ!」
『う、ぐ……アア……ッ!』
転がるように体勢を立て直す《デイゴーン》。しかし海獣は四肢を失ってもなお、騎士を睨んだ。
『――くく、ははは! 羽も無ければ牙も無い! 蛇が斯様な可能性を見せるとは!』
高く嗤うガブリエル。その口ぶりは、まるで虫の四肢をもぎ弄ぶ無邪気な子供。そして今、四肢をもがれた虫はなおも退くことを知らなかった。
『ハウ……だアアアアアアアッ!』」
「くそッ……タオ!」
あまりの状況に呑まれていたサハラだったが、胴だけで突っ込むタオを見てペダルを蹴っ飛ばした。腕のない《アルヴァ》が《デイゴーン》に立ちふさがり、蹴るようにその突進を止める。
「ハウなら戻った! 死にたいのか!」
『がアアアアア!』
怒鳴るように呼び掛けるサハラ。しかしその声はタオに届いていない。ペダルを全力で踏み込みながら、サハラは管制に通信を飛ばす。
「マオ! ハウはどうなってる!?」
『ダメ! 全く応答してくれない!』
マオの声も焦りで溢れていた。サハラは小さく舌打ちして、刹那モニターで後ろを確認する。そこではこちらを観察するように《ヘルヴィム》が佇んでいた。
『――羽の無い蛇、その成れの果て、種、そして黎明……』
その声に合わせ、《ヘルヴィム》が大きく翼を広げる。銀の文様が全身を走り、ガブリエルの言葉が大きく響く。同時に、その上空に未だ開いていた次元の
『――此度は
突然、それだけ告げるとガブリエルは《ヘルヴィム》を駆りそのまま虚空に消えた。周りの天使もまた、準ずるように退いていく。その様子に、タオが咆えた。
『ぐ、がアアアアアアアッ!』
蹴り止めていた《アルヴァ》の足が押され始める。《デイゴーン》の双眸が一段と輝く。それは真っ直ぐ虚空を睨んでいた。
「馬鹿がッ、退くんだよ!」
『ハウ……うァアアアアア!』
「ハウなら戻ったって言ってんだろッ!」
『がアアアアア!』
「このッ!」
サハラもペダルを踏み抜くばかりに《デイゴーン》を睨んだ。タオの声に応じるようにサハラの胸中にも赤く熱い何かが沸き起こる。そこへ届くマオの通信。
『サハラ! もう《デイゴーン》の活動限界が!』
「くそッ!」
サハラの金眼が再び《デイゴーン》を睨んだ。タオはなおも咆えながら閉じゆく次元の
「目を覚ませぇぇッ!」
《アルヴァ》が今まで留めるだけにしていた足を振り抜いた。衝撃と共に《デイゴーン》が叩き落とされる。サハラは胸の熱さに促されるようにそれを追う。体勢を立て直す四肢のないタオ機。そのブースターが火を噴く前に、サハラは再びそれを蹴り飛ばした。
「おらぁぁぁッ!」
『ぐ、ガ……!』
まるで球のように吹き飛ぶ《デイゴーン》。しかしそれを見てまたサハラの中で何かがぐつぐつと熱くなる。そしてそれに、戦況を伺っていたセイゴとシューマが勘付く。
『ッ! シューマ、サハラを頼む』
『ああ!』
頭部を失いながらも、しかしシューマの《アステロード》がなおも追おうとした《アルヴァ》に掴みかかった。がくん、という衝撃でサハラは頭をシートに打ちつける。
『おい、サハラ! そこまででいいだろ!』
「……あ、あぁ」
シューマの言葉と衝撃で、サハラは冷水をかけられたような心地だった。己の手を、まるで知らない何かのように見る。……さっきのアレは。俺は、タオに何を……。
「そうだ、タオ!」
弾かれたように顔を上げるサハラ。モニターの向こうでは、《デイゴーン》がセイゴ機に支えられていた。海獣の双眸は淡く光っているばかりだった。
「……よし、瞳も黒い。取り敢えずは正常値だろう」
テノーラン基地、格納庫。
帰投したサハラは、そこで待ち構えていたデオンによって応急的に体を調べられていた。周りには管制から来たアラン、マオもいた。
「さて、問題はあちらだな……」
デオンは《アルヴァ》の足元から少し離れた場所を見る。そこには、四肢を失ったタオの《デイゴーン》が転がされるように沈黙していた。そのコックピットはセイゴ、シューマ、そしてメカニックたちによって開けられている。中から運び出されたタオが、駆けつけたアシェラによって診られていた。
「タオは……」
「アレは……そうだな。君も知るべきことだ」
デオンが何かを覚悟したように呟いた瞬間、格納庫に雄叫びが響いた。女の声。間違いない、と目を戻す。サハラの目には、ストレッチャーに乗せられ運ばれてくるタオが見えた。付き添うようにアシェラも走ってくる。
「う、がアアア!」
「ッ……!」
サハラはそのタオの形相に絶句した。眼帯をし、いつも目つきの鋭い彼女ではあったが、今の彼女の形相は修羅であった。まるで怒りに取りつかれたような。およそ少女の形相ではなかった。
「東雲博士、容体は」
「ちょっとヤバい。まぁタオの場合は再発だからね……」
デオンに呼び止められ、アシェラは白衣のスタッフにストレッチャーを任せて立ち止まった。同時に、格納庫へ二つの人影が入ってくる。
「今の……!」
駆け付けるように入ってきたのはルディとハウだった。ハウは頭に包帯を巻かれ、痛々しい姿。しかし彼女は咆えるタオを、見た瞬間に声をあげた。
「タオ……? タオ! タオ!」
「ハウ……ぐ、が……アアア!」
「ハウは、ここ……! タオ……!」
ストレッチャーに運ばれいくタオを、ハウは必死になって追いかけていく。アシェラはそれを見て、とても寂しそうな表情を刹那見せたが、しかし再び科学者の顔に戻った。
「良い所に来た、ハウ、ルディ。今から処置するけど、特にハウには力を借りると思う。来て!」
アシェラは二人にそう声を掛けると、白衣をはためかせながら再び走りだした。ハウ、アシェラに続いてルディもまた格納庫の外に消えて行く。
「……タオの場合は、『怒り』……なんだ」
その後ろ姿を見送るサハラの隣に、不意にユードが現れる。彼はサハラの顔を見ると、沈痛な表情で謝った。
「すまない。整備不良でこんな事態を招いて……しまった」
「あぁ、いや……」
サハラは大丈夫だ、と返す。思い出されるのはガブリエルとの戦いで、抜けなかった実体剣。大丈夫では全くなかったのだが……しかし、あそこで抜けていたところで、勝てていたかはわからなかった。
「まさか、あんな風に抜けない……なんて」
「いや。それよりも……『怒り』って?」
サハラはユードの一言目に問い返した。タオの場合は、『怒り』。
「それはだな」
デオンが自分も白衣を整えながら答えた。
「私もユードくんもすぐにタオのもとへ向かわなければいけないから、ここは簡単に説明する」
詳しい話は彼女が安定した後に、東雲博士からあるだろう。デオンはそう前置きすると、やや申し訳なさそうに、しかし真剣な表情で告げた。
「『楽園の蛇』計画……これが、人為的な天使化だということは君も察しているだろう」
「……あぁ」
ガブリエルと戦う前にルディに聞いた話が思い出される。デオンは頷くと、続けた。
「今のタオ……アレは、その副作用と言ってもいい」
「副作用……!?」
サハラの驚きに、ユードが「反動と言っても……いい」と付け加えた。デオンもそれを継ぐ。
「あぁ、反動だ。……反動であり、天使化の症状の一つ。感情の一つに異様なまでに囚われ、それのみを行動原理として狂う状態。呪光との融合率は高くなるが、あと一歩外せば人とは呼べる状態ではない、人間としての歪んだ進化……」
デオンはそこで白衣を翻すと、アシェラたちを追いながらこう言い残した。
「我々はこれを、表出化と呼んでいる」
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